第9話 秘密の共有


 昔からガルムの周囲では、不可解な現象が多発していた。

 物が浮いたり、本のページが1人でに物凄いスピードで捲れたり。それはガルムの膨大すぎる魔力が招いた事だった。

 そのせいで孤児院では屋根裏部屋に軟禁され、公爵に引き取られてから徐々に魔力を制できるようになったものの、ガルムは自分の魔法を嫌悪していた。

 だから彼が人前で魔法を行使することは殆どなかった。愛するヒロインを除いて。

 ガルムが正式な魔法士になるまで、彼の魔法はヒロインと2人だけの秘密だった──。


「──秘密ですよ」

「ほえっ?」

 ピフラの口から間抜けな声が溢れた。


「俺の魔力の事です。公爵さまと姉上しかまだこの事を知らないので」

 ガルムは木に翳していた手をすっと下ろす。

 すると木の枝葉が成長を止め、僅かに葉を揺らしてから沈黙した。

 数秒で成長した木は年輪を重ねた太い幹が立派で、上を仰げば冠が広がっている。実は赤々とよく熟しているようで濃厚な甘い香りが運ばれた。

 何十年もここにいたかのような佇まいの木を、ガルムは拳で叩いて実を落とし素早くキャッチする。どうやら攻略キャラは反射神経も規格外らしい。

 そして実をしげしげ観察して翻り、したり顔でピフラに正対した。

 

「約束ですからね?」

 ガルムはピフラの手を取り、真っ赤なヤマモモを手のひらへそっと乗せる。

 その澄ました顔に感情は見えなかったが、しかし赤い瞳は明るく清く澄んでいて。

 ──ガルムの赤い瞳を思わす色の実が自分の手の中にある。それがなぜか「彼自身」を預けてもらったようで嬉しくて、ピフラは満面の笑みを浮かべた。


「ええ、約束するわ。そうだ! せっかくだからこれでジャムを作りましょう! マルタがジャムに合う美味しい紅茶を淹れてくれるから」

 ピフラに迫られたガルムは素早く目を逸らしたが、すぐに小さくこくりと頷く。

 ピフラは思わぬ展開に高揚した。

 よし、調理実習でさらに仲を深めよう。そして一緒に美味しく楽しくお茶をしよう。

 秘密と楽しい時間は、共有すればこそ、その価値が上がるのだから。 


 ◇◇◇


 ピフラは長い廊下で1人小躍りしていた。

 ──まさか自分の前で魔法を使ってくれるだなんて、2人だけの秘密だなんて! と気持ちが大いに昂る。

 

(わたし達だけの秘密って……仲良しの代名詞じゃない!?)

 ジャム作りをするため、メイドに借りたエプロンを持ってピフラは走った。ガルムを厨房に待たせている可愛い可愛い弟のために全力疾走する。

 そして厨房に滑り込むと、ピフラは小麦粉を被って全身真っ白な何かと対面した。 


(お化けっ……じゃなくてガルムだわ!!!!)

 気が動転したピフラはエプロンを放り投げ、真っ白なガルムに掴みかかった。


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