第一章18 『最強生物、現る。白銀のドラゴン』


 案内してくれるという人物がやってくるまでの間、俺たち四人は指定された場所で待機していることになった。



「馬車の移動は狭くて退屈なのよ。私は一足先にヘルクダールへ向かうことにするわ」


「みんなで一緒に移動しよう。その方がきっと楽しいぜ?」


「……悪いけど、今回はパスさせてもらうわ。私にはどうしてもやらなければならないことがあるの」


 レイナは真剣な眼差しで遥か先を見据えている。その目はどこか寂しげでもあった。


「そっかぁ。メリアさん。もしかして組織に復讐しようとしてる事に関係が」


「……リーフィア。ごめんなさい、また今度ご一緒しましょう」


 申し訳なさそうに謝る彼女を見てヒロアキはそれ以上何も言えなかった。彼女は何かを抱えているに違いないのだろうが、詮索するのは止めておこうと思うのだった。


「でも、一人だけで行動するのは危険だ。移動手段が無いのにどうやって長距離を移動するんだ?」


 俺は疑問を投げかける。すると、彼女は不敵な笑みを浮かべた。メリアは自信満々に答える。


「エネルギーの源。魔力レノ粒子を理解し、上級魔術を極めた者は空中を浮遊して飛行することが可能なのよ」


 彼女は両手を力を込めて魔力を集中させる。そして、その両手から光輝く魔法陣が現れると同時に、メリアの身体がふわっと浮き上がった。その光景を見たヒロアキは驚きのあまり顔が固まり、仰天した。


「――す、す……すげぇ。信じられない……」


 ゲーム作品やアニメでしか見たことのない。人間が道具や機械を使わずに単独で空を自由に飛んでいるという摩訶不思議な現象が目の前で起こったのだから。


「じゃ、私は王様から貰った地図を頼りにスビルカ王国へ向かうから。二人とも、彼が何か仕出かさないように見張っておいてね。任せたわよ」


「……どんだけ信用されてないんだ俺は。子供じゃああるまいし、なんもしないよ!」


 そう言うと、彼女は王都の上空を高速で飛行し始めた。その姿を完全に見えなくなるまで見送ると、俺の隣にいたメリアが話しかけて来た。


魔力レノ粒子は世界樹から散布されている物質で、魔術を発動する際に使ったり人や物を浮かす効果があるの」


「へぇ……そうなのかぁ」


「息を吸うのと同じように呼吸で体内へ粒子を取り込むことが出来るよ。――でも、魔力レノ粒子は無限ではないから使い過ぎには注意が必須ね」


「俺に魔術を扱える適正があるか分からないけれど。希望はありそうかも……」


 俺たちは案内役の人が来るまでの間、魔法のエネルギー源について教えてもらっていると――、


「お待たせしてしまい、申し訳ない」


 後ろからスーツを着た若い男性に声をかけられる。振り向いたヒロアキ達の方へ深くお辞儀をして、謝罪の言葉を述べた。

 そして彼は顔を上げると、自己紹介を始める。


「あんたが……王様の言っていた案内役ってのかい?」


「ええ、ジル陛下から言付かっております。ヒロアキ――さん。スビルカ王国へ行きたいんですよね。ご案内しますよ」


 一瞬、間を置いて呼び捨てにされたような……気のせいか。いかんいかん。マイナス思考陰キャだった頃の悪い癖が抜け切っておらず、異世界で初見の人と会うと、また騙されているのでは無いかと勘ぐってしまう。


 この人は確か――広間で挙手をして王様へ提案を申し出ていた白衣の研究者らしき人物。そいつはドラグニア王国の玄関口を出て、草原に来てほしいと言うので全員は指示に従って後をついて行く。


「紹介が遅れました。私はバレット・バレド・セブンと申します。武器の製造や販売を生業としている者で、主に魔道具を取り扱っております」


「まどうぐ――って、王都にいた闇商人が俺を脅して売り付けようとしてたモンじゃあねぇか」


 若者の言った言葉にヒロアキは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに平静を装いつつ話をつづける。


 バレットと名乗る若者。

 年齢は二十前後だろうかとても若々しく見えたが、その容姿からは気品と風格を感じることができる人物だった。


「もう一人、女性の方の姿が見当たりませんが……」


「用事が出来たとかで先に次の目的地へ向かって行ってしまったんだ。気にしないでくれ」


 そしてバレットは手に持っていた鞄から地図を取り出してヒロアキたちに見せてくる。そこにはスビルカ王国までのルートや周辺に生息する魔物の種類などが詳しく書いてあった。


「でしたら後を追う形になりますね。馬車を使って移動しようかとも考えておりましたが、王都で魔族の襲撃事件があったばかりなので警戒しておいた方がいいでしょう」


 どうやら王都の技術者を任されるだけあって彼は頭も回る人物のようだ。バレットの言う通り、生息しているのは野生のモンスターだけではない。先ほどの魔族の生き残りが何処かに身を潜めている可能性だってある。


「バレットだっけ。で、移動手段はどうするんだ?」


 ヒロアキが質問すると、バレットは微笑みながら答えた。


「――別の選択肢も用意していて良かった。それを手配するので少々お待ち頂いてもよろしいでしょうか」


ヒロアキたちに確認を取ると、急いでその場に立って詠唱を始めると懐に持っていた葉を取り出して口笛を吹いた。


「葉っぱなんかで笛を鳴らしてどうした?」


「馬車よりも、もっと良い物を用意しました。黙って見ていれば……そのうち分かりますよ」


 すると、上空から翼の生えた大きな生物のようなナニカがこちらへ向かって来るではないか!

 角があり、鋭い鉤爪がある。その姿はまるで、鳥のようにも思えた。だが、明らかにそれとは違う異様な雰囲気を漂わせている。


 次第に生物が鮮明に見える位置までやって来ると正体が何なのかが……その姿が露わになる。


「な、なんだこれは!?」


 すると、その生物はヒロアキ達のいる位置の地面に降り立つ準備を始めると同時に上空で大きな咆哮をあげた。


「――――っ!!!」


 耳が裂けそうになる程の激しい音圧に思わず耳を塞ぐレイナとリーフィア。ようやく現れた両翼の生物を目の前にした一同は唖然としている。それもそのハズだ。


 ヒロアキたちが見たそれは、四つの足に爬虫類を思わせる体、白銀の鱗に鋭い爪と牙を携え、大きな翼を広げて上空を飛んでいる長い尾をもった怪獣。ファンタジーでは最もメジャーな、伝説の最強生物。


 ドラゴンがあらわれた――!



「こちらをご用意いたしました」


「う、嘘だろ。魔王とか飛び越えていきなりラストボス討伐の超大型イベント発生!?」


 地上に降り立った生物は、大きな翼を折りたたんで丸まりながら座っていた。その様子はまるでペットのようだとさえ思える。だが、これも立派な魔物の一種であるのだ。


 そんな光景に唖然としていると、バレットがヒロアキへ近づいてくる。彼は微笑みながら口を開くとこう言った。


「彼女は敵ではありません。大丈夫、我々の味方ですよ。怯える必要はないかと――触ってみます?」


「お、おいおい。予想していた生物とはだいぶ違うのを連れて来たんで驚いたぜ。――ってか今さらっとトンデモねぇ単語を口にしなかったか?」


「失礼ですがドラゴン族にも性はありますよ。生き物なのでね」


 スーツに付いた土埃を払いながらバレットは淡々と少年のツッコミに対して返す。一方、恐怖心や躊躇う様子もなくレイナは飛来してきた生物に興味津々で触りまくっている。


「レイナさん。怖くはないの?」


 はじめて見る超巨大な生物に、小さく震えているリーフィアは彼女に対してそう尋ねるとレイナは笑顔で、


「平気だよ! 昔に一度会ったことがあるの。ものすごい大人しい子だから。リーフィアちゃんも触れてごらん」


 怯えるリーフィアも、また少し驚いたような表情を浮かべると、レイナの答えに納得したのか「うん」と言って微笑むと手で軽くドラゴンに触れる。


 触ってくれと言わんばかりにドラゴンは頭をすり寄せて来た。二人の美少女に心を許してくれたらしい。

 飛竜のイメージっつたら西洋のファンタジー作品に出てくる悪の象徴で『もし わしの みかたになれば せかいの はんぶんをお前に〜』という台詞が印象のラスボス的存在だろう。

 創作物や空想の中では怖くて恐ろしい生き物だと知っているヒロアキは竜のかけ離れた印象に戸惑いの表情で、


「そんなに良いヤツなら俺もちょいと触って――」


 二次元やイラストでしか観たことのない、伝説の生物と交流してみようとヒロアキが一歩近づこうとした時、 豹変したドラゴンがいきなり翼を広げて唸り声をあげた。


 黄金の鋭い眼でこちらを睨見つけるドラゴン。その大きさと迫力に思わず尻餅をついてしまったヒロアキはその場で固まってしまう。


「あの眼と模様。どこかで見覚えがあるような……気のせいだろうか」


 既視感のある瞳の色に何かを感じ取ったヒロアキ。

 レイナとリーフィアはすぐに距離を取って警戒態勢に入る中、バレットが慌てた様子で駆け寄ってくる。どうやら呪文で落ち着かせたみたいだ。


 すると、ドラゴンは小さく唸り声をあげてから姿勢を低くしてヒロアキへ威嚇を始めた。バレットは続けて、


「ア――彼女、普段は知能も高く、穏やかな個体なのですがヒロアキのことが気に入らないみたいですね」


「嫌われちゃったってことかぁ!? なんで俺だけ……」


 悲しそうに呟くと、少し泣きそうな表情でリーフィアに視線を向ける。対応に困惑しながらも少女は、


「仕方ありませんよ。ごしゅじん様。気持ちを切り替えて仲良しに成れるように、少しずつ接してゆけばいいんです」


 落胆するヒロアキにリーフィアは両手をジャンケンのグーの形に握り、肘を張り、こぶしを胸のあたりから二回ほど力強く下ろして「元気を出してください」と励ましの声をかけた。そんな和むやり取りもありつつ、頃合いを見計らってバレットが話題を変える。


「さ、太陽が沈まないうちに移動しましょうか。もう一人のお仲間が待っているのでしょう?」


「そうだな。それじゃ、バレットの言う通りお言葉に甘えて――」


 ヒロアキが切り出したその時だ。異様な、ただならぬ気配を察知した白銀のドラゴンが翼を広げて空へ上昇。

 半獣のリーフィアも危険を察知したのか、すぐに後方へ飛び退いた。そして腰につけていた小型ナイフを手にするとヒロアキたちに逃げるように告げる。


「魔族が周辺をうろついている邪悪なニオイがします。警戒してください」


「王都を襲撃してきたのはザーガってのだけじゃなかったのか!?」


 周囲を警戒しながらヒロアキは身構える。木陰の中から敵と思しき人影が現れたのだ。モンスターではなく男の人だったので胸を撫でおろす。ゆっくりとこちらへ近づいてくると口を開いた。

 どうやら人間の言葉を話せる男性のようだ。


「た、助けてくれ……」


「どうされました? 落ち着いてください」


 現れた男性の話にヒロアキは耳を傾けるが……どうやら彼は怯えている様子だった。

 そして男は震える声で、


「例の、別の場所にある遠い世界からきた少年だよな。直ぐそこの道で、魔王の配下の一人に片腕をヤられてしまった。骨も折れてしまって動かすことが出来ない、回復魔法で治療しては貰えないだろうか」


「それは大変ですね。一刻も早く医者に診てもらわないと。仲間の中で魔術に優れている人がいるんです」


 襲われた時の事情を男性は語る。

 その被害者男性は軽く頷き、感謝の言葉を口にしながらヒロアキの前まで近くのだが「――待って! ヒロアキ」近くにいたレイナが慌ててヒロアキを止めた。


 彼女は何かを察知したのか、魔族に襲われたという男性を睨みつけていた。そして小声で言うのだ。――何かがおかしいと。


「どうして彼が「遠い別の場所からやって来た人間」ということを知っているの? その情報は、ごく限られた人しか知り得ないことのはずなのに――」


 レイナが疑問を投げかける。ヒロアキとはじめて会った当初、自分の身分の説明を求められた際に「俺は別の場所から転生させられてドラグニア界へ来たんだ」というセリフを口にするのを聞いていた。それを初対面の男性は見ただけで言い当てる。

 明らかに怪しい。本人が周りに他言していたりしていなければ、知ることの出来ない情報のはずだ。


「――チッ」


 舌打ちをした男性は不敵な笑みを浮かべて何かを取り出す動作をする。

 そして次の瞬間、

一行に助けを求めてきた男性は隠し懐に持っていた短剣でヒロアキの腹部へ刃を向けて突き刺した!


 刃渡り数十センチ。刺された箇所からは生暖かい鮮血が流れ出る。突然の奇襲にヒロアキは咄嵯の判断が出来ず、刺された腹部を両手で押さえながら片膝をついた。


「ぐぁぅぅぅ――痛い、痛てぇ」


 脱力して全身に力が入らず、目眩に襲われて感覚が少しずつなくなる。突き刺されたヒロアキの腹部からは大量の血液が流れ出て、蛇口から出る水のように地面へと滴り落ちる。地面に生えた雑草を真っ赤に染めた。


 レイナは、血を噴き出したヒロアキの元へ駆け寄り治癒魔法ヒールを施すために治療による詠唱を始めようとするが、


「誰も動くな! 妙な動作マネをしてみろ。今度はその少年の首を真っ二つに切り裂くぞ」


 かろうじて少年は口で息をしている。

 男は短剣の刃先を動けなくなったヒロアキの首へ突きつけると、レイナたちに向かってそう警告した。その行動に二人は動きを止める。


 が、男の注意が三人にしか向けられていないことに気が付いたバレット。起点を利かせて男の背後に忍び寄っていた彼は裏拳で短剣を弾き飛ばす。


「もう一人いることをお忘れなく……」


「何だ、てめぇは! どっから現れやがった」


 短剣を弾き飛ばされた男は振り返ると、そこには怒りに満ちた表情で立ちつくしているバレットの姿があった。


「しがないただの技術屋ですよ。ちょいと武道を心得ておりましてね。――それにしても、スリルを求めて王都周辺でトラブルを起こそうだなんて趣味の悪い遊びですね。それ程までに欲求不満だったのですか? 「魔王軍の幹部」さん」


 足止めをしているその隙にバレットが治癒魔法ヒールで傷の手当てをするようにと、レイナへ指示を仰ぐ。ヒロアキは腹部を押さえながら後ろに下がっていた。そして傷口を布で押さえるが出血は止まる気配が無い。


「ぐ、ああぁ」


「傷自体深い部分までは到達していないみたい。でも、出血が酷い……。必ず助けるからね」


 レイナはヒロアキの傷口を布で押さえながら治癒魔法ヒールをかけ続け、粒子が膜の役割りを果たして傷口を防ぐことに成功した。しかし、油断はできない状況だ。ここは大人しく相手の出方を伺いつつ戦況を見極めるしかない。

 バレットは襲いかかって来た男に問いかける。


「さて、魔王軍の幹部である貴方がどうしてこのような場所に? 小者を追いかけ回すほどの軍隊に成り下がってしまったのでしょうか」


「答えてやる義理はねぇよ。――チッ、お前が何処でオレの正体を知ったかはわからない。バレてしまっては仕方がねぇな!」


 男の筋肉が大きく膨れ上がる。

 ……と、同時にその姿はまるで別人のような身体つきへ変貌を遂げていた。体毛が生え、肌の色が赤黒く変色していき、口からは二本の牙が生えてきたのだ。

特撮ヒーロー物に出てくる怪物のような見た目になってしまった男を見てヒロアキは驚きのあまり目を見開いた。


「な、なんだアレは……」


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 人獣型の巨大な狼男へと変身を終えた男は歯を鳴らしてヒロアキ達を威嚇する。


「『魔王軍直属』狼牙のバルキーって言やァ、この大陸の者なら少しは聞いたことあるだろ?」


 狼男の体長はおおよそ二、三メートル近くはあるだろうか。全長が長い分、横には太くはなくどちらかと言うと筋骨隆々でスリムな体型をしていた。


「こいつが……魔王の幹部……!?」


 バケモノの姿を前にしてヒロアキは息を呑んだ。両足が小さく震えるのを感じる。が、今は怯えている場合ではない。ヒロアキは腹部を押さえながらも立ち上がり、戦闘態勢に入る。


 ――だが……、そんな状態である少年の姿を見てバルキーは鼻で笑った。


「へっ、魔族の一体を倒した冒険者がいるとウワサをきいて来てみりゃ普通のガキじゃねぇか。りゅうの因子を宿した特別な人間らしいが、とてもそうには見えんな」


 りゅうの因子。王城の地下牢で対峙した悪魔がそんな単語を言っていたような気がする。魔術のように、何か大きい特別な力があるのだろう。あのときは、仲間のメリアも知っていたかのような反応をしていた。が、今は気にかけている余裕はない。

 バルキーは、にやりと笑うとヒロアキの方へ目掛けて突っ込んできた。


 咄嗟にバレットが飛び出しヒロアキを突き飛ばすような形で庇うと、獣化したバルキーの鋭い爪の一撃を正面から受ける形になった彼は後方へ飛ばされてしまった。

 地面を転がりながらも何とか体勢を立て直そうと試みる。魔法で生成したシールドを攻撃が当たる箇所に展開させ、防いでおり、バレットは無傷で済んだ。


「――バレット! 大丈夫か」


「今のは危なかったですよ。魔王軍幹部さん。……結構やりますね」


「オレの攻撃の位置を瞬時に予測し、防いでいたのか――しがない技術者が防御魔法を扱えるわけねぇだろ。何か隠しているんじゃねぇのか?」


「それはお互い様でしょう」


 バレットは余裕そうな口ぶりでそう答えると、バルキーは再びこちらへ突進してきた。だが、彼は攻撃を受け止めることをせず、しゃがんで避けることで攻撃をいなすことに成功したのだ。

 しかし攻撃を避けられても尚、バルキーの攻撃の手が止まることはない。

 追撃を躱すためにも素早く後ろへ飛び退き距離を取るが、再び迫ってくるだろう。


「てめぇ。躱しているだけで、なんで反撃してこない」


「……おっと、いまので大事なスーツが泥で汚れてしまった。人の時間は有限なんです。余計な戦闘や争いは避けられるならなるべく避けたい主義なのでね」


「ほう。戦闘の腕だけでなく頭も回るようだな。大した野郎だ」


 魔法使いでもないのに何故か魔法を扱えるスーツ姿の男性にバルキーは感心した。一方のバレットは服に付着した泥を手で払いながらそう呟く。だが、全員の体力の消耗も激しくこのまま長期戦に持ち越すと不利になるのは明白だった。


「このままでは少々分が悪い。ですので、ここは一つ見逃してはもらえませんか」


「目の前の獲物を見逃せ、だと? 答えはノーだ。これからじゃねぇか、血が滾る程の楽しい戦いはよォ……!」


「では仕方がありませんね。実力行使でいかせてもらいますよ」


 バレットはそう言うと、懐から小さなカプセルのような物を取り出し、それをバルキーに向かって投げつけた。すると次の瞬間には激しい光と音を放ち始める。それは機械に魔力を組み合わせて製造される魔道具と呼ばれるアイテム。

 その中の一つで、技術者のバレットが自作した閃光弾だ。バルキーは目を眩まされ一時的に視界を奪われてしまう。その隙にバレットはヒロアキ達全員を攻撃範囲外の安全圏まで避難させることができた。


「今の光は、一体……」


「一時的な目眩しのようなものですよ。足止めをする程度の効果ですが、少しの間ならば時間を稼げます」


 バルキーが視力を取り戻した時には獲物の姿はない。次なる攻撃を繰り出そうと詠唱を始める。


「――使いたくない手段だったが……仕方ねぇ」



 呪文を唱え終えたバルキーは、背後に魔法陣を展開させると中から巨大なゴーレムが出現した!!


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 推定、約四十メートルはあろうその巨体は先ほどの竜よりかは小さいものの人間程度の生物を相手にするには十分だ。

 硬いブロックで構築されているその体はとても頑丈に作られている。アニメーションや探索型サンドボックスゲームに出てくるイメージそのものだった。


 現実世界の作品に登場するゴーレムと同じ性能ならばその剛腕から繰り出される怪力は一撃で人間程度なら簡単に押しつぶせてしまうだろう。

 辺りに生えている木々をなぎ倒しながらゴーレムは標的へ向かって動き出した。合図と同時にゴーレムは腕を振り上げて魔法で創り出した岩を持ち上げ、そのまま地面に叩きつけたのだ。

 激しい地響きが鳴り響くと振動で地面が大きく揺れ動く。投石によって木々はなぎ倒されてしまい、その威力を物語っていた。


 ――ひとたまりもない。もし、あんな質量をヒトが喰らったら即終わりだ


 ヒロアキはその光景を目にして思わず恐怖心を声という形に、口にしてしまった。しかし、そんな状況でもバレットは余裕の表情を浮かべている。


「おい、バレット。何か策はないか!あのデカさじゃ近接戦は決定打にはならないしどうすれば……」


「落ち着いてください。ミアケさん」


「余裕かましてぶっこいてる場合かよ!? 早くしないとゴーレムに皆踏みつぶされてしまうかもしれないんだぞ。こんな時、魔法使いの……メリアが居てくれたら大火力の遠距離攻撃でぶっ飛ばしてくれたはず……」


 焦っていた。いつあの巨体と岩石投げで潰されてもおかしくない状況下なのだから無理もない。バルキーはゴーレムに指示を出した。それはヒロアキ達を踏みつぶせという命令だった。


 命を受けたゴーレムが再度こちらに向かって迫ってくるではないか。だが、焦る少年とは対照的にバレットは終始落ち着き払った態度を見せていたのだ。大変な時だというのにも関わらずだ。絶望を通り越して呆れるしかない。


「居るじゃないですか。大技が扱えてロングレンジ戦に長けている者が上空に……」


「え――」


 バレットの言葉を聞いて空を見上げる。遥か空の上、視線の先には白銀のドラゴンがいた。どうやら上空から状況を見守って待機させていたらしい。

 このタイミングで現れたということは……バレットはこうなることを見越していたか、予想していたのだ。


「敵らしき人物が接触してきた時点で、空へ上昇するように指示していたのです。ですが余りにも大きい巨体なので目立ってしまわぬよう、透明になる魔法『ゼロインビジブル』を用いていました」


「さっきから気になったんだけど、あの白銀のドラゴンはお前の使い魔的な何かなのか?」


「――いいえ。私と契約を結んだりしたりしているわけではありませんよ。お互いの利害関係で一時的に協力して頂いているだけです」


 バレットは軽く笑みを浮かべてヒロアキの質問に答える。ドラゴンという切り札がある。彼はそう確信していたからこそ今まで余裕の態度を見せていたのだ。

 どこからともなく現れた突然の乱入者に反応が遅れるバルキーだったが、直ぐに状況を分析して冷静に対処する。標的をヒロアキから飛行しているドラゴンへと変更するように命令を出した。


 撃ち落とせと命令を受けたゴーレムは、ドラゴンへと腕を振り下ろす。


「まさか竜族まで飼い慣らす猛者が人間どもの中に存在したとはおどろいた……。始末しておかねば、いずれは…」


 だがしかし、白銀のドラゴンはその攻撃をヒラリと躱してみせたのだ。翼を広げて高速で空中を舞いながらゴーレムに対して炎を吐く。ブレスでの攻撃はゴーレムの胸部分に直撃し大きな爆発を起こした。

 ゴーレムの攻撃を回避したドラゴンは再び上空へ離脱していく。その動きはまるで映画のワンシーンように見えた。


「伝説のドラゴン……。ごしゅじん様。私は初めて見ましたよ」


「ああ、俺もだ。まさか異世界でドラゴンの戦闘が間近で見られるなんて思いもしなかったよ」


 目の前に広がる光景を目の当たりにして開いた口がふさがらない。その姿はまさにRPGや創作物で描かれるドラゴン像そのものと、ほとんど一緒だったからだ。


 岩石を魔法で召喚させるとゴーレムは上空へ逃げていったドラゴンに向かって放り投げる。しかし、真の狙いはヒロアキ達だった。

 物凄いスピードで岩が飛んでくる。咄嵯に回避行動を取ろうとするも人間の足では間に合わない。踏み潰されてしまう。絶体絶命かと思われたそのとき、


 巨大な影がヒロアキ達を覆い被さり、庇うような形でドラゴンが正面へ飛び出してきたのだ。体内の魔力。

レノ粒子を一点に凝縮させ、口を開くと放射状のビームをゴーレムに向かって放った!


 大気が震え、鼓膜を破るかと思うほどの轟音と光と共に極光きょっこうが迸る。すさまじい速度と熱量で放たれた光線は岩を溶解させ、ゴーレムごと吹き飛ばすと同時に大爆発を起こした。


 まさに圧巻である。その光景を目にしたヒロアキ、レイナ達は言葉を失った。一体で戦況をひっくり返してしまうほどの圧倒的な破壊力を前にバルキーも驚いた様子を見せている。

 時間差で遅れてやってきた衝撃波が暴風となって襲いかかる。残りの辺り一面の木々をなぎ倒すと、再び地鳴りのような轟音が響きわたった。


「ドラゴン。なんて威力なの……」


「圧が強すぎる。ぐぬわぁぁぁぁぁ! みんな、気をつけろ。何処かに押さまえてないと吹き飛ばされちまうぞ」


 そう叫びながらもヒロアキは吹き飛ばされないようにしっかりと地面に足を踏ん張って耐えていた。離れていてもコレなのだから爆発の中心はどうなっているのだろう。

 やがて風が止み、土煙も晴れてくる。直撃した地面は大きな亀裂が入り、まるで隕石が衝突したかのようなクレーターを作り出した。


「――――ッ!」


 翼を羽ばたかせ、白銀のドラゴンは空中で雄叫びを上げたあと、ゆっくりとヒロアキ達の避難している地点へ降りてくる。目を凝らして見てみてもバルキーの姿がない。あの攻撃によってゴーレムは粉々に吹き飛び、跡形もなく消え去ってしまった。


「これで襲ってきた連中はいなくなったね。メリアが首をながーくして待ってる。先を急ごう、ヒロアキ」


「しかし、あのドラゴン。えげつねぇな。敵対関係でなくて本当に良かったぜ……」


 仲間は全員傷一つなく無事なようだ。

 彼女たちの姿を見て安心したのか、そっと胸を撫で下ろしたヒロアキも少し表情を緩めている。しかし、まだバルキーが生きているかもしれないという可能性を考慮してバレットは警戒を怠らなかった。


「気配は感じられない。――敵は消え去ったようですね」


 これでひと安心だ。バルキーが生きているのなら、いつまた襲撃されるかわからないからだ。まだ危険な状況にあることには変わりはない。この場を抜けるまでは気を抜くことはできないだろう。


「借りができた……バレット。あんたがいてくれて助かったよ。ありがとう」


「いえいえ、貸し借りは無しにしましょう。ミアケさん「君たち全員を生きて送り届ける」私は、当然のことをしたまでです」


 改めてヒロアキは感謝の言葉を伝える。

 それもそうだろう、バルキーを倒せたのもドラゴンを呼び出した彼のおかげであるのだから。

 だが、バレットの表情はなぜか険しかった。どうやらまだ嫌な予感がしているようだ。

 彼らの会話を遮るようにレイナが話しかけて、


「急がないと日が暮れちゃうよー。早く目的地に進もう」


 確かにここでのんびりしている時間はない。魔王復活のタイムリミットは刻一刻と迫っているのだから。そしてバレットは地面に待機しているドラゴンへ跨り、ヒロアキたちに手を差し伸べる。青年はにっこりと微笑んでこう言った。


「ヘルクダール王国の近くまでご案内いたします。――さぁ、ドラゴンの背に乗ってください」


 俺たち全員は恐る恐るその手を取ると、ドラゴンによじ登りながら彼の後ろに座る。バレットは手綱を握りながら「振り落とされないよう、しっかり掴まっていてください」と言う。……すると、ドラゴンがゆっくりと立ち上がり翼を広げて大きく広げる。

 全員がドラゴンに跨ると、バレットが合図を送り、翼を羽ばたかせた。


 ――ブワァァー。

 その巨体は空高く舞い上がり、仲間の待つ目的地に向かって飛行を始めた。

 山と雲を突き抜け、翼が風を切る音が耳に入ってくる。ものすごいスピードだ。その速さは新幹線よりも速いだろう。



 ――そしてヒロアキは、この先に待ち受けるであろう厳しい新たな試練に向けて気を引き締め直すのであった。

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