第21話 前半戦終了エピローグ

ハンバーグ カンカン

ハンバーグ カンカン

ハンバーグ! ハンバーグ!

ハンバーグ! ハンバーグ!


どんどんガッチャガッチャ

ガッチャガチャガッチャガチャ!


「んむ。んむむ。」

 五月蠅い歓声と、金属同士がぶつかり合う音に目が覚める。目を開けると、そこには見覚えのある天井が。私には、これまた見覚えのある温かい毛布が掛けられている。目が覚めた時にいるのが、誰もいないおんぼろな外ではないことに少しだけ涙をしそうになった。

「む。美味しそうな匂い。」

 鼻孔を擽る甘美な匂いに食欲がそそられ、思わず涎が垂れ落ちる。


「あ。継菜つなちゃんさん。おはようございます!」

「……。だれ?」

 私に親しく挨拶をしてきてくれたのは、……。なんか頭がカラフルな色をしている、右眼に眼帯を付けた少女だった。両手にフォークとナイフを持ってなんかウキウキとそれらをかち合わせて鳴らしている。それにしてもこの顔、どこかで見覚えがあるような。

「なんです?俺様の顔になんかついているですか?」

 じぃっと彼女の顔を見ていると、笑顔で返された。

「あ!あの時の、最後に現われた人!」

「あの時?最後?」

「ほら、“氷のデモ悪魔”を後ろからナイフで突き刺そうとした!」

「ああ。そのことですね。はい!その時の俺様なのです。」

 むん!と胸を張る少女。

「くく。その後惨めに氷漬けにされてたみたいだけどな。」

「そこ!余計なこと言わない!それと、早くハンバーグ!カモン!」

「はいはい。ちょっと待ってな。」

 眼帯少女がナイフを指した方を見ると、台所で隠岐くんが朝食の準備をしていた。その足下で、モモちゃんがコアラのように抱き付いて寝ている。

「ええっと、モモちゃん?」

 戸惑いを見せる私。

「ふふ。可愛らしいですよね。モモちゃんってば、負けた時はいつもああなんですよ。」

「……。誰?」

 私の疑問に答えてくれたのは、これまた知らない少女だった。こちらの人には見覚えすらない。

 膝辺りまで伸びる長くて美しい白い髪。病気を疑ってしまうほど白い肌。その姿の中でも一際目立つ、あかい瞳。

 私はその美しい瞳に魅入られて。

「ほらフィーネ、また眼の力が制御出来てないぞ。」

「ふぇ?ほ、本当ですか、す、すみません。」

 隠岐くんに指摘されてフィーネ?ちゃんは慌てて自分の顔を隠すように手で隠そうとする。その大きくて丸い目がパチクリと瞬きをした時、その眼は紅いそれから紫紺の色へと変貌する。私はの瞬間を目にしてしまい、自分の目を疑ってしまう。

「え、今。」

「へへへ。すみません。」

 照れ笑いする彼女はとても可愛らしい。

「そいつの名前はフィーネ・ルフェニブル。うちの優秀なアルバイトで、看板娘だ。」

「えへへ。看板娘なんて、そんな。」

 本当に嬉しいのだろう、彼女の表情がぐにゃぐにゃに歪む。後ろ頭をさすりながらデレデレとしている。隠岐くんはそのまま調理をしながら、その他の人についても説明してくれた。


「そっちの眼帯娘が久遠くおん 耶薙やなぎ。修司のところのじゃじゃ馬探偵(笑)だ。」

「ぶー!俺様の説明が適当ー!っていうか、今(笑)って付けました!?」

 不満を訴えるように、フォークとナイフをぶんぶんと振り回しながら抗議する眼帯娘。そうか。彼女はひいらぎくんの探偵事務所の人だったのか。だから、“氷のデモ悪魔”の調査をしていたのかな。氷漬けにされた、柊くんの為に。


「それで、トイレに籠もっているのがメーネ・ルフェニブル。彼女もうちのアルバイトで、キッチン担当だ。あいつは上手い料理を作る。」

 隠岐くんがそういうと、トイレの中からコンコンと音が鳴った。

「うぇ!まだ居るの!?」

「ああ。今日はぞろぞろと集まって来てな。悪い、騒がしかったか?」

「いや、別にいいけど。」

 そもそも居候の私が抗議するようなものではないと思う。だってここ、隠岐くんの家だし。隠岐くんの自由にすればいいと思う。そう思いながら隠岐くんを見る。隠岐くんの頬に付けられた絆創膏が少しだけ気になった。


「んがっ」

「あ?起きたか、モモ。ほら、朝ご飯を作るのに邪魔だから早くどけ。」

 隠岐くんが鬱陶しそうに足を動かすと、モモちゃんは隠岐くんの顔を一瞥してより一層強く抱き付いた。

「なんでだよ。」

「あぅ。」

「ほらほら、邪魔になっちゃうよ~。」

 隠岐くんに軽いチョップを入れられ、フィーネちゃんに引き剥がされるモモちゃん。彼女はいやいやと子供のように言いながら彼の右足に手を伸ばすが、それが届くことはなかった。そのままずるずると食卓まで引き摺られて来て私と目が合う。


「あ、あぅ。仁賁木、さん。」

 彼女は気まずそうに私から視線を逃がした。

「え、あの、どうしたの。モモちゃん。」

 私が聞くと、彼女はぽろぽろと自分の目から涙を零し始める。

「え?え?」

 戸惑う私に。

「ご、ごめんね。ええん。」

 モモちゃんは急に謝罪の言葉を出して泣き始めてしまった。私の戸惑いが加速する。

「え?あの、どういう」

「私、あいつに、何も出来なかったああ。」

 ピーピーと泣き始めてしまうモモちゃんに私は困惑しながらも必死に頭を回転させる。彼女がいいたいことを理解する為に。

「あ、もしかして“氷のデモ悪魔”のこと?」

 私の言葉に、モモちゃんはコクコクと頷く。

「全然大丈夫だよ。私だって、何も、出来なかったし。」

 言いながらゆっくりとうつむいていく。何か、どろどろとした感情が私の中で漂い始めていた。

「ごめんね。本当にごめんねぇ。」

「よしよし。よく言えたね。これできっと、隠岐さんも許してくれるよ。」

 泣くモモちゃんの頭を優しく撫でながらフィーネちゃんが彼女を抱き絞める。もしかして隠岐くん、私が寝ている間にモモちゃんを叱ったのかな。

「うわーん。ママ-!」

 モモちゃんは彼女の優しさに抱き付いた。

「え。ママって。」

「勘違いするなよ。フィーネがモモを産んだ訳じゃない。」

「わ、分かってるよ!」

 台所から隠岐くんが分かりきったことを教えてくれる。分かってたし。だってフィーネちゃん、ママに見える程大人に見えないし。あ、でもおっぱいデカ。

 胸に顔を埋めるモモちゃんを優しくあやしてあげる彼女の雰囲気には、お母さんのそれを感じさせられた。


「さて。朝食が出来たぞ。」

「待ってたです!」

 彼の言葉に久遠ちゃんが喜びの声を上げながら食卓をバンバンと叩いた。

 隠岐くんはてきぱきとお皿に盛り付けを終えると、それを食卓に並べる。


「ほら、モモも。いつまでも泣いてないで朝食を食べるぞ。今日はお前の好きなハンバーグだし、いっぱい食え。」

 なんで朝からハンバーグ?とは思っていたが、そういうことか。不器用というかなんというか。

 モモちゃんはフィーネちゃんの胸に顔を埋めたまま、顔だけをこっちに向けてくる。

「許してくれる?」

「だから、それは俺じゃなくて仁賁木に聞けって。」

「え?なんで私?」

「モモの慢心で不利益を被ったのはお前だからな。」

「え、あ、う、うん。そうだね。私は別に大丈夫だよ。」

「だとさ、良かったな。モモ。」

「……。咲夜は?」

「だから、仁賁木が良いって言ったのなら俺は別にそれでいいって言っただろ。」

「本当に?」

「ああ。本当だ。」

「良かったぁ!」

「あ、馬鹿!くっつくな!鬱陶しい!」

 喜びながら抱き付こうとしたモモちゃんを、隠岐くんは綺麗に投げ飛ばした。

 いや、なんで?


 そんな朝のごたごたを終え、今度こそ全員で食卓につく。トイレに籠もっていたメーネさんもズルズルと出てくる。隠岐くんからも謝罪があったのは少し意外だった。

 そして全員が揃うと、手を合わせていただきますをする。

 直ぐにご飯にがっつく久遠ちゃん。それを横目に、隠岐くんは言葉を投げかけた。


「それじゃあ、めしを食いながら今後の話をしよう。」

 そうして始める情報交換と、今後の指針。私は彼の会話を聞きながら、彼に騙されないように常にその言葉の端々を疑った。

 彼は何を知っていて。何を企んでいるのか。その全貌を、私は解き明かす必要がある。


 型乃坂 瑛己の殉職から始まった物語は、まだまだ終わりを見せない。

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