第16話 突きつけられる疑惑
うぉ!うぉ!うぉ!うぉ!うぉ!うぉ!うぉ!うぉ!
配電所施設の中でコールが始まる。数十人集まるその場所の中で、ある男が登場することが今か今かと待ちわびられていた。
彼らの下には、警官達の亡骸が転がっている。壁には激しい戦闘の跡が残っている。
何人かの警官が、瀕死状態で生きたまま十字の柱に貼り付けられて掲げられていた。彼らが振りまく血をシャンパンシャワーの代わりにしてその集団は更なる盛り上がりを見せる。
室内に持ち運ばれたパトカーの残骸もボコボコに踏み荒らされ、警官が装備していた拳銃がクラッカーのように扱われている。
控えめにいって、その環境は狂っていた。
「「「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおお!!」」」」」」」」」」」」
大歓声が上がる。彼らの前に、雷鳴と共に待ちわびられていたボスが登場する。
この場所が軽く、電気の蔓延る空間に書き換えられる。壁や床を走るそれは、生身で触れば感電してしまうような電圧。
体にバチバチと雷を蔓延せ、己の力を誇張するように振る舞うその男は、身長176cm。黒と金を基調とした日本式の甲冑を来ており、その兜は側近に持たせてある。腰には刀を帯刀しており、その姿はさながら日本武将を思わせた。
男の名前は、
この男こそが、今回の型乃坂 瑛己が殉職した事件の主犯格である。
「勝ちどきを上げよ!」
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
刀を抜き、天へと掲げた男の号令と共に空間を震わすほどの歓声が上げられる。
「俺達の勝ちだ!警察と!この国の力と俺達はやりあえることが証明された!!」
男は両腕を広げ、高らかに拳を握ってその勝利を実感する。
「どうだ!これで俺達の野望は一歩前へ進んだぞ!」
「うおおおおおおおおおおおおお!」
男は喜びながら仲間達を見る。
「ハハハ。今の日本は腐っている。俺達のような国民がこんなにも苦しんでいるのに、政治家連中は海外へとばかり大金をばらまき、胸を張りやがる。対外的な見栄ばかりを張る張りぼて野郎共だ。もっと俺達を見ろ!国民のことを考えろ!どいつもコイツも、自分を守ることばかりしか考えていないから停滞する!攻勢こそが進化を促す!この国にはそれが足りない!競い合い、高め会う相手が必要だ!お前らもそう思うだろ!」
「うおおおおおおおおおおおおお!」
「警察は難癖つけて俺達の事件には取り合わない。面倒臭いから、公にはならない事案だから。そう考えて俺達が求めた救いの手は振り払われてきた。警察関係者が関わっている事案なら簡単に握り潰される。そんな国にはもう頼れない!」
「そうだ!」「自分の身は自分で守らせろ!」「加害者だけを守るな!!」「被害者に寄り添わないくそ国家が!」
そんな演説の元に、この場は大盛況をみせる。誰もこの状況をおかしいとは思っていない。
「だから、俺達の手でこの国を変えてやろう!国を変えるのにはどうすればいい?国会議員にでもなるか?あんな多数決じゃ俺達少数派の意見はもみ消されるに決まっている!そしてこういうのさ。参考にはしてるってなぁ!嘘を付け!」
「そうだそうだ!」「政治家になったところで何も変えられない!」「選挙に意味なんてない!」「誰がなったって同じ結果になるに決まっている!」
そんな一方的な不満が吐きすてられる。自分達の意見は押し通し、政治家達の考えや思惑などは一切考慮しない。そんな傲慢な考え方で狼煙が上げられる。
「だから俺達は武力行使に転ずることにした。分かってるよなぁ、お前ら。この国の歴史をよぉ。朝廷が衰退した時、誰がこの国を先導した。誰が廃れた政治を改善して来た。」
それがお決まりなのか、彼の問いの後には静寂が訪れる。あれだけ騒がしかった集団が、静かにボスのお言葉を待ちわびる。
「幕府だ。即ち、将軍だ!この時代に必要なのは対抗戦力。そしてそれが、俺達だあ!」
「うおおおおおおおおおおおおお!」
「俺達が黙らす。俺達がこの国を変える!」
典雷甲夜の話は嘘である。本当は国なんてどうでもいい。彼はただ革命をしたいだけの厨二病患者だ。だがそんな片鱗は見せない。自分は国の為に頑張るのだと虚言を吐いて同士達の意思を引き連れた。
「新たな指導者が!革命家達が名乗りを挙げて来た!俺達もそれになるんだ!俺達の力で!ここを時代の転換期にしよう。」
そうして典雷は、嘘を織り交ぜた演説で仲間達を誘導する。
*** *** ***
あの日、この場所で起きただろう出来事が一台のテレビの中で繰り返し流され続ける。それを見た仁賁木は絶句していた。
警察時代の知人が貼り付けにされて掲げられていた。殉職したとされ、未だに死体も発見されていない者達の姿がその映像にははっきりと映し出されていた。
階段を降りた先。そこにあった一室には小さなテレビが机の上に一台だけ設置されていた。電源を入れ、その中に唯一残されていたのがこの凄惨な動画であった。
「ねぇ。これってヤバいんじゃないの?」
そんな国家転覆を謳うテロリスト集団の映像を見て、モモは思ったことをそのまま口に出した。しかし、その言葉に焦りや不安の色はない。彼女にとって、この国がどうなろうとどうでもいいことだったからだ。モモとしては、咲夜が
今。強いて何かモモが感じていたとするのなら、なんかこの場所じめじめしていて嫌だな。くらいの感情しかない。
「ヤバいなんてものじゃないよ。だってこの人達、“デモ悪魔”の力を使って戦争を起こすつもりなんだよ。そんなの、犠牲者が多く出るに違いないよ。」
祭り上げられた元同僚達の姿を見て唇を噛みしめる。これ以上、この事件の被害者を出してはいけない。そう思うも、それが現実的ではないことは重々承知していた。そして、その理想を実現できない己の無力さに失望する。
それでも、少しでも犠牲者を少なくす為に私は戦わないといけない。私の大好きな
殺さなきゃ。こんな奴ら、早く殺さなきゃ。
陽の光の通りが悪く、少し薄暗いこの部屋で。顔を画面に照らされながら二人は会話をする。モモはポケットからUSBを取り出すと、それを刺せる場所を探した。
「モモちゃん?」
「
「そっか。でもモモちゃん。これ旧式のドラム缶モニターだから流石にUSBメモリの差し込み口はないよ。」
「え?そうなの。」
「うん。」
「そっか。じゃあ仕方ないか。」
モモちゃんはそれをポケットにしまう。それを見ながら、私は他には何かないかとこの部屋を見回してみる。
現状。この場所に来て、有用な情報はこのモニターに映る映像くらいしか無かった。やはり、
それが警察を恐れてのものか。或いは計画が次の段階に移行した為に不必要になったからかは分からないが、後者なら行き先は予想出来る。
首都。東京。国家転覆を狙うならそこは外せないだろう。
「ハッ。思っていたのとは違う人間が釣れたな。」
背後から聞こえた声に、二人は振り向く。この部屋の入り口の所に、いつの間にか誰か立っていた。仁賁木は一気に警戒心を引き上げた。元々この部屋は怪しかった。テレビが一台だけ残されてあり、如何にも情報を差し上げますよと言わんばかりの部屋だった。
これを罠だと思わない方がおかしいものだ。それでも、リスクを冒してでも何か情報が欲しかった私にとっては入らざるを得ない部屋でもあったのだ。
ここで何も得られませんでしたで帰ると隠奇くんに何を言われるか分かったもんじゃない。私の命は今、彼に握られていると言っても過言ではないのだから。だったら――。
金髪のジャケットを着た男。彼は空いた入り口の右端に背中を預けながら、片足を左端に付けて入り口を塞ぐようにしていた。
私はその顔をまだ警察に居たときの捜査資料を思いだしながらよく見つめる。もしかすれば、彼の能力くらいは分かるかもしれない。
「なあ。悪魔さんよぉ。お前の飼い主は、隠奇咲夜くんじゃなかったのか?」
男は嘲るようにモモちゃんを見る。彼女達は知り合いなのだろうか。
「はぁ?飼われてなんていないわよ。」
「ハッ。どうだかな。」
足を下ろし、男は真正面からモモちゃんを睨む。
仁賁木は寒気を感じた。それが恐怖から来るものではなく、単純にこの部屋の室温が下がっているだけと気づいた時にはもう遅かった。
もしかして。と思った時にはその“デモ悪魔”は既にその能力を発動させていたのだ。
「モモちゃ!」
叫ぼうとして。彼女に駆け寄ろうとした上半身が引き戻される。
「あぅ。っ!?」
自分の下半身が石にでもなってしまったかのように動かなくなっていて驚いた。足が地面に引っ付いているなんてレベルじゃない。半身が、既にその運動機能を失わされていた。
パチ。パチ。と
「案外あっけない幕引きだったな、悪魔。それとも、本当にお前達がゲームの参加者ではなかったか。」
「なんで。どう……して。」
モモちゃんは既に氷像と化していた。私は上半身だけ
男を見る。仁賁木は確信する。彼は、咲夜が探している方の“デモ悪魔”だ。
昨日彼に見せて貰ったスマホの画面を思い出す。この町の探偵、柊 修司が全身氷付けになっている姿を。
自分も今からあのようにされると思うと体が震えた。
「っ。」
部屋の中はどんどんと寒く、冷たくなっていく。目の前の男の体の一部も凍っているが、別にそれで不利益を被っている訳ではなさそうだった。
「なあ女。“デモ悪魔”じゃない。本物の悪魔がいることを知っているか。」
男は動けない私に近づいて来ながらそんなことを聞いてきた。
「何を、言って。」
「とぼけているのなら止めろ。俺は本気でお前を殺すぞ。」
男が私から何を聞き出したいのか全く理解出来なかった。戸惑いながらも、凍っていく体に恐怖を覚えて青ざめていく私の表情を見てか。
「ふん。まだ結論付けるには早計だったか。そうなると、そこの女も本当に“デモ悪魔”な可能性があるな。」
と。氷のデモ悪魔はそんなことを呟いた。
「女。お前にはまだ、この事件に参加する前に知っておくべきことがある筈だ。」
「知う……べひ……こお。」
呂律が回らない。寒さでどんどんと体の感覚が無くなっていく。
「そうだ。例えば“デモ悪魔”が発生している原因。とかな。」
「げえ……いい。」
それは、警察ですら掴めていない情報だ。それが分かれば、この事件どころか近年発生し、警察の頭を悩ませる“デモ悪魔事件”そのもの自体を解決出来るかもしれない。
私はなんとか強く意識を保てるように頑張り、男が出す次の言葉を期待した。
せめてそれが聞ければ、大きな収穫に。
彼は私に近づいてくると、私の体を抱き付くように覆い被さってくる。
「隠奇咲夜を疑え。奴は、その答えを知っている。」
耳元で囁かれたそんな言葉を最後に、私の意識が途切れていく。
どう して 隠岐 くん が そんな こと を ……。
私が完全に氷漬けになってしまうその瞬間の少し前くらいの時。私の視界にはモモちゃんと“氷のデモ悪魔”とは違う、
それはカラフルな髪をした眼帯の少女。身長は小柄で、可愛い感じではあるものの、どこか異質さと恐怖感を与えてくる方だった。
彼女は入り口の所にナイフをくるくると回しながら現われる。そして、私に言葉を向けて油断している“氷のデモ悪魔”に迫ると、その背中の後ろからナイフを――――
決定的瞬間を見る直前に、私の意識は―――。
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