第3話

 ◇

  

 そこから俺は一週間、毎日足繁く、根性強く通い続けた。

 さすがに少しばかり怪しまれたものの、「美味しかったから」という言葉で全てを蹴散らすことに成功した。レストランを営む彼らにとって、その言葉は何よりも貴重なものなはずだ。

 ……なんかこう言うとゲスいな。失敬。


 ともかく。この一週間、あの兄妹と夫妻を観察して分かったことがある。それは、「何か秘密を抱えている」ということだ。

 一週間も観察した結果がそんな曖昧な言葉なのか、とも思うが、こればっかりは仕方がない。あいつは昔からヤンチャしてきたせいで犯罪の証拠隠滅が上手くなっているのだ。ポーカーフェイスや演技はお手の物。さすがに演技を使ったおねだりは家族に通用することはなかったが、それ以外は家族であっても指摘することが難しい。唯一お袋だけはすぐに看破していたが、俺と親父は首を傾げるばかりであった。

 

 そんな男が何かを隠そうと――しかもこんな年齢になった状態でやっているのだ。俺なんかに分かるはずがない。それはもう探偵の領分だろう。


 だが、俺でも出来ることはある。

 二人を外に連れ出し、事情聴取をすることだ。一歩間違えれば犯罪だが、幸い俺は血縁者。言い訳くらいは立つことだろう。


 さて、入店するとしようか。


 チリンチリン――鈴の音が鳴る。俺は常連客の雰囲気を放ちつつ厨房に近づいていく。それと同時に、夫妻と兄妹を探す。

 まず兄妹を見つけた。フロアでバッシングをしているようだが、すぐに終わりそうな様子。

 次に奏音さんを見つけた。なんだか申し訳ないような気もするが、何も知らないままでいてくれることを願う。


「あ、奏音さん、いいところに」

「今日はどうされました?」

「それがですね、店の裏手に怪しいものがありまして」

「怪しいもの、ですか」

「さすがに近くまで行くのは憚られましたけど、ちょっと見てきたほうがいいと思いまして。もし危ないものだったら大変じゃないですか。なので実來を呼んできて行かせてやってください」

「そうですね、そういうのは夫の方が慣れてますし……」

「それでは失礼します」


 店全体を見て実來が見つからないということは、自分の部屋で何かコソコソとやっているのだろう。ならば時間稼ぎには持って来いだ。


 奏音さんを見送ったあと、急いで兄妹を捕まえた。

 機械じみた兄よりは妹の方はわりと話が通じるようで、「お兄ちゃんを連れてきて」と真剣な表情で言ったらコクリと頷いてくれた。


 そして一分後。「仕事に戻らないと……」とうわ言のように呟く優輝を連れて妹――優子は戻ってきた。そして無関係のバイトさんには、切羽詰まった表情で人差し指を唇に当てて「黙っておいてくれ」と合図する。俺の本気さに何かを察したのか小刻みに頷いた。


 こうして、俺は倍ほど年の離れた子ども二人を連れて店を飛び出したのである。仕事の制服は店の前に隠すように置いておいたキャリーケースに入れ、俺、優子、優輝の順で手を繋いで走る。俺の左手はキャリーケースがあるのでこうなった。


 そこから名古屋駅まで、時間を忘れて走った。もちろん走りっぱなしとはいかないものの、ある程度素早く移動出来たとは思う。

 

 昨日急いで追加で二枚、新幹線のチケットを購入した。いくらまだ夏とは言え夏休みではない。追加で二枚くらいは問題なかった。

 俺は平然と、まるで「こいつらは自分の子どもです」と言わんばかりの表情で新幹線に乗り数十分後。ここで追いつかれる、なんて展開にもならず、ついに新幹線運命の歯車は東京に向かって走り出した。


 

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