第二章2  『魔法の学び舎。習魔学院』



 学級委員長。エラはヒロアキ達のことを値踏みするようにじっと見つめている。

 先に口を開いたのはヒロアキだった。彼は緊張しているのか少し上ずった声で自己紹介をする。

その様子を見たエラはクスッと笑うと優しく微笑みかけ、


「ドラグニア界では見慣れない珍しい恰好をしていますね。ヒロアキはどこの出身?」


「あ、いや。えっと……」


 咄嗟のことで口ごもってしまう。

 自分についてなんて久方ぶりに深く質問されたからだ。 どう説明すれば良いのだろうか?「別の世界から来ました」なんて言えないし、余計に話をややこしくして混乱させてしまう――。

 焦っていると、レイナが助け舟を出してくれた。


「あの……彼は遠い場所の村出身なの! ヒロアキとは王都で知り合ったんだ。本来魔法を使えない体質なのに何故か使えるんだよー」


 こういった場面で、レイナの誰とでも打ち解けてしまう明るい性格が役に立つ。

 上手くフォローしてくれたレイナに頭を下げつつヒロアキは内心で感謝の言葉を口にする。エラは納得がいったのか、なるほど……と呟きつつ頷いている。


「おや? 君たちはメリアに、レイナじゃあないか!久しぶりだな。帰ってきていたのか」


 姿に気が付いたエラは嬉しそうに声をかける。どうやら二人はエラと知り合いのようだ。

 メリアが軽く会釈をして、レイナもそれに倣う。するとエラは少し驚いた様子を見せたがすぐに笑顔に戻る。彼女は二人に近づくと懐かしそうに会話を始めた。


「レイナだよ。……もしかして、エラちゃん!? 皇会議ぶりだよね!」


「……お久しぶりです。エラ先輩」


 不思議そうにヒロアキがしていると、それを察したメリアが説明をしてくれた。何でもエラとレイナ、メリアの三人は学院の先輩後輩の関係なのだとか。


「あのー、すみません。二人とはどういったご関係で?」


「二人は私の一つ下の後輩。――レイナは卓越した剣捌きで大会をいくつも優勝して賞を総なめに。 メリアは魔術に秀でた天才で、学院内では常に学年トップ層の成績なんだ」


 誇らしげに語り始める。

 どうやらレイナとメリアは学院ではかなり有名な生徒らしい。彼女達に憧れて入学してくる生徒も存在するのだとか。ヒロアキは二人の凄さを改めて実感するのだった。

冒険者になる前、学生時代からその才能をいかんなく発揮していたようだ。そして、そんな彼女たちの先輩にあたるエラも優秀であったのだろう「……ところで」と前置きをしてエラが二人に近況を尋ねると、


「冒険者になって各地を旅していたと風の噂で…。――突然二人ともいなくなってしまったから心配していたよ」


「すみません……エラ先輩、これには理由が……」


「深い事情とやらがあるらしい。難しいなら無理に話さなくても構わないよ」


 メリアは申し訳なさそうに謝る。

 気を利かせたエラは首を横に振って「気にしなくていいよ」と言った後、微笑を浮かべる。そしてすぐに真剣な表情に戻り本題に入る事にしたようだ。


「お互い積もる話もあるだろう。外で立ち話もなんだから、まずは場所を移動しよう」


 エラはそう言うと、合図をしてついて来いと言わんばかりに歩きだす。彼女の後を追いかけるように全員は歩き始めるのだった……。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 案内された俺たちは校内へ入ってゆく。

 まず、校内へ入ると受付があり、手荷物検査と学生証の提示を求められた。メリア、そしてレイナの二人はそれぞれ学生証を提示して中に入ることが出来た。初対面のヒロアキについては客人扱いで特別に通してもらえた。


 次に目に飛び込んできたのは広い空間。生徒たちが出入りする正面玄関だ。天井が高く広々とした印象を受ける。

その奥には大きな螺旋階段があって上へと続いているようだ。

 この建物の構造は、1Fから13Fまで存在する。移動方法は魔法で宙を飛んだり階段を使って行う。

 各フロアには、さまざまな授業を受けるための教室。他にも図書館やトレーニングルームなども併設されているらしい。


 俺たちが今いるのは二のフロアだ。階段を上りきると、そこには長い廊下が続いている。入学の手続きが正式に済み次第、色んな場所を案内してみせてくれるようだ。


「そういえばバレットのヤツはどこへ行ったんだ?姿が見当たらないけれども……」


「……彼なら用事ができたらしいので王都ドラグニアへ帰ってしまったわ」


 バレットの不在についてヒロアキは尋ねると、メリアが答えた。彼はここの学生ではないし、既にもう帰ってしまったようだ……。残念ではあるが仕方ないか。


 学年は六歳の低学年から十九歳の高学年まで様々な年齢の学生が在籍する。そのためトラブルを避けるために厳しい罰則や規則が学内で設けられている。所属する生徒達はそれらのルールを遵守し、必ず守らなくてはいけない。


 説明をしてもらいながらヒロアキ達は案内されていると学院内の廊下をものすごい勢いで走ってくる人物がいた。


「そこの変な格好をした人、邪魔だからどいてくれない?」


 身長は百四十センチ前後だろうか。体格が細く、ちょっと小柄な印象を受ける少女だった。年齢はリーフィアと同い年か一個下くらいだろうか?幼女はこちらに気付くと急ブレーキをかけて立ち止まった。


「よぉ、こんな場所で子供がウロチョロしてたら危ないぞ?なにせ魔法の学校らしいから……」


「わたくしは子供じゃないですわ!」


 その幼女は頬を膨らませてぷんすか怒っている。どうやら怒らせてしまったようだ。落ち着かせる為に小さい女の子の頭をヒロアキは撫でてあげると、両脇を抱えて軽く持ち上げた。


「出口の方向はあっちだぞ。子供はお家に帰る時間だ」


「だ・か・らぁ!」


 少女は頬を膨らませたままヒロアキの手から逃れるようにジタバタ暴れて抗議している。しかし、それでも彼は彼女を放さなかった……。

 やがて諦めたのか大人しくなったところでようやく地面に降ろしてあげることにした。


「――そこの男。無礼ね、即刻その汚い首を刎ねて差し上げますわ!」


「幼女に死刑宣告されたんですけどもぉ!?」


 物騒な発言にすかさずヒロアキは幼女先輩に対してツッコミを入れる。無視してお構いなしに、


「世界で五本指に入るほどの魔法の才を持つ『ローナンブルク家』の当主リリベット様と知っての狼藉……。無知とは罪ですわね」


 おそらく定番な口調の喋り方から察するに高貴な家柄の幼女。


 ――肩まで伸びた艶やかな金色の髪を切り揃え、ふわっとした前髪は広くて長く、一箇所だけ蒼い色のメッシュが入った前髪。横のくせ毛には色線のように波のうつような形の、お上品な髪型をしている。

 年齢は八歳で、見た目は年相応らしく身長もヒロアキの膝ぐらいしかなく低い。

 ちなみに髪型の名前はグラデーションオンレイヤーミディアム と呼ぶらしい――にわか情報だが、許してほしい。


 確かに幼女をよく確認してみると、着用しているものは隅の方に小さく習魔学院の刺繍が入った制服を着ていた。


「俺よりも歳が若くて子供みたい。あ、あんな幼い子も魔法学校の生徒として通ってんのか……」


 リリベットと名乗る幼女さん……いや、少女はご令嬢だそうで、まさかこんな小さな娘が位の高い身分の人とは思わなかった。レイナが「悪気はないの。ごめんねー」と謝るように促す、ヒロアキも渋々頭を下げることにした。

 だが、納得していない様子だ。メリアもその幼女の存在に気付くとバツの悪そうな表情を浮かべて、


「はぁ……相変わらず騒がしいわね。少しは成長していると思っていたのに」


「あらー、あらら? もしや貴女はメリア・リヴィエール。急に学院から去ってしまったから、中退なされたのかと思いましたわ」


 メリアの煽りに、リリベットは彼女へ向けた嫌味たっぷりの発言を返した。二人は顔見知りのようだ。それもかなり因縁な関係にあるように見える……。

 挑発的な態度で接するメリアに、ヒロアキは内心ハラハラしていた。そして、そのやり取りを見ていたエラが仲裁に入るように間に入る。


 扇子で口元を隠しながら「ふふっ」と上品に笑う幼女リリベット。その振る舞いはとても可愛らしいものだったが、目は笑っていなかった――。


「……これから私達は大事な用があるの。お子様のお遊戯に構っているヒマはないわ。リリベット、退いてちょうだい」


「あら、尻尾を巻いて逃げるつもり? 張り合う相手がいなくなって残念。……貴女が旅に出ている間に、学年トップはわたくしのものですわぁ」


「そうですか……じゃ、あなたで。……けれど出席日数が足りない場合、学年トップでも留年になる可能性があるわ。特に貴女あなたみたいなくだらない事に時間を潰しているだけの人はね?」


「むっきー! 黙って言わせておけば――面白いことを仰いますのね。リヴィエール「さん」?」


 金髪女児の煽り文句を上乗せしたパンチに、尖ったナイフで煽り返すメリア。さながらインターネット上のレスバトル。いきなり開戦した罵り合いに全員タジタジになっていた。

 とりあえずこの場から抜け出したいという気持ちでヒロアキはいっぱいである。


「……あの幼女。さっき、ローナンブルク家って言わなかったか!? エラさんが仕えてるっていう……」


「ヒロアキの言う通り。そうだよ。あの小さい方が騎士として私が仕えている人物。国のお姫様さ」


「あの……うるさくて、ちっこいのが一国の王女様ぁ!?」


 あんな年端も行かない子供に一国の長を任せている国が存在するものなのか? ヒロアキはなんか失礼なこと考えてる。でもまあ、信じられないのも無理はない。


「――伝説の大魔術師の生まれ。リヴィエール家と、魔術の名門ローナンブルク家は古い時代からの因縁があって互いに争っているのさ。話すと長くなるから今度、教えてあげるよ」


 その言葉にヒロアキは納得せざるを得なかった。大勢で攻めてきた盗賊共を退けられたのも、王都で魔族の一体を倒すことが出来たのも魔法使い、メリア・リヴィエールの協力があってこそ。彼女の実力は目に染みる程見てきた。


 昔からお互いの家同士が競い合うライバル関係にあるらしい。……なら、あそこに突っ立ている可愛らしい幼女先輩の実力もメリアと同等かそれ以上の魔法使いという――


「お前ら意外と仲良さそうじゃん。ほんとに仲悪かったら絶縁してるよ? ここまで喋れるなら争い合う必要もないかもな……」


 彼女達の事情ことをあまり知らないが故の無知。ヒロアキの失言だった。リリベットとメリアが怒り顔で睨見つけ、


「「……例え世界が滅んでも二度と御免だわ。どこがあんなヤツなんかと!! どう解釈して見えたら仲良しに見えたワケ?」」


 某SFアニメ作品のワンシーンのように同じタイミングで二人は素早く反論する。怒りの籠った声をヒロアキに向かって放つ。彼女達の様子に、日本からきた少年は思わずたじろいでしまった。

 再びメリアとリリベットはお互いに睨み合い、一触即発といった雰囲気だ。このままでは争いがエスカレートしてしまいそうだ。「なんとかして止めなければ」……と罪悪感を感じたヒロアキは二人の間に割って入り、仲裁を試みるも失敗してしまう。


 どうやらこの幼女は見た目に反してかなりお転婆な性格をしているよう。メリア・リヴィエール以外の人に対しては、言葉遣いがとても丁寧で優しいのかもしれない。どれだけ彼女へライバル視というか、敵対心を燃やしているのか……。もはやリリベットの一方的な八つ当たりにさえ感じる。


「争いは同じもの同士でしか――とは言ったものだが……」


 と心の中でヒロアキがつぶやく。

 ボケとツッコミの漫才のようなやり取りが続いたあと、しばらくして二人は落ち着きを取り戻したようだ。とりあえず一安心である。

その空気を感じ取ったのかリリベットが話しかけてくる。彼女はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべ、


「ふふん。そこの貴方……田舎からやってきたって感じの容姿ですわね。学院には何をしにきたの?」


「魔術を勉強しに来たんだ。力の無い俺でも、もしかしたら使えるようになれるかもしれないと思って……」


少年は素直に答えたが、その言葉にリリベットは驚いた様子で彼を見つめて考え込む。そして、


「――メリアが連れているほどの人材。どの程度の強さなのかを知りたいですわ。宜しければ模擬戦おあいてしてくだらないかしら」


……どうしてこうなった。ヒロアキに興味を持ったのか、突然の提案をしてくる。彼女の騎士であるエラも提案に対して異論はないようで、頷きながらこちらを見てくる……。返答にヒロアキが迷っているとリリベットは続けて、


「もし、受けてくれるなら貴方の望んでいることを「何でも」して差し上げますわ」


「……今、何でもって言ったよな?」


「ええ。ローナンブルク家の名にかけて二言はありませんわ」


 それはまるで、覚悟を決めたかのような強い意志を感じる眼差しだった。彼女の真剣な眼差しにヒロアキも思わず息を飲む。リリベットは扇子を広げ口元を隠しながら微笑む。その姿は女王の威厳を感じさせるものだった。


 こちらにとっては良いこと尽くしで断る理由も無いし、むしろ願ったり叶ったりだ。それにこの幼女みたいに田舎者とか言って絡んでくる生徒も中にはいるだろう。いっちょ俺の実力を見せつけて誇示しておく必要もある。


「やろう。乗ったぜ! その提案」


 提案にヒロアキは即答で了承した。それに対して側近のエラが止めに入ってくる。なんでも、最高の権限と責任を有する『学院長』の許可なく学内で生徒同士が決闘することは禁止されている。しかし――リリベットはエラに耳打ちすると彼女は渋々了承してくれた。


「仕方ありませんね『学院長』には生徒会である私が伝えておきます」


「ありがとうエラ、感謝いたしますわ」


「リリベット様。お気になさらず、これも仕事ですので……」


 学院長という偉い人物に模擬戦の許可を貰いに行くというエラと別れ、ヒロアキ達は模擬戦が出来る場所へ向かう事にした。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 場所は移り変わり、学院の外にある訓練場へ到着した一行。ここは主に戦闘の授業で使うための場所であり、魔法による攻撃や防御の訓練を行うことが出来るのだ。

 邪魔する者が誰もいない広い空間。つまり、ここでなら思う存分戦うことが出来るという訳だ。


 互いに距離を取るように離れると、指示された位置に着く。


「私、ごしゅじん様のことが心配です。勝算はあるの?」

「まあ……やってみないとわからないな。ごめん、リーフィア」


 心配そうな顔をするリーフィアに対し、答えになっていない曖昧な返しをするヒロアキ。

 実際ごく普通の人間が魔術を扱える超人に勝てるわけがない。例えるなら虫がマンモスに敵わないように、魔術師相手に逆立ちしたってどうにもならないことは数日の間、異世界を体験してきたヒロアキ自身が分かっている。


 負け戦かもしれないが、黙ってやられるつもりは毛頭ない。

 実は、非常の事態に備えてバレットから幾つか魔導具を借りている。――それは魔術の扱うことの出来ない一般人向けに開発された魔法を補助する護身用的なアイテムのことだ。

 一部だが、『戦争の兵器に部品として転用されていることもある』優れたアイテムなのだ。


「……彼を止めた方がいい。力の差があり過ぎて恥をかくだけになるわ」


 メリアはあの少年が勝つことが出来るとは到底思えないのか、疑いの表情で周りに忠告する。未だに彼女からヒロアキは信用されてはいないらしい。庇うようにレイナはメリアの肩に手を置いて優しく語りかけ、


「何か考えがあってのことだと思う。――ヒロアキを信じてみようよ!」


 しばらく沈黙した後に「コクリ」……と頷き、彼らの戦いを離れて安全地帯で見守ることにした。一方、対戦相手のリリベットに向き合うとヒロアキは彼女の目を見た。その少女の眼差しからは自信が満ち溢れているようにも見えた。


「挑戦を逃げずに向かってきた度胸だけは褒めて差し上げますわ」


「どうも。一流の魔術師に言ってもらえるなんて、そりゃあ光栄だ」


 ルールは簡単。相手を何らかの手段で戦闘不能にするか、降参するかのどちらかで勝敗が決まる。

審判役を務めるのは生徒会長のエラだ。彼女は杖を天に掲げると、開始の宣言を告げる。


 今、戦いの火蓋が切って落とされた。


 ――魔法の扱えないヒロアキがこの不利な状況を切り抜ける秘策とは、一体……。

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