第二章3  『逆転の秘策』

 開始早々攻撃を仕掛けてきたのはリリベットだ。先手必勝と言わんばかりに走りながら呪文を唱える。

 呪文に呼応するかのように魔力の波動がリリベットを包み込み、巨大な魔法陣が展開される。すると無数の火の玉が出現し、ヒロアキに向かって容赦なく襲いかかる。


「――フレイムボール!!」


 迫りくる火の玉に対して彼は冷静に対処する。


 まずは回避だ! ヒロアキは右へ左へと走りながら攻撃を躱していく。

 移動しながら動く標的になかなか狙いが定まらないのか、火の玉は周囲へと飛んでいく。


「今のは牽制……次は当てますわよ」


「あぶね! 殺す気かよ。 ……ま、それぐらい元気じゃないと困るぜ」


 このままではらちが明かないと思ったのか、反撃に転じることにしたようだ。


 素早くヒロアキは回避行動を取ると、そのまま一気に距離を詰める。そしてリリベットの懐に潜り込むことに成功したのだ。

 急接近すると渾身の突き攻撃を繰り出してきた。


 しかし、少女はそれを読んでいたかのように攻撃を躱しヒロアキの背後に回り込むと腕を取り足を払い組み伏せた。


「……舐められたものですわね。わたくしは接近戦も得意で鍛えてありますの。現代の魔術師が『魔法』しか扱えないとでも思ったのかしら? 古い固定概念は捨てて、最新の状態に更新したほうがいいですわよ」


「魔法使いの誰かさんみたいな言い方。似たようなセリフをどこかで聞いたなぁ」


 組み伏せたヒロアキを見下ろしながら、リリベットは不敵な笑みを浮かべた。そして――身体が強い衝撃に包まれ、吹き飛んだ。

 地面と空がひっくり返って視界が上下逆さまになる。


 油断していたのか、ヒロアキは何が起きたのかわからないまま受け身を取ることができずにゴロゴロと地面を転がり、木に背中を叩きつけられてしまった。


「がはぁ……っ」


 慌てて離れようとするも時すでに遅し……身体中を駆け巡る衝撃に苦しみ、口から血を吐き出してしまう。どうやらあの一瞬でリリベットはヒロアキの腹部を殴り飛ばしたらしい。


「まさか、もう限界になっちゃったんですの?」


「勝手に……決めんなよ」


 口の中の土の味を吐き捨てるように呟くヒロアキ。幼女へ向かって強がりを言うが、ダメージが大きいのか苦しそうに顔を歪めている。少女は扇子で口元を隠しながら挑発するように言ってくるが、ヒロアキは負けじと立ち上がり構えを取る。しかし……ダメージが大きいのか足元はおぼつかずフラフラしている状態だ。


「そうこなくては面白くありませんわ。では、もっと激しくいきますわよ?」


 杖を振るったリリベットの真下に小型の魔法陣が展開されると、強風が吹いたかと思えば少女の身体が空高く舞い上がった。


「……お前も空を飛行出来る魔法を使えるのか!?」


「その道を極めた魔術師は空を自由に飛ぶことが可能になる。つまり、飛べない魔法使いは半人前ということですわ」


 少女に展開された魔法陣は魔力の波動を放ち、周囲の木々を揺らす。「一体どうやって……」ヒロアキがそう言いかけた瞬間、頭上から氷の飛礫が降りそそぐ。


「どわぁあ!」


 飛礫を避ける為、再び地面を蹴り回避行動を取るヒロアキ。どうやらあの魔法陣から氷の飛礫が飛び出しているらしい……。しかし、これでは反撃ができない。それはまるで雨のように降り注いでくる。


 避けて着弾した地面には七センチほどの穴ぼこが出来上がる。普通の人間が直撃したら全身が穴だらけになるどころか出血多量で死んでしまうかも……。まず無傷ではいられないだろう。


 運動神経のステータスだけが良い、魔術師ではない一般人のヒロアキは避ける事に専念するしかなく、反撃するタイミングが見つからないまま一方的なワンサイドゲームが続く。


 案の定というのか、降ってきた飛礫の一部がヒロアキへ直撃してしまった!

 土埃が舞って、ヒロアキの姿が見えなくなってしまう。自らの勝利を確信したリリベットは地上に降り立つと、土埃が舞う方へと歩みを進めた。そして、徐々に視界が晴れていく……。観戦していた仲間の誰もが、彼は終わった。と思っていたその時――、




「魔導具の専門って言ってたからな……バレットから借りておいて助かったぜ」


 土埃が晴れ視界が回復したとき、そこには無傷で立っているヒロアキの姿があった。

 使用者のレノ粒子(魔力)をエネルギーに変換させ、魔法と同等のパワーを疑似的に作り出す効果を持つ魔導具まどうぐと呼ばれるアイテムを発動させる。ヒロアキは球体型のシールドを展開させて攻撃から身を守っていた。


 ただ呆然とリリベットはしていた。あれだけの数の飛礫を普通の一般人が防ぎ切るとは予想していなかったのだろう……。しかし、すぐに冷静さを取り戻すと扇子を広げ口元を隠した状態で言った。


「魔法使いでもないのに防御魔法を!? ……中々やるようですわね。あなた、名前は?」


「……俺の名前はヒロアキ。無知で無能で無力な一般人さ」


 ヒロアキは勢いよく走り出しリリベットに接近すると、拳を振りかざした。しかし、彼女はそれを読んでいたかのようにバックステップで距離を取り、魔法の弓を取り出し構える。


「貴方は追い詰められてから土壇場でパワーを発揮するタイプのようね。…… でも今の実力で私には勝てませんことよ?」


 放たれた矢は炎を纏い、ヒロアキを襲う。回避しようと試みるも間に合わず直撃してしまう。

 咄嗟に先程のシールドを展開して致命傷を免れたものの、余波で服の端っこが焦げてしまう……。


「余裕かましてると痛い目見るぞ。そう思うなら取り返しが付かなくなる前に本気を出しておいた方がいいんじゃないか?」


「ふふ……言うじゃないですの。天才一族とうたわれた魔術師の名門ローナン・ブルク家の真髄。お望み通り見せて差し上げますわ」


 不敵な笑みを浮かべると、杖を天に掲げる。周りに魔法陣が展開されると、魔力が集まっていくのがわかる。先程のリリベットの魔法を見る限りでは発動までにタイムラグがあるらしい。この隙をついて攻撃に転じることが出来れば良いのだが……。


 そして魔法陣を展開すると周囲に暴風が吹き荒れ、周囲の木々を激しく揺らした。無数の風の刃が出現し、ヒロアキに向けて発射された!  その一撃は空気を切り裂きながら迫っていき、ヒロアキへ直撃したかに見えたが魔導具まどうぐを駆使して防ぎきる。

 もし、当たっていたのならヒロアキは風の刃で全身を裂いて切り刻まれていたであろう。


「マトモに食らっていたらどうなっていたか――想像するだけでゾッとしてくるよ」


「今のをすべて防ぎ切るとは驚きですわ。なら、これはどうかしら!」


 リリベットが魔力を解放すると、風の魔法によって高速で飛翔しヒロアキに突撃してきた。咄嵯に避けるものの杖による攻撃が次々と繰り出され回避するだけで精一杯だ。


「直撃したらやべぇ……う、うおりゃあああ」


 炎を纏った高速の突きを間一髪躱すヒロアキだが、次々と攻撃を繰り出されて反撃の隙すら与えてもらえない状態が続く……。

 やはり一般人と魔術師との力の差は大きく、戦闘は厳しいものだ。このまま防御に徹していたらいずれ魔力が尽きてやられる……。何か反撃する策を見つけなければヒロアキの敗北は免れないだろう。しかし、現状打つ手は無いに等しい。


 ……諦めるわけにはいかない!

 絶望的な状況から脱却する為、思考を巡らせる。このままじゃジリ貧だ……。何とかして反撃しないと!  ヒロアキは考えを巡らせた。そして一つの打開策を見出すことが出来たが、その代償として大きなリスクを背負うことになる。これしか方法が無いため一か八か試してみることにしたようだ。


「あら? 敵に背を向けて逃げ出そうとしているのかしら」


「ちげぇよ『魔術の名門ともあろう出の王女様』がこんなザコ男ひとり相手に手間取ってんのをみるに、大したことねぇんだなぁ。って馬鹿らしくなってさ。田舎に帰ろうかな」


 感情を刺激してやるようにリリベットへ挑発的なセリフを吐くヒロアキ。

 それにピクリ……と反応するがすぐに冷静さを取り戻すと手で口元を隠しながら、


「……これは殺し合いではないのよ。わ、わたくしが手を抜いてあげているのが伝わってないみたいねぇ?」


 その声色は少し怒りを帯びている。彼女の表情が一瞬、強張ったのをヒロアキは見逃さなかった。


 かなーり効いている。

 どうやら効果があったようだ……。

 プライドが高いのか、それとも負けず嫌いなのか定かではないが、どうやら挑発に乗ったらしい。

 近づくのが無理なら向こうから来てもらえばいいのだ。

こっちの間合いにさえ入ってきてくれさえすれば、ヒロアキのペースに持ち込むことが出来るかもしれない……。


 ――そして、リリベットは杖を天に掲げると呪文を唱え始める。


 魔力の源、『レノ粒子』の波動が彼女の魔法陣へ集まり巨大な氷塊へと姿を変える。その氷塊は徐々に力強く強度のあるものに増していくと――やがてボーリング玉二つ分ほどの大きさへと変貌を遂げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る