第三話 帰れない




田舎暮らしのマサキは、27歳の若者だ。

家が農家で、畑や田んぼを幾つか持っており、マサキも、農業を手伝っていた。


まぁ、仕事に困らないし、身体を動かすのは嫌いじゃない。

毎日、朝早くから夕方まで働き、働き者のマサキを両親も自慢に思っていた。


今日も、夕方まで、畑仕事をして、マサキは、家に帰っていた。


マサキの家は、川の側の一本道を30分程、歩いた先にある。


古いが大きな家だ。


いつものように、いつもの一本道。


その日、マサキは、何故か、とても疲れていた。

仕事には、慣れていたし、今まで一度も疲れたと思った事がない。


夕日にキラキラと眩しく川の水面を見つめていたマサキは、とうとう歩みを止めてしまった。

道の先には、我が家の麦藁屋根が見える。


川の方に身体を向け、道の端に腰を下ろしたマサキは、深い息をついた。


「何だか、疲れたな……。」


呟き、フッと川の方へ視線を向けると、一匹の狐がこちらを見て、コーンと一声、鳴いた。


「狐か……。んっ?こんな所に狐がいたかな?」


マサキの住む場所は、田舎とはいえ、山の近くではない。

狐なんて、今まで見た事もなかった。


ぼんやり、狐を見ていると、真後ろに人影が立った。

振り向かなくても、人の形の影が自分をすっぽり、包むように立っているのが分かる。


「疲れましたか……。」


そんな声が聞こえた気がした。


「いやー……。何だか、今日は、調子が悪いみたいで、ここで少し、休憩です。それより……。」


そう言って、もう一度、狐の方に目を向けると、もう、そこには、狐の姿は、なかった。


変だな?と思ったが、マサキは、よいしょと立ち上がった。


「本当に疲れてるみたいだ。早く家に帰らないと。」


そう呟いたマサキの耳元に、声が響く。


「帰さないよ。」


えっ?と振り向いたマサキは、驚き目を見開いた。

そこには、誰も立っていなかった。

だが、まだマサキの身体を包むように、大きな影がある。


「わぁー!!」


声を上げ、マサキは、家の方へ道を駆けて行く。

このまま走れば、すぐに家に着く。


マサキは、無我夢中で、後ろも振り向かず走る。

だが、走っても走っても、家には辿り着けない。

すぐそこに、家の屋根は見えているのに。


「帰さないよ。」


また耳元で、声が聞こえた。


「わぁー!!助けてくれー!!」


マサキは、叫びながら、流れる汗も拭わず、走り続けた。

しかし、家には、辿り着かない。


疲れ果て、足がもつれたマサキが激しく砂利道に転がる。

仰向けに転がったマサキの視線が空に向かう。


大きな雲の間から、のっそりと大きな人がマサキを見て、ニヤリと笑った。


その姿は、僧侶のような姿で、口髭を生やしているのまで、はっきりと見えた。


「ぎゃあー!!」


悲鳴を上げ、マサキは、そのまま気を失った。



それから、マサキは、畑仕事の帰りの両親に発見され、無事に家に帰り着いた。


いや、無事ではなかった。


それから、マサキは、ずっと寝込んだまま、うわ言のように、こう呟いていた。


「帰れない……帰れない……帰れない……。」



その姿は、痩せ細り、髪の毛は、真っ白になり、まるで、老人のようだった。


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