第12話 悪魔力ってなんですか?

 崩壊した配電施設を前にして、仁賁木 継菜は身に付けていたサングラスを外す。

 店支度を始めた隠岐くんを横目に、私達は早速この事件を調査する為に外に出た。

 ここは、彼女がまだ警察だった頃に機動隊と共に突入した施設。人里を少し離れた寂しい場所にある施設であり、型乃坂かたのさか 瑛己えいき刑事が殉職した場所だった。今、この施設には誰もいない。警察も、あの事件以降はここには来ていないようだ。考えてみれば当たり前か。下手に人を派遣して被害者を増やしても仕方がない。


 胸を押さえ、何か意味ありげな表情でその場所を見つめる仁賁木だったが、モモにとってはそれよりも気になることがあった。仁賁木かのじょの服装だ。変装の為とはいえ、今はもう桜の散る春の暮れ。足の膝辺りまで伸び、首筋まで隠してくれる分厚いコートにマフラー、マスク、サングラスに帽子を被った彼女の見た目は暑苦しい上に怪しさしかなかった。これで本人は本当に変装して民衆に紛れられている気でいるのだろうか。モモはそれを不思議に思っていた。

 しかし、そもそもこの変装自体に対した意味がないことは知っていたので、特段注意することもなく見守っていた。今の彼女は口元をマスクで隠す程度の変装だけでも民衆に紛れることが出来るだろう。咲夜がそれくらいの手助けを施していることくらいは理解していた。仁賁木はこの明らかに怪しい服装と動きで町中を歩いて来たが、そんな彼女をのがその証拠だ。


 しっかし、隠奇咲夜アイツは本当に氷のデモ悪魔を探しているのだろうか。モモわたしにこの娘を押し付けることで体よく厄介払いしたかっただけじゃないのか。そんなことも気になりはしたが、今朝彼に襲い掛かった時に決められた綺麗な巴投げを思い出してむしゃくしゃした。


 決めた。今日はもうあいつとの繋がりを限りなく薄くしてやる。死にそうになっても助けに行ってやらないんだから。


 そう考えて咲夜との契約的な繋がりをモモは薄めた。それを感じた咲夜が笑ったことも知らずに。


***  仁賁木視点  ***


 私の変装は完璧だった。日本国民に知れ渡ってしまった私の顔は、目元や顔の骨格が少しでも分かられた時点で気づかれてしまうかもしれない。そう考えた私は、直ぐにそれらが隠れるマスクやサングラスを用意して、帽子も深く被った。普段の歩き方を知られていても不味いと思った私は、それもいつもとは違うものに変えた。道の真ん中は極力歩かず、目立たないようにゆっくり歩いた。時には壁や電柱に隠れたりして、私を尾行したり気にしている誰かがいないかを充分に観察しながらここまで来た。

 その結果がそうを成してか、ここまで誰にも怪しまれずにやってくることが出来た。時々モモちゃんの目が冷たいものになっていたように思えたが、おそらく彼女も隠奇くんに似て面倒臭がりなのだろう。この格好はやり過ぎだと思っているに違いない。確かに普段ならそうかもしれないが、“今”の私の場合はここまで警戒しないと正体がバレかねないので仕方がなかった。何度か声を潜めながらモモちゃんに謝りもした。彼女は私の完璧すぎる変装と警戒に少々戸惑いながらも、「あ、うん。いいよ、一人で続けて。」と返してくれた。


 そんなこんなで辿り付いた、あの日の配電所。外から見る限りでは人の気配が全くしない。私がここに来たのは、ここが奴らのアジトだったからだ。だが、それにしてはおかしい。無防備過ぎるというか何というか。人気も無さ過ぎる。そういう能力を使う“デモ悪魔”でもいるのだろうか。

 どちらにしろ、何かを探すにはこの場所が一番なことには変わりなかった。今回は費ヶ縫巡査を殺したというモモちゃんもいる。以前より逃げることは容易く出来るだろう。たぶん。

 今の私にはこの場所以外で彼らを辿れるような場所を知らない。ここに賭けるしかなかった。


 警戒しながら敵地へと足を踏み入れる。配電所の周りにある金網の壁。入り口にあたる部分の扉を押してみれば、ゆっくりとそこは開かれた。

 ごくりと唾を飲み込む。

「モモちゃん。」

「ん?どうしたの。」

「入るよ。」

「分かってるよ。」

 彼女がびびっていないかの確認をしたかったのだけれど、モモちゃんは意外とけろっとした顔で私を見ていた。寧ろ早く入らない?と促されているような気がした。

 この娘、警戒心が薄すぎる。もしかして自分が強いからといって気を抜いてしまっているんじゃないだろうか。あれ。そういえば。

「ねぇ。入る前にモモちゃんに一つだけ聞いておきたいことがあるんだけど、いいかな。」

「え?何。聞いておきたいことって。」

 私は少しだけ緊張しながら振り返って彼女のことを見る。自分の頬に冷や汗が流れていくのが分かった。

「モモちゃんって、もしかして“デモ悪魔”なの。」

 私は当時、隠奇くんに監禁された時のことを思い出す。椅子に縛り付けられて、動けなかった私。当時の私が疑問には思っていたけど、つい先程まで忘れてしまっていたこと。それは、あの部屋には私と隠奇くんの他にもう一人誰かが居たということだ。

「……。なあ、お前。今の自分の状況が分かっているのか?」

 泣いた私に隠奇くんが掛けてきた一言。ぐずる私に痺れを切らしてか、背後から迫った鎌は私の首を跳ね飛ばそうとした。

 あの時、私からは見えなかった場所にいた誰か。目の前に居た隠奇くんとは違って、後ろから強い殺意を飛ばして鎌を扱った相手。

 その人物。隠奇くんが組んでいる“デモ悪魔”は、きっとモモちゃんのことだろうと私は思うのだ。なぜなら、彼の家で私はまだ彼女としか会っていないし、なんならモモちゃんは隠奇くんの家で居候をしている。費ヶ縫巡査を実際に倒したのは彼女だという発言からも、彼女が“デモ悪魔”である可能性は凄く高い。“デモ悪魔”アレは人間の身体能力でどうにか出来る相手ではないし。


 そんな私の質問に、モモちゃんは溜息で返してきた。

「ねぇ。あなた、私のこと馬鹿にしてる?」

 その瞬間、彼女の雰囲気が一変する。それまでの温厚で可愛い感じは何処へと消えて。変わりにあの時の私が感じた殺意を、今度は真正面からぶつけられる。膝が崩れ落ちそうになるのを我慢しながら、私はしっかりと彼女の目を見る。目を離した途端、自分の命はないと全神経が訴えかけてきていた。

「あんなぱちも……。そういうこと。」

 モモちゃんの殺気は途端に消え失せる。何でそうしたのだろうか。彼女は何かを呟いて直ぐに辺りを見回し始めた。

「出て来なさいよ、咲夜クソジジィ!どうせ何処かでこそこそ見てるんでしょ?残念でした~。私はアンタの魂胆になんて引っかかりませ~ん!」

 煽るような口調で森に向かって言葉を投げかけるモモちゃん。“死”の緊張から解放された私は、ゆっくりと呼吸を思い出しながら彼女と一緒に辺りを見回す。隠奇くんが近くにいる?らしいし。


「むむむ。もしかして、本当にいない?」

 不服そうな顔で辺りを見回して、モモちゃんはもう一度溜息を吐き出した。

「ったく。ややこしいのよ、あの陰湿クソジジィ。これだからアイツから離れるのは嫌なんだよね。はぁーあ。気疲れする。」

 疲れた顔で三度目の溜息が溢れる。そして彼女は困っている私に目を向けると。

「さっきは怖がらせてごめんね。やだな、私。まだ朝早くて眠いのかな。」

 と。モモちゃんは、たははと笑ってみせた。その変わりように私は付いて行けなくなりそうだ。

「別にいいけど、結局あなたは何者なの?」

 若干の恐怖を引き摺った顔の私を見て、モモちゃんの顔が真剣なものに戻る。

「そうだよ。あなたの言う通り、私は“デモ悪魔”なんだ。怖い顔もするし、仁賁木さんなんて軽くひねり潰せちゃうんだ。やっぱり、怖い?」

 寂しげな顔をする彼女に、私は言葉を詰まらせてしまう。正直に言ってしまえば怖い。だってまだ会って数時間も経ってない相手だし、信用なんて出来る訳がない。今私が贅沢な状況の中に居たのなら、彼女とはここで直ぐにでも縁を切る。でも、それは出来ない。今の私は、彼女を信じるしかないのだ。そうしなければ、私が死ぬ。

 このまま事件を調べてもデモ悪魔から生き延びる術がなくて死ぬし、事件を調べなければ濡れ衣を着せられたまま警察に逮捕されて、内部に潜入している“デモ悪魔”に口封じの為に殺される。いや、その前に隠奇くんに鉛弾で頭を撃ち抜かれて死ぬ。

 空から降りて来た雲の糸は、決して登りやすいものではなかった。それでも登らなければいけない。そんな状況を踏まえて考えるのなら、私にとって彼女モモちゃん


「心強いよ。」

「はえ?」

「何も出来ない弱い私にとって、モモちゃんの存在はとても心強いよ。だから、信じてるからね。」


 そう言って私は、配電所の中に足を踏み入れた。信頼出来ない相手だが、信頼するしない。恐れずに彼女に背中を任せろと、自分に言い聞かせながら。


「ふーん。つまんないの。」

 そんな彼女の後ろ姿を見ながら、悪魔モモは機嫌悪そうに頬を膨らませる。


 でもま、流石に急過ぎたよね。あれ、もしかして私の悪魔力落ちてる?

 そんなことを思いながら、モモは近くの小石を蹴った。

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