闇の中の光

 この遺跡は直径1キロ程度の範囲に点在する部屋と、それらを繋ぐ通路で成り立っている。何か所か調査のために掘り返されている以外は全て石造りの壁と床が続いていた。

 二人の調査隊は1か月ほどかけてその全ての壁面調査を完了したのだった。

 その結果……

「何も見つかりませんでしたね。」

「まあ、目視と手探りでの調査なんて既に散々やってるからね。」

「なのに何故やらせたんです!?」

「それはもちろんバット君に遺跡の全容を把握してもらうためだとも。遺跡の基本的な素材や造りをしっかり叩き込んでおくことで調査の精度は飛躍的に上がるものだよ。」

「本当かな~?」

「本当だよ~」

 軽口を叩いて笑いあう、この1か月の間に二人の仲はずいぶんと近づいたようだ。最初のころの堅い感じもすっかりほぐれている。年齢は離れているが、物事に深く突っ込むシャム博士と引いた目で見るバット君の性格が、良いように嚙み合っているらしい。


「さて、ともあれ一通り調べ終わったわけだし少し振り返りをしようか。」

「振り返りですか?」

 バット君は怪訝な顔をするが、同時にわくわくとした感情も湧き上がってくる。ここまでの調査中に語られたシャム博士の知識や経験に基づく調査手法はどれも興味深く、いつも惹きこまれてしまうのだ。流石は遺物探掘のエキスパートである。バット君は尊敬に値すると感じ、心の中では既に師と仰いでいた。

「今のところ、調査結果は異常なしとなっているが……バット君、何か気になるところは無かったかね?」

「あったら報告してますけど。」

 素直な反応にシャム博士はニッコリ笑う。

「素晴らしい、バット君は誠実に任務を全うしているね。……とはいえ、すべての気づきを報告はできないと思うよ。少し気になっても『こういうものなんだな』と自分を納得させてしまったり、報告するほどのものではないと判断してしまったり……そういうのが糸口になることも多いのだよ。先入観が無く、かつ遺跡を全て見た今のバット君の視点は結構貴重なものなんだとも。」

 そう言われたバット君はこの1か月の間の出来事に思いを馳せる。

「う~ん……あ~……、強いて言えばですけど、1か所だけ感覚の違うところがありましたね。」

「素晴らしい!さっそくその違和感の正体を確かめに行こうじゃないか!」

 シャム博士に背中を押され、2人は遺跡のある地点に移動するのだった。


「ここなんですけど」

 バット君が案内したのは何本かの通路が交差して少し広くなっているポイントだった。

「ここだけなんというか……『重い』んですよね。」

「ふむ、重いとは何が?」

 バット君は頭をポリポリと掻く。

「ちょっと説明が難しいなあ、うーん……何かこう、存在感が強いんですよ。顔をブルンって振った時に振り回される力が強いと言いますか」

 その表現は独特で、シャム博士にはイマイチその感覚が伝わっていかない。

「それは、この場所の空気が違うということかな?温度や湿度や酸素の濃度など?」

「いや、どうなんだろう。ほら、あるじゃないですか?動くときに微妙に抵抗を感じる場所とか方向とか。」

「それはー……私は無いなあ。」

「まじすか。」

 視線を感じて皮膚がムズムズするとか、危険を察知してうなじの毛が逆立つとか、何かを知覚する前に肉体が反応するというのは、よくあることではある。ただしそれは個人差が大きいものであるし、いわんや種族が違うともなれば共有の難しい感覚もあるだろう。

 と、ここでシャム博士はコウモリの特性に思い至った。すなわちエコーロケーション、超音波の反射による空間把握である。


「つまりバット君は声の反射具合で見えない場所の物体を探知しているわけだ。この近くに密度の異なる空間があって、それを感じて『重い』という感覚になっているんだろうね。」

「なるほどー、耳で見てるような感じは無くもないですね。」

 シャム博士にエコーロケーションの説明を受けるも、バット君本人はあまりピンと来ていない様子だ。

「無意識にやっているうちは中々実感できないかもしれないね。しっかりと意識を向けて使いこなせれば、探掘には大きな武器となるだろうとも。」

 そう話しながらシャム博士は大きな鉄の棒でできた器具をセットする。

「しかし、今はこの音叉でバット君のやっていることを再現・増幅して、私にも分かるようにしていくよ!」

 コォーーン、と独特の音色を発する音叉の、周波数を調整するためのパーツを操作していくシャム博士。やがてイィーンといった澄んだ音色から、ブブブっとブレるような音になるポイントでパーツを固定する。

「さて、これが遺跡周縁部と固有振動数が揃った、つまり共鳴している状態だね。一定距離内の『密度』が変わったなら、鳴り方も変わる。それがバット君の感じる『重さ』ということだろう。」

 とはいえ壁の厚さも一定ではないから、少しずつ音叉の周波数を変えて反応を見ていく必要がある。

 地道な作業だよ、とシャム博士は笑う。

「その割には、ずいぶんと楽しそうですね、シャム博士?」

「もちろん!何かが見つかりそうな手応えがあるのは2年ぶりだ。バット君には感謝しているとも。」


 音叉を色々なところで鳴らしたり、重い砂袋をドスンと落としたり――振動に主眼を置きながら調査を進めて数日。どうやら通路の一角に何かが埋まっているのではないかという予測がついた。

 そこから更に遺跡に穴をあける許可を貰ったり、機材を揃えて工事の計画を立てたりと様々な準備に明け暮れて日々は過ぎ。ついに遺跡の石畳を剥がし終えて、目的の場所まで掘り進める日が来た。

「これでただの岩とかだったら悲しいですね。」

「はっはっは、そんな例は枚挙に暇がないから思ってても言わないものだとも。」

 流石に10年間なんの成果も得られなったシャム博士は心構えが違う。

『岩じゃないですよ。』

「だったら嬉しいねえ……ん?」

「ん?」

『ん?』

 突然聞こえてきた第三者の声に困惑する二人。

 続けて声はこう名乗った。

『ハロー、私の名前はエマージェンシープロトコル。あなた方の脳に直接語りかけています。』

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