第4話 ハッ。まじかよ。

「ハッ。まじかよ。」

 仁賁木にほんぎ 継菜つな。俺の友人。型乃坂 瑛己を殺した犯人の姿がそこにはあった。運命としか思えないこの一幕に、俺は思わず薄ら笑いを浮かべてしまう。

 彼女は顔を真っ青にして震えている。意外だった。俺の親友をぶち殺したヤツが逮捕や復讐を恐れて震えて待っているなんて思ってもいなかったからだ。運良く見つけられたとして、襲われるか逃げられるかくらいはすると思っていた。だから、目の前のクソ女のこの同様のしように妙な胸騒ぎを感じた。

 ボタンを掛け違えてしまっているような微妙な違和感。


 違うな。彼女は逮捕や復讐を恐れている訳ではない。


 というか、俺すら見てはいない。俺の後ろの、別の、なにかを。

「なんだ?何を見て――」

「あぶなっ」

 振り向く俺に、仁賁木から逃げるように指示しようとした声が聞こえた。でもそれは、あまりにも遅すぎた。

 瞬間。俺の胴体に巨大な鉛弾が衝突し、起爆した。目の前が真っ白に染まる。

 気が付けば、俺は秘密基地を突き抜けて地面を転がっていた。口には土が混じり込んでいて気持ちが悪い。ぺっぺっと吐き出す。体中が熱い。全身が丸焦げになってしまっているかのような感じだ。実際、俺の皮膚は高熱によって溶かされ始めている。

「がはっ。ゴボッ。」

 口から大量の血が溢れ出る。ほぼ死んでいるような状態の体で俺は息をする。肺に空気が入り辛くてしんどい。口元を抑えようとした手から煙が上がっているのが見えて驚く。焼き爛れた手は、白い煙を吹かせながら震えていた。指先が溶けてしまっている。手の甲を動かしてみるも、360度無事じゃない。頭を抱えたくなった。体がパチパチと火の粉の燃える音を漏らしている。

 おいおいまじか。何でこうなった。

 こうなる寸前のことを何とか考える。仁賁木の視線を追った先には……。

 そうだ。俺が振り返った瞬間。そこには、頭が砲台と化した人間が立っていた。未来のロボットかよって思うほどの、歪な人間がそこには居たのだ。


「がふっ。“デモ悪魔”か。」

 正体なんてはっきりしていた。そんな奇天烈なことが出来る存在はソレ以外にあり得ない。俺は辺りを出来得る限りの範囲で見回す。俺の知らない悪魔の存在は感じない。上手く隠れているか、それともゲームの参加者本丸ではないかだ。継いで、仁賁木を探す。ここで彼女を失うのは痛い。襲撃される直前に見た彼女の表情。アレは、ナニかを知っているヤツの目だった。彼女はこの“デモ悪魔”を知っている上で発見し、怯えていた。なら、何か情報を握っている可能性がある。

「このなら、私が保護しておいたわ。安心していいわよ。無事だから。」

 そう言いながらモモが降り立つ。黒い翼を羽ばたかせて、太い木の枝の上に止まった。その腕の中には、確かに仁賁木が眠っている。

 モモとは、俺が契約したピンク髪ツインテの悪魔に適当に付けた名前だ。出会った当初に、私には名前がないとかほざいていやがったので勝手につけた。呼び名がないと不便だったからだ。名前の由来は髪がピンク色だったこと意外に特にない。

 そんなモモに、俺は不機嫌な視線を向ける。


「……。俺の方を助けろよ。」

「イヤ。私、アンタのこと嫌いだし。それにまだ今日の分は残ってる訳だし。」

 いや、そういう話じゃねぇんだよ。と言い返したいところではあったが、流石に体の傷が響いた。

 俺は一日に一度だけ、TDを使った変身で体に受けた損傷を全て治療することが出来る。変身自体はその後にも何度でも行うことが可能なのだが、どんな傷でも治してしまえるのは最初の一回目だけ。それ以降は治らないし、下手をすれば普通に死ぬ。どうにか00:00まで耐久しなければならない。

 まあ、それを踏まえてしまえば理屈的には仁賁木の方を助ける方が遙かにいい。彼女自身が今回の事件の中心にいることは間違いないだろうしな。

 それにしてもモモのやつ、最近ちょっと生意気だな。ちょっと痛い目にあっても……。て、そうではないだろ。そう。これは心の問題なんだ。一日一回は不死身みたいなことが出来るから傷ついてもいい。無視してもいいとか、そういうことじゃないんだよ。という感じのだな……。


「ガバッ。ゴボッ。」

 頭がぼんやりとする。酸素が足りない。深呼吸をする為に大きく空気を吸おうとするも、体内から吹き上がって来た血によって遮られる。不味いな。早く変身しなければ本当に死んでしまう。

 地面から顔を起こし、重たい体を気合いで持ち上げようとすれば、融解した腹部から血や色々なものが混じり合った液体が零れ落ちていくのが見えた。内蔵がどろどろだ。貫通はしていないが、腹が内部ごと融解している。それでも無理矢理立ち上がる。変身における治癒能力に、部位の有無は関係ない。

 燃え盛る秘密基地の中から、片腕をマシンガンに変質させた男がやってくる。俺はそいつを下から睨み上げることしか出来ない。腹が痛くて背筋を伸ばせない。

 俺達が作った秘密基地が燃えている様子には、流石にショックを受けた。

 瑛己が死に、ここが燃えた。どんどんと瑛己との繋がりが薄くなってしまっていっているような寂しさに襲われる。


「っ。……。不様な姿だな、人間。」

「ゴボバッ(ハッ。抜かせ。)」

 秘密基地はここから少しばかり高所にある。“デモ悪魔”の野郎は俺がまだ生きていることに驚いたようで、怪訝そうに見下ろしてきていた。

 迷っている暇はなかった。ゆっくりしていたら、あのマシンガンの餌食になって死ぬ。俺は素早く内ポケットの中からTDプレイヤーを取り出すと、その中にTDを押し込んだ。プレイヤーは、輝かしい光を灯し始める。

 奴が銃口を俺へと向ける。

 俺はTDプレイヤーをソイツへと向けて放り投げる。それは、激しく乱雑に回転しながら輝きを増した。


「死ね。」

「ぐぼッ。変身っ。」

 俺の「変身」という声を合図に空中で割れたTDプレイヤーは、質量保存の法則など無視して分別した各部分が成長する。俺の体の各部位に会った装甲アーマーへと変化を遂げたそれは、乱射された銃弾を防ぎ、相手を牽制して怯ませてから俺へと装着されていく。

 装甲アーマーが上手く装着されるように、気合いで背筋を伸ばした。凄く痛かった。


 人型を保ちはするが、この装甲アーマーの中身自体は人間の肉体ではなくなる。俺がこいつに変身をしたとき、俺自身が人間ではなくなるのだ。では装甲の中にあるものは何なのか。俺という“存在”自体があることは間違いないのだが、他にどう形容したらいいのかは俺にも分からなかった。そういう存在へと成り代わる“変身”。人型機械アクマ


「ふむ。」

 失われ欠けていた体の感覚が元に戻ってくる。痛みも退いている。やっぱり便利だな。コレ。この能力さえあれば、多少の無茶は許容される。ただ、ここからのダメージはどうしようもない。今日はこれ以上致命傷を与えられる訳にはいかない。


「お前、その姿。あの組織の連中か。」

 片腕マシンガンの男は、その銃弾を全て防ぎきった俺の装甲アーマーを見ながらそのように称した。あの科学馬鹿連中と一緒にするのはやめて欲しいところだが、勘違いされていた方が都合はいいか。

「まあ、そうかもな。」

「面白い。デモ悪魔俺達かお前らか。どちらの方が優れているのか、ここで証明してやろう。」

 男はマシンガンを別の武器へと変貌させていく。俺はそれを見て対応出来そうなTDを取り出そうとして。モモに止められた。


「待って。私がやる。」

「……。大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。気持ち悪いから心配とかしないで。それにさっき言ったでしょ?私今、凄く暴れたいの。」

 そんなこと言ったか?とは思ったが、暴れたいとは言っていたような気がする。

「……。分かったよ。」

 俺は取り出したTDをしまう。そしてモモから気絶した仁賁木を貰って小脇に抱えると後ろに下がった。


「チッ。女連れかよ。ウッゼェな。」

 片腕殺人兵器の男が強く舌打ちを打つ。だが、その顔には直ぐに汚らしい笑みが浮かび上げられた。

 まあいいか。女とヤれるんだしよ。そんなセリフを付けられそうな笑顔だった。

「嬢ちゃんも“変身”するのかよ。」

 その言葉を聞いて、俺は少し首をかしげた。こいつにはモモが本物の悪魔だということが分からないらしい。前に戦った連中はそれらを敏感に察知出来ていたのだが。あいつらと目の前の男とで、何か違うことでもあるのだろうか。或いは、モモがそう見せているのか。

 俺はモモを見るが、契約者という特別な関係で結ばれてしまっている以上、あまり意味はなかった。

 この原因がもしモモであった時、俺はこいつをしばこうと思う。それを教えてくれていれば、もっと早く契約の原因ゲームに対して別の働きかけが出来ていたかもしれなかったからだ。ホウレンソウは大事。


「違うよ。私は“デモ悪魔こっち”。」

 そういってモモは虚空から鎌を出現させる。

「ハッ。どういう組み合わせしてるんだよ、お前ら。もしかして、あぶれ者か?」

「細かいことなんてどうでもよくない?私とあなたが戦う。何か不満?」

「いやいや。そんなことはない。俺的には可愛い女の子を虐められる方が嬉しいからよぉ。」

 男は舌なめずりをしながらモモの体をじっとりと眺める。無理もない。こいつの悪魔服は、男を堕落させる為の際どいものになっているからな。男なら本能的に見てしまうものなのだろう。知らんけど。

 男の視線を受けたモモが「キモ。」とだけポツリと呟いて殺気を増幅させる。

 その際、俺にも何かしらの視線を向けてきたが、その意味は分からなかった。なんだこいつ。


「まあ、もし負けることがあったら言ってくれ。」

 そう言って俺は彼、彼女に背中を向けて歩き出す。

 油断しきった俺のその背中は当然のように狙われたが、意外にもその攻撃はモモが防いでくれていた。


「本当、嫌なやつ!そんなあからさまな誘い方して。先に手を出されたからやり返しただけだ。なんて、そんな言い訳は許さないから。今回は私の獲物なの!邪魔だからとっととどっかに行ってて!」

「……。はいはい。」


 この数時間後、モモはギャン泣きした。

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