第10話 昨日のこと
「昨日のことはどこまで覚えている。」
朝食を食べながら、隠奇くんは私に質問をして来てくれる。
素直に教えてくれそうなことを意外に思ったけれど、それを口にすると彼が不機嫌になって意地悪をしてくると思ったので口にはしなかった。
「えぇっと。たしか起きたら椅子に縛り付けられてて、そしたらあんたに殺されかけて。それから……。あっ。どうやって費ヶ縫巡査を倒したのかを聞いたところ、まで?」
小首を傾げながら思い出すと、隠奇くんは頷いた。
「んじゃ、その後のことをざっくりと説明すればいいんだな。」
「う、うん。多分そう。」
隠奇くんは一度箸を置く。そして煙草を取り出し、口に加えた。だが机に灰皿がないのを見ると、溜息を吐きながら煙草を戻して代わりに箸を加えて歯でゲジゲジと噛み始める。
「費ヶ縫巡査のことを聞いたお前は何故か号泣し、お前の事情を勝手に話し始めた。」
「え。そ、そうなの?全然覚えてないや。」
自分が号泣したことを聞かされてもいまいちピンとは来なかったが、知らない間に自分の泣き姿を晒してしまったのだと思うと少しだけ気恥ずかしくなる。でもあの時の自分ならそれくらいのことをしてもおかしくはない。彼が費ヶ縫巡査を殺したという事実に、自分が感涙してしまったところまでは覚えている。だって、奴らに復讐出来る可能性がある人に出会えたのだから。その人物が隠岐くんじゃなかったのなら、私はもっと喜んでいただろう。
費ヶ縫巡査は、瑛己刑事の直接的な仇ではないが、私の同僚を大量虐殺したのは彼も同じだった。少なくとも、彼らの仇は隠奇くんが取ってくれた。どうすることも出来ずに歯がゆい思いをしていた私にとって、それを大きな一歩に感じたのは間違いなかった。
紅茶を手に取って目を逸らしながらちびちびと喉に入れる。
お腹は空いているのだが、胃が小さくなったのかあまり一気にはご飯をかき込めなかった。
「お前が冤罪を掛けられていること。“雷のデモ悪魔”が真犯人だということを聞いた俺は、取り敢えずお前を保護することにした。」
「保護?」
「お前が真実を言っている保証はないからな。そこも覚えていないのか?」
「う、うん。なんかごめんね。」
「別にいい。あくまでも、お前が自分の証言を証明するまでの間は殺さないというだけの話だ。」
「保護観察みたいな感じってこと?」
「そういう言い方も出来るかもしれないな。知らんけど。」
未だに昨日のことを鮮明に思い出せてはいないが、自分が今どういう状況にいるのかくらいは大体把握出来たような気がする。つまり私はここで彼と生活を共にしながら、“雷のデモ悪魔”について調べればいいってことでいい筈だ。取り敢えず一命は取り留めたと。
隠奇くんに信用されていないことには変わり無いが、私は彼のことが嫌いだしそれは大した問題ではなかった。寧ろ、この状況で挽回の機会を得られただけで私にとっては充分過ぎる出来事だ。何せ、明日断罪されえもおかしくはない身だし。
これで、
「ん。待って。でも私が今外に出るのってまずいんじゃない?」
「まあそうだな。白昼どうどうと歩いていたらまず逮捕されて終わりになるだろうな。」
「それ……。詰んでない?」
「じゃあ、諦めてここで死んどくか。」
冗談では済まない疑問が私に投げかけられる。声も、顔も、雰囲気も。空気が変わる。周りで聞こえていた雑音もこの時ばかりはなりを潜め、静かに私の返答が待たれる。
私の心臓ですら、止まりたい衝動に駆られてキュッとした。
「嫌。」
絞り出すように声を吐き出す。何も出さなければ殺され、何か出したところで余計な言葉が混じると殺されると思った。だから、端的に今の思いだけを伝える。
隠奇くんは私から目を逸らし、そして気の抜けた様子で。
「そうか。だったらコスプレでもメイクでも何でもして警察にはバレないように頑張るんだな。」
と。焼き魚をつつきながらそう答えた。
緊張が解かれる。まるで空気が抜かれた風船のように、張り詰めたこの場の雰囲気が柔らかいものへと戻り始めてくれる。私はそれに安堵し、紅茶を置いて再び朝食に手を伸ばす。
仁賁木はこの後、変装について四苦八苦するのだが、それに意味がないことを彼女が知るのはまだ先の話であった。
「取り敢えず、私達は一時的な協力関係だって認識で大丈夫?」
「ん。その認識で間違いはないが、一緒に調査には行かないぞ。」
「……。え゛?」
私の表情が固まる。いやいやいや。それは不味い。私が単独で動いても警察に直ぐに見つかってしまいそうだし、何より“デモ悪魔”に対する対抗手段がない。私一人じゃ、また。
「どうして?私を監視しながら一緒にこの事件を解決するんじゃないの。」
「ああ。悪いが俺は別で動かせて貰う。監視は別の信頼出来るやつに任せるつもりだ。」
「信頼出来る奴って。誰よ。」
「まあちょっと待て。直に起きてくる頃合いだ。その時に改めて紹介する。」
「そ、そうなの?」
私は訝しんだ目で彼を見る。隠奇くんを信頼してはいないが、彼の知る頼れる人は私にとっては初対面の人でもっと信用がならない。そもそも、その監視役さんは私に協力してくれるのだろうか。監視だけされても困ってしまうのだが。
「あ、分かったわ。あんた、このまま時間を稼いで警察を」
その時だった。私の言葉を遮るようにこの部屋に隣接してあるドアの一つ。そこに付いてあるドアノブが動いた。私は直ぐに自分の意識をそちらに裂いて警戒する。
「おはよー。」
しかし、私の警戒は意味のないものに終わった。ドアの奥から現われたのは、一人の可愛らしい少女?だったからだ。
ピンク色の髪の短いストレートヘア。スタイルはよく、女性の私からみても魅力的に感じる容姿の女性。それでもどこか幼さを感じるせいか、美しいとまでは思わなかった。なんて例えればいいのか分からないが、格好いい系よりは可愛い系?みたいな感じ。
彼女の寝間着は着崩れていて右肩が露出してしまっていた。半目でまだ眠たそうで、ウトウトとしながら此方に向かってやってくる。敵意はなく、油断と隙しかない。
「ごはん~。」
「おはよう。
そういって隠奇くんは立ち上がってキッチンの方へと行ってしまう。彼のいた場所をみると、いつの間にか彼は朝食を全て食べ終えていた。
「あんがと~。」
ふぬけた声でモモと呼ばれた少女は返事をすると、そのまま食卓にやって来て地べたにぺたんと座る。そして大きな欠伸をかましたあと、私と目が合った。
「ん。ん~?」
彼女は私を見て不思議そうに首を傾げる。そりゃそうだ。朝から知らない人が家に来ていれば誰だって疑問に思う。ちょっとリアクションが薄いのはきっとまだ彼女が完全に目を覚ましている訳ではないからだろう。
「あ、あの。始めまして。
「ん。ん?仁賁木?あー。あの時の人ね。モモです。これからよろしく。」
「あの時のって。え?私達どこかで会ったことある?」
「うん。そうだよ。全身武器に変形するキモい悪魔モドキと一緒に居た人でしょ。」
「そうだけど……。え?貴方もあの場所にいたの?」
「そうだよ。何を隠そう、彼を倒したのは私なのです。」
少しどやっとした顔でモモちゃんは胸を張る。
「え。彼を殺したのは隠奇くんじゃないの?」
不思議思った私に、キッチンからモモちゃんの食事を持って来た隠奇くんが口を挟む。
「ほら、モモ。」
「ん。ありがと。いただきます。」
隠奇くんは自分用に温かいコーヒーを煎れて来たようで、それに口を付けながら私の疑問に答えてくれた。
「お前の疑問だが、説明が面倒くさかったから俺が殺したことにした。」
「あ、あんたねぇ。」
面倒臭かったからって人の手柄を取るような言い方をするのはどうかと思うが、すぐにコイツならやりかねないと思った。自分が倒したことにすれば、どんな人が倒したかの説明を省けるのはたしかだし。
ということは、隠奇くんよりも彼女の方が戦力になるということなのかな。ここに来て、デモ悪魔と対峙するにあたって隠奇くんは戦力外になる可能性が現れた。私も足手まとい側になるだろうから、自分は別行動を選択したのかもしれない。足でまといが多くてもモモちゃんにとっては邪魔なだけだろうし。
「それじゃあ、私に付いてくれる人って。」
「ああ。モモだ。」
そういった彼の言葉にお味噌汁をすすっていたモモちゃんが反応する。
「え。なにそれ。どういうこと?」
本人に話してなかったんだ。と思う私をそばに、彼はモモちゃんに事情を説明していた。モモちゃんは終始納得のいかない顔をしていたものの、最終的には彼の指示に従うことにしたようだった。
「表がどうのこうの言っていたのは」なんて言葉がきっかけでこの話は纏まっていくのだが、私にはなんのことだかさっぱりだった。
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