花火大会
ぬっこ
花火大会
「
私がスマートフォンの画面を見せると海鈴は嬉しそうに声を出した。
「わぁ!夏っぽい!」
「やろ!浴衣とか着ちゃってさ!行こーよ!」
「うん!行く行く!」
私と海鈴はバリバリの受験生。けれど高校最後の夏休みだ。一度くらいは何か夏っぽいことをしたいと話していた。海鈴の志望大学はここより新幹線を使って2時間くらいのところだ。なかなか気軽に会える距離ではない。「絶対に良い思い出を作ろうね!」そう二人で約束した。
当日、駅の改札口で待ち合わせをしていると海鈴は淡い水色の綺麗な浴衣に淡い赤色の帯を結んだ姿で現れた。改札を通り、人の間をスルスルと抜けてくるその姿はまるで魚のようだった。
「綺麗…」
心から出た言葉だ。海鈴は学校でも人気者だ。可愛いし少し抜けているところがある。けれど彼氏を作らず私と遊んでばかりいるので私とそういう関係なのではないかと噂されもした。私が中学の頃女の子に告白したのが高校でも広まってしまったからだと思う。結局告白は上手くいかなかったし高校で噂は広まるしで最悪だ。きっと海鈴の耳にも入っている。けれど海鈴は一言もそんなことは言わないし態度を変えられたこともない。海鈴はきっと私が知る誰よりも心が綺麗だ。
「
「お魚っていうか金魚ね。ありがとう。先に屋台で何か買ってから花火会場に行こう。」
「うん!」
海鈴はいつも私の決定に笑顔を見せてくれる。受動的というよりも私が決めたものが一番なのだと確信しているみたいに。だから私は彼女といると凄く心地が良いのだ。
焼きそばにトルネードポテト、イカ焼きにミルクせんべい…二人で両手をいっぱいにして花火会場に向かうともっと早くに会場についていた人たちがシートを広げて座っている。私たちは前列の池の近くが丁度二人分空いていたのでそこに座った。
「ん、美味しい。」
海鈴が美味しそうにトルネードポテトを食べるので「一口ちょーだい。」と口を開ける。代わりにイカ焼きを一口海鈴の口元へやった。その一口が海鈴には結構大きかったようで食べさせる際に口の周りにソースが沢山ついた。
「ごめん、ちょっと大きかった。ティッシュティッシュ…」
「ん~!美味しぃ。」
ソースを口元に付けたまま満足気な笑顔を見せる海鈴はバカみたいだけど凄く可愛い。通りすがりの人が「見て、あの子可愛い。」と言ったのを聞いて急いでティッシュを渡した。海鈴は「ありがとう。」と言って受け取り「とれた?」と顎を少し上げて口元を見せてくる。小さくて可愛い唇だ。「とれたよ。」と言って私は彼女のおでこを指ではじいた。
「いてっ!朱莉、もう少しで花火上がるよ!」
「そうやね。楽しみ。」
「あ、見て!朱莉。」
海鈴が指さす先を見ると池に魚が3匹…もう死んでいるのか水面に浮いている。この暑さのせいだろうか。あまり花火の前に見たいものではないなぁ。
「朱莉の浴衣から出ていったんかな。」
「え?」
「朱莉の浴衣のお魚がもう暑い~ってこの池に飛び込んだんじゃないかな?でも本物のお魚じゃないから泳げなくて死んじゃった…」
「今日真夏日やもんね。って海鈴、これ、金魚!あれはどう見ても金魚じゃないでしょ。」
「わかってるよ~。でもさ…ノリツッコミ上手いね!」
海鈴は時々私が想像できないようなバカみたいなことを平気で言う。けれど私は私には無いものを沢山持っているこういう海鈴が好きなんだ。そうしているうちに花火のカウントダウンが始まった。
「5、4、3、2、1…」
ドオン
「綺麗…!」
鼓膜が振動するぐらいの大きな音をたてながら空に何発も大きな花火が上がる。
「わぁ!あの花火アイスクリームみたい。」
「アイスクリームみたーい!」
海鈴の声が何人か挟んで同じ列にいる小さい女の子の声と被った。
「海鈴、あんたあの子と同じ感性やわ。」
「ふふ。」
「海鈴といると楽しいよ。」
「私も。朱莉といると楽しい。」
「また来ようね。」
「うん、また来ようね。」
花火が終わり、会場からは続々と人が出ていく。こんなにも人、いたっけ?と思うくらい。私は人混みが苦手だ。海鈴の背中の後ろのところを掴んではぐれないようにくっついた。すると海鈴は私の方を振り返り、手を握ってきた。
「大丈夫!ここは任せて。」
「任せた。」
海鈴は人の間をスルスルと通り抜ける。その背中を私は胸の高鳴りを感じながら見ていた。人が集中している場所を抜けたところで海鈴の背中に声をかけた。
「海鈴、もう大丈夫。ありがとう。」
「いいえ、どういたしまして。」
私が手を離すと海鈴もゆっくりと手を離した。
「今日の海鈴、魚みたい。人の間をスルスル泳いで。」
「じゃあ朱莉は亀やね。」
「なんで?」
「勉強詰めの私をここまで連れ出してくれたから。」
「じゃあここは竜宮城?」
「そう。だから帰ったら皆ちょっとだけ老けるの。」
「なんでよ。嫌や。なんで海鈴の妄想って最後ちょっとだけ怖いのよ。」
「あはは。なんでやろ?」
私たちは明日からまた別々の未来に向かうための勉強を頑張らなくちゃいけない。だから今日だけ…あともう少しだけ…。
「…ねぇ、公園でアイス食べてから帰ろうよ。」
「うん!そうしよう!」
笑顔で頷く海鈴の手を握ると海鈴も握り返してきた。
ねぇ、これからもずっと一緒にいてよ…なんてね。言わないよ。
夏の夜、手をつないでコンビニへ向かった。
花火大会 ぬっこ @kaerunotamago
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★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 3話
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