大脱出!

 縦穴を掘り進め、一人では脱出が難しくなるくらいまで掘り下げたころ、土中から金属と思われる円柱型の物体が現れた。大きさは直径1メートル程度。世界を埋め尽くした災厄が閉じ込められているにしては小さく感じる。

『デバイスに取りついた暗黒物質は圧縮され液状になっています。デバイスが発光を止めたら、奴らは気体になって拡散していくでしょう。』

「そうか、分かった。それでは……只今より超発光デバイスのエネルギー充填作成を開始する!手順はこうだ、ターゲットのデバイスは最初、暗黒物質に包まれている。エマ君がそのスイッチを切ると暗黒物質は霧散するので、その隙に超発光デバイスを持って外まで走り、太陽光に当てて光を充填。再度発光させることで暗黒物質を引き付けて再封印、といった流れだ。」

「はい博士、質問です。」

 バット君が手を上げる。

「外に持って行った後にスイッチOFFしたんじゃダメなんですか?」

『ノー、拡散した暗黒物質によって太陽光が遮られ、超発光デバイスに光が届かない可能性があります。遺跡の中に奴らを留めておいて引き離す必要があるでしょう。』

「私からも質問だ、暗黒物質が拡散するスピードとの勝負になるがどれくらいの余裕がある?」

『光源を検知していないときの暗黒物質の拡散速度は時速6km程度と推測されます。通常の人間であれば早歩き程度の速度です。』

「ここから入口まで約1.5km、入り口からの光が100mくらい届くとしても大丈夫そうだな。」

『よろしいでしょうか、それでは封印を解きましょう。既に一部の暗黒物質は超発光デバイスの束縛を逃れて容器内で気化しています。開けた瞬間そちらの明かりに殺到するはずです、お気をつけて。』

 ブシュー、と黒い煙を吐き出しながら円柱の上部が開く。その中から蠢く漆黒の球体が見えた――と思った瞬間にはもう、松明を煙が覆い隠し周囲が完全な闇と化した。

『シェルター・オフ、光源をカットします。健闘を祈る。』

 エマの宣言の後、球体のあった方向から風のような流れを感じ取る二人。解き放たれた暗黒物質が拡散を始めたのだ。

「くっ、何も見えん!どこにあるんだデバイスってやつは!」

「博士!僕が持ちます!道を教えてください!」

 音で物体を見るバット君は暗闇の中でも大体の位置がわかる。黒い球体のあった場所に手を伸ばすと楕円形の何かが手に取れた。

「こっちだ!走るぞ!」

 一方シャム博士は目を瞑っていてもこの遺跡を歩き回ることが可能だ、伊達に10年もこの場所を調べ尽くしていない。

 二人は縦穴から飛び出すと、遺跡の入り口に向かって駆け出した。

 走り出してすぐ、肌に当たる闇の感覚が変わる。暗黒物質の充満した場所は脱出できたらしい。二人はそのまま一目散に駆けていくのであった――光を求めて。


 闇の中を走る、走る。

 右折して、左折して、階段を登って直進して、また右折。

『警告、暗黒物質の進行速度が計算より早いです。走行速度の上昇を要求します。』

「無理!」

 簡潔に即答するバット君、すでにかなりの全力疾走である。背後から忍び寄る気配は感じるが距離を開けることはできていない。このままでは外の光を認識した瞬間、加速した暗黒物質に飲み込まれてしまうかもしれない。

「バット君!次に右に曲がったら後は出口まで真っ直ぐだ!私は足止めをする!」

「はい!」

 どうやってとか、危険がとか、そんなことを言っている暇はない。バット君はシャム博士をただ信頼した。


 分かれ道をバット君は右折し、シャム博士は直進して正面の通路で暗黒物質を待ち受ける。

「こいつが好きなんだろう?存分に喰らいたまえよ!」

 シャム博士はポケットからマッチを取り出して鷲掴みにし、持てるだけ一気に火をつけた。マッチの先端にあるリン成分が一気に燃え上がり、そして――カッ!と激しい光を放つ。

 マッチにマグネシウム片を挟み込んでおり、その燃焼反応により激しい光を発しているのだ。光に関する遺物ということで用意していた道具の一つである。

「うわぷ」

 追いすがってきた暗黒物質は全て正面の"餌"に殺到してシャム博士は飲み込まれてしまい、一方バット君側には若干の余裕ができる。そして――


「――光だ!」


 遺跡の入り口から差し込む光を認める、最後の100mを駆け抜け、陽光の射す中にバット君は転がり出した。

 抱えていた超発光デバイスを太陽に向けて突き出すと、それは僅かにキュイィンと鳴り、その場に満ちている光が周りの景色ごと吸い込まれていくように揺らぐ。


『チャージ完了まで3、2、1……』

 エマのカウントダウンが終わる直前、闇がブワッと遺跡から溢れ出す。

 暗黒物質は光あふれる世界に歓喜するように、爆発的に周囲に飛び散ろうとする、が!

『……ゼロ、目を守って!』


 その瞬間、光が全てを白く塗り潰す。

 世界を闇に閉ざすはずの暗黒物質は、逆に光に捕えられて次々と超発光デバイスの中に閉じ込められていく。

『指向性ホーミング、開始!』

 続いてエマは光を遺跡の入り口に向けて収束させる。その光は乱反射を繰り返し、遺跡の隅々まで行き渡って暗黒物質を根こそぎ吸い尽くす!


『シェルター・オン』

 すべての暗黒物質を収監すると超発光デバイスの周りにシャッター状のカバーが発生し、光は直視できるほどに弱まった。

「お、終わった……?」

 目をチカチカさせながらバット君が問う。

『イエス、ミッションコンプリートです。現行人類の……いえ、シャム氏とバット氏の協力に感謝します。』

「そうか……でもまた漏れて来るんじゃないの?」

『問題ありません、これだけの光エネルギーがあれば完全消滅まで封印が可能な計算です。』

「本当かなー?さっきも速度の計算を間違えてたじゃん。」

『本当ですよー。じゃあそうですね。もしダメだったときは――また、お手伝いして頂けますか。』

 エマとバット君は笑い合う。種族が違うどころか、人間とAIの間でも信頼や友情といったものは生まれるのである。


「目がぁ……目がぁ……」

 と、ここでヨロヨロとシャム博士が遺跡から這い出てくる。

「あ」

『あ』

 ……収束した光をモロに浴びてしまったシャム博士だったが、幸いにも数日のうちに視力は回復したそうな。


 後日、シャム博士はエマからデバイスの発光システムを提供を受け、それを元に量産型の永久光源を開発。バット君はその権利関係処理や生産工場の手配に奔走しているとのこと。

 光に弱い種族とはトラブルもあったが、今や世界中に明かりが灯されている。


『――我が隣人の新たなる世界に、光あれ。』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

光を求めて Enju @Enju_mestr

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る