第一章16 『竜王覚醒』



「な、なんだその姿は――キサマ、いったいなにをした……!?」


 ザーガは動揺した様子で、大きく変貌を遂げたヒロアキの姿を見て驚きを隠せない。


 白髪で髪は逆立ち、ヒロアキの全身から湯気のような虹色のオーラを纏って放出していた。その姿を見たザーガは思わず後退る。


 相手の動揺ぶりを見たヒロアキは自分の両手を見ながらすべての感覚が鋭くなったような気分になる。先程まで感じていた無力感など消え去り、今は不思議と気分が高揚しているのを感じる。まるで自分が自分でないような感覚だ。

 そして彼はゆっくりと口を開いて、


「お前は罪を犯した。尊い人の命を奪った罪をその身で償え……!」


「下等種族め。魔法の源である魔力レノ粒子を扱えるようになった程度でいい気になるな。髪色が変わった程度でなんだというのだ」


「……では、試してみるか?」


 ザーガへ向かってヒロアキは攻撃を仕掛けた。

 目で捉えられぬほどの超スピードで一気に間合いを詰めると、悪魔に拳を叩き込んだ。

 凄まじい威力の一撃が炸裂し、ザーガは吹き飛ばされて岩壁に激突する。


「ば、バカな……魔力レノの色は青い色で、七色に変わったりなどせぬ。――こいつも神に選ばれし『りゅう因子いんし』を持つ者だとでもいうのか!?」


 ヒロアキの攻撃によって壁は大きく崩れ去り、瓦礫の山と化した。

 それでもなお彼は追撃の手を緩めない。


 再びザーガの元へと駆け出すと、今度は回し蹴りを繰り出したのだ。その攻撃は見事に命中してザーガの身体は何回も地面へバウンドを繰り返しながら吹き飛び、叩きつけられる。


「――――ッ」


 声は低く重々しく、それでいてどこかヒロアキの優しさを感じさせるものだった。

 ザーガは、変貌した少年の姿を見て恐怖心を抱きつつも、それを悟られないように平静を装っているように見える。しかし内心は焦っているのか額から汗が流れ落ち、表情も笑っていた先ほどとは違って険しい感じだ。


「ねぇ、ヒロアキは魔法使いでもなければ普通の人間でしょう? 一体どうなっちゃったの」


「……恐らく、彼の中で長い間眠っていた特殊な力がドラグニアへ来てから、強制的に呼び起こされてしまったようね。もっとも、彼自身が未熟で扱い慣れておらず暴走しているわ」


 想定外の事態にレイナ、メリアは表情を凍らせたままその場で固まっている。

 冷静な判断を下して、現在のヒロアキの状態を分析しながら冷静に状況を見ていた。


 メリアは疑問に思っていたことを心の中で、


「――私と同じ伝説の『りゅう因子いんし』を一般人である貴方が……ありえない!」


 ……と彼女は険しい表情を浮かべて、心の中で吐きながら二人の戦闘を観戦していた。


 魔族のザーガは苦虫を噛み潰したような顔をしながら立ち上がり、ヒロアキの攻撃に備えるように構える。

 そして次の瞬間、彼は魔力を放出させ次の魔法を放つ準備をする。しかし――それは無駄な抵抗だった。


 何故なら、既にヒロアキは攻撃態勢に入っていたからだ! ザーガが魔法を発動させる前に、彼の腹部に拳を叩き込むと、ひれ伏して倒れている状態の敵へそのまま掌を翳して地面に叩き落とすようにして、


「この程度か。勝負あったな」


「調子に……乗るなよ。下等な人間風情が……!」


 トドメの一撃とばかりに、暴走モードのヒロアキは、魔族の息の根を完全に止めようと追撃を加える。

 映像を撮影する際に起こるレンズフレアが発生したかのような十字型の眩い閃光をヒロアキは掌から放出しようとする直前だ。


 それは、魔力レノ粒子を高濃度に圧縮して物体として高速で放たれるビーム砲のようなものと推測できる。

 あんな質量を地上で放ったりすれば、王都はおろかこの場にいる人間のすべてが吹き飛んでしまうほどの破壊力だろう。


「………」


 気が変わったのか、ヒロアキは発射する直前で攻撃の手を止めた。


「ケケケ……キサマらはいつか必ず魔族の真の恐ろしさを体験することになる……だろう」


 捨て台詞を吐いて、息絶えたザーガはその場から消滅するように消え去ったのである。数秒後には翼の生えた悪魔は存在せず崩れた障壁と残骸の朽ちる音が戦闘の終わりを告げる。

 地面に落ちている、見るも無惨になったリーフィアだった尻尾モノにそっとメリアが手ですくい上げると、


「これは、ザーガが魔法で造った偽物よ。彼女リーフィアは生きているわ」


「そう――か。よかった」


 魔族を倒せた事とリーフィアが無事であったことに安堵したのかヒロアキは地面に腰をついて座り込んでしまう。


 ゆっくりと深呼吸をするように息を吸って吐くを繰り返しながらも、上手く息をすることができない。

 視界が大きく歪む。萎んだ風船のように倒れ込んだ。


「――え、ヒロアキ!? だいじょうぶ!?」


 焦りの表情を浮べてレイナが慌てて駆け寄る。

 彼女が何度も身体を揺すってきたり、ヒロアキの名を呼びかける声が微かに聞こえた。


 変身が解けて、身体や髪の色も元のヒロアキの姿に戻ってゆく。

 ――今度はだれも失うことなく、守り通すことが……出来て本当に良かった。



 眠るように、ヒロアキの意識は暗黒の彼方へと引きずり込まれるのだった――。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 気負うしなってから、どれぐらいの時間が経っただろう。


 ヒロアキは目を覚ますと、そこは何処かの部屋の中だった。

 どうやらベッドで寝かされているらしい。上半身を起き上がらせて辺りを見渡すと、


「――そうか、俺達はあの場から生きて帰ってこれたんだ」


 天井に吊るされている高価なシャンデリアが、程よい明るさで部屋の中を照らしている。窓からは陽の光が差し込んでいた。


 目を覚ました直後は寝ぼけていたこともあってか、見慣れない部屋で自分が何故ここにいるのか把握できず混乱していたが、派手な装飾や値段の高そうな置物、絵画が展示されてあるのを見て、すぐにどこなのかを思い出した。


「ドラグニア王城にある来客の部屋に運ばれてきたってことか。――でもいったい誰が……」


 ベッドのそばでは椅子に腰を掛けて眠っているレイナの姿があり、彼女は、すやすやと寝息を立てている。

 その寝顔はとても可愛らしく思わず見惚れてしまいそうになる程だ。


 そして、ふと反対側の方を向くとルームウェア姿のメリアが立っていることに気がついた。


「なぁに、ドラゴンが豆鉄砲食らった顔して」


「珍しい格好してんなーって思ったからさ。……っていうか何? その変なことわざ。もしかしてそっちの世界でいう「鳩が豆鉄砲を食らったよう」な顔ってのと同じ意味でいいんだよな?」


 異世界と日本文化の違いに、ヒロアキは苦笑いしながらメリアの服装について突っ込む。

 それもそのはずだ、今の彼女は大きなスリットの入ったロングスカートを履いており、その上に肌が透けて見えるほどの薄い黒色のシースルーシャツを着ているという出で立ちをしているからだ。


 就寝用の部屋着のだろう。足にはブーツを履き、上の部分は胸元が見えそうで見えないぐらいのギリギリを保ちつつ隠しており、露出度がちょっとだけ高い格好をしていることから彼女のスタイルの良さが際立っている。


 肩に掛かるぐらいの長さの黒髪が、色気を醸し出していた。

 とにかく、ムスッとした冷たい普段の雰囲気のメリアとは違う印象だったので驚いてしまった。

 白い肌が露わになっていて、ちょっとだけ見える鎖骨がとても艶めかしい。


「何、ジロジロ見てるのよ。気持ち悪いわ。ヘンタイ」


「いや別に見てねーよ! つーか、かなり透けてるのが悪いんじゃねーのか。目のやり場に困んだよ」


 図星を突かれたのでヒロアキは必死に否定しようとしたものの、恥ずかしくなってしまい耳まで真っ赤に染まっている。

 そんなヒロアキの反応を見てか、メリアは小さくバカにしたように笑うと、


「……男ってホント何も解ってないのね。寝てる間も人間の汗は出るわ。大量に汗をかいた状態を放置すると肌荒れの原因になったりするから常に新しい服に交換出来るよう、着脱しやすい薄いのを着ているだけ。それに最近は魔族どもが発する悪の気『厄災』の影響で寒暖差が激しいから就寝している時だけ、こういう格好をしているのよ。どこでも好き好んで着ているワケではないわ。私が、露出魔みたいな誤解される言い方しないで。そういう趣味は一切ないわ」


「長い……長いよ。俺が悪かった。謝るから許してくれ」


 メリアが言ってることは尤もだが、確かにそうかもしれないけど――男にとって刺激的な恰好であることに違いはない。


 どこかにある少女の怒りのスイッチを作動させてしまった為、長々と説教を聞かされる羽目になり、ヒロアキは恥ずかしそうにして頭を掻きながら謝罪するとメリアはようやく機嫌が治ったのか許してくれた。

 立て掛けてあった上着をメリアは手に取ると、それを羽織り軽く身なりを整えてから、


「……感謝なさい。気を失って、ほぼ丸一日倒れていた貴方を介抱してくれたのはレイナよ。ずっと心配していたわ」


 丸一日も倒れていた眠っていたのかとヒロアキは驚きの声を上げる。学校での長距離マラソン大会ですら走り終わっても、体力が有り余っていたぐらい耐久力には自信があったからだ。

 数分後、目が覚めたレイナは寝ぼけ眼で目をこすりつつ椅子から立ち上がると軽く伸びをするとヒロアキが目を覚ましたことに気が付き、


「おはよう! ヒロアキ。傷の具合はもう大丈夫そう?」


「ああ、おかげさまでな」


 すぐ近くで心配そうに顔を覗き込んでくるレイナ。上半身をヒロアキは起き上がらせて、返事をすると彼女の方を見て言った。


「……その……ホントありがとう」


 照れくさそうにして、ヒロアキは介抱してくれたレイナへ感謝の言葉を述べる。優しく微笑みながらレイナは……「礼はいらないよ。私たち、もう仲間でしょう?」と片目をウインクさせながら返事を返してくれた。

 その言葉にヒロアキは心の奥が熱くなるような不思議な感覚を覚える。


 立場上、仕事の関係だ。とか冒険者クエストの依頼人とか、そういったものではなく、この異世界にやってきて本当の意味で仲間と呼んでもらえた気がしたから。


 改めて身体を確かめてみると、あれだけの戦闘をしたにも関わらず目立った外傷はなく傷一つない事に気が付くと安堵すると同時に驚愕する。


「……あの戦闘の時、俺はどうなっていたんだ?」


「まさか、一部始終を覚えてないの」


 その反応を見て、ヒロアキは自分が戦闘中に何をしたのか一切、覚えていないことを自覚する。


 ――確か俺は……みんなで協力しながら魔族と戦っていたはずだ。そして、リーフィアが殺されて、それで?……あ、アレ……。


 途中までの記憶が曖昧で思い出せない。だが、何か大切なことを忘れてしまったような喪失感があった。

 ヒロアキはメリアに視線を向けながら尋ねると彼女は顔色を変えずに答える。


「まず、リーフィアは無事よ。隣の部屋で休んでいるわ。本物の王様も一緒に逃げてきたみたいね」


「そうか……本当に無事でよかった」


 安堵の溜息を漏らすヒロアキ。

 リーフィアの命に別状はなく、無事であることも聞き一安心し胸を撫で下ろすと、今度はレイナがヒロアキに質問する。

 それは、ヒロアキがザーガとの戦いの最中、彼が使ったあの魔法についてだ。


「あれは、何なのか説明してちょうだい。固有スキルや魔法といった類のものではないみたいだけれど――」


「……ごめん。俺にもよくわからない」


「わからない? とはどういうこと。返答になってないわ。貴方の意思で発動した力ではないの?」


「あぁ……あの時、俺は自分の意思とは関係なく勝手に身体が動いたんだよ。気が付いたら意識がぶっ飛んでいて――それ以降に起きたことは俺自身何も覚えていないんだ」


 何者かに意識や身体を乗っ取られたかのような一種の催眠状態に掛かった感じに似ていた。

 メリアが抱いた疑問に対して、ヒロアキは自分の状態について説明するがこれ以上証明しようがないので、どうしようもなく「そう……」とだけメリアが呟くように答える。


 大きな力が暴走した状態に陥っていたこと。ザーガと名乗る魔族はヒロアキが倒したこと、脱力して気を失った彼を王城まで運び込んだことなど、経緯をヒロアキは聞かされた。


「あの力は危険かもしれない。使っては駄目よ」


「……俺は気を失う直後、妙な声が頭の中に溢れて流れ込んできたんだ」


「声――? あの場には私たちと敵以外はいなかったよ」


 ヒロアキは真剣な眼差しでメリアとレイナを見つめながら、自身が体験したその不思議な体験について話し始め、


「声は直接俺の脳内へ語りかけて、そいつのシルエットというかイメージが流れた『絶対的な力が欲しいか? 我の封印を解き放ちし、異邦人モノよ。お前は何を望む。その願い叶えてやろう――今こそ目覚めの時だ』ってな」


「………」


「俺は強く成りたいって心の底から願ったんだ。そしたら、『授けよう、祝福を。駆け上がれ究極の頂へ――』って声が続いて、頭の中で響くと同時に意識が遠のいて……気が付いたらザーガをぶっ飛ばしていた」


 笑いながらヒロアキは言うが、レイナとメリアは信じられないといった表情で黙ったままだ。そして、少し間を置いてからレイナが口を開いて、


「……貴方へ語りかけてきたっていう、その声の主は誰。名乗ったりはしてた?」


「創造の神バスターロード・ドラゴン。そして――技の名は『竜王破塹昇リフレクトジェネシス』っていうらしい」


 ヒロアキは、メリアとレイナの二人を見つめつつ、ガと名乗る創造神から授かったという新たなる力の名を告げる。それはLvアップで覚えるスキルや魔法では、習得することが極めて難しい別次元のパワーらしい。


「創造の竜神。ドラグニア世界を造った張本人よ。……単なる言い伝えとは人々に知られているけれど、もう何千年も昔の話だわ。まさか、実在していたなんて……」


「竜神は、伝説上の生き物なんじゃなかったの?」


 二人の反応はと言うと――目を丸くして驚いていた。それもそのはず、ドラゴン族の頂点に君臨する伝説上の生き物とされている竜神が実在していた事実が判明したのだから無理もないだろう。

 もし本当にドラゴンの姿をした神様がいるのなら会ってみたいし、その力を何故ヒロアキに授けようと思ったのか理由をきいてみたかった。


 そして、レイナが今後のことについての話し合いをすると切り出した。

 ヒロアキは疲れが取れていないのか、まだ体がだるいらしく横になっている状態のままである。

 しかし、寝ているワケにもいかないので上半身を起こして話を聞く姿勢を取りつつ耳を傾けた。


「首謀者は撃退したし……でも、これで王様に関する事件は片付いたってことでいいんだよな」


「ええ、その認識で間違いないわ」


 ヒロアキの疑問に対して答えると、続けてメリアも同意して頷く。これで一件落着ということだろう。しかし、今回の事件には大きな謎が残されていることに少年は気が付いたようだ。


 魔王復活が少しずつ迫ってきている事に関してだ。しかもニセの王様に化けて裏で政治を操っていたのが魔族の仕業という証拠が出てきている以上、犯人はヤツらで間違いないだろう。


「しかし――魔族が地上に攻めてきていることがわかった以上、厄災による地上の汚染や魔王復活の阻止も無視することは難しくなったってことか」


「そうね。最悪な場合、魔族を全滅させないと魔王は復活してしまうわ……」


 メリアが答えると、ヒロアキは小さく溜息を漏らす。

 そんな難しい話題から切り替えるように隣に座っていたレイナが言葉をかける。


「ところでヒロアキは――これからどうするつもりなの?」


 突然の質問に呆気に取られるヒロアキだったがすぐに返事を返す。


「もちろん。レイナ達と一緒に行動させてもらうことにするよ! その先をどうするかは、本物の王様の話を聞いてから決めることになるかなぁ……」


 ……と話し合いをしていた最中、部屋のドアがノックされる音がした。

その向こう側から声が聞こえてくるとレイナが丁寧な言葉遣いで対応した。

どうやら声の主は王様に仕えている従者の方だった。


「――全員をジル国王様がお呼びです。謁見の広間へご案内いたします」


「わかりました。身支度を済ませてから、すぐに向かいます」



 レイナは返事をすると、ヒロアキの方へ向き直り

「行きましょうか」と言って立ち上がる。

 そして、メリアもそれに続いて立ち上がったので、ヒロアキもベッドから降りて身支度を整えた。

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