第20話 見せられる悪夢

「おはようございます!」

「ああ。おはよう。仁賁木。」

 いつものように警察署に通う朝。私にとって型乃坂刑事との挨拶は毎日の生きがいだ。これだけは絶対に欠かすことが出来なかった。

 そんな毎日の生きがいをこなして自分の席に座ると、隣の席の大照おおてる 仮奈かなが怠そうに声を掛けてくる。


「毎日飽きないねー。」

「職員の皆に挨拶をするのは普通のことでしょ?」

「はは。そだねー。」

 仮奈とは毎日のようにこんな会話をしている。毎日乾いた笑顔を返される此方の身にもなって欲しいというものだ。

「そういえばさ、昨日出た―――」

 そこから少しの雑談をすることもいつものことで、私と仮奈は仲が良かった。


「今日は“テニス部のデモ悪魔事件”に関する会議だったっけ。それじゃあ、会議室までは一緒……に。」

 私が席を立った時、それまでこの場所に沢山居た警察職員の姿が消えていた。無機質な部屋の中で、私一人だけの空間が出来る。つい先程まで隣に座っていた仮奈の椅子がカラカラと寂しそうに回る。


「あれ、皆?仮奈?型乃坂刑事?」

 あまりに唐突に訪れた光景に眼を疑った。急に皆が消えてしまって怖くなる。

 部屋を出て廊下を覗いてみるも、誰もいない。

「誰か、誰かいませんか?」

 まだ出勤したての時間の筈なのに、署内に一切人がいる気配がしない。恐る恐る片っ端から部屋を当たっていくも、誰もいない。

 もしかして、ここだけじゃなくて外にも誰もいないんじゃないか。そんな不安に襲われて玄関口を見た時、外から激しい歓声が聞こえてびっくりした。


「な、何?」

 ゆっくりと警戒しながら玄関口を目指す。行っては駄目だ。何か不吉なことが待っている。何故だかそんな予感がしていたのだが、私の足が止まることはなかった。徐々に玄関口に近づいていくと、自動ドアが勝手に開いていく。


「なんなのよ。これは。」

 不気味な集団が、歪なお祭り騒ぎで盛り上がっていた。警官達が十字架に貼り付けられて見世物にされている。血だらけの警官達が撒き散らす血飛沫が私にも降りかかった。

 私はただその光景を前にして絶望する。


「嘘でしょ。仮奈。」

 祭り上げられた死にかけの友人の姿を見て、私は――。

 後ずさろうとした私の足に、何かがもたれ掛かってくる。

「ひっ」

 驚きながら振り返ると、そこには血だらけになった型乃坂刑事の死体が。

「あ。ああ。あああああああああ!」

 そんな私の体に、後ろから誰かが抱き付いてくる。ただでさえ動けない私の体を、更に動けなくするために。自分の体が冷えていくのが分かる。


「隠奇咲夜を疑え。」


 悪夢の最後に呟かれたそんな言葉が、私の心に深く突き刺さる。

 最初から咲夜カレは怪しかった。学生時代では、型乃坂刑事と敵対していた一面もある。彼だって、型乃坂刑事に恨みを持っていてもおかしくなかった。彼の高校時代の悪行はよく知っている。型乃坂くん達と仲良くなっていたからって安易に信頼したらいけなかったんだ。

 そうでなければ、どうして真実を私に教えてくれていないのか。何故、黙っているのかに説明がつかない。私に優しくして、必死に足掻こうとする姿を見て楽しんでいたの?

 私の助けになる筈の人は、これっぽっちも役に立たなかった。存外あっさりと氷漬けにされて、私もその後にあっさりと殺された。約束が違う。始めから、私に“デモ悪魔”に対抗出来る力なんて与えるつもりがなかったんだ。協力する気なんてなかったんだ。

 きっと、あの氷のデモ悪魔が来ることも知っていたに違い無い。そして、あの“氷のデモ悪魔”は隠奇くんの敵だ。そうでなければ、隠奇くんが何を知っていて何を知らないのかなんて分かる訳がない。

 何故だか、氷の人は私に助言をくれた。もしかしたら良い人だったのかもしれない。隠奇くんを探る為に今後頼れるかも。彼もデモ悪魔みたいだったけど、何かが違う気がする。

 隠奇くんはもしかすると、私の敵かもしれない。もし“雷のデモ悪魔”と共犯なら、私を使って敵である“氷のデモ悪魔”の人の戦力を測ろうとしていたのかもしれない。私を餌にして。自分は遠くから眺めていたのかもしれない。

 配電所に入る前、モモちゃんが隠奇くんが近くにいるようなことを言っていたし。なんだか、辻褄が合う気がする。 

 いや、辻褄が合うじゃない。辻褄は合っているんだ。

 私の知人は死んだ。殺された。大好きな人はいなくなって、私は一人ぼっちになってしまった。


 許さない。どうして私が、こんな目に。


 祭り上げられた死にかけの仲間達。殺された型乃坂刑事。

「新たな指導者が!革命家達が名乗りを挙げて来た!俺達もそれになるんだ!俺達の力で!ここを時代の転換期にしよう。」

 激しい頭痛の中で、雷のデモ悪魔の言葉が響く。あの惨劇の中で聞こえた悲鳴が、耳鳴りになって襲い来る。

 ヤツらの狙いは国家転覆だ。このままだと、私の家族だって同じ様に殺されるかもしれない。お父さんやお母さんも。


 殺さなきゃ。私が殺さなきゃ。デモ悪魔達あいつらを、一人残らず。


 私を裏切った“隠奇咲夜”も許さない。

 彼の隠している真実は全て暴く。そして殺す。

 覚えておけ。この世界に、お前達のような下劣な人間は必要ない。


「はは。面白いね。それ。」

 そんな私の思いに呼応してか。一人の悪魔が現われる。ピンクのツインテールで、どこかモモちゃんに似ているような顔立ちの悪魔。


「私思うんだよね。悪魔を殺すには、自分も悪魔にならなきゃ。」

 彼女はじっと私の目を見る。

「ねぇ。あなたも、特別な力が欲しくない?」

 悪魔の顔をじっと睨み付けながら、私は―――。


 そして仁賁木にほんぎ 継菜つなは、隠奇咲夜の腹の内を探り始める。

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