第15話 咲夜の術中

 神督かむとく教会内。頭痛に頭を抑えてしまった隠奇咲夜に、徳富とくとみ神父は軽い笑みを浮る。


「おめでとう。どうやら、目的の人物は君を探しているらしい。」

「チッ。そっちの方が先に来てしまったか。」

 俺は今、じゃなくてある魔術師を探しているというのに。

 仁賁木の頭を弄り、事件当初にある魔術師を。

 その頭の中に“秘密基地”という存在を強く残し、そこに誘導した何者かを。

 俺が仁賁木と出会ったことが、ただの偶然ではないとすうのなら。俺は早く手を打たなければいけない。誰かの手の平の中から脱出しないといけないのだが。


「ったく。面倒なことだ。」

 窓の外。空から落ちる稲光を見て、俺は自身の体内を通る魔脈に魔素を通していく。

 魔素とは、魔術を扱う為の原力である。電気製品でいう電気だ。魔脈はそれを機械からだに循環させる為の導線である。電気が光や動作、音、熱、磁石力に変換出来るように、魔素もまた様々なものに変換出来る。

 しかし、なんでもという訳にはいかず。あくまでもそれが循環する機械本体からだの性能に偏ってしまう。例えるなら、光を付ける為の電球がラジコンの車輪を動かす為のモーターの代わりになることがないことと同じである。魔素自体に無限の可能性が秘められていようとも、それを使う機械からだによって出来ることは限られてしまう。その機械からだの限界を突破して全能になろうとしているのが魔術師だ。

 そうした性質は魔脈にもある。魔脈それが耐え得る魔素の量や圧、流れの大きさには個体差が存在する。


 全身に魔素それが循環するのを実感しながら、俺は神父に背を向けて外を目指す。

 そんな俺の背中に、神父は


「応援しているよ。隠奇咲夜。君の復讐劇に幸あらんことを。」

 神父らしいのかそうじゃないのか。よく分からない言葉を投げ掛けた。

 そして扉が閉まるのを見届けて、神父は彼に聞こえない言葉を発する。


「そして歓迎しよう。の帰還を。」


***   ***   ***


 教会の外に出る。空の雷は雷鳴を轟かせて咲夜を煽る。

 それに対して彼は、空を睨みながら教会の敷地を後にする。

 本来は、もっと後に鉢合わせるつもりだった。本当に面倒だ。ここでコイツを殺してしまえば、進行中の別の計画に影響が出る。


 そう考えたところで、彼は一度頭を振った。

 そうじゃないだろ。瑛己の死をいたわることが第一ではないのか。と。


 “雷のデモ悪魔”が姿を見せたは、咲夜が教会の敷地から出たまさにその時だった。

 それまでは雲の中で光っているだけでその容姿自体は視認出来なかったのだ。

 そらから地面に突き刺さる勢いで降り落ちた雷と共に、仇敵は咲夜の前にその姿を晒す。


 こいつが。   こいつか。

 こいつが。   思ったより

 瑛己を。    雑魚だな。


 頭がズキリと痛んだ。

 咲夜の目前に現われたデモ悪魔は、登場した瞬間から間髪入れずに咲夜に雷撃を浴びせた。咲夜の目の前が真っ白に輝く。雷鳴が轟き、鼓膜が攻撃される。視界を覆う閃光が敵の姿を眩まし、瞬間の判断を鈍らせた。咲夜は雷撃を回避する前に、反射で自らの目を保護してしまっていた。

 彼の胴体に激しい衝突の痛みが襲い掛かる。痛い。より熱いが勝る一撃。踏みとどまることなど許されず、咲夜はその衝撃に弾き飛ばされた。体がビリビリとする。

 森林公園の地面を二転三転する。彼は直ぐにでも立ち上がって状況を確認しつつ、次の攻撃を警戒するつもりだったが、それは感電状態により阻害される。

 全身が電気で痺れ、口から垂らしたくもない涎が垂れ落ちる。その中でも必死に筋肉を動かそうとしているせいか、咲夜は痙攣しているような格好になっていた。


「ハハハ。会いたかったよ。隠奇咲夜。久し振りだなぁ!」

 数秒の痺れの後、彼は体に纏わり付いた電流を己の魔素に分解させ霧散させるように務める。ある程度のそれを可能にしてみせた咲夜は、自分の筋肉が動くことを再度確認しながらゆっくりと立ち上がる。

 口元に付いた血の混じった泥を袖口で拭う。相手を睨み、そして笑みを見せる。


「そうだな。こうして顔を合わせるのはお前を牢屋にブチ込んだ時以来か。」

「あん?ん。おいおい。あれをくらっておいてもう立つのかよ。やっぱり普通の奴とは違うなぁ、お前は。あの時はギッタギタにナイフで突き刺してやったんだっけかぁ?相変わらずタフでムカつく野郎だ。」

 咲夜の親友。型乃坂 瑛己を殺した“雷のデモ悪魔”は、咲夜が過去に瑛己と修司と甲太朗のいつもの面子と共に巻き込まれた事件の犯人であった。


 あの事件の時。自分の血で血まみれになった俺に瑛己あいつは、もっと自分を大切にしろよ。なんてふざけたことを言ってきたっけな。瑛己おまえこその話だ。


 懐かしい事件だ。大抵俺達は、瑛己か修司が誰かを助けるために首を突っ込んではそれに巻き込まれていた。

 そんな性格だから、殺される程の恨みを買うんだぞ。本当に。

 そういえば、修司あいつはもう氷の中から脱出出来たのかな。


 そんな思い出にも浸りながら、咲夜はもう会いたくもなかった方の懐かしい相手を見据える。何はともあれ、大切な親友を殺したことをが許すことはない。

「お前の方こそ。全然反省していないようでムカつくよ。典雷てんらい 甲夜こうや。今でも革命革命なんてことをほざいているのか?」

「ああそうだ。この廃れた国に変革を起こせるのは俺しかいない!そして。一度は俺を阻んだ瑛己障害は乗越えた。ハハハ!見ろよ。この力を!」

 自分の体に雷を纏わせ、電撃を周囲に向けて爆発させる。地面に電流が流れ、空間が強い電磁力を帯び始める。俺はその雷を冷静に分析していた。デモ悪魔が発生させたものである以上、あの雷は“自然の物”ではない。

 “デモ悪魔”が扱う力その絡繰りを、俺はもう知っている。


「俺は最強になったんだ。あの時の弱い俺はもういない。この力さえあれば、誰にも阻まれることなく、今度こそ!この国を変えられる。」

 拳を握り、己の力を実感する典雷てんらい 甲夜こうや

「ハッ。力による圧政でも行うつもりかよ。そんな変革はごめんだね。」

 典雷の行為は国の為という体裁のただの殺人だ。その意味では咲夜も変わり無い。瑛己の為という建前の殺しを行うに過ぎない。同類の人間であるからこそ、咲夜はそれ自体を否定する気はなかった。ただ彼らの流儀らしく、己の主義主張にとって邪魔だから消すだけ。これは、そういう戦いである。

 そうでないのなら、彼らは武力行使は一切行わずに、ただ話し合うだけの姿勢をお互いに持つべきであった。


「ハハハ。“今は”そう思うかもな。だが直にお前も、俺の考え方に賛同する。」

 典雷の周りに広げられていた電力が徐々に彼の元へと帰っていく。辺りに撒き散らされたもの。己の内から今も尚無尽蔵に沸き出る電力を両手の手中に凝縮させた時、彼は一直線にそれを解放する。

 激しい咆音が空気を揺るがす。風を退け、それよりも速く咲夜の体を消し炭に変えんと迫り来る。その威力を出して初めて、典雷てんらい 甲夜こうやは火力調整を誤ったことに気が付いた。

 彼の計画では、咲夜を警察への人質にしようとしていた。彼は計画の次の段階として、この街の警察署を丸々一つ潰そうと考えていたからだ。

 その場にいるものは全員無差別に虐殺し、警察の無力さを全世界に知らしめる。それが次の目的だ。その上で、警視庁や自衛隊を含める東京都に喧嘩を売るつもりだったのだ。


 まあいい。別に人質など使わずとも、俺の力は何にも屈することはない。

 計画に変更はない。ないが……。

 ああ。あの生真面目な警察署長。海實 甲太朗の苦悶する表情が見られなくなるのは少し残念だ。俺はお前達だけは苦しませて殺すと決めている。咲夜にしても、こんなにあっさりと殺す気はなかった。まあでも、今は“氷”の野郎もお前らを狙っている。そこまでじっくりと相手出来ないのも事実だ。

 そう思い、勝ちを確信する典雷だったのだが。


 しかし。その攻撃が咲夜に直撃することはなかった。

 いや。典雷視点では、彼の雷撃は確かに隠奇咲夜の体を撃ち抜いていた。避ける様も、何かで防いだ様子も一切見られなかった。

 無いのは実感と結果。あとは相手の苦しむ反応だけ。その不思議な光景に典雷が眉をひしょげる。目の前で、まるで何もなかったかのように無傷で佇む男に向けて。

 隠奇咲夜は軽い笑みを浮かべる。


「さて。じゃあ、このを始めようか。」

 まだ昼前なのにも関わらず、隠奇咲夜はそんなことを呟いた。

「は?夜?何言っているんだよ!お前は。今はまだ……。まだ?」

 しかし、その言葉はあながち嘘ではなかった。典雷てんらい 甲夜こうやが来たことでこの山の空には確かに雷雲が立ちこめていた。だが、その程度で空は真っ暗にはならない。雷雲で囲われた空と夜では明るさがまるで違う筈だ。違う筈、なのに。


 今が昼時であることを証明するように辺りの光を求めた典雷は、求めた光景がない様子を見て困惑する。今、彼の目に映る景色は確かにだったのだ。夜の暗闇が空には広がっていた。

「何が、起きている。」

 状況に戸惑っているせいもあるだろう。典雷てんらいは心の声を素直に漏らしてしまう。


「峠は越えど、ここはまだでね。飛んで火に入る夏の虫とはまさにこのことだ。敵城に無策で乗り込むなんて。お前、以外と馬鹿だったのか?」

「隠奇咲夜ぁ!」

 馬鹿にされた怒りで更に威力が跳ね上がった雷の波動が今度こそ咲夜を呑み込んで直進する。地面をえぐり取りながら放たれたそれの跡地には咲夜かれの姿がなく。典雷は今度こそ勝ちを確信する。彼を存在ごと消し飛ばしたのだと。


 様子見の為、数分の警戒を行ってから彼は笑う。

「くくく。くふふ。くふはははははは!なんだ。なんだよ。変な戯言でビビらせて来やがって。割と簡単にぽっくり逝っちまうんじゃねぇか!ああ弱い。弱いねぇ!俺の前で素直に下手に出ていれば、まだ生きてた可能性もあったかもしれねぇのになぁ!ああ。あいつの人生もったいねぇ!」

「勿体無い。ねぇ。」

「あ?」


 咲夜は思う。

 俺は元から、自分の人生を全うに生きるつもりなんてなかった。だから、俺の人生が終わることに勿体なさなんてない。

 ただ、そうじゃないと思わせてくれようとした馬鹿がいた。

 でも、その馬鹿はもういない。その生き方は結局無意味な死に方をした。

 現実なんてきっとそんなもので。期待するだけ無駄なのだ。

 だから、俺は俺の人生に期待なんてしない。だが、瑛己あいつ人生それを尊重してやるくらいのことは出来る。


「さぁ。この森を楽しんでいけ。」

 背後に気配を感じた。典雷は急ぎ振り向いて電撃を飛ばす。しかし、今度の攻撃も、彼には通じない。典雷の雷撃は、まるでそこには無いものかのように、無機質に通り抜けていく。

 その景色に再び典雷が眉をひしょげそうになった時、急激に咲夜と典雷との間の距離感が変わる。

 先程までいた地点から瞬き一つの内に奥へと移動してしまう咲夜。彼の体は動かずに、ただ彼との間の空間だけがぐぅーんと後ろへ遠ざかっていく。

 やつとの間の道が伸びていく光景に目を疑った。


「待て。どこへ行く!」

 暫く呆けてしまっていた典雷が咲夜を逃がさまいと駆け出そうとした所で、彼との間に沢山の木々が割って入ってくる。

「な!じゃ、邪魔だ!なんだこの木は!」

 立ち塞がる木々達を、持ち前の雷の能力で破壊しようとする。しかし。

 今度は四方八方から、誰かの笑い声が聞こえた。それは子供達の声で。

 誰かの、青春の音だった。

 鬱陶しいその音の発生源を纏めて雷で破壊すると、それらの影が赤い血を撒き散らして悲鳴をあげる。その悲鳴は典雷の鼓膜を破こうとするくらい巨大なもので。彼はその煩さに耳を塞ぐも、その行為には意味がなく。悲鳴の音は小さくならない。


「なんだよ。くそ!どこだ!どこにいる!隠奇ぃ!」

「どこって?ここだよ。」

 耳元で囁かれた典雷は直ぐさま雷で反撃する。しかし、そこに咲夜はいない。


 次の瞬間、典雷は見えているものを疑った。

 周囲に飛び散った血がまるで生きているかのように収束し始め、一つの人型の塊へと形を変えていく。

 各所で集まっているその塊。それがやがてはっきりとしたモノへと形成し、隠奇咲夜という人間の形を型取り始める。

 怖くなってそれらを雷で撃ち抜くも、破壊されたそれらは霧のように消えていくだけ。

 何人、何体消しても。その影は数を減らさない。手応えが感じられない。


「くそ。なんだよ!幽霊みたいで気持ち悪い奴め!」


 そんな叫びが森の中で木霊する。

「もうどこにもいない。咲夜おれも。瑛己あいつも。」

「はぁ!?何を言って」

「お前が、壊した。」

 典雷の周りにいる隠奇咲夜が彼をじっと見る。その目は復讐の念で渦巻いていて。

 典雷はそのことに確かに恐怖した。


 彼はもう、咲夜の術中の中。

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