第二章8 『少女の消せない記憶』
いまから大昔のこと。
天界(そら)と人間たちの住む下界、魔界で長きにわたり三つ巴の大戦争が勃発。
血で血を洗う戦闘に数多の犠牲を払いながらも、元凶たる「魔王」の封印に成功する。その戦いに勝利した人類は神々から祝福を受け、荒れ果てた地は人の住める緑生い茂る土地へと再生を遂げたのがドラグニア世界の歴史。
大規模な破壊活動は魔法と生命の源である
――私は身の毛がよだつほど暗くて冷たい悲しい世界を素肌の生まれたままの姿で鎖に繋がれ、生きてきた。断ち切ることの出来ないそれは深く絡みつき、私の身体から離れない。言い方を変えれば血族という名の呪いだ。
生き残ったヒトが何をした? 居住の大地の再生に奔走するあまり世界樹の汚染を顧みず樹の汚染は現在も拡大し、魔王ふっかつの可能性だってある。前代たちのせいで、いつだって苦しむのは次に産まれてくる世代だ。束の間だとしても、せっかく積み上げた平和を崩壊させてはいけない。
二度とこのような悲惨なことはあってはならぬと監視し続けてきたのが竜の因子を持つ、大魔法使いリヴィエール家に継いできた私「メリア・リヴィエール」の役目なのだから――。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
お互い間合いを詰めると同時に刃を交える。激しい金属音が響き渡ると火花が散り、二人の力が拮抗していることが分かる……。カタナを押し返そうとするメリアだが黒ローブの男、ゼハードは不敵な笑みを浮かべながら力を入れて押し上げ、
「……身の程知らずの愚か者が。弱いものは死に方も選べない」
「おまえに殺された同胞の無念を晴らし、私は復讐のために何年もこの身体をささげて――生きてきたァ!」
内なる秘められし真の力を解放して戦うメリア。
斬撃が振り払われ、距離を取られると彼女はすかさず踏み込んでいく。ゼハードはメリアが繰り出す攻撃を難なくかわし、反撃に打刀で斬りかかるも逆に少女はそれを刃が頬に触れるスレスレのところで躱してみせる。
「『冥王眼』……竜の因子を宿した者にのみ現れる特別な
「――伝説のその眼を発現した者は火、水や雷といった「
再び打ち合う刃。
ゼハードは相手の出してくる手を予測しながらもさらに力を込めて、メリアを押し込んでいく。しかし、瞳力の基礎身体能力の向上を使用している状態のため彼女の力の方が上回っているのか、次第にゼハードを押し返すことに成功した。
「まだまだね。……それがどうしたっていうのよ」
「知っているか? 冥王眼には隠されたもう一つの能力が存在していることを……俺はまだ三分の一のパワーも出してはいない」
「!?」
「……反応をみるに、やはり知らぬか。冥王の真の恐ろしさは所有者の体内に流れる
そして――ついにその均衡は崩れる!(しまった……)メリアはそう思うも勢いを止めることは出来ず、そのまま押し切ろうとさらに力を込めた。ヤツの急所を刺して確実に息の根を止めた。だがその刹那――、
「……ぐっ」
彼女は背後から殺気を感じ取ると高い身体能力を活かしてその場から反対の方向へ飛び退く。すると彼女のいた場所に何かが飛来し、地面に突き刺さった。それは鋭い刺突用のレイピアだ。
「本来ならば、アイテムの魔導具から召喚した槍によって心臓は刺し貫かれて貴様は絶命していた。……俺だけが持つ特殊な能力を貴様にも分かるように「あえて」魅せてやったのだ」
「……」
「俺の
「……上書きされた「結果」だけが残って現実世界に反映される。……つまりは事象の改変ってわけね。理解したわ」
写真とそれを加工するアプリケーションに例えればいいだろうか。無知なニワカの例え話だから間違っていても許してほしい……。
被写体をカメラで撮影、出来た写真をアプリで好きな形(事象)に編集して完成。ゼハードの能力は本来起きうるハズだった
もちろん。好きな未来を観ている時も、選んでいる時も流れている時間はリアルタイムで進行中であり、戦闘の最中であればゼハードは無防備な状態となっていると思われるだろうが「ゼハードの
流れている進行中のものごとの上から「被せて」新しい未来に好きなタイミングで書き換える。なので彼は「選んで上書き」すると言っていた。
つまり、過去でハズレのガチャを引いて右眼の冥王眼で大当たりガチャを引いている未来を観た場合「当たった」という事象を正しい現実として上書きすることが可能なのだ。
「貴様も冥王の使い手ならば真の能力があるはずだ。それを引き出してみせろ!」
致命傷による攻撃は回避はしたものの彼女の右肩には逸れたことで発生した槍が掠った傷が出来ている。
彼女の言う通りにこの傷は未来が上書きされた結果、右肩に出来たモノだ。彼女のいう通り事象が改変されていれば当然その部分が存在していないことになる。つまりは……そういうことである。
負傷で体力を減らしたのかメリアの呼吸は乱れ、肩で息をしている。そんな彼女を見てゼハードは攻撃の手を緩める様子はない。
実力は五分……いや、ヤツの方が一枚も二枚も上手。メリアはそう思いながら舌打ちをし、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、
「早く勝負を決めなければ……なぜだ、どうしてヤツに勝てないのよ。ちくしょう……」
強力な特殊能力を駆使する相手に、メリアも魔力を練ってカタナに纏わせて反撃した……。その一撃は確かに当たったもののヤツはダメージを受けていないように見受けられる。そして徐々にヤツの攻撃速度が上がっていく……。
反撃ができないほどに剣戟を交わすとメリアは鍔競り合いに負けて今度は大きく後ずさる。どうやら先ほどの一撃で力を出し切ったらしい。だがそれを見越していた
「あ……がっ!」
能力向上の効果を使ったゼハードの重い膝蹴りがメリアの腹部を直撃した。衝撃波でたまらず、胃の中の物を嘔吐するメリアは地面に片膝を着いてしまう。
「脆い。能力を警戒するあまり魔法による防御がおろそかになったようだな……」
そして――、 ゼハードは隙だらけの少女から判断力を鈍らせ拘束し、メリアの長い髪を掴んで持ち上げると彼女を宙ぶらりん状態にした。まるで捕まえた獲物を見せびらかすかのように。
武器もカタナを手放しており、今の彼女に抵抗するすべはない。
掴んだ獲物を放り投げると落下したその勢いを利用して何度もメリアに拳の
彼女は顔面を何度も殴られ、口や鼻から流血しその端正な顔は腫れあがっていた。衝撃で
出血量からみても早く処置をしないと命が危ない。口から血を吐き出すとそのまま意識を失ったのかブクブクと泡を吹き、白目を剥いてメリアは動かなくなった。
抜けた少女の髪の毛が何本か舞う。最後のとどめを刺そうとゼハードは飛んでいった標的に向かって歩を進める。
倒れた彼女を見て身を潜めていたヒロアキは動きだす。
「もうやめろーーーーっ!!!」
駆けだしたヒロアキは叫びながら、メリアを庇うようにして敵の目の前に立ち塞がる。普通の少年では魔法使い相手にはぜったいに勝てない。そんなことは百も承知で不屈の闘志を燃やしながら、メリアを助けたいという強い想いだけで前に踏み出しているのだろう。
「勇気と無謀を履き違えるな。「無謀」といわれた行いも成功すれば「勇気ある行動」と賛辞されるが、当然その逆もあり得るということ……せっかく仲間が命を賭して逃がしてくれていたのに。……貴様の行動はマヌケだ」
(確か、こいつが例の……別の世界から来たという少年)
「俺は、…俺にとっての大切なものを守りたいんだ。いつも誰かに頼らないと、なにも出来ない。確かに俺は魔法も扱えない落ちこぼれだよ。けどな、望んで待ってるだけじゃ手に入らない。歩いて進まないと思い描く未来には辿り着かないんだ!!」
ヒロアキの感情に作用して魔力の膜が流れる。彼の視点からは流れる魔力は視えない。激しい打音が響き渡り、怒りで無意識にヒロアキは足で地面を踏みつける。
彼の中に眠っている力の一部、その片鱗! 踏みつけられた衝撃で地面が抉れると小規模のクレーターができあがる。力いっぱい踏みつけたのだろう……足跡がくっきりと残っている。
(――少年の中に眠る竜王が完全に覚醒しつつある。あれが
「……貴様も竜の因子を持つ者だとでもいうのか」
「――――っ」
そしてヒロアキはメリアを庇うようにして前に立ち塞がり、相手に視線をぶつけた。彼は相手がどれだけ強かろうとビビってはいないようだ。圧倒的な差のある強敵を前にしても屈せず、物怖じしない少年のその姿勢にゼハードは少しだが興味を抱いたのか、
「オレが所属している組織『アマネセル』が下した命令の中に貴様の殺害は含まれていない」
「どういう意味」
「名はヒロアキといったか? 俺の記憶の中に刻んでおいてやろう。肝だけは座っているようだな」
ゼハードは言葉を続けて、
「……貴様に免じて今回は見逃してやる――と言っているのだ。大きな実力差のある相手を眼の前にしても臆せず向ってくる。…貴様も強者たる魔法使いの素質があるようだ」
――この野郎。こいつ頭沸いてんのか? 友達ボコボコにされて「はいそーですかって」背中向けて帰れるとでも……とヒロアキは心の中で思った。その反面。今のヒロアキにこの状況を打開する力は何もない。
敵が素直に身を引いてくれるのならそれに越したことはないのだ。ゼハードは倒れているメリアのもとに歩み寄り、傷口の具合を確認しているようで顔を覗き込むように見つめている。
「信用できないし、納得もできねぇんだけど?」
「みてみろ――俺の能力で小娘の負ったすべての傷口を上書きして塞いだ。瀕死だった仲間は生きている」
地面に寝転んでいるメリアを見ながら悔しさでヒロアキは顔を歪めるが何もできない自分に不甲斐なさを感じている様子。
言葉では言い表せない複雑な表情をヒロアキは浮かべながら彼女の腹を擦ってやさしく起こしていた……。息を吹き返した彼女はか細い声で苦痛の声をあげていて、
「ゴホ……っ!逃げ……なさ……いよ。バカ」
「メリア、しっかりしろ。もう大丈夫、だいじょうぶだからな」
メリアの身体を抱き寄せ、彼女の頭を自分の胸に寄せて安心させようとするヒロアキ。彼の目にも涙で潤んでいる。彼なりのせめてもの気休めなのだろう。他人に対する彼の気遣いや性格の良さといった優しさが伝わってくる。
しかしその時――、
「フフッ」と笑うような声が聞こえた。その声の主は地面に倒れているはずのメリアからだ……彼女の口元は笑みを浮かべているようにも見える。
その刹那、 空間を引き裂くような空気が弾けて裂けるような音が響き渡り、先ほどまでゼハードが立っていた場所には鋭い刃による斬撃の跡が残った。その攻撃を放った人物の正体とは。
「……が、怪物という名の現実は理想や憧れを粉々に打ち砕いて「ボクら」の目の前に必ずやってくる。選んだ勇気ある行動が必ずしも都合の良い結果に繋がるとは限らん。……苦しむことはない。貴様らも楽に逝かせてやる」
右手を上げるゼハードは魔導具を使って今度は弓矢を取り出す。それをヒロアキに向けて突き刺そうと腕を傾け弓を後ろに引いている。……コイツ本気だ。「殺されるかもしれない!」ヒロアキがそう感じた刹那、彼らを閉じ込める結界が壊れる音がした。斬撃と武器の形状に見覚えがある。王都で分厚い鉄の壁を破壊した「獄炎斬」という技だ。
「――助けにきたよ!」
中央には銀色の髪を持つ少女――魔法剣士の使い手、レイナが佇んでいる。
彼女はヒロアキたちを見ると安心したのか、安堵の表情を浮かべてゆっくりと歩み寄ってくる。
「……遅いわレイナ。けれど、上出来よ。流石だわ」
「ごめんねー。敵の存在や結界の居場所を探知するのに時間が、かかっちゃって」
ゼハードが作り出した魔法の結界は現実と空間を遮断して第三の空間へ閉じ込める術のはず。それなのにレイナは居場所を探り当てて結界の中へ何故入り込むことが出来たのだろうか。とりあえずヒロアキはレイナに御礼を述べる。
「ありがとうレイナ。おかげで助かったよ、また借りが出きちまったみたい。でも、結界を突き破って…」
「別に気にしないで♪ ……同じ組の仲間なんだし今回の貸し借りは無しにしよっ! それと、作り出す魔法があるのなら反対にそれを解除して抜け出る魔術もあると考えるものでしょう?」
彼女はそう言って、悪戯っぽく笑う。レイナの笑顔を見てヒロアキは安堵したのか地面に尻餅を着いた。と同時に結界を覆っていた膜が露出し、形を保つ事が出来なくなった結界はバランスを失う。
崩壊した結界から脱出したヒロアキたち全員は魔法の学び舎、
「ここは……!? 学院の敷地内、俺の学寮じゃないのか」
「おそらく
いま起こった出来事の状況を分析するメリア。事象上書きの効果で体調は完全に元に戻っているようで傷口も塞がって口がまわる程度にはピンピンしている。
殺そうとした人間に治療を施したり、休める場所の近くへ連れてきてくれたりとゼハードのしたいことがわからない。なにがしたいんだ?
「――言ったはずだ。我々の組織アマネセルの目的と目当ては他にある。……気が変わったと」
不気味な黄金に輝く瞳でヒロアキ達を見下ろすような形でゼハードは屋根の上から姿をみせる。彼のうなじからチラりと見え隠れする組織のマークが描かれた紋章。
紋章には、ピラミッド型の中央に目玉と隣にナイフの刺さった果実に蛇が纏わりついている絵のようなモノが施されたものだ。
「おい、ゼハード! 一つ聞かせろ。襲撃事件の犯人、やっぱり学寮の生徒たちに手を上げたのはお前ら組織の仕業なのか?」
一連の行動に不信感を抱きつつ怒りをあらわにしながらヒロアキはゼハードへ問う。
銀髪の青年は鼻で笑いながら答える。
「何の話だ。そんな利益や価値のない弱者にオレは「興味は無い」言い掛かりはよせ……」
そう言ってヒロアキに一瞥をくれると会話に興味がなくなったかのようにメリアの方へ視線を逸らした。…偵察と情報の収集に訪れただけらしい。彼はこうも言っていた「竜の因子と冥王の力を持つ魔女を試しに来た」だけ なのだと――。
「逃げるな!ここで白黒付けさせろ。決着はまだ着いてなどいないぞ、ゼハード・リヴィエール。私と……戦え……っ!!」
殺気を帯びた声でメリアはゼハードに言い放つ。彼をジッと見つめるその黄金の瞳は強い怒りと憎しみで揺れているようにも見え、
「来たるべき決戦の時まで貴様との勝負は預けておく……」
次の瞬間、陽炎みたいにゼハードの輪郭がぼやける。挑発するメリアにそう告げると姿を消した。ひとまずの脅威は去ったとヒロアキが喜ぶ。その後、学院へ事の経緯を報告するために調べ物をしていると、「生徒が謎の怪しい人物に襲われたという情報はなかった」のだといった事実が判明。ゼハードは生徒の一件に関しては、白で全くの無罪であった。
しかし、ここで別の疑問が湧いてくる。では数名の学院の生徒を襲って病院送りにした新犯人は一体だれなのかということだ!
去り際にゼハードは妙なことを口にしていた。たぶん魔法を用いてヒロアキにしか聞こえない
「ヒロアキ。俺の妹を――メリア・リヴィエールをお前に任せる。頼んだぞ……」
「おれたちの大切な仲間だからな。お前に言われなくても、そのつもりだ!」
この件を振り返って、あとから考えてみれば「任せる」の言葉の重みに、ちょっとだけ思わされるところがある。その当時のヒロアキの視点からは、あの頃のゼハードの表情は例えるならば……心が泣いている様で、曇り空に降る雨のように悲しげに映った。
しかしその時――、 フッと笑うような声が聞こえた。その声の主は地面に倒れているはずのメリアからだ……。彼女の口元は笑みを浮かべているようにも見える。
その刹那! 空間を引き裂くような空気の裂けるような音が響き渡り、先ほどまでゼハードが立っていた場所には鋭い剣戟による斬撃の跡が残った。そして
「奴らが辿り着くようデマを風潮して流したのは貴様か?」
「料理に掃除が趣味のマメなお前が気が付いてないワケねーか」
その後姿を見ながらユリナはホッとした表情で仲間に「みんな……無事でよかった~」と言って安堵するのだった。
学院襲撃事件の翌日。
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