第2話
◇
あのときに感じた恐怖を、食事の味で上書きしている最中。
また一人、店員が近づいてきた。
「お冷のおかわりは必要ですか?」
次に来たのは青年。名札を見て、またも確信を得る。彼は甥の方だ。名前は――
「あぁ、じゃあもらおうかな」
彼の近くにコップを移動させ、水が注がれようとするその時。ピッチャーの蓋が開いていたのだろう、水が思い切りこぼれてしまった。
「あっ、すみません――!」
幸い料理の方にかかることはなかったし、俺も軽く水しぶきが飛んでくるだけで済んだ。特段被害はなかったのだ。
しかし、彼の方はとんでもないことになっていた。主にその表情が。
「す、すみまっ……」
ポケットに入っているタオルを取り出し、なんとか水を拭こうとしている。しかし手は信じられないほどに震えており、口もパクパクと動いている。それに加え、その目は血走っており、明らかに正常な様子ではない。
もしかしたら何らかの精神疾患なのかもしれない、とも思ったが、姪の方の異常を考えるとどうもそんな言葉で片付けていいようには思えなかった。
「大丈夫、大丈夫だから。俺にはなんの被害もない。だから落ち着いて片付けてくれていい。俺も手伝うさ」
机の上にカーリングのように滑ってきた氷を机の端に寄せたりと軽く手伝う。
彼の方はひたすら機械のように――先程の慌てた様子は収まったが、まだ焦りが抜けきってはいないようだ――片付けをしていた。ミスはともかく、動きだけ見ればプロのように思える手つき。慣れている、というわけではなさそうだが、それでも卒なくこなしているように感じる。
「おい、一体どうしたんだ?」
その騒ぎを聞きつけてか、ついに俺のよく知る人物――
「いや、どうってことないさ。ただ水をこぼしただけだ。な?」
「は、はい……すみません」
実來が来た途端、彼の震えがピタッと止まった。しかし、それは安心からくるものではどうもなさそうだ。
あいつのことだ、ここで平手を食らわすことも考えられる。俺は意地でも止めてやろうと身構えていた。
「そうか……まぁ、素早く片付けたのはいいことだ。後で俺の部屋に来いよ」
「分かりました」
驚いた。あの実來が、激昂もせず、暴力もしなかった。それどころか褒めたではないか。あれほど不器用に生きてきた男が、惚れた女性以外を褒めるなんて見たことがない。しかもこんなに素直に。なかなか信じられるものではない。やはり、こいつも成長しているのだな。
「し、失礼しました」
それらも終わり、一息ついた優輝くんはその言葉だけを残して立ち去っていった。実來もそれに続き、俺を一瞥して去った。
そこからは、料理の味も感じなくなった。
◇
料理も食べ終わり、会計を済ませて店を出る。
腹は満たされたが、胸に残るしこりは増す一方だった。
そうして俺は、とある行動に出た。
まぁ、要するに窓から中を覗く、ということだ。こっそり、隠れるようにして見ればきっとバレないのではないだろうか。彼らはきっと俺がいなくなったからと安心しているはず。何か不審な行動があればすぐさま突入して事情聴取をしてやろうではないか!
……別に俺は警官じゃないが、それくらいは許されるはず……だよな?
「ここらへんなら……いい、かな」
店と店の堺にある小さな通路。俺はそこに隠れて窓を見ることにした。ここなら厨房の様子だとかも見れてお得かもしれない。
すると、すぐに動きがあった。実來が優輝を呼ぶ仕草を見せた後、手に持った何か――ヘルメットのように見える――を頭にかぶせたのだ。そしてそのまま実來は優輝を連れてどこかへ行ってしまった。恐らく、先程言っていた「俺の部屋」というやつだろう。さすがにそこを見るわけにはいかない。なんたってリスクが大きすぎる。なのでさすがに辞めておいた。
だが……
「謎は増えるばかりだな」
このまま東京に帰る? そんなの俺が許せない。一週間くらいならば出張で誤魔化せる。本来は3日の予定だったが……これはホテルの宿泊も延長しないとか。
さてと……これから毎日昼飯はイタリア料理に決定、だな。
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