第17話 眼帯の中身
真夜中の森の中を駆け巡る。息は絶えた絶えであり、
彼は既に全力で逃げ切った後であり、この歪な空間から脱出する為に既にあらゆる手段を試し尽くしていた。だがどれだけ真っ直ぐに進もうと、どれだけ高速で移動しようと。
彼は、この森の中から脱出することが出来なかった。
それはまるで、世界がこの森の中だけになってしまったかのような不思議な感覚で。
「くそ!卑怯者が!どうせお前を倒したらこの森もなくなるんだろうが!出て来い!俺と正々堂々と勝負しやがれ!
非能力者達を“デモ悪魔”の力で虐殺しておいて何が正々堂々だ。
そんな怒号を挙げる彼を、咲夜が用意した森の獣たちが草木に隠れて息を潜めてじっくりと観察していた。
「行け。」
「あ?今どこから声が―――」
そんな咲夜の合図と共に、獣たちは“雷のデモ悪魔”へと襲い掛かる。
*** 配電所施設 ***
“氷のデモ悪魔”の背中からぐっさりとナイフが心臓に突き刺さる。
「死ね。死ね。死ね。死ね。」
それをやった当人である
その刃の先端に漂った冷気を彼女が見逃すことはなかった。
一瞬の判断のうちに彼女は刃を手放し、男の背中を蹴って背後へと回避した。ナイフが刺さっていた位置から大きな柱が出来上がる。彼女が回避行動を取らなければ、そのままあの氷柱の中に閉じ込められてしまっていたことだろう。
氷の柱の中で、彼女が突き刺したナイフが“氷のデモ悪魔”の体内から取り除かれていく。出血はなく。痛みを伴っているようすもなかった。
間もなくして、大きな氷柱はゆっくりと消失していく。その中にあったナイフは、乾いた音を立てて地面へと落っこちた。
「ふー。」
彼の体の一部を氷が覆う。その見た目は“氷の悪魔”という名前が相応しい。そんな男の鋭い眼光が久遠へと向けられる。今し方、彼の心臓を穿たんとした暗殺者を。
「はは。思ったよりヤッバイですねぇ。俺様、流石にピンチかもです。」
そんな軽い言葉を吐きながらも、彼女は太腿のガーターベルトに装備してあるコンバットナイフを引き抜いて臨戦態勢を整える。その眼に逃げるなんて様相はなく、ただただどす黒い殺意だけが内在している。
彼女は既にあの時から氷像にされてしまった修司の仇を取る為に行動をしている。
しかし、上手く“氷のデモ悪魔”の情報を掴むことが出来ずに結局咲夜に泣きついていた。
つまり。彼女は
“氷のデモ悪魔”が右手を突き出せば、空気が凍って一瞬で氷柱が出来る。その動きに捕まれば、久遠は直ぐにでも氷柱の中に閉じ込められてしまうだろう。大気を漂うじめじめとした湿気が、そのまま氷になって久遠を捕縛しに掛かるのだ。その災害を
「俺様。これは躱せるです。」
再び行われるその攻撃を躱し、体を宙で回転させている最中に彼女は“氷のデモ悪魔”を睨む。そして着地と同時に“
黄色い彼女の
魔眼。それは
「いただきで――」
しかし、その攻撃が施行される前に“氷のデモ悪魔”の方が早く動いた。
とはいえ、彼はただ手を振っただけである。ただそれだけの動作で冷風が巻き起こり、少し強い突風が
それは氷柱の攻撃ほど一瞬で相手を凍らせる抗力は持たないものの、
「くっ。」
一瞬の静止が、走っていた最中の体のバランスを崩させる。それは、足がつっかえてしまった程度の綻び。本来転ばないように足が出るのだが、今回の場合は凍っていて出せなかった。それが動くようになるのは転んで氷が割れてからのことで。
体が凍結から解法される。手を付いて素早く体制を立て直すその瞬間、久遠の手は左腕ごと完全に凍り漬けにされた。自分の腕を切り裂いて前進することが久遠の頭に過る。
もう。自分で自分を傷つけないでくれ。
「っ。」
彼女の握ったナイフが、その肌に入る寸前で止まる。修司に言われた言葉が彼女の行動を止めさせたのだ。しかし、これで“氷のデモ悪魔”を確実に殺すことが出来なくなった。
「っ。くそ。」
彼女は己の肌を傷つけないように手の平で回して次の攻撃を考える。
悪魔から絶えず放出されている冷気は、既にこの部屋の地面を支配していた。そこに触れたのなら、完全に凍結することが可能になるくらいに。
「ふぅ。」
白い息が、デモ悪魔の口から吐き出される。手が離れないことで地面に付いた足も徐々に氷に侵食されていく。久遠はその場所に固定されてしまう。この後の結果はおおよそ予想通りの展開。このまま彼女が氷付けにされて終わるBad End。
そう決まっていることだからこそ、“デモ悪魔”は完全に油断していた。
彼女の魔眼が、物理的な距離など無視してしまうことを知らずに。
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