ガラクタの灯台
秋犬
級長と首席
その日、港湾都市アークトゥルスにはまだ平和な時間が流れていた。
昼下がりの中等科一年の教室で、教師が気だるげに学期末テストの答案を返却していた。答案は点数の低い者から次々と返却され、生徒たちの一喜一憂する声で教室は満ちあふれていた。
「今回の首席は誰だろう」
「きっとまたレヴィだろう」
「いいや、今度こそエリヤだよ」
生徒たちはひそひそと今回の成績優秀者について噂した。教師の持っている答案が残り二枚になったとき、生徒たちは次に呼ばれる名前に耳を傾ける。
「エリヤ・フォーマルハウト!」
呼名され、エリヤと呼ばれた少年が立ち上がる。エリヤは堂々とした足取りで教師の前まで歩み出る。
「さすが級長だ、次もこの調子で頼む」
エリヤは答案を受け取ると、席へ戻る前に肩をすくめて苦笑いをして見せた。そのおどけた仕草に皆はエリヤの健闘を称えた。そして教室に集う一同は、未だ名前を呼ばれていないただ一人の生徒に注目する。
「そして今回の首席だ、レヴィ・フラネル!」
一番後ろの席で本を読んでいた少年が立ち上がった。エリヤの時と違い、生徒たちの反応は冷ややかだった。
「やっぱりレヴィか」
「勉強ばかりしているから」
教師の前に出たレヴィは、首席という栄誉に興味がないようだった。
「文句なしの満点だ」
レヴィは答案を受け取ると、自分の席にさっさと戻ってしまった。それからすぐに本を取り出し、自分の世界へ戻っていった。
それから、教師のひととおりの説教が終わると放課になった。生徒たちはわっと荷物をまとめると一斉に教室から飛び出していく。エリヤもカバンに教科書をしまっているうちに、机の周りにたくさんの生徒が群がってきた。
「エリヤ、今日もクラブに来てくれよ。君とゲームがしたいんだ」
サッカーボールを持った生徒がエリヤに話しかけるが、エリヤは申し訳なさそうに応える。
「残念だけど今夜は父さんと用事があるから、遅くまでは付き合えないよ」
「それでもいいから、できる時間まで頼むよ」
エリヤの父は港湾都市アークトゥルスの市長であった。大きな声では言えなかったが、エリヤの贔屓のサッカーチームの試合のチケットが手に入ったということで今夜は家族で隣の市まで観戦に出かける予定だった。
「たまには代わりに違う奴を誘ってやれよ」
「例えば?」
エリヤは先ほどのテストの結果を面白く思っていなかった。
「博物館の息子とか」
同じく教室の隅で帰り支度をしているレヴィに視線が集まる。
「まさか。ボールがかび臭くなっちまうよ」
レヴィの父はこの街の郷土資料を集めている博物館の館長をしていた。しかし、博物館は常に閑古鳥が鳴いていて父親もレヴィも変わり者として通っていた。エリヤの父もこのままの経営状態では博物館にこれ以上予算は避けないと、何度もレヴィの父に通達しているところであった。
「誘ったところで断られそうだよな」
「第一、あいつサッカーできるのか?」
レヴィはそんな聞こえよがしの陰口を知ってか知らずか黙々と帰り支度を終え、教室を出て行った。エリヤはそんなレヴィを見て「ざまあみろ」と思う反面「もっとうまく生きればいいのに」と他人事のように思っていた。
***
夕刻になり、友人たちとのサッカーを切り上げたエリヤは父であるアークトゥルス市長の元へ向かった。日没の近い時間に、気の早い商店は看板のネオンサインの電源を入れていた。
首都へ届く物資を輸送するために発展したこの街は、常に煌々と電灯とネオンが輝く不夜城と化している。
特に最近建設された大型の総合航路標識には最新鋭の機能が搭載されていて、大型の投光機の他に電波や音波で位置を知らせる機能が備わっている。人々はこの新しい航路標識を誇りに思い、その下で粛々と日々の営みを送っていた。船乗りは陸に上がれば羽目を外し、荷担ぎは首都まで運ぶ荷物のチェックに余念がない。
街は次第に大きくなり、増えた人口に従って様々な施設が建設された。商業施設は元より、病院や学校、公園に福祉施設と多くのきれいな建物が増えていく中で、かつての街並みは姿を消していた。
エリヤが父のいる市長室に向かうと、深刻な顔をした職員たちで混迷としていた。
「大変だ、発電所で事故が起こったらしい。これからアークトゥルスへの送電が全面的に止まるそうだ」
顔色のよくない父から事態を告げられ、アークトゥルス市民全員の今夜の予定がなくなったことにエリヤは衝撃を受けた。
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