第6話 俺様登場です!

 操案そうあんの町は、海にも面している。港の方にいけば船も出ており、そこからポツポツと見える島々へは券売機でチケットを購入すれば観光フェリーに乗船して訪れることが出来る。

 そんな一般客も訪れるような港とは違い、埋め立てによって作られた貨物船専用の港というものも、この町には内包されていた。山で囲まれたこの港は、一般人に向けて開かれている訳ではないため、華やかさはない。強いて上げるとするのなら、効率化を優先する為に配置された重工機械達や到着した大型コンテナ達が建ち並ぶ様子が壮観だということくらい。

 見て楽しめるような要素は少ないが、お洒落を見せないこの格好が現代の若者達に侵食されていく怖さを感じさせず落ち着く。という感想を持つ人間も多かった。山に囲われているためか、限定的な世界を作り上げている印象があるようだった。


 この港は大量の大型コンテナを受け入れられるように作られた埋め立て地だった為、敷地は広い。だがそんな場所だからこそ、従業員の多くはこの港で働く人間全員を把握出来ている訳ではなかった。そんな場所だからこそ、よくないことを考える人間も集う訳で。


 それは夜0時を回る頃合い。

 扱案の埋め立て港にある倉庫の一つで、深夜に到着した輸入物が次々と運ばれていた。そんな倉庫の中に、事務所と呼ぶにはあまりにも不適切でありながらも同等の仕事が行われる場所があった。

 あるのは最低限の机と椅子だけ。いつでもこの場所を捨てて逃げられそうな簡素な場所。それでも今回は違った様相を見せていた。事務所の中にまだ鮮度のいい赤い血痕が沢山飛び散らかされていたからだ。今警察の捜索が入れば困るに違い無いだろう。

 そんな景色を前にしても、そこを訪れた男は同様などしなかった。

「今月の分だ。」

 黒いスーツを着てサングラスを掛けた体格の大きい外国人。それが大型コンテナで運んできた輸入物とは別に、この国へと持ち込まれた大きなスーツケースを机の上に置く。対面に座る怖面の日本人は、その中に入る5本の薬品を確認した。確かに。と呟くと、胸ポケットからペンを取り出してそのまま出された契約書に名前を刻む。

 その日本人の来た白いスーツは赤く汚れている。


「随分と荒れているようだな。」

「あ?」

 普段はこのような場で雑談など切り出さない。向こうもそれが分かっていたからか、急に話しを切り出したことに疑念を抱いたようだった。疲労のせいか、男の目の下の隈が酷いことになっている。

「お前らに心配されるようなことは何もねぇよ。」

 目の前の男は怖面の割には薄い男であった。風格は出ているものの中を突いてみればただのチンピラ。そんな認識を対面した外国人は持っていた。


 一つ溜息をついてから男は独り言に近い形で話し始める。

「この商売は橋渡りに近い。下手な橋を選べば崩れ、あっという間に崖下へと落下する。行き先は法律による罰則地。社会復帰は基本的には望めないだろう。」

 何が言いたい。目の前の男はそんな目で睨み付けてくる。

「それでも橋を渡る必要がある以上、此方もそれなりに警戒をしながら行き先は選ばなければならない。状況によっては今の橋を捨てて新しい橋を作ることも必要になる。」

「俺達の橋が崩れ落ちるとでも?」

 事務所の変容に目を向けてみれば、それを追った日本人の男は強く舌打ちをする。

「これは補強だ。橋が壊れない為のな。だから安心しろ。」

 本人は本気でそう思って言っているようだったが、此方としては悪手としか見えない。だがそこを詰めたところで対した意味はないだろう。

「これはなんだ。」

 だからこそ別角度からの指摘を加えてみることにする。スーツの内側から取り出したのはこの町の今日の朝刊だ。


町の探偵凍る。扱案そうあんに迫る悪魔の手。


 そんな見出しによって大々的に取り上げられているのは、柊修司というこの町で慕われた探偵が全身を氷付けにされている写真。


「随分と派手に暴れているようだが。」

「……。」

「この町に何人かの悪魔払いエクソシストが派遣されることになった。その内、ここにも足が付くだろう。」

「そいつに対しては此方で対処を進めている。薬を横領した馬鹿な部下はそこに転がっ」

 瞬間。日本人の彼の後ろに立っていた部下達の首が跳ね飛んだ。胴体から切り離されたそれは勢いよく飛ぶシャンパンボトルのコルクのようだ。赤いシャワーが事務所内の色を塗り替えていく。


「契約違反だ。」

 冷酷な目で男を刺す。


「っ。」

 怯えた男は椅子にケツを付けたまま驚愕していた。自身もこの薬品を打って“デモ悪魔”になっているだろうに、その能力は使用しない。否、使用する素振りを見せただけで死ぬと理解している。こいつの前任者はそうして殺された。

 横流、転売、許可の無い譲渡は禁じているとは元々契約書に書かれていることだ。我々はその内容に準拠するだけのこと。今日この場所に死体が転がっていた理由が見せしめだろうと、此方への誠意だろうが関係ない。

 本来ならここでこの男も始末し、全ての痕跡を消してこの契約を打ち切る手はずになる筈なのだが。


「お前は運がいい。うちのボスは、お前にはまだ使い道があると思っている。」

 ネクタイを少しだけただしながら、異邦人は提案を持ちかける。


「お前の失態に、あるゲームの参加者が関与している面影がチラついている。」

 目の前のチンピラは口をパクパクとさせている。声が出せないようだが、その内容は想像に難しくない。質問以外の口パクについては敢えて無視をする。


「悪魔を連れた人間を探せ。そうすれば、お前の命は見逃してくれるそうだ。」

「で、出来なければ。」

 やっとのこと口にした言葉に、男は淡々と言い放つ。


「答えるまでもないことだ。言っておくが、我々から逃げられるとは思うなよ。お前は、常に見張られている。」

 そんな言葉を最後に、男は事務所を去った。


***   ***   ***


 暗い夜。母国へと帰る船の中で、黒い羽根が舞い落ちる。今までは姿を見せなかった化け物が、今になって顕現する。

 真っ白な肌。真っ白な髪。そして、赤い瞳。背中から生えた黒い翼は大きく羽ばたいて船体を揺らした。


「はーあ。退屈な連中だったわね。少しでも立ち向かおうと思う気力はないのかしら。」

「退屈?どうしてそんなことを思う。お前らが好きな絶望は味わえただろうに。」

「そんな食べられるならなんでも良い。みたいに言わないで。私にも好みってものがあるの。出来るなら、もっとじっくりやりたかったわ。」

 ぷんぷんと不満を漏らす女に男は無言を返す。

「それにしても順調ね。探偵を凍らせたのも、私達が派遣したの仕事でしょう。それに、写真の氷像に掛けてあった言葉。ゲームの参加者にもある程度目星は付けてそうだったじゃない。」

「そうだな。」

「そこに悪魔払いエクソシストまで参加するんでしょう?ああ。なんて面白そう。私もその混沌に参加して惨殺の限りを尽くしたいわ。あの町を心ゆくまで陵辱しましょう。」

「そうだな。もし向こうのゲーム参加者が強ければそうなるだろうな。」

「ちょっと。不安になるようなこと言わないでよ。たしかにゲームへの参加は積極的じゃないみたいだし?この国だし。相当平和ボケした雑魚の可能性は高いのよね。」

「ああ。だがそうとも言い切れないのが現実だ。ここまで我々に全く情報を掴ませていないからな。おそらく、我々の販売する薬品の転売品を買ったのもヤツだろう。それなのに、まだ何も分からないというのが実情だ。あの薬には所持者を特定する成分が含まれているのにも関わらずに、だ。存外手強い相手である可能性はまだある。」

「まあ何にせよ、アイツらがソイツを舞台に引き摺り出すまでは私は待機なのよね。それが凄く退屈だわ。私が引き摺り出してやりたいくらいなのに。」

「そう言うな。本国での睨み合いに変化があっても困る。お前は我々に取っての主戦力だ。」

 その睨み合いに何か思うことがあるのか、悪魔の女は溜息を付いた。

「だったらどうして私は今ここに居るわけ?まったく、私の契約者パートナーは。強過ぎる相棒も考え物ね。」

「……。」


 悪魔女の目が鋭く、静かなものへと変化する。

 どの獲物が先に引っかかろうと、彼女のやることは変わらない。契約者と一緒にこのゲームを勝ち残る。

 その胸に、少しの期待感が宿った。

「これから起きる扱案この町での騒動がどんな結末を辿ろうと、せいぜい私を楽しませてくれる展開になってくれることを期待したいわ。」

 舌なめずりをしながら、野心ある目でその女は離れ行く扱案の町の風景を見つめていた。


 ベルタディディオファミリーを乗せた船は、ゆっくりと扱案そうあんの町を離れていく。しかし船内にいる人間の数は扱案の町に来た時よりも少なく、その魔の手は少しずつこの町に根を下ろし始めていた。


***   ***   ***


 そんな様子を、山頂から眺める陰が一つ。

「あれが、修司さんを酷い目に合わせた連中です?」

 左目に眼帯を付けた小柄な女は、小首を傾げながら扱案そうあんの町を出て行く船を見据えていた。その目は無邪気で明るいものの、どこか陰を感じるものになっている。彼女は幼児性を思わせるような派手な格好で、髪を明るく染めている。外見的には中学生くらいの少女だが、歳は俺とそんなに変わらない。とにかく目立ちそうな姿のなのだが、闇夜に紛れても違和感がないのだから不思議なものだった。右目に付けた眼帯がその原因だとも思えない。


「そう思ったんだがな。どうやらそうでもないみたいだ。どうやら今回は俺の推測が外れたみたいだ。悪いな、久遠くおん。」

 木の陰に姿を隠したまま、煙草に火を付けて口に加える。

「へぇ。珍しいですね。隠奇おきの兄貴がそんなミスをするなんて。」

 何かを見透かすような目でその女、久遠は俺に笑顔を向ける。笑っているのに笑っていないこの表情は、いつ向けられてもドキリとする。

「はぁ。なんでも良いから早急に情報を寄越せと迫って脅迫来たのはそっちだろ。この件に関しては俺だってまだ調べ始めたばかりで情報なんてまだ」

「嘘ですね。」

 ニコニコしたまま即答される。俺は一瞬固まってしまう。

「……。どうしてそう思う?」

あいゆえに。ですかね。きゃっ。」

「意外だな。お前に好意を抱いて貰えているなんて。」

「はい?そんな訳ないですよ。俺様はこれまでもこれからも。ずぅっと、修司さん一筋なのです。」

 何処からか取り出されたナイフをクルクルと回しながら圧を掛けられる。

 あんまりふざけたこと言ってたらぶち殺すぞ♡と。

「まあ、そのことは一度置いておきましょう。俺様、そろそろに入らせて貰いたいのです。」

「……。本題、だと?」

 ここに来る事が本題ではなかったのか?

「当然です。こんな当たり障りのない情報で俺様が満足すと本当に思っていたのですか?」

 彼女の回すダガーナイフが嫌に煌めく。俺が何のことだか分からない素振りを見せれば、そのナイフは俺の真横を通り過ぎる。木に深く突き刺さったダガーを見て頬から冷や汗が流れ堕ちた。

「隠奇の兄貴はもっと情報を掴んでいる筈です。俺様、その情報が欲しいのです。」

「だから、俺はこの件にはまだ関わったばかりでこれ以上の情報なんて」

「たしかにこの情報も凄く大きな情報です。けど、そんなに関係ないですよね。これ。」

「そうとも限らな」

「俺様は、ここで隠奇の兄貴とやりあってもいいんですよ。兄貴とはまたりたいと思ってましたし。」

 無邪気な狂気が俺に向けられる。

「……。」

 今ここで、俺は安易にこの木陰から出ることは出来ない。船に乗っているあの悪魔にられることだけは避けなければならないからだ。久遠は、俺が彼女に逆らえない状況の中に居ることを理解している。そもそも、こいつに強引に連れ出されなければ俺はこんなところに来る予定などなかった。

 今もしあの悪魔が飛んでくれば、それこそ悪魔との契約ゲームが大きく進行してしまう。俺は瑛己を殺した犯人を探すことになった都合上、今はそうなることを避けたい。

 それでも俺がここにいるのは、彼女を上手く利用すれば……ハッ。そういうことか。

 俺はまんまとそう思わされた訳だ。いや、実際彼女は俺の想定した役目自体は果たしてくれている。それを踏まえた上で、俺を脅せる状況が作れることに賭けたのか。その条件だと俺の方の利が薄いと理解した上で。

 相手の顔を見る。

 これが彼女の考えてやったことなのか、それとも天然か。或いは、本当に“愛”故になのか。


「なんですか?」

 溜息を一つ付く。全く、侮れない女だ。俺は仕方なく、彼女が必要とする情報を吐き出す。嘘は付かない。今の彼女に嘘は通用しないだろう。見抜かれて戦闘になってしまった時のデメリットの方が大きい。だが全部は教えない。彼女が求めているのは、あくまでも修司に関する情報のみ。瑛己を殺した事件について聞かれている訳ではない。

 だからこそ、俺は出来る限り彼女が俺の邪魔にならないように情報を厳選する。


 俺が彼女に必要な情報を差し出した後。

「ずる賢いですね。兄貴。」

 と、久遠は笑った。

「なんだ?まだ何か文句があるのか?」

「いえ。満足ですよ。情報提供ありがとうございます。これではなんとか果たせそうです。」

「そうか。それはよかったな。」

「はい!」

 殺意は消え、満面の笑みと感謝に変わる。

 個人的に、この女が“デモ悪魔”に対してどれだけやれるのかが気になった。それに、こいつの実力なら程よく場を掻き乱してくれるだろう。

 敵視点で見たときに、“悪魔との契約者”が誰なのか。その候補者が増えてくれる分には、俺に得しかない。俺が意図した展開ではなかったが、ここでのことは意外と響いてくれそうだ。


 もし目の前の女が氷漬けにされて帰って来たら、写真でも撮って揶揄からかってやろうと思うのだった。

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