第5話

 待ち合わせの場所は街が見渡せる公園の展望台だった。それがどういう意味を持つのか、歳を取ったハルカにはよく理解できた。それはとても嬉しいことだったが、ハルカはもう同級生ではなく、孫を見守るような気分だった。


 ハルカは世間の時間で3時間過ごし、12年が過ぎた。

 65歳となったハルカは、まるで玉手箱を開けるかのように昔を懐かしみながら待ち合わせの場所へ向かうと、ハルカの初恋の相手、クガ・マヒロは姿変わらずそこにいた。ハルカは近くのベンチに座り、街を見下ろしているクガ・マヒロの背中をみた。


 そして数日掛けてメッセージを送った。


『後ろにいるお婆さんが、私だよ』


 ハルカはそのベンチに何日も座り込み、彼が振り向くのを待った。彼は数日だけ振り向き、目が合った気がした。その視線はすぐに逸れる。


 彼の返事が来るよりも早く『そのお婆さん、どんどん年老いていくでしょう?』と冗談交じりに送った。


 彼はもちろん、冗談だと思ったようだ。


『お婆さんの年齢なんてわからねえよ』とメッセージが来ていた。


 彼にとって年寄りの年齢など誤差にしか思えなかったようだ。そのとき少しだけ彼との時間の流れが揃った気がした。


 ハルカはこれ以上、若者の時間を奪わないように最後のメッセージを送る。


『ポケットに入ってる手紙を見て』


 ハルカはすぐに彼のポケットに書きためた手紙を入れて、その場を去った。

 その内容は簡単だ。


 ハルカが既婚者だということ。子供もいるということ。そうなったのは時間の流れが変わってしまったということ。そして最後にありがとうと伝えた。


 彼にとって意味の分からない手紙だっただろう。

 だけどハルカの中ではこうするのが誠意ある行動だった。


 その後、彼がどうしたのか、ハルカは知らない。

 ハルカのことを捜したのかも知れないし、忘れたのかも知れない。


 捜したってハルカは見つからない。

 世間から見れば、ハルカはたった24時間の存在でしかないのだ。


 刻一刻と時間は過ぎていく。世間では、また数時間経ってハルカはもう自分の年齢を数えるのを止めた。

 体はもう随分と重くなり、やがて立つことすらままならなくなった。


 もうすぐ夜が明けて朝日が昇る。

 そのとき、ハルカはもうこの世にいない。


 ハルカにとってこの現象は、まるで動く思い出のアルバムのようだった。時間が過ぎて、ハルカの環境が変わっても、人と歩むスピードが変わっても、高校時代の思い出がいつまでも保管されている。


 体は年老いてしまったけど、心模様はあの頃に負けていない。16歳の頃の彼に少しでもよく見られようと、手櫛で髪を直して、指先で口角を上げて、恵比寿顔をねつ造した――告白五分前の少女とそう変わらない。ただ少し、色々なものを見て色々な経験をしただけだ。そう考えると本当は時間なんて存在していなくて、心の持ちようなのかも知れない。


 もうすぐ日が昇って、次の朝が始まる。

 また誰かの一生が始まっていく。


 そこにハルカはもういない。


 そしてハルカは知らない。


 夜が明けて『なんだか街が綺麗になってる』と奇妙な噂が広がることを――


《終》


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告白五分前-Time is Life - toi(とい) @toi_magazine

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