第18話 これでいいのか

「はぁ。はぁ。痛ェ!痛ェ!痛ェ!」

 バチバチと雷光を走らせながら、典雷甲夜が深夜の森を駆け巡る。

 彼を狙うのは、魔素で動く動物達。隠奇おき 咲夜さくやが作った精巧な人形動物達は、本物である野生動物以上の性能を誇っていた。今回彼が主に使っていのは、狼と熊を模した者達だ。狼は速さ、熊は一撃の重さを重視して制作されている。

 幾ら魔術で作られた狼の足とはいえ、“雷”の速さには勝てない。これが通常の戦場であれば隠奇咲夜は既に死んでいるだろう。しかし、現在の戦場には幻術が掛けられている。勘違いしてはならないのが、これが典雷甲夜にだけ掛けられた術式ではないということだ。

 典雷甲夜がこれを幻術と認識し、夢から覚めるように舌を噛んだところで意味などない。それで解けたとしても、彼に掛けられたものだけだ。

 咲夜はこの世界を、この場所自体を騙していた。典雷甲夜の感覚が狂ったのではない。この場所自体が本来の在り方を歪まされている。だからこそ、本来なら外に繋がる道も、同じ空間内の別の場所に隣接されている。まるで、そうあることが自然であるかのように土地が勘違いをさせられている。

 そんな騙しを複数の角度から仕掛けているからこそ、咲夜はこの空間をまるで生き物か何かのように動かすことに成功していた。


 本来なら、こんな芸当は長く続かない。一部とはいえ、世界そのものを騙すその行為は“自然の在り方”に反し過ぎている。神様が存在するのなら、神罰が与えられても仕方がない行為である。そんな大技を彼が持続的に展開出来ているのは、単にここが彼の居城であるからに他ならない。時間を掛け、この土地を徐々に騙される行為に慣れさせた。その度に生じた改善点を何度も何度も修正してきたからこそ出来る芸当であった。


 典雷甲夜を襲う動物達が幾ら破壊されようと関係ないのも同じ様な理屈だ。ここが彼の居城である以上は、代替品は潤沢に持ち出せる。外部で戦う場合の“手持ち駒”とは揃えられる武器の数が違うのは当然だ。ここでは、必要なら幾らでも補充が効く。

 神督かむとく教会の神父に強く出られるのにも、この辺の事情が関係していた。ここでなら誰が来ようがほぼ負けることがないと、咲夜は確信をしているのである。

 実際、自身の城に籠もった魔術師を倒すことは相当骨が折れる。大海では阻害されているからこそ、彼らは狭い井戸の中の世界では最強に近く存在することが出来るのである。

 また、多くの魔術師が人に殺されたという過去も充分に影響していた。彼らは極端に人に知られることを恐れている。だからこそ、自衛には手を抜かないのだ。自身が魔術師だという情報を、外に漏れ出ないようにする為に。


 隠奇咲夜は他の魔術師同様、自身が攻め込まれた時の為のマニュアルを用意していた。現在は、ただそのマニュアル通りに淡々と“雷のデモ悪魔”を殺そうとしている。


 本当に、これでいいのか。


 その機械的行動に、今回の彼は疑問を呈する。なぜならば、今回の相手は親友だった型乃坂かたのさか 瑛己えいきを殺した相手だからだ。

 こんなにも簡単に、淡々と作業的に処理してしまっていいのだろうか。そんな疑念を抱いていた。


 隠奇咲夜という人間は、本来“復讐”という概念を持ち合わせていない。

 そんな人間らしい感情を持つ事を、幼少期の彼が持つ事は許されなかったからだ。

 だからこそ、この“復讐劇”は通常のそれとは少し観点が違う。

 どちらかといえば、どうやったら人間らしく“復讐”という行為が出来るのかに重きを置かれたモノなのだ。恨み辛みが根源ではなく、人間らしさに拘ったおかしな復讐劇。

 そもそも彼は、最初からこの“復讐”に乗り気ではなかった。

 彼がこれを始めたのは、彼の親友なら復讐そうすることが必然的だと甲太朗や修司を見て思ったからで。実際にやると決めたのも、運と偶然性に任せた結果、たまたま“仁賁木”が目の前に現われたからに他無い。


 他人の幸せを保持することが原動力の彼にとって、仁賁木という不幸な人間の登場は大きかった。元々彼は他人を幸せにする為の道具だったのだから、それが結末に据えられた復讐はただの無意味な行為から少しだけ外して考えることが出来た。


 隠奇咲夜は一度、完全に自らの感情を殺してしまっていた。

 そんな彼が再び人間性かんじょうを取り戻したのは、瑛己を含む花弩抹かどまつ高校での仲間達と、ある人物のおかげであった。


 隠奇咲夜は葛藤していた。このままでいいのだろうかと。自身を変えようとしてくれた瑛己に対しての手向けが、この結末でいいのだろうかと。

 昔の自分には、戻ってしまってはいないだろうかと。


「ふざけんなよ!この野郎!」

 そんな時だからか、咲夜はゆっくりと過去の思い出を振り返り始めていた。それは幾つかある瑛己の彼女が狙われた事件のうちの一つだった。犯人の足取りが掴めずにヤケになった瑛己が秘密基地の中で叫び散らかしていた。


「落ち着け、瑛己。」

「ふざけんな!落ち着いてられるかよ!」

 彼を宥めようとした俺は、胸ぐらを掴まれて壁に押し付けられた。甲太朗と修司とは別行動だった為、彼らはこの場所にはいなかった。


「連れ去られたんだぞ!早く助けに行かないと、何をされるか分からない!」

「焦っても意味がないだろ。」

「分かってる!分かってるけど!がああああああ!!」

 胸ぐらを掴まれたまま何度も壁に打ち付けられる。そして彼が抱えている不安を存分に吐露された。俺はあの時、取り敢えず瑛己が落ち着くまでその想いを受け止め続けた。


 本来なら、あれほど感情的になるのが人間なのだろう。

 甲太朗なら。修司なら。


「そんなことないよ。」

 小さな子供の声が聞こえた。白い服を着た子供達だ。

「このままでいいんだよ。」

「このまま殺そうよ。」


「だって、私達にはそうしたでしょ?」

 頭の中で、俺が殺した連中が話掛けてくる。俺の周りに集まって、手や足を動かそうと掴んでくる。

 俺はそれを振り払って、子供達をぶった。


 うるさい。黙れ。


 どうして?

 どうして。どうして。どうして。どうして。


 どうして僕達は駄目で。


 瑛己あいつは特別なの。


「……。これじゃ駄目、だな。」

 そんな気づきを得てしまった。それさえなければ、この物語はここで終われたのに。

 感情的になるのなら、“自分の手”でやらないと。人形に頼って殺すのは違う。

 そんな少しズレた勘違いをして。咲夜は“雷のデモ悪魔”の前に偽りなき実体を晒す為に一部の術式を解いてしまう。


 獣達によって、既に体中が傷だらけになってしまっている男が顔を上げる。

「どうせ、お前も偽物なんだろ。」

 そんな彼に咲夜は近づいていき、胸ぐらを掴み上げる。

 男の顔を間近で睨み付けると、妙にイラついた。こいつが、瑛己を殺したんだと心の中で反芻させれば、そんな感情が湧き出て来るのが普通なのだと信じた。


「俺は、道具なんかじゃない。」

「あ?何を言っ」

 上から男の顔を殴り付ける。何度も。何度も。何度も。何度も。

 黒い高揚感が、怒りの燃料へと変わる。これが“怒り”だ。感情が欠落し始めている彼にとって、その暴力行為は一つの正解だった。のかもしれない。


「や、やめろ!」

 腕が掴まれ、雷が流し込まれる。それが瑛己も受けた痛みだと思えば、自分の感じるこの痛みこそが人間である証拠だと思えることが出来た。

「ぐっ!ハッ。」

 対象から痛みによる反応があったことに、典雷甲夜は光を眼に取り戻す。

「お前、本物か。」

「ぐっ!がぁ!」

「なんだ。もう幻術卑怯は止めたのか?」

「ああ。お前は、自分の手で直接ぶち殺す。」

 咲夜の腕を掴んだまま、典雷甲夜はその雷の威力を上げる。咲夜は己自身の体に幻術を施す。雷の中でも痺れないと、体を騙しに掛かっていた。

 じりじりと体が震え、徐々に痺れから解放されるのを実感する。さあ反撃だと、電撃の中で怖い笑顔を作り上げて典雷甲夜を睨む。

 そんな咲夜の顔を見て、甲夜は首を傾げた。

「何故動ける。」

「さあ、なんでだろうな!」

 頭突きを入れ、前足で甲夜を蹴り飛ばした。


 甲夜は少しだけ転がると、体を雷に変えて直ぐにでも空へと移動する。

「はははは!さあ、反撃の時といこうじゃないか。覚悟しやがれ糞野郎。」

 空を浮遊し、見下ろしながら言う典雷甲夜に、咲夜は煙草に火を付けながら余裕の笑顔を見せる。

「動く度にゴロゴロ、ゴロゴロと五月蠅い野郎だ。」

 甲夜からの落雷によって、吹き飛ばされた咲夜は地面を転がる。そんな彼の体を直ぐにでも木々が隠しにかかる。このまま真正面からぶつかっても勝ち目がないことくらいは把握している。


 ここからは、獣の中に彼自身の攻撃も加わる。姿は他の獣達と同じになるように偽装して、“典雷甲夜”を潰す。


「また隠れるのかよ!卑怯者が!」

 そんな甲夜を見上げながら、咲夜は嬉しそうに笑う。

「さあ、ここからだ。くそ野郎」

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