第二章 『開戦! 魔法の大会』

第二章1  『ヘルクダール王国』



 ――この世界の名はドラグニア。


 魔法があり魔獣がいる。大昔に神々と人間、魔王の勢力との間で戦争があった。

が、現在はその頃に比べると「平和」とは呼べないにしても比較的マシに思えるほど穏やかな時代らしい……。




 ドラグニアは人族、エルフ族、ドワーフ族、獣人族などたくさんの種族が存在している。

 人族は最も多く、人口も多い。その他も獣人族とエルフ族はまあまあいる。


 中でもドワーフ族は数が少なく、小柄で物づくりに長けている種族。主に武器や防具の製造をしているが、鍛冶師として己の人生を突き進む人も多くいるため職人として国を支えることもある。


 獣人もいるが数が少ないので奴隷として扱われることが多い。(一部、例外あり)


 ひょんな事から日本に住む少年『ヒロアキ』は、何者かの手によってドラグニアの地へと転生、召喚させられてしまう。

 現在は色んな戦いや経験を経て、冒険者パーティーを組み、仲間達と共に旅をしている。ヒロアキの目的は自身を転生させた者の正体を暴き、いずれ来たる世界の崩壊を阻止し、魔王の復活を食い止めて倒すこと――。


 この世界には伝説として語り継がれている最強の生物、ドラゴンが世界の果てにいるとかいないとか。


 異世界ドラグニアは不思議が溢れている面白い魔法の世界――。



 ヘルクダール王国。

横並びに街全体を囲う城壁が建設されており、その中には人口、約七百万人ほどが暮らしている。


 中世ヨーロッパ風な外見に歴史ある古めかしい印象を受ける。――辺りには木材や煉瓦で出来た家々が立ち並んでおり、奥には教会や学校のような建物もあった。



 ――長いようで短い大空の旅を満喫したヒロアキ。視界に広大な平原が見えてくる。そこへ停止するよう頼むと、白銀の竜の背から降りたヒロアキ達は辺りを散策していた。

 目的を果たしたドラゴンは全員が地面に降りたことを眼で確認すると、小さく唸る。ヒロアキは、白銀のドラゴンに向かって「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えると、彼女は人間の言語を理解しているかのように静かに頷き返してから翼を広げて飛び立っていった。その後ろ姿を見送ったあと、ヒロアキ達は改めて辺りを見回す。


「遅いじゃない。……けっこうな時間待たされたわよ」


 長くて黒いミディアムヘアに、黄金比に整った美しい顔の少女。メリアの姿があった。

 腕を組み、しかめっ面で少女は言う。その表情とは裏腹に声色には喜びも含まれていた。が、少し苛立った様子でこちらへ話しかけてくる。どうやらかなり待たせてしまったらしい。

 ジト目で呆れ顔のままヒロアキに近づき、覗き込むような体勢をとっている。彼女の瞳は少し潤んでおり、どこか蠱惑的であった。その表情に思わずドキッとしたヒロアキだが、平静を装いつつ彼女に謝ることにしたようだ。


「ごめんな。道中、敵の襲撃にあって遅くなっちまったんだ」


「知っているわ、技術屋のバレット……だっけ。その人に事情は聞いたもの」


 彼女はそう言うと、わざとらしく大きなため息をついた。どうやら既に事情を把握していたようだ。メリアは呆れた様子を見せながらヒロアキに向かって言葉を放つ。

 態度から察するに、少女からあまり好かれてはいないらしい。だがしかし、それでもヒロアキは諦めずに話を続けることにしたようだ。


「これから学校に通って魔法を学ばなくてはならない。魔王ふっかつの刻が迫ってきている。俺たちは強くならなくちゃ」


「――はっ。あんたが魔法を学んで強くなれるの?  無理でしょうね、前線に出て戦う能力だってないし……せいぜい味方の荷物持ちがお似合いだわ」


 この饒舌女。反論には百倍の正論で返してくるヤツだということをすっかり忘れていた。「ううっ……」痛いところを突かれたヒロアキは返す言葉がないようだ。確かに魔法も使えなければ得意な武器もない、戦闘に関しては素人同然だ。そんな状態で魔王と戦えるはずがなかった。


「やれるだけやってみるさ。無力を嘆くのはそれからでいい」


「あのね、個人の感情だけで動くといつか必ず痛い目に合うわよ。……昔の私みたいにね。どうしてもっていうのなら止めやしないわ」


 踵を返して何処かへ歩き出してしまう。ヒロアキ達は慌てて彼女の後を追うことにしたようだ。ヘルクダール王国は「文学の街」と呼ばれるだけあって通りには、魔導服のローブの衣装を着ている学生さんらしき人をたくさん見かける。

 おそらく皆、見習いの魔法使い達だろう。


 広場は人通りが多く、ごった返していて賑やかだ。

 一歩、遅れてしまったヒロアキは人混みを避けながらメリアの後を追うが、彼女があまりにも足早に歩くものだから中々追いつけない。先を歩いていたバレットが声をかけて、


「メリアさん。先ほどは、お手数おかけして申し訳ない。あの場を退けるには協力し合うのが最善かと思ったので。……貴女が来てくれなければ敵にやられていました」


「――そうね。貸しにしておくわ」


 バレットは軽く頭を下げると、メリアもそれに応じる。最後尾をヒロアキが彼の前をメリアとバレットの二人、先頭をリーフィアとレイナが横並びに談笑しながら歩いている。

 メリアとバレットは何か話しているようだが、声が小さくてよく聞き取れない。狼に変化する能力を持った敵に襲われた時の事だろうか「協力?」あの戦場にメリアはいなかったはずだ。

 二人は意味深なやり取りをしていた。内容が気になりつつも、二人が会話している最中もヒロアキはメリアに追いつこうと必死になっていたようだ。しかし、人混みが激しくて中々前に進めない。


 ようやく追いついた頃には彼女たちは店が立ち並ぶエリアに入っていた。

 道具屋の商品を物色しながら歩いていると、ふとある物に目が止まる。それは小さなブローチだった。銀細工で作られたそのブローチは、とても精巧な造りをしているようで美しい。その隣には売り物の棚に綺麗に陳列された本も並べられていた。


「なぁ、あれは何の本だ? 俺ってば初めて来た場所だからわからなくって。教えてほしい」


「魔導書よ。初歩的なものから習得難易度が難しいものまで、色んな魔法に関することが記されているわ」


 どうやら魔法関連の書物のようだ。試しにヒロアキは興味深そうに本を手に取り、ページをめくってみる。そこには様々な魔法の名前や効果、詠唱文が記載されていた。

 しかし、この間まで日本に住んでいた彼には、どれも難解なものばかりである。ヒロアキが転生された際に、デフォルトで翻訳スキルが備わってはいるものの全部の字が読めるわけではない。中には理解に苦しむような内容もあったようだ。


「へぇ〜。それってすごく良い物なんじゃ……」


 メリアの言葉に思わず声を上げるヒロアキだったが、彼女は首を横に振ってからこう答えた。


「確かにそうだけど……。売り物に出されているのは簡単な魔法を学べる本、一般用の参考書や学校の教科書みたいなものね」


「そうなのか?」


「……売り物と本物は違うわ。魔導書は貴重な品よ。Lvを上げただけでは覚えることが難しい、上位魔法を習得することが出来るようになるの。それに希少で値段も高いし、そう簡単に手が出せる代物じゃないわ」


 魔導書について語るメリアの表情にはどこか憂いのような感情が見えた。どうやら何か思うことがあるらしい。既に上位魔法が扱える彼女にとって、売り物の本はコピーや模造品と同じなのだ。


「なるほどなぁ。でも、ちょっとした魔法が使えるようになるなら欲しいかも」


 興味深そうにヒロアキは魔導書を見つめていた。その様子を見たメリアは呆れた様子で、


「はぁ……。短絡お気楽思考はいいわよね。仮に本物の魔導書が売りに出されたとして、どのくらい価値が付くか知ってる? 金貨三億枚よ」


「ま、魔導書って――そんな高価なもの買えるのかよ!」


 ヒロアキは驚きのあまり声が裏返ってしまった。無理もないだろう。上位魔法の記されたバージョンの魔導書は金貨何億枚もするのだから。その値段を聞いただけでも動揺してしまうのも仕方がないことだろう。メリアは本を一冊手に取ると、そのままレジまで持って行くようだ。そして会計を済ませると店を出た。


「なんだよ。売り物の本に価値は無いんじゃなかったのか?」


「――目的や用途に応じて使い分ける。学校の授業で使う為に持っておくのよ。高価な品を常に外へ持ち歩くわけにはいかないでしょう」



 やはり魔法について学ぶには一度、学校へ通う必要があるみたいだ。そこでなら魔法の基礎から応用までを学ぶことが出来るそうだ。魔導書も貸し出してくれる。しかし入学するためには手続きが必要らしく、ヒロアキの入学審査を裏で王様が進めてくれていることになっている。

 ちなみに、メリアとレイナの二人は学生として既に学校へ通っているらしい。今までは理由わけあって休学していたが、復学することになった。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 これから、ヒロアキが通う学校の名前は『習魔学院しゅうまがくいん』という場所だ。

 創立四千年の歴史と由緒ある学校で、法学、機械工学、農学、経済学、文学、医学などあらゆる分野に優れたエリートを全国に多く輩出している学校で有名。


 まず、魔法の試験を受けなければならない。そこで実力が認められれば晴れて入学となるのだ。しかし、そう簡単に入れるものではないらしく、かなり厳しい審査がある。という説明をレイナから受けた。そして、今現在ヒロアキ達は正門の前まで来ているところだ。


「あれが異世界の学校か……。想像していたより何倍もでけぇ……!」


 門を潜るとそこには広い校庭が広がっていた。その奥には巨大な校舎が見える。お城を模した外観の大きな建物、赤銅色を基調としたデザインに清潔感が漂っている。屋根の頂上には巨大な時計台が設置されており、経年劣化で少し古びていて年季を感じる雰囲気を醸し出していた。


 校舎の内側には球場ドーム二個分はある広さの校庭や図書館、学生寮などが設けられている。この学校の敷地内には他にも大小様々な建物が存在していて、それらを総称して『習魔学院しゅうまがくいん』と呼んでいるようだ。


「レイナと学院に帰ってきたのはいつ以来だったかしら」


「ほんと懐かしいねー! クラスメイトのみんなは元気にしているかな?」


 メリアとレイナは学校に入るなり懐かしそうな表情を浮かべている。友人や恩師に会えることを楽しみにしているようだ。


 校舎に入ると在学生のお姉さんが出迎えてくれた。

 彼女は笑顔で会釈するとヒロアキ達に話しかける。その笑顔はとても優しげで、まるで天使のように美しく見えた。


「ようこそ。魔法の学び舎、習魔学院しゅうまがくいんへ。君が例の入学したいという――ヒロアキくん……だったかな? 歓迎するよ」


 生徒で着こなすいように改造するのが許されている校則の緩めな学校なのだろう。首に紅いマフラーを巻き。大きく胸元の空いた改造済みの学生服を着用しており、かんじんな谷間の部分はネクタイが絶妙な位置に収まっていて隠れている。


「あのひと、物凄く美人だなぁ……」


「私はエラと申します。習魔学院しゅうまがくいんの委員長で、今はローナンブルク家に仕えて仕事をしている。以後お見知りおきを――」


 肩まで伸ばした長い髪に凛とした美しい顔立ちをした女性がヒロアキ達を出迎えてくれた。身長はヒロアキと同じくらいで体格は細身。

 一見、男性と見紛うほどであり男装をさせたらモテるだろうという印象を受ける。


 ――腰には騎士剣を下げ、まさに、その姿は男装の麗人のような女性だ。

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