市長と館長
発電所の事故による突然の停電の知らせに、エリヤは驚いた。アークトゥルスは今までも不具合や整備などで数時間の停電の経験は何度かあった。しかし、今度の事故は大規模で、復旧見込みは数日後だという。
「病院などの重要な施設は予備電源で過ごしてもらうしかない。他の施設もできるだけ発電機は融通してもらわなければ……」
エリヤは窓の外を見る。刻一刻と日暮れが迫っていた。
「事故はごく一部の基盤だそうだがシステムの誤作動を防ぐため、間もなく全発電所の電源が落とされる。猶予はあと三十分。これから緊急声明を出さなければならない、防災対策本部を設置して、夜間の不要な外出は極力控えるよう声明を出して……」
エリヤは「先に帰って家から出るな」と市長室から追い出された。サッカー観戦どころの騒ぎではなかった。
「数日電気なしって、どうやって生活するんだよ……」
窓の外はどんどん日が傾いていた。次第に迫る夕闇に、エリヤはあることを思いついた。
「そうだ、街外れのボロボロの灯台なら電気がなくても街を照らせるんじゃないか?」
エリヤは市長室の扉を見る。しかし、市長室の中は子供の思いつきを話せるような雰囲気ではなかった。仕方なく暗くなっていく街をとぼとぼと家まで引き返している途中、エリヤはあることに閃いた。それから一気に思いつきを実現するため、エリヤは一目散に駆けだした。
***
日が落ちかけた図書館にエリヤが駆け込むと、そこには黙々と勉強をしているレヴィがいた。博物館に併設された図書館を利用する者は普段からそれほどいなかった。
「おいお前! 今すぐ街外れの灯台の付け方を調べられるか!?」
突然の乱入者にレヴィは顔を上げ、不思議そうな顔をした。それから息せき切ってエリヤはこれから起こることをレヴィに話して聞かせた。
「あの灯台はこの街が本格的に建設される前からあそこに立っていたはずだ。だから電気がなくても灯りを届けられるに違いない」
「それで、その停電はいつから始まるんだ?」
「あと十五分後。おそらくあと五分で緊急声明が出されるはずだ」
するとレヴィは苦々しく席を立った。
「そんな、あと十分でこれから数日間電気なしで暮らす準備をしろっていうのか!? ふざけるのもいい加減にしてくれ」
「ふざけているのはわかっている! でも、今大人はやらなきゃいけない目の前のことで精一杯で、昔のやり方にまで目が届いていないんだ。だから、今は君だけが頼りなんだ」
エリヤはレヴィに目一杯頭を下げる。レヴィはエリヤに目を落として、呟いた。
「さすが級長にして市長の息子だな、君の熱意には負けたよ」
「それじゃあ」
エリヤが顔を上げると、レヴィは勉強道具をしまって帰り支度を始める。
「勘違いしないで欲しいけど、僕はあの灯台を動かすのに興味があるだけだからな。別にお前のためだなんて思ってないからな」
「恩に着るぜ、首席」
二人が図書館を出るころ、防災無線から緊急声明が放送された。突然の出来事に住民たちは困惑し、様々な悲鳴があちこちから聞こえてきた。
「はやく行こうぜ」
「まずは光源を持っていかないと」
レヴィの先導で二人は博物館へ入っていった。レヴィは展示場を真っ直ぐ横切り、収蔵庫へ向かった。
「光源をあの塔の部分に置けば、レンズが光を何百倍にも増幅してくれるはずだ。だから、僕たちは電気を使わない光源をあの灯台の上に置けばいいって話だ……あった、これだ」
レヴィが目当てのものを見つけ出したとき、収蔵庫の灯りが消えた。急に暗くなったことで、エリヤは背筋にぞくぞくしたものを感じた。
「……停電が始まったんだ」
「真っ暗闇なんて、絵本の世界の話だと思ってた」
二人ははぐれないよう互いの手を握り、手探りで博物館の外へ出た。辛うじて沈みきっていない日の光を頼りに、レヴィは発掘してきたものをエリヤに見せる。
「石油ランプだ。燃料も一緒にあるよ」
レヴィは石油ランプに燃料を入れ、一緒にあったマッチで火を付けた。
「マッチなんて、初めて使ったよ」
すると、この街で誰も経験したことのない暗闇に打ち勝つように、煌々とした灯りがランプから零れだした。
「僕が先導するから、君が着いてきてくれ。そうそう、念のために燃料を預けるよ」
レヴィから渡された燃料缶とマッチをリュックサックに入れて、エリヤはそれを背負った。燃料缶は見た目以上に重く、ずしりとエリヤの肩に肩紐が食い込んだ。
「さあ行くぞ。まだ少しでも明るいうちに行けるところまで行かないと」
レヴィはランプを手に持つと、灯台に向かって走り始めた。
「おい待てよ」
エリヤも後を追いかける。街外れの灯台まで歩いて30分ほどかかった。既に日はほとんど沈み、緊急声明を受けて混乱する街並みを抜けて行くのは心苦しかった。それでも、エリヤは灯台に行けば何とかなるのではないかと淡い希望を抱いていた。
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