第二章7 『恐怖と絶望』
目の前でヒロアキ達と対峙している怪しい男。その出で立ちは強者の雰囲気を醸し出していた。
黒ローブの男を見て、メリアは唇をかみ締めながら後ずさりをする。
「ここでは大きな被害が予想される。誰もいない広い場所へ移らせてもらうわ」
「別に構わん。好きな死に場所を選ぶがいい。メリア・リヴィエール……」
まるでメリアを挑発するかのように男はそう言い放つと、この場から姿を消したのだった。そして次の瞬間、黒いローブの男だけでなくヒロアキとメリアの姿も消えていなくなっていたのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
黒ローブの男が呪文を唱えると、空間が歪み始める。気がつけば……ヒロアキ達全員は廃墟の都に立っていた。そこは、かつて大都市だった場所であり今では見る影もないゴーストタウンだ。メリアは周囲を見回すと息を呑む。
「おいおい、さっきまで店の中にいたのに。これも異世界の魔法による効果ってやつなのか!?」
「
どうやらベテラン魔法使いメリアの推測通り、この空間は黒ローブの男が作り出した「
「魔法とか俺にはよく分からないけど、おっかねえ場所だな。元へ帰れるのか?」
廃墟と化した都市には人の気配はなく、文字通りまるでゴーストタウンのように静まり返っている。そして空は淡い血のような赤い色をしており異質で不気味な雰囲気だ。
「もう逃さない。ようやく見つけたわ――大罪人『ゼハード・リヴィエール』無念のうちに散っていった同胞たちの仇ぃ! 今ここで……」
怒りと憎悪のこもった表情でメリアは黒ローブの男を睨む。だが、彼はそんな彼女の態度を見ても動じることはなく冷静に言葉を放つ、
「忘れていたことを思い出したようだな」
「あの日の惨劇……忘れたくても忘れられないわ!……裏で国を乗っ取り、父や母を死に追いやった張本人。お前が私から奪っていったもの全てを!」
「力比べをするつもりか? だが、 所詮お前は 『人間に堕ちた身』……この俺には勝てんよ」
見下したかのようにゼハードと呼ばれた男は鼻で笑うと、剣の柄に手を置く。鞘から刀身が抜かれると黒く禍々しいオーラを纏う。
あの瞳の輝き……あれは
「……おい、そこの少年。あの魔女と知り合いらしいな。仲間のようだな」
「俺の名はヒロアキ。ただの通りすがりの異世界人さ。お前の目的は何だ! まず、てめぇから名乗るのが筋ってのが常識だろ」
――やべぇ臭いがプンプンしやがる。ヒロアキの危機を察知するなにかの感が「こいつはタダ者じゃねー」って知らせてくる。正直いって震えてくるよ。野郎から溢れ出てくるこの殺気……普通のヤツじゃないのは確かだ。警戒するに越したことはない。
強気に言い返すとゼハードと名乗る男は少し考える素振りを見せた後に口を開いて、
「貴様が噂の……ドラグニア世界とは別の場から召喚されてきたという『特異点』――ヒロアキ」
「とくいてん? 前にも妙なセリフを言ってきた敵や魔族と遭遇したことがある。なんだそれは」
「いまの貴様が知る必要は……ない」
黒ローブの男は口元に笑みを浮かべると、剣を振り上げヒロアキに向かって振り下ろす。ヒロアキは咄嗟に横へ飛び退くが間に合わない。絶体絶命かと思われたとき、魔法剣を装備したメリアが間に割って入るとヒロアキへ向けられた斬撃を防ぐ。
「なにぼっーとしてんのよ! 早く安全な場所へ逃げて」
「悪ぃな……助かったぜ。メリア」
四つん這いになりながらも這って背を向けて離れるヒロアキ。情けないが、ここはメリアに頼って任せよう。それを見た黒ローブの男は首を鳴らすと背中を向ける彼を追うことなく見送る。
しかし、剣を構えたまま警戒を解こうとしないメリアに対して彼は不敵な笑みを浮かべると剣先を彼女に向けるのだった。
(さっきのゼハードってやつの言ってることが事実なら。人間に……堕ちた?どういう意味だ。メリアは人間だろ? まさか彼女の正体は人じゃないっていうのか)
交わる刃と刃!
凄まじい金属音が鳴り響くと火花が飛び散る。両者は一歩も引かずにつばぜり合い状態となる。攻守が何度も入れ替わる激しい剣戟。
交差するたびに、甲高い金属音が周囲に響き渡る。一進一退の攻防を繰り広げている両者だったが、魔法使いのメリアが徐々に押され始めていく。少女に剣を扱えるスキルが備わっていたのをヒロアキは初めて知った。
「ある限られた種族にしか発現しないはずの
「……知りたいか。小娘」
結界の効力で複製された民家の影から戦いを見守るヒロアキ。今の彼が出て行っても足手まといになるだけ、それは本人が自覚している。黒ローブの男が持つその能力は、メリアと同じものらしい。だが、なぜ同じ能力をこの男が持っているのだろうか?
「拒否権はない、私の問いに答えてもらおうか。凶悪犯ゼハード」
「同じ故郷の出身。……俺と貴様は
凶悪犯黒ローブの男こと、ゼハードの言葉にメリアは思わず絶句する。彼の正体はメリアの実の兄であり、彼女が幼少の頃に家族と一緒に国外へ亡命していたはずだったのだが……
「う、ウソ……だ」
信じられないといった表情のメリア。昔に生き別れたきょうだいであった。そしてなぜこの学院を襲撃するような真似をしているのか? 疑問が次から次へと湧き上がる。
動揺した一瞬の隙を突かれたメリアは剣を弾かれ、喉元に剣先を当てられ身動きが取れなくなってしまう。そして彼女は黒ローブの男を睨むことしかできなかった。苦い顔で軽く唇を噛む。
「殺された同胞の敵討ちをしたいと言っていたな……残念ながら無理な話だ。「今の」貴様は弱過ぎる。舞台の上で踊るには役不足……」
「……舐めるなァ!」
「殺したいほど憎いと言っていたな。貴様の復讐心などその程度か……失望させる」
すると鍔迫り合いの状態から、メリアは魔法剣を手放して後方へ飛び退き距離を取る。両者の間に緊迫した空気が流れる
「……アレを使うわ」
魔力をチャージして全神経をメリアは集中させる。おそらく強力な上位魔法を発動させるつもりだ。普段、顔色一つ変えることのない彼女の額からは汗が噴き出していて緊張した逃げ場のない追いつめられた状態なのが伝わってくるほどだ。
呪文を詠唱し終えた少女は手を前に突き出す。
次の瞬間、彼女の頭上に魔法陣が出現しそこから敵の周囲に無数の小さな光の玉が浮遊する。その数は百を超え、まるで夜空に輝く星のようだ……。そして彼女は手を振り下ろすと一斉に光の玉がゼハードへと襲いかかり、彼は
激しい爆発音と共に視界を覆うほどの爆煙が立ち込めた。やったのか、メリアは魔法の杖を握り締めながら一点先を祈るように見つめる。だが、その願いは届かなかったようだ……。煙の中から無傷のゼハードが現れる。
「まともに食らえば致命傷を与えられるレベルだ。破壊力は申し分ない。が、精度が足りぬ。その程度の魔術では俺を殺すことなどできん……」
「馬鹿な…直撃だったはずなのに」
メリアの魔法を受けても傷一つ付いていないようだ。文字通りダメージを一切受けていない。それでも彼女は攻撃の手を休めず杖に魔力を送り込んで呪文を唱える!
今度は中くらい程のサイズ感のある氷の
しかし、その攻撃さえもゼハードには通じない。彼は魔法の刀で氷の礫を弾くと、そのままメリアに向かって走り出す。
彼女の目の前まで迫ると、刀を振り下ろした。だが間一髪のところで彼女は魔法盾を召喚して防御することに成功する。矛と盾が激しくぶつかり合い火花が飛び散る。
「小娘。複数の属性の魔術を同時に。変わったその瞳の色……
両の脚に力を入れて地面を踏ん張り、崩れかけそうな態勢を立て直しながらメリアは冥王眼の能力を発動させた。通常、クリアブルーだった美しい少女の眼の色が特有の禍々しい黄金に変色している。
――その使い手は火・水・闇・光・風・雷の六属性の魔術すべてを扱うことが可能になるという。『
冒険者のランクやLvを上げただけでは、取得することはできない。特別な種族の血を引く、伝承者のみに扱うことが許された秘術。 をメリアは発動させたのだ。
「
漫画のヒーローが、一々必殺技を叫ばずに無言で攻撃すればいいと誰もが不思議に思ったことのある事だろう。実際ツッコミが入ることも少なくはない。しかし『ドラグニア世界』では詠唱や術の使用時に技名を呼ぶのには明確な理由がある。
まず、魔法の中には当然、高出力で破壊力の大きく広範囲に渡って効果を及ぼす魔術や、呪いなどリスクを伴うものも存在するために誤爆を防ぐ目的だ。
復唱することでミスを防ぐ意味合いもある。有効なので理にかなっている無駄のない行為なのだ。
「………っ」
二人は同時に攻撃の詠唱を始めると魔法杖を振り下ろす。 激しい音と共に衝撃波が周囲に広がり、地面が大きく陥没する。ヒロアキは巻き込まれない距離にあるちょっと遠くの遮蔽物に身を隠した。その威力は凄まじく、衝撃波が発生している周囲の建物や木々などが吹き飛ばされていく。
空気が振動して大地が揺れる。
魔法の衝突が収まると、二人の魔法使いの姿がハッキリと目視できるまでになる。……勝敗は誰が見ても明らかだった。彼女の表情には明らかに疲労が見え始めており、ゼハードにはまだ余裕が残っている様子だ。
「さっきの話だ。虚言に決まっている。お前のような邪悪が、わたしの
続けて行き着く暇もなく間髪入れずに、再び詠唱の下準備を始めるためレノを練り上げるメリア。杖を斜めにを構えて呪文の詠唱を始めると、それに呼応するかのように六つの魔法陣が輝き始める。そして、その光がゼハードに向かって放たれた!
真紅の炎を纏った光の玉はゼハードの盾を直撃し、炎上しながら彼の身体を貫く。だが、何事もなかったかのようにその場に立っていたのだ。それどころか傷一つついていないようだ。彼はゆっくりとした足取りで少女に近づいていく。
このままではやられてしまうと判断したメリアは一旦距離を取るため後方に下がると、杖から魔法の剣に持ち替えてそれを構えて魔力を練り上げる。ゼハードも体勢を立て直すために追撃することなく踏みとどまる。
「同じ事だ。……くだらん。そんなものでこのオレを倒せるとでも思っているのか?」
「なんだと」
「……力の扱い方を教えてやる。見せてやろう……
大技を多用した反動でメリアの魔力も残り少ない、劣勢な状況を強いられる。さらに熾烈を極めた戦いが繰り広げられていく。
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