人間道具 -ヒトマドウグ-

ねくしあ@カクコン準備中……

第1話

 俺の親父は、偉大な発明家だった。

 世の中に次々と、画期的で、人知を超えた発明を生み出していった。


 名の知れた名誉な賞もいっぱいもらっていた。家の一部分が表彰状やらなんやらの展示スペースにすらなっていたのはいつ見ても壮観だった。

 機械界隈、とでも言おうか。そんな人々にとっては神のような存在だったと友人から聞いた覚えはある。

 世界全体の「時代」を一歩、いや三歩くらいは動かしたのだ。


 そんな親父でも、失敗作を生み出すことくらいはある。

 東京の郊外にあった長閑な一軒家を自宅兼工房に使っていたため、倉庫には何をどう使うか分からない鉄の塊が散乱していたものだ。


 親父はたまに、暇な日にそれを一個一個手にとって、小難しい言葉の羅列を当時幼かった俺と弟に聞かせてくれた。

 大人になり、既に四十歳を間近に控える身であってもどういう意味だったのか理解できていない。それでも子どもの好奇心を満たすには充分すぎるほどのものだったと、確信を持って言える。


 さて、なぜこんな話を思い出したかと言えば、俺がつい数日前に体験した奇妙な出来事に、親父の発明品が絡んでいると気づいたのがきっかけだ。それのせいでこんなにも長々二十年近く前の事を思い出したのである。


 ◇

 

 ある日、東京の下町で工場を営んでいる俺は取引先との営業で名古屋を訪れていた。現在は商談も終わり、お腹も空いてくる昼下がり。

 何を食べようかと考えていると、ふと弟の事を思い出した。確かあいつは実家を出て名古屋で店を――確かイタリア料理だった気がする――出していた。ちょうど近くにあるものだから、早速行くことにした。


 夏が秋に移ろう季節。まだまだ残る暑さに耐えながら歩いて十分のところに店はあった。


 小洒落た雰囲気で大人しめな印象を受ける外装。弟が小さい頃からヤンチャで派手な服装を好んでいたのを鑑みると、対極的なセンスと言える。そんな見た目にはどうしても違和感が拭えない。大方、弟の妻の趣味といったところだろう。


 扉を開けるとチリンチリン、と涼しげな鈴の音がなり、バイトと思しき店員が――大学生くらいだろうか――席へと案内してくれた。

 一息つき、お冷を口に含みつつ机に置いてあるメニューを手に取る。


 そうだな……せっかく名古屋まで来てるんだ。「名古屋名物でイタリア料理といえば」なものを注文しようか。


 そう思って机の上にある呼び鈴を押すと、電子的な音が流れ、十秒と少し経って店員が一人やってきた。


 その人の顔は、以前に見覚えがある人だった。


「ご注文をお伺いし――って、翔人しょうとさん……?」

「あぁ、奏音かのんさん。どうもお久しぶりです。いつも弟が――実來みくるがお世話になってます」

「いえいえこちらこそ……! いつも私と子供たちのために頑張ってくれてて良いパパですよ!」


 店員、もとい奏音かのんさんの様子を見るに、弟はしっかり元気にやっているようだ。

 あいつのことだし、子どもが言う事を聞かないと感情的になって手を出す、なんて事すらありえる。冷静な俺とは昔から正反対の男だった。


「それは良かった。あいつは昔からヤンチャで、暴走して迷惑かけてないか心配だったんです。俺も安心できましたよ。あ、注文いいですか?」

「安心できたなら良かったです! 注文ですね、いいですよ」

「じゃあこの……鉄板イタリアンを一つ」

「分かりました。鉄板イタリアンですね、少々お待ち下さい」


 そう言って奏音かのんさんは去っていった。

 その間におしぼりで手と顔を拭いておく。


 ――数分後、健気な「お待たせしました!」の声と共に料理が運ばれてきた。


「鉄板がお熱くなっていますのでお気をつけください!」


 パチパチとスパゲティの麺が焼けて弾ける音と、下に絨毯の如く敷かれた溶き玉子が発するジュージューという音がする。それと共にケチャップの香ばしい匂いが漂う。


 それを運んできた少女を見ると、これまたどこか見覚えのある顔だった。


 どうも不思議に感じていると、名札を見るとひらがなで「ゆうこ」とあり、やっと合点がいった。

 彼女は弟の娘、つまり姪だ。なので、彼女から見れば俺は叔父ということになる。

 どうやら彼女もここで働いているらしかった。年齢は、確か14歳くらいか。中学二年生だったと思う。


 そんな若くから手伝いをしているのは素直に感心だ。俺ら兄弟なんて、仕事を手伝ったことなんか数えるほどしかなかった。

 俺が工場で働こうと思い立った頃に数回あるが、それでも十回ないくらいだな。


「久しぶりだね。おじさんの事は覚えてるかな?」

「……あ、叔父さん! どうもお久しぶりですっ!」

 

 俺は思わず「良かった」と胸を撫で下ろした。

 馴れ馴れしく話しかけたはいいものの、もし覚えられていなかったら」ヤバい人」に一瞬で変身してしまうところだったのだ。知らぬ間に窮地を脱出したような感覚といえる。


「っ……」


 彼女は挨拶の後、なにか思い詰めたような顔をした。言いたいことがあるけど言えない――そんな顔だ。


「どうした? 何か言いたいことでも――」

「――て」


 それは、微かな声だった。いや、声だったかすら怪しい。けれど、言葉を発する口の動きだった。


 そして。なぜだろうか、


 その口の動きが「たすけて」だったように思えるのは。


「……今のは――」

「ご注文は以上でしたよねっ! どうぞごゆっくり!」


 切なげな表情から一転、作られた笑顔を貼り付けて立ち去ってしまった。まるで何かを恐れているようにも思えた。長くここにいると、恐ろしいことが起こるような、そんな足取り。


「……本当に、大丈夫だろうか」


 俺は一抹の不安を抱えながらも、鉄板イタリアンを口にした。

 玉子と塩コショウの味が、薄かったような気がした。

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