第二章6 『悪の組織と忍び寄る邪悪な影』
緊張した面持ちで学院長の話を待つ。一体、どんな話なのだろうか。そして神妙な面持ちのまま老人は口を開くと、
「ここ数日学院の生徒が怪しい男に襲われる事件が多発しておっての……行方を追っておるのじゃよ」
ロイド学院長の話によると、ここ数日で学院の生徒や教員が何者かに襲われているらしい。被害者は皆、意識不明の状態で発見されていて犯人の目撃情報も全くないようだ。幸い、被害者全員の命に別状はないらしく病院で治療を受けている。
「無差別に人を襲う犯人は一体だれなんですか?ロイドさん」
この魔法学校には、優秀な魔法使いも数多く在籍している為、襲われても対処出来るだろうに何故このような事態になっているのだろうか……? メリアは、ヒロアキの疑問を代弁するかのように口を開いた。彼女はどうやら事件のことを既に把握しているそう。
「犯人の男に心当たりがあるわ。ヤツは私が長年追っている組織に関係のある凶悪犯よ」
「例の……王様殺し。一夜にしてとある王国を滅亡させ、大勢の命を奪った罪で、王都ドラグニアの地下牢へ投獄されていたハズじゃったが……脱獄していたのか!?」
王都の地下牢。国家転覆を企てた魔族の襲撃に遭い、ヒロアキ達一行が死闘を繰り広げていた場所。
ロイド学院長は驚きの声を上げる。どうやら、かなり危険な人物らしい。
「そんなにヤバい人物なんですか?」
「あやつは上位の魔法を複数同時に操れる卓越した技術と魔術の才能を持っている。サシで遣り合える状況ならば、最強生物ドラゴンにすら勝るとも劣らない実力の持ち主じゃ……」
そんな人物が王都の地下牢から脱獄したということは……無関係な学校の生徒たちが襲われている事件、かなり危険であろう。一刻も早く解決しなくては次の犠牲者が出てくる可能性がある。
そして学院長の話が続いていく、
「で、狙われる可能性も考えて俺にメリア・リヴィエールを護衛として付けたということだな」
「察しがよいな。説明する手間が省けて助かるわい」
守りを固めておけばいざという時に身を守ることが出来る。彼女の魔法の腕前は今までの戦闘で周知の通り、折り紙付きだ。不満は一切ない。
「……学院長。生徒襲撃事件のことについてなのですが、今後も被害者を出さない為に対策を練るべきです。どうなさいますか?」
「うむ、ではこうしよう。ワシは多忙で手が離せない。君達二人には、この事件を調査してきてもらいたいのじゃが、頼まれてくれるかの」
尖ったみたいに鋭いメリアの視線が老人を貫く。その目は真剣そのもので嘘を付いていないように見えるが……学院長の話によると、国王との謁見や会議、取材など公務が山積みで手が離せないらしい。
そこで代わりに事件解決の為の詳しい調査をしてほしいとのことだ。ヒロアキはメリアに視線を向けると彼女は小さく頷く。どうやら彼女も了承しているようで、
「わかった。俺達で行方をくらました犯人を見つけてみせる! その頼み、引き受けます」
「うむ。君達に調査を依頼して良かったよ……狙われる恐れがあるので、くれぐれも慎重に行動するのじゃぞ」
学院長は満足げに微笑むと、背を向けて反対の方向へヒロアキ達の前から立ち去って行くのだった。物陰からドス黒い邪悪な影が彼らに忍び寄っていることも知らずに……。
二人っきりになった所でメリアが口を開く。その表情は真剣そのもので、まるで睨みつけているかのようだった。
彼女は大きくため息をつくと、ヒロアキに視線を向けてくる。
メリアの透き通った宝石のような瞳が彼を捉えて離さない、
「相手は凶悪犯「かもしれないんだ」って説明してたわよね? あなたに捕まえる役は無理だと思うわ。どうして仲間の返事を待たずして引き受けることを了承したのよ」
「勝手に決めてごめん。あんな真剣な顔で頼まれたら断りづらかったんだ。ロイドさんには学院に入学させてもらった恩もあるし……」
入学を心から祝福し、まだ出会って間もないヒロアキへ老人は優しく接してくれた。そんな恩人の言葉ならば出来る限り応えてあげたいと思ったのだ。だが、そんなヒロアキの気持ちはメリアには理解されなかったようだ。彼女は腕を組んで眉間に皺を寄せる。
「はぁ……。引き受けてしまった手前、今更ノーとは言えないわね。……まぁ、いいでしょう」
「呑んでくれて助かる。学業と並行して頼まれた依頼も進めていこうぜ」
学院長へ恩を売れると思ってポジティブに考えることに。ロイドからの依頼を受けた二人は学寮の自室へ戻ると、身なりを整えて早速、調査開始するのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
翌日。
学校の生徒が襲われているという事件解決へむけての調査を引き受けてから一日が経った。今日は授業もないので、調査に専念することが出来る。一刻も早く解決しなければ多くの被害者が出てしまうかもしれない。
まずは最初に事件が発生した現場に行ってみようということになり、二人で郊外にある『ポルク村』という場所へやってきた。
村は学園都市の中心部からやや離れた位置にあり、村民たちの多くは農業を営んで生計を立てているそうだ。
木々が生い茂っており、自然豊かな雰囲気。だが、今は事件が起きた為か住民が外に出ておらず静まり返っていた。そこで二人は聞き込みを開始することにしたのだ。村の小さな酒場で情報を集めることにすると、ヒロアキ達は店の中に入ることにした。店内に入ると最初に従業員の女性と店主らしき男が話しかけてきた。
「へいらっしゃい!」
男の方の年齢は三十代くらいで体格が良く、鍛え上げられた筋肉をしていることから肉体労働で生計を立てていると思われる。彼は作業着姿で手ぬぐいを頭に巻いている。
その隣を若い女性が親しげにこちらへ笑顔を向けてきている。雰囲気が似ているので、どうやら二人は親子のようだ。ヒロアキ達がテーブルにつくと、カウンター越しに女性が話しかけてくる。
「お客様。いらっしゃいませ、なにかご注文はお決まりでしょうか?」
酒類の他にも飲食を提供している店のようでヒロアキへ食べ物の注文はあるかと聞いてきたので、
「――俺たち今日は客で来たわけじゃないんだ。えっと、今って酒場は休みかい?」
ヒロアキはそれとなく女性へ尋ねてみると、
「うちは年中無休でやっていますよ。いろんな場所や国からきたお客様が毎日の様に来店して下さりますぅ」
「じ、実は俺たち客じゃないんだ。ちょっと人を探していてね」
慌ててヒロアキが来店した経緯を説明すると女性は
『あら』と言いながらニコニコしながら話しかけてきた。
「失礼いたしました。お客さんじゃないんですね?それでしたら一体どのようなご用件で」
「最近この村で事件があったらしくて、それについて調べに来たんだよね」
ヒロアキは懐から習魔学院の学生証を取り出して女性に見せると彼女は目を大きく見開き驚いた反応をみせる。どうやら事件のことを既に知っているらしい。
「学院の――」
「……ええ、最近になって習魔学院に通っている生徒が何者かから立て続けに襲われる事件が多発。それを私達は解決するため、調査しにきたの。何か事件に関して知っていることがあれば教えてはもらえないかしら?」
メリアが事件のことについて尋ねると女性は表情を曇らせる。どうやら、事件に関して心当たりがあるようだ。そして彼女は口を開き、
「そうでしたか。実は三日ほど前から村の周辺をウロウロしている怪しい人物を見たとウチを利用している常連のお客さんが言っているんです」
「その常連さんの証言では、なんでもその人物は全身をすっぽりと覆うような黒いローブを着ていてフードを被っていたので顔までは分からなかったらしいのですが……かなり不気味だったと言っていました」
二枚の写真をメリアは取り出すとテーブルの上に置いて女性に見せる。そこには全身を黒いローブで覆い、顔をフードで深く被った長い髪の毛の人物が写っていたのだ。もう一枚の写真にはピラミッドの先に目、果実と蛇が描かれた紋章マークが写っている。
「……ねぇ!この銀髪の男に心当たりはない?」
真剣な眼差しでメリアが尋ねると、店主の娘は首を横に振る。どうやら本当に心当たりがないようだ。いつもクールで感情を出さないメリアだが今の彼女からは焦りや怒りといった『何か』をヒロアキは感じる。
「やっぱり。メリアが行方を探して長年追っているという組織に関係することか」
彼女はいつにも増して怖い表情だ。恐らくこの事件に関して相当な怒りを感じている。事件の被害に遭った生徒の仇を取る為にも、一刻も早く犯人を捕まえなければ。それが自分の追っていた人物が絡んでいる一件ともなれば焦る気持ちもわかる。メリアと犯罪組織の間に、なにがあってどんな因縁なのかを知る必要があるだろう。
「――あんたら学生だろう? 最近、物騒な事件も周辺で起きてる。悪い輩に目ェつけられたら商売の迷惑だ。客じゃないなら店から出て行ってくれ。ここはお子さまがくる場所じゃねえのよ。探偵ごっこなら他所でやりな」
店主のオヤジはぶっきらぼうに告げると手を払うようにジェスチャーをする。どうやらヒロアキ達をただの子供と思い、邪魔者扱いしているようだ。店の外へ出て行くように促してくる。
「お父さん。ちょっと言い方! ごめんなさい……ああだけど、父は…ほんとうは優しい人なんですよ。すみません。あなた達の力になれなくて……」
「いえいえ。こちらこそ、忙しい時に無神経に声をかけてしまってごめんなさいね。人探しのついでに聞き込みをしただけなの」
これ以上ここにいても営業の邪魔になると判断したヒロアキ達は背を向けて大人しく酒場を後にしようとしたその時――。
パァン!!
銃声の破裂音のような音が数回鳴った直後、女性の悲鳴が響き渡る。急いでヒロアキたちは酒場の中へ駆け戻るとオヤジ店主が血だらけで倒れていた。そして先ほどの銃声の正体は魔法の爆発によるものだったらしく、店のカウンターには黒いローブを着た怪しい男が立っている。
先ほどまで気配すら感じなかったというのにローブ男は一体どこから現れたというのだろうか?男はフードを深く被り顔を隠している為、表情は見えない。状況から察するに、どうやらこのローブが店主を襲撃したらしい。
「……冒険者か。これ以上動くな。でなければ、コイツの命はない!」
何もない場所から突然と現れた男はそう言いながら、腰に下げた騎士剣を引き抜こうと鞘に指をかけると攻撃アクションをとる。一方、店主は恐怖で身体が震えているようで声を出すことも出来ないようだ。
焦ったヒロアキが店主を助け出そうと手を伸ばそうとするも、メリアに制止させられる。ここで迂闊に動けば相手を刺激してしまい、人質が殺されてしまう可能性があるからだ。……魔法の使い手。それに相手は武器を持っているのだ。下手に動けばこちらが危ない。そう思ったメリアは頭を働かせて冷静に状況を分析している。
「待って!あいつが生徒たちを襲っている凶悪犯とみて間違いは無さそうね」
「あぁ、格好も写真と一致してるし……そうみたいだな。まずは店主のおっちゃんを助けてやらないと。どうする?」
このままでは身動きもできず埒があかない。すると怪しいローブ男は、店主の腕を掴んで軽々と持ち上げるとヒロアキ達のいる方向へ投げ飛ばした。店内に置かれた木製の椅子をなぎ倒しながら壁に激突した店主は、額から血を流して床に倒れる。
「う……ぅ」
「大丈夫か!?店主のおっちゃん。……いきなり出てきて何者だ!てめぇは」
その乱暴なやり方に激昂したヒロアキはローブの男に向かって叫ぶ。倒れた店主の元へ、メリアが駆け寄ると身体を負傷した店主はぐったりとしている。すぐにメリアは治癒魔法をかけると、出血が止まって傷口が塞がっていく。
「傷は回復魔法を施して治療したから安心して。……打撲の腫れが酷いけれど命に別状はないわ」
俺らが背を向けて帰ろうとしたあの数秒後、どこからか現れたヤツの手から咄嗟にオヤジが娘を庇って自ら盾になったのだろうぜ。
安堵の溜息をメリアはつくと、身を潜めて隅に隠れている娘さんの方を見る。どうやらメリアも、このオヤジ店主に対してちょっとだけ情が湧いたらしい。暴力を振るったローブの男をメリアは、にらみつける。
時や空間に干渉する魔法。
魔術のプロフェッショナル、メリアの分析によるとそれを使ってあらわれたのかもしれない。ということは黒ローブ男は魔法使いだった。
どうやら学院長やメリアの言う通り、見間違いとかでなければ奴が生徒襲撃の事件に関与している黒幕のようだ。
「……そう怖い顔をするな」
「目撃証言や証拠からお前が
「フッ、証拠か……そんなものはいくらでも偽装できる。情報だけを真実と思い込むのは愚かだと思うがな」
「なんですって? ふざけないで!」
ローブ男は嘲笑うと、メリアの警告を無視してヒロアキに視線を向ける。隙間から覗くその鋭い眼光に睨まれたヒロアキは思わず一歩後退りをしてしまう……。そして彼は口元に笑みを浮かべると口を開くのだった。
「こいつ、あの時の小娘か……デカくなったな。メリア・リヴィエール」
「初対面のはずよ。どうして私のことを知っているの!?フードを脱いで面を見せなさいよ。この卑怯者」
怒気を孕んだ声で問い詰めると、黒ローブの男は頭のフードを脱ぎ素顔を晒す。少しずつ男の顔が露わになると、その人物の姿を見てメリアだけが固まったまま言葉を失う。
「忘れてしまったのならば今一度その身に刻みつけてやろう……」
犯行自体を否定していないのをみるに目の前にいる男こそが一連の事件を引き起こした黒幕らしい。
ヤツの身長は百八十センチ。肩に襟足が届くほどの長い銀髪が印象的で、年齢は二十前後。三白眼の切れ長の目と整った顔立ちをしている美青年。
服装は黒いコートのようなものを着ており、腰には長剣を下げている。
「……!?」
その目つきは獲物を狙っている蛇のように鋭く、冷たそうな印象がある。ただならぬオーラと出で立ちは強者の雰囲気を醸し出していた。
最も目を引くのが吸い込まれそうなほど透き通った黄金の瞳。あれに見覚えがある。
黒ローブの姿に驚きを隠せないメリア。何故なら、そいつはメリアと同じ、特別な
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