第五章 いつも会う人




いつも残業が多いのに、今日は、定時に終わった。


久しぶりに早く帰れると、夕暮れの街中、サラリーマンのユウジは、電車を降り、駅から家路へと向かっていた。


ユウジの家は、駅から歩いて10分の場所にある。


しばらく歩いていると、いつも通るアパートの前に来た。


アパートの前で、いつも水撒きをしている60歳ぐらいの初老の男性がいる。


名前をイワキという。


イワキは、いつものように、バケツを持って、水を撒いていた。

フッと顔を上げ、ユウジの方を見ると、一瞬、少し困ったような顔をしたが、すぐに、にこやかに笑った。


「お疲れ様。今、帰りですか?」


「ええ。イワキさんも、お疲れ様です。」


軽く会釈をして、ユウジは、そう言葉をかけた。


「今日は、早いんですね。」


イワキが言う。


「ええ。久しぶりに定時に終わったので。」


「そうですか。子供さんも喜ぶでしょ。」


「はい。じゃあ、また……。」


そう言って、歩いて行くユウジの後ろ姿をイワキは、じっと見ていた。


そこに、イワキの妻がアパートから出てきた。


「夕飯の準備が出来ましたよ。」


「ああ……。あの人に、また会ったよ。」


イワキの言葉に、一瞬、んっ?と首を傾げたが、すぐに、ああ……という風に、妻は、少し寂しそうに笑った。


「いつも会って、挨拶してた人ですね?」


「うん……。今日は、定時で終わったからって。」


「そうですか……。」


妻は、ぼんやりと立つ、イワキの側に行くと、ユウジが歩いて行った方角を見つめた。


「もう、三年になりますか……。あの家で火事になって、親子3人、焼け死んだんですよね。」


「そうだな……。いつも、わしに話し掛けてくれる、良い人だったのに……。」


悲しく呟く、イワキの肩を優しく叩くと、妻は、言う。




「私達も……そろそろ、行きましょうか?」




妻の言葉に、イワキは、ゆっくりと頷いた。


そして、二人の姿は、スッと、夕日に染まる空に、消えていった。

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