第13話 もう一人

 廃配電所の扉を開けて中に入る。扉には鍵など掛けられてはおらず、思っていたよりも簡単に中に入ることが出来た。

「……。おかしい。」

 本当に誰の気配もしない。

「おかしい?何か変なの?ここ。」

 警戒する私の真横をモモちゃんが平気でずかずかと歩いて中に入る。

「わ!ちょっと、警戒とかしないの?」

「警戒?どうして?」

「だって、ここ。敵の本拠地なんだよ。」

 幾らモモちゃんでも、一人の“デモ悪魔”でしかない。同じ“デモ悪魔”でも、圧倒的に敵の数の方が多い。私を庇いながらなんとか逃げ出すことは出来ても、この組織自体を潰し切ることは難しいのではないかというのが私の考えだ。

 それとも、モモちゃんは数の差を覆してしまえる程の強力な能力を有しているのだろうか。

「え。でも、誰もいないよ?」

 モモちゃんはこの施設の中に視線を誘導させながらそんなことを言った。

「そういう能力を持っているのかも。急に飛び出して来てもおかしくは」

「考え過ぎ。それじゃ、私は先に行ってるからね。」

「あ、待ってよ!」

 置いていかれるのは不味い。武器も持っていない私が一人残されたところで無力でしかないし、モモちゃんという強力な宿り木をなくした格好の餌でしかなくなってしまう。私は慌てて彼女の後ろを追い掛けた。


***   ***   ***


 廃配電所の中は驚く程静かだった。それに、本当に誰一人として私達以外の人間が存在している様子はなかった。それは、この施設内の各部屋を周っただけでもよく分かった。生活感がまるでなかったのだ。人がそこで過ごしていることが分かるような物が何一つない。寧ろ、物がどけられている証拠ばかりが見つかる。つまりは。

「もう拠点を移してしまった。か。」

 丁度四角い角が出来たほこりを指ですくい取り、私はフッと息で飛ばした。ここでの探索を始めて早数時間。安全性が分かったことからモモちゃんと私は手分けをして何か手掛かりがないかと探し物をしたが、今のところ何も見つかることはなかった。

 疲れた私は地べたへとお尻を落して足を伸ばす。少しだけ頭痛もしていたからだ。机の引き出しや棚の中の資料まで隅々と探ったが、ここで働くために必要な知識やマニュアルの掲載された資料は見つかっても、“雷のデモ悪魔”を辿れるような手掛かりは何一つ見つからなかった。不味い。私はここくらいしか知らないのに、早くも生き詰まった。

「終わった。これからどうしよう。」

 このまま何も見つけられませんでしたで帰ったら、きっと殺される。せめて、何か小さな手掛かりでもいいから探さないと。私は重たくなった腰を上げると、再び何か手掛かりがないかを探そうとする。そうは言っても、もう殆どの場所は探り終えてしまっていた。これ以上どこを調べろというのか。

「ここ。なんか地味にじめじめしているし、一回外の空気でも吸っておこうかな。」

 そう思って入って来た玄関口の方へと足を向けようとした時だった。


「あ、居た。もう、どこに行ってたの?探したんだよ。」

 廊下の方からモモちゃんが顔を出してくる。

「あ、モモちゃん。どこって、この辺を探してたんだよ。」

「でも。……。まあいいや。見つかったのなら何よりだし。」

 不思議に思う私を前に、モモちゃんは一人何かを納得した。というよりも、説明することを諦めたか。まあ、この廃配電所は意外に入り組んでいるし、探しても見つからないこともあるだろう。あれ?そう、なのかな。

「それより、隠し階段を見つけたよ。」

 自分の中に灯る、なんとも言えない不安に首を傾げたくなった時、モモちゃんはそんなことを言ってくれる。

「それ本当?」

「うん。何かあるかもしれないし。一緒に行くでしょ?」

「勿論!」

「じゃあ案内するよ。付いて来て。」

 私はモモちゃんの後を追ってこの部屋を出る。そしてその階段のある方向へと向かうのだが、窓の外を見て少し意外に感じた。

 外の景色がもう夕方になっていたからだ。私の体感ではここに来てまだ二時間くらいの筈だ。思っていたよりも探すことに集中していたのかもしれない。

「ごめんね、モモちゃん。こんなことに長く付き合わせて。でもごめん。もう少しだけ」

「え?あ、うん。別にいいけど。」

 モモちゃんの後を付いて行きながら思う。よかった。これで事態は少し良くなっていってくれるかもしれない。そんな期待が私の心を少しだけ躍らせる。


 一階にあったその階段は、確かに地下へと続づいていそうだった。しかし電気はなく、奥の方は真っ暗になってしまっている。石で作られた階段は少し不気味で、私の体はそこに入ることに対しての拒否反応を示した。

 それでも入るしかないのは言うまでもない。


「モモちゃん。」

「分かってる。」

 モモちゃんは私の質問が分かっていたかのように空中から鎌を取り出す。

「え。」

「なに?私だって、流石にここを進むのには警戒するよ。」

「あ、うん。そうだよね。ごめん。」

 モモちゃんも警戒とかするんだと思わなくはなかったが、私が驚いたのはそこではなかった。モモちゃんが顕現させた大きな鎌。そのデザインが、昨晩首下に突きつけられたそれとは異なっていたから驚いたのだ。


「どうしたの。行くよ。」

 モモちゃんに声を掛けられてハッとする。いつの間にかモモちゃんが階段を降り始めていて、私は慌てて追い掛けた。

「ご、ごめん。」

「怖いのは分かるけど、証拠。見つけるんでしょ。」

「う、うん。そうだね。ありがとう。」

「なんなら手、繋いであげよっか?」

 モモちゃんが意地悪な笑顔をしながら手を差し出してくる。

「そ、そこまでは必要ないよ!」

 そんな会話をして、私はモモちゃんの後に続いた。

 それでもまだ頭の中はモヤモヤしていた。そんな筈はないと思いはするのだが、どうしても頭から離れないあの日いたもう一人の人物の可能性。

 もしかして、あの日の“デモ悪魔”とモモちゃんは別人?いやいや、複数の鎌を使い分けている可能性だってあるし。

 どうしても考えてしまう“もしも”。


 「止まれ。」

 あの日、あの鎌を止めた隠岐くんの一言。

 今朝のことを思い出す。モモちゃんは、隠岐くんにああ言われて止まれるような人なのだろうか。

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