第二章4  『起死回生の瞬間』



 氷塊が弾丸の如くヒロアキに迫る。

 咄嗟に回避行動をとるが、氷塊の速度の方が速い。そのまま直撃すると大きなダメージを負って戦闘不能になってしまうだろう。

 いま起死回生のとき。少年は臆することなく迫り来る氷塊に向かって走り出す。ずっと、ヒロアキはこの瞬間を待っていた!


 作戦はこうだ。

 まず、ワザと相手を挑発して判断力を鈍らせ、先に何らかのアクションを起こさせる必要があった。反撃出来る圏内へ相手をおびき寄せるためだ。当然相手はこちらへ攻撃を仕掛けるために向かってくるだろう。そして――、


「罠に掛かったな。人を見かけで判断するのは失礼だぜ?俺をザコと侮って甘く見たことがお前の敗因だ!」


「――――っ!?」


 氷塊をギリギリまで引き付けると再び、ヒロアキは魔導具を発動した。この為の作戦だ。予め展開させていたシールドが氷の一撃を防ぐことに成功すると――その威力と反動を利用してリリベットの方へ跳ね返り直撃させることに成功した!

 咄嗟にリリベットは避けようとするも間に合わず直撃し、そのまま吹き飛ばされてしまう。甲高い轟音と爆発、土煙が辺りに舞い、視界を遮る。


 しばらくすると、土埃が晴れていく。そこにはズタボロになったドレスを着た少女がいた。どうやらかなりダメージを受けているようだ。


「まさか、このわたくしが追い詰められるなんて……貴方、大したものね」


「そんなことねぇよ。一か八かの賭けみたいなものだったけどな」


 杖を構えたリリベットは次の攻撃へ移ろうとしている。ヒロアキも油断せずに構えた。お互いに次が最後の一撃になるであろうことは分かりきっているからだ。

同 時に動き出すも、睨み合う両者の間に何者かが割って入ってきた。その人物の姿を観て全員の動きがピタリと止まった。


 一体、あの老人は何者なのか……そんな疑問をヒロアキは抱くも今はそれどころではないと考え直すと、リリベットの方に目を向けた。片手でそれ以上動くのを止めるように老人は指示をする。


 二人の戦いを止めに来たのだろう老人はゆっくりと口を開いて、


「――両者そこまで! 十分であろう」


「なんだ。あのヨボヨボで、モブキャラっぽい爺さんは……」


 突然現れた老人に対して苛立ちを覚えたのか、本人へ聴こえないようにヒロアキは小声で暴言を呟いていた。観戦していたメリア・リヴィエールには言葉が聞こえていたらしく……。


習魔学院しゅうまがくいんを創ったロイド学院長。この世界で五本指に入るほどの実力者よ」


 ドラグニア界に古くから伝わる伝統的な学校であり、優秀な魔法使いを養成する機関として有名である。創設者があの爺さんというわけだ。その歴史は非常に古く、数百年前から存在すると言われているが――。


「おっほっほ。ワシはその中でも最弱も、最弱じゃよ。皆が持ち上げてるだけだから……気にせんでくれ」


 どうやら、あのヨボヨボでモブキャラみたいな老人が最高責任者のようだ。しかし……その雰囲気からは強者のオーラを感じさせる。老人は手招きをすると、メリアの名前を言って呼び出した。


「はい」

「すっげー。『あのメリアが……』緊張しまくってるぜ」


 普段はクールで頭の良い、メリアの以外な場面に驚くヒロアキ。あいつ目上の人には敬語も使えるじゃないの。

 緊張した面持ちで老人の前まで来ると、挨拶を交わしてメリアは深く頭を下げた。老人はそんなメリアを見て微笑むと、優しく語り掛けるように、


「生徒会から模擬戦承諾の連絡は貰っておる。――ただ、待てど暮らせど君達がワシのところに来ないので心配で様子を見にきただけじゃよ」


「すみません学院長。それは……大変失礼しました」


 二人の戦いを老人が止めた理由は、これ以上続けるとどちらかが大怪我を負ってしまう可能性があるからだった。 そうなると上の者が責任を取らないといけなくなってしまう。学校の名前にも傷が付く。

 老人はヒロアキの前まで行くと、ゆっくりと近づいてくる。

 そして……ヒロアキの前に立つと彼の身なりや、顔を見て目を丸くした。


「君が習魔学院しゅうまがくいんで魔法を学ぶ為にやって来た入学希望者の――ヒロアキくんかね? 大方事情は王様から聞いておるよ」


「ど、どうも。はじめまして」


 ロイドと名乗る老人に対して頭を下げてヒロアキは挨拶をする。そんな彼を見て老人はニコニコと微笑むと、


「ヒロアキくんのことは、すべて知っておる。どうやってドラグニアへ来たのかも……」


「――――――」


 黙っていることしかヒロアキは出来ない。

 学校の生徒がいる手前、ヒロアキの情報を現時点で明かしたりするワケにはいかなかった。頃合いやタイミングというものがある。ヒロアキのことについて知っているかのような口振りの老人ロイドは、


「隠さなくてはいけなくなる程の深い事情があるようじゃが、その事は追々話していくとしよう……」


 ロイドと名乗る老人は魔法を唱えると、傷付いたヒロアキとリリベットの衣服を「物を直す魔法」で元の状態へ直してくれた。どんなに損傷している鎧や武器なども新品と同様に変えてしまう通常で覚えることが不可能な上位魔法だ。一息つくと真剣な眼差しでヒロアキの瞳を真っ直ぐに見据えながら、


「その前に、ほら二人共……試合後には握手を交わすのが礼儀の基本じゃぞ。今回の戦い、お互いに引き分けということで良いだろう。それでよいかな? リリベットくん」


「えぇ、わたくしは別に構いませんわ。ロイド学院長が仰るのなら」


 納得のいかない結果に、不満が残ってそうな表情で頬を膨らましながら返事をするリリベットだったが、最高責任者の言うことならば仕方がないといった様子で了承したようだ。

 どうやら、ロイドがこの場に現れたことにより二人の戦いは引き分けとなったらしい。残念ながらヒロアキVSリリベットの勝敗は付かなかった。幼女は少し物申したい不服の表情でヒロアキを見ている。


「どうした。俺の顔になんか付いてんの?」


「――あなたとの勝負。一旦預けておくことにいたしますわ。再び、わたくしと戦う時までに腕を磨いておきなさい!」


「あぁ、そういうことか。了解。えっと……リリベットさん」


「生憎堅苦しいのは苦手ですの。リリベットで……呼び捨てにすることを特別にわたくしが許可しますわ」


 扇子を広げてリリベットは声高らかにそう言い放つと、鼻を鳴らしてお嬢様ポーズを決める。彼はリリベットに対して、手を差し伸べると握手を求めるように右手を差し出す。


「お前とのバトル、すっげぇ勉強になった。ありがとうな。リリベット」


 すると、リリベットは頬を赤らめる。対戦相手の男から思ってもみなかった言葉が返ってきたからだ。少女は一瞬戸惑った様子を見せるもすぐに笑顔になり差し出された手を握るとお互いに握手を交わした。


「……先ほどあなたの容姿を貶した発言を取り消しますわ。ごめんなさい」


 ヒロアキは嫌われている訳ではないようだ……。少女は和解の握手をを受け入れてくれたようでしっかりと握り返してくれる。お互いをライバルとして認めた瞬間だった。


 そして二人は自然と笑顔になり笑い合う。模擬戦は引き分けという形で幕を下ろした。ロイドは、ヒロアキたちのやり取りを見て満足したようだ……。二人の和解の様子を確認すると老人は踵を返してこの場を立ち去ろうとするが、途中で歩みを止めた。どうやら何か思い出したらしく、


「――他人を思いやれる気持ちのある人物のようじゃな。ヒロアキくん、きみの入学を許可しよう」


 ヒロアキの入学を正式に認めてもらえたようだ。ロイドは彼の顔写真と個人情報が記された学生証を手渡すとヒロアキはそれを嬉しそうに見つめる。どうやらこの爺さんかなり癖が強い人物のようだ。だが、悪い人ではなさそうだ。隣にいるメリアも緊張しているようで表情が固くなっているのが伝わる。


「ありがとうございます! ロイドさん。これから宜しくお願いします」


 ヒロアキは深々とお辞儀をすると、老人へ感謝の言葉を伝えた。するとロイドは満足そうな笑みを浮かべ、「うむ、君には期待しておる。精進するのじゃぞ」と言うと老人の身体が少しずつ宙へ浮き始める。

 飛行可能……まさか、あのマイペースで掴みどころの読めない老人も上位魔法の使い手なのか! つまりは、強くて熟練の魔法使いだという証拠。そしてロイドは『空を飛ぶ魔法』でどこかへ向かって飛んで行ってしまった。老人の姿は次第に薄れていき……やがて見えなくなった。


「良かったですね。ごしゅじんさま!」


 尻尾を左右に振るわせて猫人族のリーフィアは嬉しそうにヒロアキに声をかける。助けてもらった恩から彼女は彼のことを心から信頼しているようで、その眼差しからは尊敬の念が感じられる。


「ああ、これで強くなれるように一歩前進したってことだな」


 彼はリーフィアに笑顔で応えると、彼女の頭を優しく撫でてやる……。すると彼女は気持ち良さそうに目を細めた。どうやら、これがお気に入りらしい。


「さて、これでヒロアキの入学は正式に認められましたわね。これから生徒として宜しくお願いいたしますわ」


「君はもう生徒の一員だ。好きな時に学校を出入りしてくれて構わない。……私たちはこれから魔法学の講義がある。これで失礼させてもらうよ」


 時間も限られているとのことで、望んだことを叶えてあげるというリリベットの口約束は「いつの日か果たす」ということになった。

 エラ会長とリリベットの二人は軽く会釈をしてヒロアキに別れを告げると、校舎の方角へ背を向けてこの場を立ち去ってしまった。

 去り際に全員が彼女たちと別れの挨拶を交わすと、ヒロアキは「ふぅ……」っとため息をついた。これからどうなるのか正直いって分からない不安もあるが期待も大きい。


「これから、忙しくなりそうだな」

「……そうね。入学早々揉め事起こして退学にならないといいけれど」


 隣に立っているメリアが呆れ顔で、ヒロアキに向かって呟く。相変わらずの毒舌っぷりである。少しぐらい俺を心配してくれてもいいじゃあないか? だが、彼女の言う通り退学になるようなことだけは避けなければならない。折角手に入れた世界崩壊の危機を救う手掛かりになるチャンスを無駄にする訳にはいかないのだ。


「やったー! 晴れてヒロアキも習魔学院しゅうまがくいんの立派な生徒さんだねー! これから一緒に頑張ろう」


 自分のことのように喜びをレイナが全身で表現してくれている。なんて明るく良い子なのだろうか。それにひきかえメリアの方はちょっと冷たい対応だ。『要注意人物として未だに、異邦人のヒロアキを警戒している』のかもしれないのだろうが――。


 一方で、元気いっぱいのレイナが飛び跳ねながらヒロアキの腕に抱きついてくる。彼女の豊満な腕に押し当てられて、片方の腕が吸い込まれる。まるで反発剤入りクッションのような柔らかさだ。

 健全な男子なら興奮しないはずがない! しかも、お相手は超絶に強い剣術の達人で美少女なのだから。それにレイナの甘い香りが鼻をくすぐる………巨乳の感触にヒロアキは思わず赤面して、あたふたしてしまう。


 邪悪な気配をヒロアキは察知する。振り向いてみると、背後からメリアが、ジト目をしながら睨みつけてきた。恐らくヒロアキがデレデレとした表情をしているからだろう。しかし、ここで動揺を見せるわけにはいかないので平静を装うことに、


「ゴホンっ。魔法の学校で戦うすべを学びに行くというのに……俺としたことが、つい冷静さを欠いてしまったぜ……とにかく最初は教室へ挨拶に向かおう」


「――やれやれ。魔王討伐のリーダーがこれじゃあ、先が思いやられるわ」


 話を逸らす為と、これ以上メリアから軽蔑の目を向けられるのを恐れてヒロアキは話題を変えることにした。メリアはまだ何か言いたげな様子ではあったが渋々納得してくれたよう?? だ。



 ――しかし、まだこの時は何も知らない。少年に新たな厳しい試練が待ち受けている事など誰も知る由もないのである。

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