第3話 復讐劇のはじまりはじまり
お前は、昔のお前に戻るのか。
少し人間味を失っているように見える。
お前にとっての良心だった瑛己はもういない。
頭の中で、甲太朗に言われた言葉が反芻していた。目の光は少し薄まり、甲太朗に言われた事実だけが俺に不安を与える。
ふと、視界の隅に俺が殺したガキ共が映る。やつらは全員、薄汚れた白い1枚着を着ており、その胸元には固有の番号が縫い付けられてある。
ズキンと頭が痛み、ふらふらと近場のガードレールに腰を掛けた。
大きく息を吸い込んで顔を上げると、そこにはもうガキ共はいない。
溜息を1つついて頭を抑える。
「重傷だな。これは。」
俺は今、一人で
迷いがあった。俺は、昔の俺に戻りたくない。
楽しかった時間を思い出せば、少しは嫌なノイズも消えるかと思ったが、そうはならず。
「……。」
俺も、瑛己の事件に復讐者として参加するべきなのか。
それが、本来の人間としての在り方なのか。
自分の考えが正しくないとは思わない。だがそれは、甲太朗には冷たく見えた。だから昔のお前に戻ったのか、なんて言葉が出たのかもしれない。
俺の地はきっと昔と同じで。瑛己を失った今、良心のあるべき場所が定まらない。
意図せず昔の機械的な自分に戻ってしまうことが、とても恐ろしかった。
他に気にもやらないといけないことがある。高校時代の時のように、なにかれ構わず首を突っ込むようなことは出来ない。そんな簡単に優先順位を付けてしまえるような考えがいけないのか。
修司に甲太朗。かつての戦友達が、親友を殺した犯人を捕えようと躍起になっている。きっと、あいつらにも他に優先するべきことがある筈で。それでも瑛己のことを思って動いている。きっと、それが普通なのだろう。これで俺だけ何もしなかったら、それは瑛己に対する不義理になってしまうのではないだろうか。
義理人情のなさは、過去の自分に戻った証になるのかもしれない。
「……。」
俺だって本音では瑛己の為に――ってそれは流石に無理があるか。とって付けた感が凄い。俺はどうしても、復讐をすることに意味を見出せない。
やったところで笑ってくれる人はもういない、それを届けるべき相手はいない。そんなものに価値を見出せない。俺にとって“
「ねぇ。いつまで歩くの?いい加減私、疲れたんですけどー。」
「……。」
ピンクツインテの悪魔が姿を現す。彼女は黒い翼を羽ばたかせると、俺の後ろへとすんなりと降りて来る。黒い翼を消し、彼女は俺の後を付いて歩く。
こいつは俺がとある事情で契約することになった悪魔だ。その事情を話始めると長くなるので割愛する。
姿を隠して付いて来ていたのか。出会ったばかりの頃は随分と疲弊しきっていたというのに元気になったものだ。いや、元気になるのがいけないという訳ではない。ただちょっと面倒臭くなったなとは思っている。こいつはしおらしいくらいが丁度いい。
「なんだよ珍しいな。付いて来てたのか。」
今は一人で考え事をしたいのに面倒な奴が来てしまったものだ。
いつもは家に引き籠もってお菓子やら漫画やらで当世を楽しんでいるくせに。俺になんて微塵も興味がないと思っていた。少なくとも、
「当たり前でしょ。だって
ニヤニヤと好奇心の目を向けられると少しうざったく感じた。言っている言葉自体は優しそうなのに、その表情には微塵も心配の色がない。
「へぇ。意外だな。お前が俺を心配してくれたのか。」
それが分かっているからこそ、俺は敢えてそっけない態度で皮肉を返す。
俺の死は
そもそも、契約で繋がっているのだから、俺が死にそうかどうかは近くに居なくても分かるのだ。事実、今までも側にいない状態で死にかけたら飛んで来た。
「は?心配?そんな訳ないでしょ。」
悪魔はぶわっと一気に笑顔に花を咲かせる。
予想していた返しではあったが、イラリとする。分かっていてもウザい。
「アンタが落ち込んでる姿が面白かったから付いて来たの。とっっても!愉快で面白かった!あはははは!」
俺のこめかみがブチッと鳴る音がした。
「あ。今うざいと思った?ざまぁ。」
その隣で、このクソ
「……。」
はぁ。もうなんかいいや。いつもなら何か言い返していたところなんだろうが、今日はそんな気分でもない。
煙草を取り出す。しかし、箱の中にはもう一本も残っていなかった。先程吸っていたので最後だったか。買い出しに行きたくはあったが、今は山中。近くにコンビニなどあるわけもなく、一度下山してからまた戻ってくるのもそれはそれで面倒だった。
仕方なく、予備としてポッケに入れておいた禁煙ガムを口に放り込む。味が似ているので意外と気休めにはなるのだ。これが。
「そうだ。お前、瑛己の魂には何もしてないだろうな。」
ふと、気になったことを口にする。これで何かやったと言ったして、俺はどうする気なのか。それは自分でも分からなかった。そもそも、こいつらに魂を狩る云々の概念はあるのだろうか。
「え?誰よ。瑛己って。」
「……。(唖然)」
「ああ。昨日死んだアンタの友達かぁ!」
「……。(顔を歪める)」
「気になる?ねぇ。気になっちゃう?アンタの親友に私が手を出していないのかどうか。気になっちゃう?」
「……。(睨み付ける。)」
「ははは!いいね!どんどん不機嫌になってく!」
「お前なぁ。」
「あはっ。いい気味。くくく。あはははは!」
「……。」
不味い。自分の人生を思い返してみたら、ぽんぽんと思い当たる節が出て来る。だったらもう自業自得と諦めるべきか。
「いいから質問に答えろ。答えてくれたら、少しは
「いやだよー。そんな嘘に易々と騙される私じゃないの。」
「チッ。クソ悪魔め。」
「くくく。いい顔。いい顔。その顔が私はだ~い好き!」
頬を恍惚とさせながら喜ぶ悪魔。どうしてこんなに喜んでいるのか訳が分からん。いや、そういえば最初に
契約者が死ねばゲームには負ける。それはゲームプレイヤーである悪魔にとっては自らの存在の消失に等しいらしい。だからこそ、好きでも嗜虐のやり過ぎには注意!それが悪魔側にとってのもどかしい
関節的にしか攻撃出来ない辺り、あくまでも他人ありきの都合上殺さない寸前で嗜虐を止める。なんて行為に歯止めが利きにくく、最悪そのままゲームエンドになってしまうことが多いようで、悪魔側からしたらデメリットが大きいのだとか。またどこまでが直接的か。なんてものはゲームのシステムが勝手に決めるらしく、判断が難しいらしい。直接的だと判断された場合にはちょっとした罰があるのだとか。
だから攻撃される可能性がある以上、自身の契約悪魔だからといって簡単には背中を預けられないのがこのゲームの面倒臭いところだ。俺達は運命共同体ではあるが、仲間ではない。頭の片隅にはその考えを置いておく必要がある。
プレイヤーに対する意地悪なルールは他にも沢山ある。それを考えるだけで憂鬱になりそうになった。
「んー。でもそうだなぁ。アンタがこの事件に関わるのかどうかくらいは気になるかも。それを教えてくれるのなら別にいいよ。」
嬉しそうに指をくるくると回しながらそんな提案をされる。
「この事件って。瑛己を殺した犯人のことか?」
「うん。そうだよ。その事件。」
こいつ、どこから付き纏ってやがった。よし、ここは少し格好付けて適当なことでも言ってやるか。
「愚問だな。親友の
「あー。はいはい。そういうのいいから。」
なんだコイツ。
「
なんでやねん。とツッコミを入れたくなったが、その言葉は引っ込めておく。無粋なツッコミは、私ももう君とは長いからね。なんて言ってウィンクを飛ばして来たこいつを哀れにする。
いやちょっと待て。そっちの方がよくないか。
「なんでや」
「だから、ん?今なんか言った?」
「いや、いい。続けてくれ。」
今下手にツッコミを入れたら何に対するツッコミか聞かれる。俺が滑ったような雰囲気になるのは避けたい。
「だから、どう関わるのかって聞いたの。もっと具体的言えば、表で見せてる
そんなことを聞かれて、俺は手に顎を乗せて頷いた。ふむ。そういう考え方も出来るのかと。
確かに今回の件は
……。面白い考え方だ。ただ空虚な復讐劇を演じるよりかはずっといい。
「そうだな――。」
そう言いながら、俺は今朝の報道を思い出していた。
面識はある。仁賁木は、高校生時代の同級生だ。とは言っても、俺はあまり話をしたことはない。他の女子生徒に漏れず、瑛己のことが好きそうな女子という印象だ。
甲太朗も修司も探している存在。俺達の中では今1番あつい人物であると言えるだろう。
探偵という職業柄か本人の性格故か。警察も侮れないくらいにはこの街に深い繋がりを持つ修司。公的機関として国民の大部分を味方にしているといっても過言ではない警察組織に警視として所属する甲太朗。正直、あいつらに
介入したところで、一歩も二歩も出遅れてしまうことは間違いない。やるなら協力しての方がいいのだろうが……。
考えながら、後ろの悪魔様をチラ見する。
「何。ちょっと考えちゃって。珍しく迷ってるの?」
“もしも”のことがあった場合、俺は1人の方が都合が良い。極力表の自分でやってみるにしても修司や甲太朗と一緒に行動はしないだろう。だとすれば、表で見せている自分として関わる意味はあまりない。
「うん。ないな。ただ、目の前に犯人が転がり込んで来るような奇跡でも起きたら、俺も事件には関わってみようと思う。」
そんな偶然があるのなら、俺も
迷うのにも少し疲れて来たところだ、もう運任せでいいだろう。
「ふーん。そ。」
簡素な返答が帰って来る。なんだコイツ。お前が聞いてきたことだろ。
「ねぇ。あんた、偶には表舞台でドバーッと暴れてやりたくなったりしない?過去のゲーム参加者にはそういう奴が多かったって聞くよ。折角特別な力を手に入れたのに、
あー。こっちの話が本命だな。
こいつ、ちょいちょい契約において獲得した力を別の何かに使わせようと打診してくるよな。人の欲望はうんちゃらかんちゃらって以前にも語っていた。大方、表であからさまに力を使うことで
「悪いが、」
「それは俺のやり方じゃない。でしょ?もういい加減何度も聞いたから分かってるっての。あーあ。残念だったなぁ。今回ばかりはってちょっと期待したんだけどなー。」
「お前なぁ。最初の頃はもう戦いたくないって怯えてたじゃねぇか。」
「そうだけど!そうなんだけど!最近はなんか、あまりにも平和で退屈なの。悪魔として刺激が欲しい!」
コイツ。この前はわざわざ天井を破壊してまで派手に自分の鎌で“デモ悪魔”の首を切り落としていたが。欲求不満だったのか。それが悪魔の性質なのか、
正確には停滞ではなく少しずつ駒は進ませているのだが、地味なことに変わりはない。
「?」
気が付けば、後ろを歩いていた
「人が居る。注意して。」
言われて気が付く。俺はいつの間にか、目的の場所に到達していたようだ。
山頂近くの暗がり。整備された山道を少しだけはずれた先の場所に、それはあった。古びた木造建築物。秘密基地という名の集合場所。暫く誰も使っていないせいか、見た目の印象は悪くなっている。
ここは昔、俺が瑛己や甲太朗、修司と一緒に作った場所だった。発案は確か瑛己からのものだっただろう。あいつが俺達を退屈させることなんてなかったように思う。
ここにも思い出に浸りに来たつもりだったのだが、どうやら先客がいてしまっているらしい。
動物くらいになら
俺と同じ様なことをしているやつがいるのかもしれない。ここは別に、俺達だけが来ていた場所ではなかったからな。中に居るのが甲太朗か修司の可能性は限りなく低いだろう。
甲太朗はまだ仕事中だろうし、修司は今頃街中を走り回っていることだろうからだ。だからきっと、あいつらではない。
まあ、良い所で瑛己の友人。悪くてもホームレス辺りが関の山だろう。
そんなことを思いながら地面にまで伸びた長い
「ハッ。まじかよ。」
一体どんな確率でこんな奇跡が起こってしまったのか。
どうやら天は、俺にまだ人間でいろと言ってくれるらしい。
俺は奇妙な運命に笑みを浮かべ。悪魔様は嬉しそうな顔をする。
そうしてこの
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