第8話 誰が為に木は育つ


「うーん……どれがいいと思う?」

 埃被った樹木図鑑を開き、ピフラは唸っていた。

 木を植えようとは言ったはものの、何を植えるべきか皆目見当もつかないのだ。

 ここは屋敷の離れにあるログハウス。保有する苗木の種類は実に1,000を超え、2階建のこのハウスには天井から床の隅まで植物の苗が所狭しと並んでいる。

 

 ──正直なところ、色々ありすぎて選べない。

 言い出しっぺの責任でピフラは「コレだ!」というものを提案したかったが、ガルムの様子を窺いながらではそれも難しく。背後にいる無言のガルムから圧を感じ、ピフラはますます候補を絞れないでいた。

 すると、唸り続けるピフラの背中からニュッと筋張った腕が伸びて、図鑑の中の1つを指差した。


「『ヤマモモ』がいいと思います」

「きゃあああっ!? びっくりした!!」

「大袈裟ですね、背後を取られた剣士でもあるまいし」

(いや、こっちは毎日心理戦なのよ! あなたと!)

 ──などと言えるはずもなく、ピフラはヘラッと目尻を垂らして言った。

 

「……ヤマモモっていうとー、これ? ヘーこれも赤い実がなるのね。ふふっわたしのナナカマドとお揃い」

「べっ別にそういうつもりじゃ──!」

「あははっ分かってる。わたしが嬉しいだけよ。大好きな弟とお揃いだから」

 揶揄い甲斐があるガルムに、ピフラはケラケラ笑う。 

 彼を見やれば耳まで紅潮し、口を真一文に引き結んできた。


(えっ、まさか揶揄われて怒っちゃった!?)

 けれど怒気は感じない。しかし普段はすました顔のガルムだが、今はすっかり茹っていた。

 一体どうしたというのだろう。不思議に思ったピフラが視線を注ぐと、ガルムは耳まで赤くなり最後には視線を逸らされてしまった。


 ピフラとガルムは温室に移動した。

 ヤマモモの苗木をガルムが運び、植え替えに適した場所をピフラが探す。

 すると、木1株にちょうど良い空間を見つけた。半径およそ2mの間隔があり、これだけあれば将来冠が広がっても十分な距離だろう。

 ピフラは木図鑑を片手に植え替えを行なった。

 ……いや正確には行おうとした。

 しかし、やんごとなき公爵令嬢は手際が悪い、非常に悪い。見ればスコップの先でチビチビ土を掘っており、このペースでは終わる頃に明後日を迎えてしまいそうだ。

 ガルムは大きな溜め息をつき、ピフラからスコップを取り上げた。


「俺がやるんで、そっちで休んでいてください」

「でも意外と難しいのよ? 結構力がいるから……あれ?」

「こんなもんでいいですよね?」

 返事を待たずにさっさと植替えを終わらせたガルムに、ピフラは呆然とした。圧倒的手際の良さである。

 棲家を変えて威風堂々としている稚樹。その様子に感心してピフラは図鑑を開きヤマモモの生態に目を通す。

 

結実けつじつは約20年後なんですって」

「随分ノロマですね」

「ふふっ。20年というとガルムが33歳の時ね。きっと愛する奥さんと子供と一緒に見ているはずよ」

(相手はやっぱりヒロインかしら?)

「姉上も俺と一緒に植えたから見る時も一緒ですよね」

「えっ? わっわたし? わたしはー……」

 ──あなたがわたしを殺していなければ喜んで!

 と心中のピフラが辛く叫ぶ。


「わたしは……ここ(※この世)にいられたら、一緒に見ようかしら」

 ──だから健全に育ってヤンデレ化しないでね!

 と笑顔の裏でピフラが泣きついた。

 ピフラの赤いドレスの中は、すでに全身汗でびっしょりだ。それでも笑顔を必死で取り繕うピフラだったが、しかしガルムは彼女の動揺を見逃さなかった。


「自分で言いましたよね? 『家族だから一緒でなくちゃ』と」

 しゃがんでピフラを見上げていたガルムはすっくと立ち上がる。そして顰め面でパンパンッと音を立てて手を払った。──その瞬間だった。


 ──ズゴゴゴゴッ……ミシミシッ……

 地響きのような轟音が耳を突いた。「地震!?」揺れに備えて身構えたピフラだったが、温室の木の葉は1枚たりとも揺れていない。 ただ1つ、ガルムのヤマモモを除いては。

 はじめ、稚樹は怯えるようにプルブル震えていた。その後震えがピタリと止むと、枝葉が天井めがけて一気に伸長したのである。

 背を伸ばす間も新芽は常に育まれ、四方八方に枝分かれしていく。幅を広げ、縦に伸び、形を変え、ヤマモモの成長は止まらない。


「えっえっえっええええええええ!?!?」

「あなたが言うから、こんな事に付き合ったんです。他の誰かとどうこうするためじゃないんですよ、姉上」

 

 ああ、すっかり失念していた。

 ガルムは「ヤンデレ大魔法士」設定だった。


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