第5話
仕事も終え、今日のところはひとまず家に帰ることにした。
ここから車で小一時間――もかからない。実は普通に車で五分の距離だ。というかそれも完全自動運転。もちろん開発者は親父。正確には親父主導のチームが、だな。
それによってすぐに到着し、懐から鍵を取り出して施錠を開ける。
「お、おかえり、なさい……」
ぎこちない様子で出てきたのは優子だった。どうせ家から出ないからか、人前で見せるには少し薄い服装だった。
いやいや、さすがに倍も年が離れた少女に興奮などしないよ。うむ。
そんな彼女だが、最初はなにかに従おうとするといった強迫観念のようなものがあった。恐らくその対象は実來だ。新幹線の中でも、それに抗おうとする行動が何回も見受けられた。
しかし、あいつらから離れれば離れるほどそれは薄れていき、今では引っ込み思案ながらも健気な少女、という風に落ち着いた。
「あぁ。ただいま」
思えば。彼女は出来たことあっても結婚したことはない俺にとって、「おかえり」を言ってくれる人は果たして何年ぶりだろうか。まだ結婚もしていないのに、中学生の娘が出来た気分で少し目頭が熱くなる。しかし俺は男。こんなとこで泣くわけには行かない。必死に湧き上がる衝動を抑え、靴を脱いで家に入る。
「今日のご飯はどうしますか? 私が作ってもいい、ですけど……」
レストランで働いていたわけだし、料理ができることに何ら違和感はない。こんな積極的な提案までしてくれるのは、かなり嬉しい。
「いや大丈夫。二人は風呂に入っておいで。ちなみに何が食べたい?」
「和風なら、なんでも大丈夫ですっ」
「二日連続で和風をご所望か。分かった。期待しててくれ」
「あ、ありがとうございます」
申し訳無さと感謝が入り混じったような顔をした優子は、半ば軟禁状態の兄を連れ出して風呂へと向かった。
今、優輝は洗脳とも言うべき状態――優子は治ったが、彼は回復の兆しが一切ない――から抜け出せないでいる。それはまるで自立という概念を失ったかのようだ。
だから、まるで介護するかのように二人で風呂に入る。それが理由だ。
「和風……今日はもやしの味噌汁と……」
◇
誰かに料理を食べさせることのできる喜びを胸の中に感じつつ作っていたら、気づけば彼らが風呂から上がる前に作り終わってしまった。
早く食べないと冷めてしまうと思い、脱衣所まで言って呼びに行くことを決意する。
ガラガラガラ……と扉を開けると、そこには風呂との境目である脱衣所があり、なんと二人の若き少年少女が――!?
「「あっ」」
みるみる紅潮する優子の顔。
一方俺はと言うと、もちろん興奮なんかするわけもなく、その身体に残る痣の跡を見つめていた。
「その傷跡……」
「……あ、あ、えっと傷跡、ですね。これはパパとママが……」
そして呆然とした様子になる。
釣られて俺も呆然としてしまうが、すぐに気を取り直してどうしたのか問いただす。
「パパとママが? あ、もしいいたくないことなら言わなくても――」
「……ち、違うんです。その……記憶が、無くって」
「記憶が、無い?」
「パパとママに何かをされたことまでは覚えているんですが。何をされたかまでは全く……」
「なぜ覚えていないのかの心当たりは?」
「あります」
俺はそこで言葉に詰まる。虐待の辛い記憶を脳が無理やり忘れさせたことによる記憶の欠落だとばかり思い込んでいたためだ。改めて深呼吸し、会話を続ける。
「その心当たりとは、何?」
「機械です。頭から被る感じの。確か……ひとま、なんたら」
「……っ!?」
たった三文字。されど三文字。俺を驚かし、そして動揺させ、たたらを踏ませることすら出来る三文字。
俺は、ゆっくりと。噛みしめるように言葉の切れ端をつなぎ合わせる。
「ひとま――
「あっ、やっぱり知ってたんですね。さすがは叔父さんです」
「ただ……俺としては最悪なものが出てきたと思ってる」
「なんで、ですか?」
「自分に起こった出来事を省みれば分かるだろ? あれは、危険すぎて親父が封印した代物。親父曰く、あれは『呪いの発明』だそうだ」
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