第11話 舌を出す咲夜

「む。む~!むむむむむっ。む!」

 モモちゃんが頬を膨らませて不貞腐れている。隠奇くんに丸め込まれてしまったのが心底不服のようだ。ただ今から言い返しても格好が悪いと思っているのか、今更反抗したりはしない。私はといえばキッチンに隠れて息を潜めていた。それというのも、いきなり警察知り合いがこの家のインターホンを鳴らして来たからだ。

 今や私は日本一有名な全国指名手配犯。下手に見つかってしまう訳にはいかない。

 心臓がバクバクする。隠奇くんが対応をしに行ってはくれたが、私を売らないか心配で仕方がなかった。


 暫くして、ガチャリと二階の居間に繋がる階段からの扉が開かれて私の肩が飛び跳ねる。隠奇くんが顎に手を当て、何かを真面目に考えながらこの部屋に帰ってきた。彼の後ろに警察知り合いがいないことを確認して取り敢えずの一安心をする。

「ん。どうしたの?そんなに考え込んで。」

 始めに隠奇くんに声を掛けたのはモモちゃんだった。彼女は唸るの止めて、何かを探るように彼に聞く。

「変なんだ。」

「変?何がぁ?」

 首を傾げるモモちゃん。私は緊張しながらその話の続きを待った。まさか、私がここに滞在させて貰っていることがバレ――

甲太朗あいつらしくないんだ。」

「は?」「ふぇ?」

「なあ、仁賁木。警視ってのは警察署の署長や副署長を務め、管理官として組織全体の指揮を行っていたりするよな。」

 急な私への質問に目が丸くなる。

「う、うん。海實警視も扱案の町の警察署署長として私達を指揮してくださっているよ。」

「だよな。だから、警察の動きをよく観察していれば甲太朗あいつの思考がある程度は見えてくるんだが――」

 見えて来るって。それって分かるものなの?と疑問に思いはしたが、彼らほどの仲ならそういうこともあり得るのかもしれないと思った。

 特に隠奇コイツ。彼は元々、型乃坂かたのさかくんや海實かいざねくん達とはバチバチにやりあっていたような生徒だった。流血を伴う殴り合いをしていたことも何度かあった。だからこそ、隠奇くんが海實警視の戦略的思考を読み取れてもおかしくはないと思えてしまった。

 それにしても、本当になんで4人は仲良くなったのだろうか。


「いや、いい。考えるのは後にする。」

 そう言って彼はスーツの上から暗い緑色系のジェケットを羽織る。

「なんでよ。教えなさいよ。」

 モモちゃんが腕を組み、ずっしりと構えて隠奇くんを睨んだ。隠奇くんはそれを見て意味ありげに微笑む。

「嫌だよ。まだ疑惑段階だし、変な先入観をお前達に与えたくない。どうしても気になるのなら、仁賁木との捜査で自分で探してみろ。」

「きっ!くそおじが!」

 そんな捨てセリフを背に受け、再び一階への階段に向かう隠奇くんの手を私は慌てて掴んだ。

「ま、待って。」

「ん?」

 なんだ?って顔で彼が振り向く。

「私がここにいるってことはバレてなかった?」

「ん?あー。ああ。バレてはいなかったよ。警察やつらが来たのは俺を保護するためだしな。」

「あなたを、保護?」

「そういえばお前は知らなかったな。」

 懐から取り出した携帯電話をポチポチと押してある画面を私に見せてくれる。私はその画像を見て思わず息を呑んだ。

「修司のやつが氷漬けにされた。しかもこの首に掛けられたメッセージを見る限り、犯人の狙いは俺達だ。」


“お前達4人を許さない”


 それが示しているのが花弩抹かどまつ高校の仲良し男子4人組である。ということは私にも分かった。てことは、この犯人は隠奇くんと海實警視を狙っている。そしてこの2人の内次に殺しやすいのは――――


「で、でも。おかしいよこれ。だって!」

「ああ。分かってる。この犯人の書き方。まるで瑛己を殺したのも自分だと言いたいような書き方だ。だが」

「型乃坂くんを殺したのは、“雷”のデモ悪魔。氷じゃない。」

「お前が立ち会わせた現場に氷のデモ悪魔が居たって可能性もあるがな。」

「それはないよ。事前会議でも、氷を扱うデモ悪魔の情報なんて無かったし、現地でもそんな強力な能力を使う奴は見てない。」

「調べ損ねている可能性は?」

「ない。とは断言出来ないかも。」

「まあ、犯人が共犯だろうとそうじゃなかろうとどうでもいいがな。どっちにしろ、奴の次の狙いは俺の可能性が高いことだけはたしかだ。」

「そっか。だから隠岐くんは」

 頭の中でだけ口にした気だった言葉が思わず漏れ出し、しかもそれが目の前にいる隠奇くんに拾われてしまう。

「ああ。俺は“氷のデモ悪魔”コイツを追わ……コホン。俺はコイツから自分の身を守らないといけなくなった。だからお前と一緒に“雷のデモ悪魔”を探してはやれない。そんな場合じゃないからな。」

 仮に、この犯人が共犯ではなかった場合、雷のデモ悪魔を探すこと自体が何らかの罠であってしまう可能性もある訳で。少なくとも、画像にはそう誘導したそうな文面が添えられている。このまま彼が素直に雷のデモ悪魔を探すと生じる危険性は無視できなくて。

 隠奇くんは他にどんな用事があったとしても、必ず型乃坂くんの事件に関わって来ると思っていた。でも自分の命が狙われてしまっている時はその限りではなさそうだ。って、そらそうか。


「はぁ?何、そういう訳?だったら最初からそういいなさいよ!クソジジィ。」

 私の調査に協力させられることで口論を繰り広げていたモモちゃんが、む。とした顔で怒る。

「くく。馬鹿かお前、素直に言ったらお前を言葉で丸め込む楽しみがなくなるじゃないか。」

「最低。いつか絶対に後悔させてやる!」

「お?遂にやる気になってくれたかのか、モモ。本気出せよ。いつでも相手をしてやる。」

「うっざ!やる訳ないでしょ!」

「そうか。それは残念だ。」

「なに?この前私が揶揄ったことに対する仕返しのつもり?みっともないからそういうの止めたら?」

「んべ。」

「許さん。」

 舌を出して挑発した隠奇くんにモモちゃんが飛び掛かった。

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