第二話 魔界の冒険
僕の名前は、野々村悠斗。僕たちが悪ふざけを始めたのは、夏休みの頃だった。同じクラスで仲の良い男女三人ずつが、軽はずみの気持ちで結成した魔界倶楽部。
いずれも
旅のテーマはただひとつだけ、隠すまでもないが、魔界の里で『肝試し』をすることだった。選ばれたのは、怖いもの知らずのリーダー、佳代ちゃんのプランが他の追随を許さなかった。彼女の自薦を含めて、6対0の全会一致だった。
僕らの行き先は信州の山奥にひっそりと横たわる里、名前からして恐ろしい「
バブル景気の時に建てられ、今では廃墟となった別荘以外何もない、まるで魔界の入り口のような場所だという。そこには、田舎ならではの噂話や、おぞましい伝説が数多く残されているらしい。佳代ちゃんが目を輝かせて、そう教えてくれた。
肝っ玉が小さいというのに、彼女の話を聞くだけでも心ひかれ、僕は居ても立っても居られなかった。だが、本音では別の隠された魂胆があったのだ。
数日後、僕らは親たちには林間学校に行くと偽りを告げ、意気揚々と「幽谷村」へと向かった。それは、僕らにとって忘れられない少年時代の戯れであり、危険の少ない冒険の旅だと信じていた。このページを目で追っている読者の皆さまにも、そんな懐かしい思い出があるでしょう……
しかし、誰も予想しなかった恐怖が、刻一刻と僕たちを待ち受けていたのだ。心を落ち着けて、聞いてください。
予定どおり、お盆の日没前の四時、昼と夜が移り変わると、僕たちは村の入り口に到着した。それは、恐ろしい魔物に遭遇できる妖しげなひとときの「逢魔時」が始まる頃だったのだろうか……。黄昏を示す「四時」の文字にはどこか怪しげで、そこはかとなく不吉な匂いが感じられてくるものだ。
別荘の裏手には、今夜の宿で予約した一軒のペンションだけが営業していた。宿の名前は「霊界のアジト」だ。聞いただけで、思わず苦笑いする。その名前はホラー小説をこよなく愛する宿のご主人による、気の利いた冗談の証だったらしい。
ペンションの外観は、まるでホラー小説の一節から飛び出してきたかのような雰囲気を醸し出していた。古びた木造の建物で、外壁は年月を経て色褪せた灰色に染まっていた。屋根は急勾配で、ところどころ苔が生えており、怪しい光を放ち、不気味な雰囲気を一層引き立てていた。
玄関には錆びついた鉄製のランタンが吊り下げられており、夜になれば薄暗い光を放つらしい。扉は重厚な木製で、開くときにギィーと不気味な音を奏でる。古びた真鍮の鐘がカランコロンと不協和音を響かせて訪れを告げる。
建物のまわりには手入れの行き届いていない園庭が広がっており、雑草が生い茂っている。庭の片隅には古びた石像や風化した墓石らしきものが点在しており、まるで過去の住人たちの存在を偲ばせる。
ロビーに一歩踏み入れると、木の床がギシギシと軋む音が響き渡る。壁には幼い少女たたの戯れる写真や痩せ細った老婆の絵画が飾られている。廊下の奥にはホラー小説のコレクションが並ぶ書斎があり、宿のご主人が自慢の本を披露してくれる。
宿泊する部屋はどれもアンティーク調の家具で統一されており、どこか重苦しい雰囲気を醸し出している。
このペンションは、まさにホラー好きな僕たちにはたまらない独特の魅力を持った宿である。一夜泊まるだけでも、まるで魔界物語の主人公になったかのような気分を味わえるだろう。そう思うと、肝試しに意気込む気持ちが沸き起こった。
宿のご主人は僕たちと同じ趣味を持つ、どこまでも愉快な人だった。皆で手荷物を部屋に置くなり、佳代ちゃんが口を開いた。
「急いで夕飯を食べて、肝試しをやろうよ。スタートは6時、いいわね! 私たちには、遊んでいる暇など、これっぽっちもないんだから」
佳代ちゃんはやる気満々だった。彼女が早口で捲し立てた時刻は、魔物に遭遇する終焉を告げるものだ。だが、その数字もどことなく嫌な臭いがした。
いざとなると怖気づく僕たち男連中に、彼女は「日差しが残り、薄明かりが少しあるぐらいの方が怖くないでしょう」と憎まれ口を叩いてきた。僕はその言葉に苦笑いを浮かべた。他の女の子たちは、そんな男たちを「臆病者」と囃し立てた。ところが、空気を読めない愉快な男がひとり現れた。
「えっ、夕飯を食べたら、のんびりと露天風呂ぐらい入りたい。良いやろう?」
これまでは異論などひとつもなかったいつもはおとなしい光太郎が、そう騒ぎ出した。彼は少しだけ臆病風に吹かれたのかもしれない。他のメンバーは様子を見るかのように黙ったままで、リーダーの顔色を伺っていた。
「ダメダメ、もう勝手にしなさい!」
佳代ちゃんがその願いを振り払うかのように、ビシッと強い口調で言い放った。僕の憧れの彼女が珍しく落ち着きを失い、くちびるを尖らせた。なんと女性陣だけでも予定通りに行くという。でも、佳代ちゃんはそんな気の強いところが、また可愛いのだ。
僕はクラスの者には知られず、彼女に片思いを寄せていた。肝試しは男女のふたりで行われるものだ。くじ引きとはいえ、何としても彼女とペアを組みたかった。それは、僕たちの距離を縮める絶好のチャンスだった。
夕食は、ご主人自ら僕たちの部屋に運んでくれた。と言っても、宿泊者は僕たちだけだったのかもしれない。ペンションの館内に響く声は僕たちのものだけだった。
初めて食べる美味しいジビエ料理を満喫していると、彼は肝試しをするなら9時スタートの方がよいという。9時は夜の帳がすっかり下り、恐怖が増す時刻だと教えてくれる。
遠くにそれとなく見える御神灯だけを目安にして、境内にある三か所のポイントを順繰りに巡るのがベストコースだという。もし、懐中電灯の明かりが消えたら、道中は真っ暗となり、林の木立でスマホの電波も届かないらしい。それは、まるで陸の孤島のようなものだった。
僕は一瞬その説明を聞いて躊躇ったが、佳代ちゃんは大乗気となり、態度を変えてしまった。その恐ろしさに興味を抱いたのか、異論を唱えずに笑顔で耳を傾けていた。
それとは逆に、僕はどんな魔界に広がる闇夜の冒険が始まるのかと思うと、押し寄せてくる恐怖に背筋まで寒くなった。
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