エマージェンシープロトコルかく語りき

『ハロー、私はエマージェンシープロトコル。あなた方の脳に直接語りかけています。』

「はっ博士!これは!?」

「しっ!……君は……この遺跡の遺物に関わる者か?対話が可能か?」

『イエス、私はエマージェンシープロトコル。あなた方の足下2.5メートル先に埋まっているデバイスに組み込まれている、人工知能です。いま私はあなた方の協力を必要としています。』

「エマージェンシープロトコル……。喋る、いや意思を持つ遺物ということか!ここにあるのは光をもたらす遺物であるはずだが。」

『肯定します。私が組み込まれている"超発光デバイス"は光を生み出す能力を有します。しかしその役割は貴方が考えるような照明などではなく――暗黒物質を封印することなのです。』

「暗黒物質?我々はその情報を持たない、危険な物なのか?君は我々に何をさせようとしている?」

 シャム博士は突然かつ常識を超えるコミュニケーションに冷静に対処している。バット君も最初は混乱していたものの、すぐに対話をシャム博士に任せ、記録を残す役割に徹している。どちらも未知なものへと挑む者との姿勢である。

『暗黒物質とは光学兵器に対抗するために作られた、光を無限に吸収する物体です。しかし不安定なまま運用された結果、暴走した暗黒物質はあらゆる光源に取り付きそのエネルギーを奪う災害と成り果てました。奴らは吸収した光エネルギーを使って増殖し、最終的に成層圏まで拡散。太陽の光を奪われた人類は絶滅しました。』

「……!」

 あまりにスケールの大きい話に絶句する二人。バット君も手が震えているが、記録を止めようとはしない。

「君の言う人類とは欠人のことだな?その滅亡の真偽は置いておく。それで、なぜここに封印されているとかいう話になるのか?我々に用があるという本題もまだだろう。」

 シャム博士は別にこの話を嘘だとは思っていないが、毅然とした態度を示すことでバット君の震えは少し収まったようだ。

 だがここでしばらくエマージェンシープロトコルからの返答が途絶えてしまい、二人は顔を見合わせる。

『欠人とは――いったい何が欠落していると言うのですか。不純な因子を持つ者が、純粋な人類に対してそのような蔑称を使用するべきではありません。』

 声のトーンが一段下がる。今まで機械的に反応していたが怒ることもあるようだ。

「"欠人"という呼び方が不満かね?しかし我々を不純な者と呼ぶなら、それはお互い様だな。少なくとも現在のスタンダードは我々の方だとも。」

「ちょっと!古代文明とのファーストコンタクトなんだから喧嘩はやめてくださいよ!」

 双方突然のケンカ腰にバット君が思わず叫ぶ。

「いやすいませんこういう人なんですよ気にしないでください。」

『……私も貴方がたとの対立は望んでいません。妥協案ですが私は貴方がたを現行人類、滅亡した古代文明の主を旧人類と呼称することを提案します。』

「ふむ、エマ君が我々を不純な者というのを撤回するならその提案を受け入れよう。」

『……分かりました、撤回しましょう。エマ君というのは?』

「エマージェンシープロトコルでは呼びづらい、エマで良いだろう。」

『省略呼称としてエマを承認、そんなものはお好きにどうぞ。』

 シャム博士はニカっと笑い、親指を立てたGoodサインをするが、バット君は生きた心地がしない。

 二人きりの時にも似たようなことが何回かあった、シャム博士なりの関係構築手段なのだろう。実際にエマのこだわりポイントが明らかになったわけだが、シャム博士が一人になった理由の一端を垣間見たと思った。

『話を続けます。滅亡寸前に旧人類は超発光デバイスを開発しました。暗黒物質はより強い光に引き付けられる性質があります。このデバイスはギガルクス単位での光を発し、地上に蔓延した暗黒物質を全て収容することに成功しました。また暗黒物質に吸収されない波長の光で増殖も抑え込み、増殖できない暗黒物質は徐々に数を減らしていきました。』

「そしてエマ君をとデバイス諸共地中に埋めて、全滅するのを待っていたと。」

『イエス、しかし長い時を経てデバイスの出力が下がり始めました。早急にエネルギーをチャージする必要があります。』

「エマ君が我々に声をかけてきた理由がそれか?しかしなんというタイミングか……我々がちょうど辿り着いた時に助けが必要になるとは。」

『ああ、あなた方が私を見つけられたのは、私が隠蔽を解除したからですね。』

「……おい今なんつった。」

 シャム博士はこの遺跡を10年間も探索し続け、全ての探索は空振りに終わっている。それがエマの仕業だとするならば怨嗟の念も起きるであろう。

『暗黒物質が解放されるのは避けねばなりません、デバイスの隠蔽はご了承願います。』

 流石にモノが世界滅亡レベルのため、受け入れざるを得ない。わざわざ隠蔽してたことを明かしたのは先程の仕返しだろうか。なかなかに感情豊かな人工知能である。

「まあ良い、今は過去より未来の話だ。遺物のエネルギーが必要ということだが、特殊な燃料か何かを用意せねばいけないのか?」

『超発光デバイスは外部から取り込んだ光を貯蔵、増幅、変換して発光します。太陽光に数秒当てることができればまた数百年は稼働します。』

 バット君は改めて欠人――旧人類の技術は異常だと感じる。こちとら松明とロウソクなんだぞ。

「いや、待ちたまえよ。そのデバイスとやらには光を吸収する暗黒物質が纏わりついているんだろう?どうやって光に当てるんだ?

『私から操作してデバイスの発光を止めることができます。その間は暗黒物質が野放しになりますが……まあ、外まで急いで走っていただければと。』

 使っているテクノロジーに比べて作戦が雑であることは否めないが、遺跡内には階段等もあり乗り物を持ち込むわけにもいかない。人の足で遺跡の入り口まで走るのが一番確実なのであろう。

「分かった。その話、引き受けよう。バット君もいいかね?」

 その話が本当なら、どのみち捨て置くことはできない。バット君は覚悟を決めて頷く。

「さて、話がまとまったなら……掘りましょうか!」

 エマは2.5メートル下の地面の中にいるという。二人はスコップを手に黙々と掘り進めるのであった。

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