光を求めて

Enju

地下遺跡の探検

 真っ暗な通路に松明をともし、壁や床を押したり叩いたりして調べながらジリジリと進んでいく人影が二つ。

「バット君、何かあったかい?」

「何もないですねシャム博士。」

 幾度となく同じやりとりを繰り返す。彼らはこの地下遺跡の調査隊であった。

 隊とは呼べど二人きり、しかもうち一人のバット君は参加したての学生バイトである。

「あの、調査ってこうやって延々とペタペタ触ってるだけなんですか?」

「もちろん他にも色々と準備しているとも、道具を使ったり薬品を使ったりね。」

 シャム博士はポンポンとポケットを叩く。

「そこは今後のお楽しみだよバット君。」

「でも、もう十年も探してるんですよね?『欠人けつじん』の遺物なんて本当にあるんですか?」

『欠人』とはかつて地上に繁栄していたと言われている、ヒト以外の因子を持たない人類である。

 いっぽう現代の人類は、生まれつき必ず何らかの動物の因子を持っており、バット君はコウモリ人、シャム博士は猫人である。もし欠人の時代であったら、彼らは逆に獣人とでも呼ばれていたであろう。

 高い科学力を持ち、謎の絶滅を遂げた欠人たち。彼らの残した物品の中で、特に人々の生活を一変させるほどの力を持つアイテムを「遺物」と呼び、それらを見つけ出すことが現代の大きな命題となっている。とはいえバット君の言うように滅多に見つかるものでもなく――

「本当にあるか、だと?もちろんここには遺物が必ずあるとも!見たまえ、その証拠にブラジル第三遺構の記述によれば――この遺跡との一致が――さらにこの資料が示すのは――その証拠に――」

 何が人の怒りに触れるか分からないものだ。バット君の言葉にシャム博士は過剰に反応し、この遺跡に遺物が存在する証拠を並べ立てていたが、そのうちに調子に乗ってきたのか喋り方が講義から演説のように変わっていく。

 遂に遺物の存在を否定する者たちへの怨嗟が始まりようになったところで、バット君がストップをかける。

「まあまあ博士、ここに遺物があるというのは分かりましたから。」

 正に虎の尾ならぬ猫の尾を踏んでしまったか、毛を逆立てて瞳孔を開き、爪も剥き出しになっていたシャム博士に対し、バット君はゆっくりとした羽ばたきのジェスチャーをする。これはコウモリ人が相手を落ち着かせようとするときの動作だ。

「……あ、いや。済まなかったね。少し休憩しようかバット君。」

 シャム博士が我に返り、リュックを地面に置いて腰掛けるとバット君もそれに倣う。二人は水筒の水で喉を潤して一息ついた。


「あの、シャム博士の功績を知らない人は居ないです。たくさんの遺物を発見して欠人の技術を復活させて、みんな便利になったって喜んでます。でもそんな博士が一人でずっとこの遺跡に籠ってるのはなんでかな?って思ってしまって。」

「まあね、昔はたくさん仲間がいたとも。しかし何年も成果がないと人は離れていくものだ。私がなぜ続けてるかと言えば……まあ趣味みたいなものかな。」

 今まででもう十分に成果は出しているから、好きにしてても許されるんだとシャム博士は笑う。

「趣味……でも、本気で探しているんですよね?ここにある遺物はそんな特別なものなんですか?」

 シャム博士はしばらく逡巡すると、どこか遠くを見るような眼をする。

「そうだな、この遺跡に関する情報は曖昧なものが多い。だが様々な古文書を紐解くと……私はここに欠人の光を生み出す装置があると結論づけた。」

 それを聞いてバット君は思わず立ち上がる。

 欠人の記録の中で最も有名なのは、彼らの手にしていた兵器。それは光を投射し、光に照らされた物は溶解するか爆散するか、ともあれ激しい殺傷性を持つものだと理解されている。一説によるとこの兵器の暴走が欠人の滅亡を招いたのだ、とも。

「博士、あなたはなんてものを……!」

 脂汗を流し身構えるバット君とは対照的に、シャム博士はお気楽な感じで、肉球のついた手をパタパタと横に振る。

「いや、そういうのじゃなくてね。」

 シャム博士はバット君が落ち着くよう一拍おいて話す。

「光を灯して明るく照らすという、そういった機能を持つものだよ。」

「はあ。」

 あまりの落差にバット君は気の抜けた返事しかできない。

「その……こう言ったら悪いんですけど、たったそれだけの物のためにこの遺跡に10年も籠っているって言うんですか?」

 現在も照明にはランプやロウソクなどがある。バット君は今まで生きてきて、それで不便を感じたことはない。

「君は夜目が効く種族だよね、私もそうだとも。星の明かり程度でも十分に出歩ける。しかし逆に、日のある間しか碌に動けない人もいる、火が苦手な人だっているだろう?そういう人にとっては、燃え尽きず、燃え移らず、明るい光はきっと大きな助けになる。」

 また遠くを見るシャム博士。

「そして不幸な事故も減るだろう。」

 最後の一言にハッと顔を上げるバット君。

「さて、そろそろ調査を再開しようかバット君。なに、必ず見つけてみせるとも」

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