第二章5  『ギャル×ドラゴン』



 ロリータ魔法使いの王女様と試験的な模擬戦を終え、学院長の計らいで魔法の学校へ入学することになったヒロアキが最初に案内された場所は授業を受けるための講義室――これから苦楽を共にする仲間に交流も兼ねて一度挨拶してみては、ということで引き戸の前に立って担任教師から入室の指示を待っている状態なのは正午を過ぎた頃………。


 ヒロアキは緊張のせいか、大きく深呼吸すると戸を開けた。どうやら今は自習中のようだ……。教師の黒板へ書き込む音だけが室内に響いている。獣人、ハーフエルフ、半漁や人間。周りを見渡すと多種多様な種族の生徒がいたが、どうも全員真面目に講義を受けているようには見えない。


「授業の途中だが皆、手を止めてきいてほしい。今日は君たちに紹介したい生徒がいる。――入ってきたまえ」


 体育会系の体格の良い男性教諭が入室してきたヒロアキを見ると、コホンッと咳払いをして彼に向かって自己紹介をするように促す。


「今日からこの学院に魔法を学びにやってきました。ミアケ・ヒロアキと申します。歳は十六で、好きなことは昼寝っス。みなさん、宜しくお願いします!」


 教室にいる者たちの前で深々とお辞儀をするヒロアキ。すると生徒全員が彼に視線を向けた。教室が大きな拍手で包まれる。良かった、第一印象はバッチリみたい。

どうやら、ものすごく歓迎されているようだ。


「では、ヒロアキ。そこの席に座ってくれ」


 元気よく「はい!」と返事すると指定された一番後ろの席へと座る。すると隣から視線を感じた……。隣の席の男子生徒が頬杖をついてこちらを凝視していたからだ。


「えっと、何か……?」

「ドラグニア界じゃ見慣れない変わった格好してんな。キミは、どっからきた」


 何度目になるだろう。――またこの質問か。なんて答えれば良いのか分からずヒロアキは黙り込んでしまう。


「お、王都から。ギルドで冒険者やっててさ。旅の途中で学院へ勉強する為にやってきたんだ」


「へぇ、冒険者か……なら俺と同じだな! 俺はガイル……ガイル・ルイストン・イラストリアス。長いから「ガイル」で頼む。呼び捨てで構わない。礼儀とか、堅っ苦しいのは苦手だから無しにしようぜ?」


 咄嗟に嘘をついたヒロアキだったが、うまく誤魔化せたようだ。ガイルの身長は高く、百七十センチ近くありそうな体格の持ち主だった。年齢もヒロアキより上だろうか……青の短髪で話し方も、親しみやすい好印象を受ける青年だ。


「ヒロアキの装備は主に何を主力に置いてる? 俺は大剣だな。当たり判定も大きいし、なにより背負った時の見た目が超カッケー!」

「……短剣かな。初心者に扱い易くて安価で入手できるから」


 ヒロアキが正直に答えると彼はニカッっと笑い、大きな手のひらをヒロアキの前に差し出してきた。差し出された手の意味にヒロアキは戸惑ったが、すぐに握手だと理解し慌てて握り返した。


「初心者っつたら最初に狩る獲物モンスターは――」


 彼は気さくな性格のようだ。ヒロアキの緊張を和らげる為に色々と話かけてくる。


「「オレンジスライム!」」


 二人同時に同じモンスターの名前を口にした。それはヒロアキが異世界に訪れて最初に倒した魔物の名前だ。あまりにもピッタリだったので思わず吹き出してしまう。


「やっぱり。最初は低レベルのモンスターを狩りまくって経験値とドロップアイテムで日銭を稼ぐ、効率のいい『雑魚狩り』は誰でもやるよな! ヒロアキは?」


「あぁ、やるやる。右も左も分からなかった時に、俺は魔法を使ったことなんて無かったから初心者向けのモンスターを狩りまくって、落としたアイテムをひたすら道具屋へ持って行っては換金を繰り返していたよ。ただまぁ……その分、倒した時の獲得ポイントが低くて効率が悪かったんだけれど」


 頬を掻いてヒロアキは苦笑いを浮かべる。


「魔法を勉強したいって言ってたよな。ヒロアキは何の本とか読んでた? 俺は、手に入れた者の願いを叶えてくれる球を巡って宇宙からきた侵略者と戦う王道バトル作品! アレが好きだったなぁ。 参考書にしながら独学で勉強したぜ」


「あの本ね、知ってるよ。あ、……アレか。あれも良いよな!」


 あえて、何の作品を指しているのかは触れない。某マンガのことかな? ぼんやりとしか分からなかったがガイルに話を合わせてあげることにした。たぶん俺のいた世界、日本でも有名な作品のことだろう。 


 異世界ドラグニアにも似たような作風の創作物が存在していたとは思わなかったので驚いた。メリアが以前、魔法で空を飛んでいた覚えが――。触れないでおこう。


 二人は片手を出して軽くハイタッチをする。どうやらこの少年とは気が合いそうだ。これからの学園生活が楽しみになってくるな。



 だが、そんな二人の会話に割って入るようにして――、


「アタシも混ぜてよ! 二人してなぁに話てんの〜〜?」


 一人の女子生徒が声をかけてきたのだった。

 立ち上がると同時に腰まで伸びた茶髪のツインテールがふわりと揺れる……。その姿はまるで妖精のように美しい少女だった。


「ちょ、おま――「ローリエ」かよ……邪魔すんなよな。ヒロアキとは最初に組むって決めてんだからよ」


「えーー!? いいじゃん。アタシにも、ちょびっとだけヒロアキくんとお話させて!」


 思わずヒロアキは息を呑んだ……目の前に現れた少女は白い肌に落ち着いた感じの赤系統の瞳、そして胸が大きく腰も括れていてスタイル抜群の美少女だったからだ。彼女は、お尻でガイルを押しのけて強引に椅子へ座ってきたのだった。

 ローリエと呼ばれた少女は、かなり積極的な性格らしい。隣に座るヒロアキに体を密着させてきた。ふわりと女子特有の甘い匂いが鼻腔を刺激する。


「はじめまして。あたしは趣味でモデル兼、バーチャルアイドルやってまーす! これから仲良くしてねー☆」


「ヒロアキです。ご丁寧にどうも……(明るくて元気ないい子だな)」


 なんだか彼女はギャル感というかそんなオーラを感じる。

 底抜けに明るい雰囲気のローリエとは対照的な陰キャの自分とのテンションの差に、ヒロアキは動揺してしまう。 


 拍子にポケットから私物を落としてしまった。彼は落とし物に気が付いていない。そんなヒロアキへ向かって、少女は決めポーズでウインクをする。

 日本にいた時ぶりに異性の女性相手に至近距離で見つめられてしまい思わず目を逸らそうとしてしまったが、ここで目を逸らしてはいけない。


「見てみてー? このネイル、自分でやったの。すっごく可愛いでしょ!?」


 猫の手ポーズをしながらローリエは、ヒロアキの目の前で両手を開いて見せた。その爪には、綺麗なネイルが施されている

 ――おお、確かに彼女のネイルは非常に凝ったデザインがされており、なかなかのものだと思う。だが、あまりにも距離感が近すぎるせいかヒロアキは少し緊張してしまうのだった。


 そう言うと彼女は自分の指先に視線を移した……どうやら自慢したいようだ。少し照れている様子が可愛らしい。


「似合っていると思い……ます」


「――でっしょー!? ヒロアキくんってば、美的センスあるぅー」


 ノリも良いうえに元気で明るくてこんないいが俺のクラスメイトだなんて……学校生活の初日早々上手くやって行けそうな手応えをはやくも掴み始める。


「一つ聞いてもいい? 俺の前の生徒の席が空席になってるけれど、あれはどうしたの」


「しばらく欠席してるんだってさー。両親の仕事の手伝いで『武器屋』をやっているらしいよ? 確か、王都へ『材料の鉱石を受け取りに行った』とかどうので――待ってれば、もうすぐ帰ってくるっしょ!」

「へぇ……そうなんだ」


 空席になっている机がいくつもある。どうやら、習魔学院しゅうまがくいんでは家庭の事情や本人の都合で欠席する生徒も珍しくないようだ。「世界を周る旅を理由に休学していた」先輩の冒険者、メリアとレイナ達がそうだったように……。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ホームルームの時間も限られていて、ほとんどの生徒たちとは一言二言しか話せなかったが、これから徐々に仲良くなっていけばいいだろう。生徒と情報の交換が済めれば十分だ。

 気がつけば学校の鐘が鳴り響いていた。終業の時間だ。 


 担任の教師が教壇に立ち、解散を宣言すると生徒たちは一斉に立ち上がり教室から出て行く。ヒロアキも席を立つと帰りの支度をして教室を出ようとしたのだが、先ほどのローリエと名乗った女子生徒に呼び止められる。


「ひーろあーきくん! きょう暇? 良かったら一時間付き合ってよ。アタシと一緒に遊ばない? 魔法のことについても詳しく教えてあげるからさ!」


「ごめん……有り難い誘いだけど気持ちだけ貰っておくよ。この後は用事があって」


 訳なさそうにヒロアキは謝る。誰もいなくなった教室を出ようとしたその時、制服の上着からローリエは何かを取り出した。


「これ……なーんだ」


 ローリエの手には鎖の付いた小さな板が握られてる……。それはヒロアキの冒険者プレートだった。持っている板をヒラヒラさせながら悪戯っぽい笑みを浮かべてローリエは近づいてくる。この冒険者プレートは、倒したモンスターや本人のLv。達成したクエストなどが自動的に記録される代物で、身分証明としても使われている大切なものだ。


「ローリエさんが、どうして……それを持っているんだ」


「配信事業やってるって自己紹介しなかった? あたし、こう見えても情報通なんだぁー。だからドラグニア界の『特異点』である存在のヒロアキくんのこともぜーんぶ知ってまーす」


「……この子なにを言ってる。とくい……てん? どういう意味ことなんだ」


 思わず彼女へ詰め寄る。たぶん彼女にヒロアキの冒険者プレートを盗み取られていたらしい。向こうからしたら余所者を受け入れたくない気持ちはわかる。が、他人の私物を無断で取る行為は断じて許しておくつもりはない。


「反応からして相当大事な品らしいけれど、返してほしい?」


「……からかわないでくれ。当たり前だろ」


 怒りを抑えつつも冷静に対処する。ここは学内であり、入学早々に問題を起こすわけにはいかないのだ。


「じゃあさ。私が今からする「話を」聞いてくれたら返してあげる」

「いいから――かえ」


 そしてヒロアキの目の前に膝を小さく曲げてローリエはしゃがみこむと、上目遣いに視線を向けてきた。


「でないと私が知り得るあなたの情報を、クラスの皆にすべてバラしちゃうけど……それでもいい?」


「……わかった。ローリエの話を聞くだけだぞ。――それが終わったらプレートを返してくれ」


 満足そうな笑みを浮かべると話し始める。その笑顔はまるで獲物を捕らえた狩人のように鋭いものだった。


「ヒロアキくんって、冒険者なんだよねー?  でもさ、魔法の習得を全くしてないでしょ」


 彼女の指摘通りだと思う。今まで村や都市に滞在する時や危機的状況に直面したときは、メリア達が上位魔法でモンスターを撃退してくれていたのでヒロアキ自身は一度も使用せず、楽をしていた。

 ――俺だって冒険者の端くれなんだから。いつまでも仲間に頼ってばかりじゃ駄目だ。と心の片隅で思ってはいたものの周りに超人レベルの魔法使いが多すぎて覚えるのを後回しにしていた。


「俺が魔法の扱えない落ちこぼれなのとプレートを返してもらえないのは関係あるのかい?」


「えっと――これは取ったんじゃなくて、昼間あなたが落としたものをあたしが教室で拾っただけ」


 質問に対して少し考えるような仕草をしてみせる。そして、ゆっくりと口を開くと彼女が言葉を続けていく……どうやら嘘を言ってはいないようだ。


「なら返せるはずでしょう」




「聞いて。あのね……実はあたしド――……ドラゴンに変身できる能力があるの!って言ったら驚く?」


 キョトンとした表情のままヒロアキは固まっている。彼が言葉の理解していないことを察したのだろうローリエは穿いているパンティが見えそうになるくらいギリギリで制服をたくし上げる。少女の腰上、お尻の辺りから鱗の付いた黄緑の尻尾が顔を出す。

 露わになった尻尾の部分には、トゲや美しい鱗がビッシリと生えているのだ。まるで爬虫類の鱗のようだ。どう見てもアクセサリーの類のものには見えない。


 以前、王都で襲われた時も人間の状態から「狼男」に姿を変化させることの出来る能力者の敵に遭遇したことを思いだした。


「王都にも、人間に混じって亜人やら半獣が暮らしているのを俺も目撃していたから別に今更驚くほどのことでもないか」


「今はチカラを制御しているから尻尾だけが出てる状態。人間の姿じゃ制服で隠れちゃうけど、完全なドラゴンに変身すると尻尾とか羽が生えてくるんだよね――ってキミは……ビックリしないの!?」


 予想外に薄いヒロアキのリアクション。あまりに彼が冷静だった為、ローリエは驚きの表情を隠せなかったようだ。


「別に? ……冒険者仲間パーティーの内の一人に猫人族の女の子がいてな。 多種多様な異世界だ。人間に擬態しているドラゴンが存在してたって良いだろ」


「人種差別とか偏見はないの? 大抵の人は「バケモノ」とか言って指差して笑ってくるのに……」


「色んな個性がある。俺は、とっても素敵だと思うけどな」


 彼の口から出た答えが想像していたモノと違って意外だったのだろう。ローリエの目を真っ直ぐに見つめて答えた。すると彼女は少し頬を赤らめ、


「うっそー。マジでー!? こんなに嬉しい言葉を言われたの生まれて初めてだよぉ! ヒロアキくんって、めっちゃいい人なんだね」


 強引にヒロアキの手を握りしめ、褒め言葉が嬉しかったのかブンブンと激しく振る。その笑顔は年相応の無邪気な少女そのものだ。見せびらかすように尻尾を動かしている。この学院では彼女のような「異種族」の生徒もいるようで少し安心した。

 仲間のリーフィアが悲しまず不当な扱いを受けなくて済みそうだ。


「でも、矛盾してないか? どうして君の重要な情報を出会って間もない俺なんかに明かしたりなんかして――今日まで隠していたぐらいだから、変身できることを他人に知られたらイヤなんだろう?」


「誰かと秘密を共有できるのって楽しいじゃん!! ……それに、さっきの言葉を聞いて貴方を信じることに  決めたんだ「貴方は差別せず、分け隔てなく接することの出来る人」だって分かった――だから教えることにしたの」


 そうだったのか。「なぜ初対面の相手に自分の情報を簡単に教えたりするのだろう」とヒロアキが少女に対して抱いていた疑問が晴れた。

 正直に話してくれたおかげで彼女のことを多少なりとも理解することができた。それに、彼女の言葉からは悪意を感じられなかった。むしろ自分を認めてくれた喜びが伝わってきたのだ。


「ん?」


 ローリエは冒険者プレートを素直にヒロアキの手のひらに置いた。助かった。どうやら返却してくれるようで、


「さっきはイジワルしてごめんね☆ これからよろしく! ヒロアキくん。それと、今日話したことはクラスのみんなには内緒にしておいてねー」


 口元に人差し指を当ててローリエはあざといポーズを取る。彼女は最初からこのつもりで近づいてきたらしい。モヤモヤする「なんだか切れない鎖に繋がれているような」。罪を犯して共犯してる気分にヒロアキはなった。

  現時点でギャル少女が俺の何の情報を握っているのかは知らん。 が、秘密を共有してしまった以上裏切れば仕返しになにをされるか……ここは彼女に従うしかないだろう。

 やれやれ、俺の学校生活。不安しかない――俺にとってどう転ぶことになるのやら。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ギャルっ娘の生徒。ローリエと話を終えて別れた後…教室を出るとメリアが、ヒロアキを出迎える。ずっと廊下で待っていてくれていたらしい。日も暮れて辺りは薄暗くなっている為か生徒たちの姿はほとんどない。



「――遅いじゃない。通路でなにをしていたの? 待ちくたびれたわ」


「ごめん。意気投合した友達と話し込んじゃって」


「……別の世界から来た貴方はいつか必ず、ドラグニアにとって悪影響をもたらす異物な存在イレギュラー。なにを為出しでかすか分からないわ。厳重に監視しておかないと私視点でみれば……。『まだ、貴方ヒロアキは信用できない』対象だから」


 相変わらず、この女のヒロアキへ対する態度は冷たい。どこが気に食わないのだろう。まぁ、別に嫌われても構わないしお前の為に頑張ろうとも思わないが……。

 廊下の向かい側からロイド学院長がやってくる。二人の存在に気づいたようで老人は軽く会釈をしてきた。


「おぉ、君たちか。……ヒロアキ君、習魔学院しゅうまがくいんは良いところじゃろう?」

「はい」


 ロイド学院長は学校の中で凄く偉い人だ。

 彼の返答に「それは良かった」と老人は、ニッコリと笑う。その表情からは優しさと温かみが感じられた。


「……すまんが二人共これから少し時間を貰えるかの?」

「「え? は、はい……構いませんけど」」


 二人はほぼ同時に頷く。すると学院長は険しい表情に変わり、重々しく口を開いた。偉い人から直々の話とは一体、何なのだろうか……? ヒロアキは緊張でゴクリと唾を飲む。


 ――周りに誰もいなくなったのを見計らうと学院長は二人にあることを話す。その内容は衝撃的なものだった。

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