第5話 親友、残り2人

「うわー!強い強い強い強い!何よあいつ!あんな能力、チートじゃない!」

 玩具を買って貰えなかった子供のように、モモが地面をジタバタと転がって泣き喚いていた。こいつの強者感はどこに捨てて来たのか。黒焦げになって体をぷすぷすと言わせている様子はちょっと面白い。

 あの銃の男デモ悪魔もモモを侮っていた訳ではなかった。いや、最初は舐めていたのかもしれない。だが、それも途中でなくなった。自由に体を武器に変形させ、ありとあらゆる手法でモモと戦っていた。その戦いは俺が思っていたよりも白熱していて、見ている側からしたら少し面白かった。

 銃の男の体は何処をどう切断されようと、その部位から武器を創成すると共に再生した。それは鎌で斬って戦うスタイルのモモからすれば難敵でしかなかった。相手を一撃で消滅させる魔法を使えばいいと思うのだが、それに関しては今の彼女では扱えないらしい。そう本人から聞いてはいるのだが、実際のところは怪しい。

 モモの身体能力は異常だった。悪魔だからといえばそれまでかもしれないが、どんな銃弾も避ける避ける。偶に弾に当たるものの、それは人間のように致命傷に至る怪我には成り得なかった。あの鎌で銃弾を防ぐ様子も良かった、最初は器用に刃先で銃弾を切り裂いていたものの、途中で鎌を回転させて防ぎ始めた時には「あ、こいつ面倒臭くなったな」ということが直ぐに分かった。

 俺はモモに疑念を抱いている。悪魔ホンモノデモ悪魔ニセモノが同等だとは思えない。今回の一件で以前からの疑念は深まった。きっとモモこいつは俺と会ってから一度も本気を見せていない。いざという時の為にも、側に居るのに安心出来ない相手の底力を見ておきたい気持ちがある。だがその思いを今はひた隠す。察せられれば面倒になる。

 腰に抱えた仁賁木を見る。今まではその機会をどう作るべきか悩んでいたが……。


 今、モモが敵対した“デモ悪魔”は全身をくまなく武器に変形させて立っている。全力だったのだろう。ありとあらゆる武器が体の様々な箇所から突出してある。再生を優先し過ぎて途中から制御出来ていなかったようにも見えたが、まあその度に強さは増していたので気にすることでもなかったのだろう。

 かろうじて人型だと認識出来るレベル。その体からは火花が巻き散っており、無事という感じでもなかった。オイルだか血だかよく分からない液体が流れ落ちている。俺は、あるTDを取り出すと、それを自らの胸中へと差し込む。まあ、あの状態なら特に問題もないだろう。このままモモのもう戦えないフリを見させられるのも鬱陶しい。

 特に外見的特徴のある能力ディスクでもない。これを入れたところで姿が変わる訳でもなく、それによって警戒されることもなかった。

 静かに目を閉じる。とは言っても装甲アーマーを来ている状態だ。この中身が本当に目を閉じている訳ではない。ただ、そういう気持ちではいるというだけのこと。


 少し前に、俺はある“デモ悪魔”と戦った。

 そいつは特段強い訳でもなく、正直に言えば弱かった。敵対する俺を前にしても、やったのは煙草を全焼させたり、俺とは全く関係のない机やスマホを破壊したりするだけ。特に難はなく変身をせずともグーを顔面に入れられた。


 当初はきっと使えないクソ雑魚能力だと思っていたのだが、こうして|みれば、そうではないことが分かった。


 ゆっくりと目を開ける。ことは終わった。目の前の男はもう動きはしないだろう。


「はぁ。もういい。魔力もこれ以上消費しちゃうとちょっと不味いし?後はアンタに任せてあげる。」

 じたばたと騒がしかったモモの動きが止み、自分では解決しなかった面倒事を押し付けてくる。

「いや、その必要はない。」

 俺は地面に寝転がったモモを見る事なく答える。

「え?その必要がないってどういう――」

「ちゃんと見てみろ。あいつはもう死んでいる。」

「え?そ、そうなの?」

「ああ。お手柄だったな。」

「そ、そんな筈は。」

 頭を撫でてやろうとした俺の手を撥ね除けて飛び起きたモモが、銃の男死体に駆け寄っていく。今にも動き出しそうな雰囲気ではあるのに、その男は遂数分前まで戦っていた相手が近づこうとも決して動く事はなかった。


「し、死んでる。」

 鉄の体を突っつきながらモモが驚いている。そして直ぐに顎に手を付けておかしいな。と何かを考え出す。このアホらしい仕草が俺を油断させるものかどうかとか、当初はそんなことも考えていたっけな。今ではもうそれにある程度の結論を付けている為、特に考えることもなくなった。


 そんな彼女を横目に、俺は“グリズリー?”と書かれたシールの付いたTDを取り出して胸に入れ込んだ。新しく手に入れた能力は使ってみたいものなのだ。

 この装甲からだが、TDから能力情報を得て変容する。それは少しだけ熊っぽく、それでいて熊ではない形。手に装備された大きな爪を見ながら、俺はその凶器を目の前の死体へと向ける。


「ちょっと。何をするつもりよ。」

「お前、この事件には俺が中心になって動いて欲しいって言ってたよな。」

 モモが意味深に視線を逸らす。

「え?ああうん。そうだったかも。でも私は今日いっぱい暴れられたし、もう満足出来たから別にやらなくてもいいよ。暫くはまたあの退屈な日々にも耐えられそう。」

「……。なんだよ。それ。」

 俺はばかばかしくなって自分の手を降ろした。こいつの腹部に爪後を残すことで相手さんに宣戦布告をするつもりであったのだが、興が削がれた。どんな形だろうと、モモのストレスが発散出来たのならこれ以上無理に戦闘を誘発させる行動を取る理由もない。そういうやり方も面白いと思ったのだが、やはりいきなり矢面に立って何かをするのは少し苦手だった。

 それに、丁度今別のやり方も思いついたところなのだ。


「ねぇ。もしかしてこれから私達が関わる事件って、この娘仁賁木が犯人じゃなかったって展開だったりする?」

「……。もしかしたらあるかもな。そんなことも。」

「あるかもなって、そんないい加減な感じでいいの?」

「いい加減も何も、まだコイツから何も聞いて無いじゃねぇか。」

 今考えたところでどう足掻いても推察の息を超えない。軽くモモのおでこにチョップを与えた。

「む。でもそれもそうか。」

 モモはおでこを押さえて何かを考えだす。


 俺は自らの変身を解く。これ以上あの姿でいる理由もない。そうして、生身になって改めて戦場跡を見る。裏山に立つ木々の半分は弾丸によって粉々になっており、山の一部には大きなクレーターが出来ていた。俺は友人との思い出に浸る為にここに来たのに、その光景を大きく変えてしまうことを許してしまった。燃え、倒壊した秘密基地だったものを見た時、おそらく俺の瞳に光は宿ってはいなかっただろう。


 大きく息を吸ってみる。だが、そこには昔と同じ空気なんてもうなかった。


 煙草を吸いたくなったが、そういえば切らしてしまっているのだった。

 遠くでパトカーが鳴らすサイレンの音が聞こえる。その音は今度もまた俺がいる場所とは違う方向へと向かっていく。この山の現状が世間に見つかるのはもう少しだけ先になるだろう。俺達の戦いの音が戦場以外に漏れることはない。それは、モモが俺に持ち込んだ契約の原因ゲームに起因している。それを円滑に進める為には、見つかって厄介な存在達がいるのだ。悪魔払いエクソシスト。まあ、そんな名前の奴らが悪魔を連れて参加するゲームの開催なんて許諾する筈もない。

 ゲームは、エクソシストやつらに殲滅されてゲームエンド。なんて観客として見ると糞つまらない展開一辺倒にはならないように調整はされている。

 もしバレたら真っ向から潰しに来ることだろう。此方としても、無意味な場外乱闘は極力避けたいところだった。


 風にスーツがなびく。そのポケットの中で携帯が震えていた。取り出してみると、画面には“海實甲太朗”の名前が。


「どうした。もしかしてもう俺が恋しくなったか。」

 くだらない冗談でも1つかましてみるが、電話の相手はそれを無視する。

「咲夜。お前今、どこにいる。」

「何処って、まあお察しの通りだよ。俺もお前達と同じく犯人を探して動いている。だから悪いが、お前に居場所は教えられないな。邪魔されると迷惑だ。」

 こいつは、俺が陰で動いていると勝手に想像している。実際は特にそんなこともなく、ただ偶然に“デモ悪魔”と戦闘することになっただけなのだが。ここで甲太朗に今何処で誰に襲われたと言ったところで面倒な展開にしかならないだろう。しかもこちらには今仁賁木の体がある。ここで二憤木を甲太朗に開け渡すつもりなどある筈もなく、都合がよかったので裏で動いている風を装った。

「そんなことを言っている場合ではない。お前、ニュースは観たか。」

「ニュース?いや、まだ観てないな。」

 答えると、すぐにあるニュースのリンクがメールで飛んで来る。便利な道具があるものだ。俺は受け取ったリンクから町のニュースサイトページを開く。


“お前達4人を許さない”


 全身を氷付けにされて動けなくなった修司。その首に、そんな物騒な文字の書かれた看板がぶら下げられている画像が画面一面に映し出される。記事の見出しには、“町の探偵凍る。扱案そうあんに迫る魔の手。”とデカデカに書き出されていた。


「咲夜。警察我々はお前を保護させて貰う。」

「……。嫌に決まってんだろ。」

 たった今し方に警察姿をしたマシンガン男に腹をぶち抜かれたばかりなんだぞ。ふざけんな。と言ってやりたくなったが、その気持ちはグッと抑える。

 それを抜きにしても、警察に頼りたいと思う気持ちは今の俺にはない。動きをある程度封じられてしまうのは面倒だ。

「馬鹿か。今は意地を張っている場合では」

 甲太朗はまだ何かを言いたげだったが、どうせここからの話し合いなど平行線にしかならないと分かっているので、俺は電話を切った。それよりも、送られたニュースの方に興味がある。


 残り二人。


 親友がまたやられた。そんな事実は、今の俺には割とどうでもいいことだった。薄情だとは思う。もしかすると、俺が昔の自分に戻りつつあることが原因かもしれないと思ったが、きっと悪魔モモと契約したせいだと頭を振った。

 写真の文字を見る。“お前達4人を許さない”この言葉は、間違いなく俺達に宛てられたものだろう。瑛己、修司を含む4人組といえば花弩抹かどまつ高校の仲良し男子4人組くらいしか俺には思い浮かばない。甲太朗もそう思ったからこそ俺に連絡をして来たのだろう。そうだとするのなら、相手はかつて俺達と因縁のあった相手か。それとも俺達を知る誰かの可能性が高い。だが、もし仮にそうではないとするならば―――。

 考えは巡っていく。まだ、今の段階ではどんな可能性もあり得てしまう。


「はっ。」

 俺は静かな山の中で1人、薄ら笑いを浮かべた。

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