第一章15  『命を賭けた戦い』



 仲間が心配するのも無理もない。


 いくら、メリア・リヴィエールが優秀な魔法使いだとしても相手は魔族だ。しかも一国を治める王様を追い詰める程の実力の持ち主となれば差は歴然だろう。


「ケケケ、逃げずに向かってきたことは褒めてやろう。少を生かす為に自らが囮となって犠牲になるか。小娘」


御生憎様おあいにくさま。黙って倒されるつもりはないわ」


「ほう、ならば――絶望を味わうといい」


 そう告げた瞬間、悪魔が杖を振りかざすと周囲に幾つもの魔法陣が出現したのである。陣の中からアンデッドモンスターの一体、デスナイトを召喚した。


「――――!」


 その瞳からは生気が感じられず、まさに操り人形のような動きをしていることから魔力によってコントロールされていることが分かる。それを見たメリアは小さく舌打ちをして、


「アンデッドを生成する為の死体はどこで手にいれた……」


「ケケケ、民家にいる人間を襲ってソレを媒介にしたのさ!兵士だと抵抗されて、無駄に時間がかかるのでなァ」


「何の罪もない人を――。やはり、お前たち魔族を野放しにはできない」


 怒りのあまりメリアは歯を食い縛り、杖を握る手に力を込める。その体からは、ヒロアキの目に見える程の魔力が渦を巻いているのが分かったのだ。

 それは明らかに普通ではない量の魔力の放出量であり、彼女が本気になっていることが分かる。


「悲しむことはないぞ。――人間、キサマもその仲間に加えてやろう」


 すると、悪魔のザーガは杖を振るうと攻撃を開始する為に詠唱を始めたのである。黒い炎の球が生成され、それが徐々に膨張していく。


「メリア。……危ねェ!」


 悪魔の放った黒い炎は勢いよくこちらに向かってくる。しかしメリアは動じることなく詠唱を続けると杖を翳して、


「――氷柱弾ビューラっ!!」


 魔力の冷気で作り出した氷の礫を発射して炎を相殺してみせた。

 炎と氷がぶつかり合い、爆散すると共に煙を上げて消滅する。その衝撃で煙が舞う中、二人は互いを見据えながら静かに間合いを詰めていく。


 同時にメリアは一気に間合いを詰めると杖を奴の腹部に叩きつけた。 しかし――その攻撃は読まれており、悪魔は杖で受け止めるとニヤリと笑みを浮かべて反撃に転じる。


「下等な人間風情が! 甘いわ。死ねぇい」


 鋭い悪魔の鉤爪がメリアの首を狙って振り下ろされるが、彼女はそれを咄嗟に杖で受け止めて後方へと飛び退いたのだ。

 なんとかメリアは距離を取る事に成功したものの、悪魔は余裕の笑みを浮かべている。

まるで最初からこうなることを予測していたかのように――、


「な……に……!?」


 発生した爆煙のせいで、背後からやってくるデスナイトの攻撃に気が付くのが一瞬だけ遅れてしまった。反応が遅れて、回避行動を取ることが出来ない。

 デスナイトは大きな剣を持ち上げると、メリアに向かって勢い良く振り下ろしてきたのである。


 もし直撃すれば致命傷は免れないだろう。ダメかと思われたその時――、


「そうはさせない」


 落雷のようなデスナイトの一撃は当たれば地面を大きく砕いて巨大なクレーターを生み出してしまう程の威力を秘めている。本来であれば少女は、モロに反撃を食らって絶命していただろう。


 ――だが幸いにも剣がメリアに届く事は無かった。間一髪のところでレイナが割って入って彼女の盾になったからだ。

 騎士剣でデスナイトの一撃を受け止めると、そのまま押し返して弾き返す。


「大丈夫、ケガはない!? ――ずっと前からメリアとは世界を旅をして、二人で苦楽を共にしてきたんだ! こんな場所で失うわけにはいかないからね」


「ありがとう。おかげで助かったわ」


 再び、レイナは剣を構えると、デスナイトへ向かって飛び掛かったのである。その動きはまるで動物のように俊敏で、一瞬で間合いを詰めると鋭い一撃を叩き込む。


「真剣奥義。――舞神覇凰剣ぶじんはおうけん……っ!!」


 超高速の連続斬り。


 高速で移動しつつ、相手を四方八方から斬りつける。それを百発×十の斬撃を繰り出したあと、最後にレイナは右斜めから切り裂く一撃を放った!


 凄まじい剣裁きを前に、デスナイトは反撃する間もなく次々と攻撃を食らい……やがて崩れるようにその場に倒れてしまう。

 悪魔の手駒であるデスナイトは力尽きて灰となって消滅した。少女のその剣筋には一切の無駄がない――まさに芸術的とも呼べる剣術であった。



「上級アンデットを倒しただと!? ありえん。下等な種族のどこに、こんなパワーが……」


 手下のデスナイトが倒されて、消滅した事を目の当たりにして悪魔は驚愕の声を上げる。そして明らかに動揺している様子だった。


「レイナを甘く見ていたのはそっちだったようね。彼女は弛まぬ鍛錬と努力で『七聖騎士しちせいけん』に属していた女剣士……。大型の魔物程度に撃ち負けるほど弱くないわ」


「世界最強の剣豪集団か。ケケケ、魔王様が警戒する対象ターゲットに入れておけと言っていたが、まさかアイツが……」


 少しの間、ヒロアキは彼女達と行動を共にしていた。

 今までのレイナの動きを見ていて、普通の女の子ではないと薄々思ってはいた。

 RPGゲームで例えるならばLv八十はあるだろう。見た目はちょっと華奢で、ごく普通の少女だが……その実力はかなりのものだということを物語っている。


「次元が違い過ぎる。まるでゲームみたいだ。す……すげぇな。異世界ってやつは……」


 そう呟き、ヒロアキはただただ彼女の戦いぶりを見守る事しかできなかった。無力な自分に苛立ちさえ感じ始める。「どうして俺だけが魔法も扱えず普通の人間なのだろう」


 他人に甘えてばかりの自分に恥ずかしい感情も湧いてきた。「仲間の足手まといには、もうなりたくない。俺なりに、俺が異世界で出来ることはないのか!」と足りない頭を最大限使ってヒロアキは必死に考える――。


「図に乗るなよ。下等な人間ごときが魔族に勝てるものかァ!!」


 そう叫ぶとザーガは魔力を溜め始める。次第に体から黒い魔力のオーラが発せられて、禍々しい闇の力が充満し始めたのだ。それを見たレイナは再び剣を構え直し、身構える。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 次の瞬間――、


 轟音と共に激しい爆発が起こり、地面が大きく陥没して巨大なクレーターが出来上がると同時に砂埃が舞い上がったのである。


「ヒロアキ。君は少し遠くへ下がっていたほうがいいと思う。巻き込まれてしまうかもしれないから――」


「……残念ながら、そうするしかなさそうだ」


 ヒロアキは悔しそうな表情を浮かべると、後方へと下がり始めた。レイナの言う通り、ここは何もしないほうが良さそう。超人ではない普通の人間がかすりでもすれば病院送りどころでは済みそうにない。


 悪魔のザーガが魔法による攻撃を仕掛けてきた。

 魔力を帯びた鋭い鉤爪を用いての連続した突きを繰り出す。その攻撃は強力で、まともに食らえばひとたまりもないだろう。

 だが、レイナに焦りの様子は無い。それどころか余裕の笑みを見せている程だ。


 瞬きをヒロアキがした一瞬の間にメリアの姿が消えたのである。

何が起きたのか分からず、思わず辺りを見回すと――彼女は既にザーガの懐まで接近していた。

 必殺の右ストレートが悪魔に炸裂する。魔力を込めた拳の一撃はザーガの頬へ、


「――あが!」


 メリアの拳が深々と突き刺さると、そのまま振り抜かれた。吹き飛ばされたザーガは大きく後方へと弾き飛ばされると、口から血を吐き出す。

 眼前に立っている少女の変化にザーガは気づく。


「キサマ、『冥王眼めいおうがん』の使い手……」


「魔界でもご存知だったなんて、光栄だわ」


「あの目は、……冥王眼めいおうがん。術者のスピード、パワー。身体能力を極限まで向上させ、すべての魔法属性を操れるという特異体質。瞳から発する力は世界をひっくり返すほどだ。それを何故キサマが――」


「……「私達」の同胞ならまだしも、薄汚い魔族に答えてやる義理はないわね」


「あの、瞳術。冥王眼めいおうがんは『竜の因子』を宿していて厄介だ。今のうちに存在ごと消しておかねばならぬ。魔王様の害になる前に」


「……そんなもの、興味ないわ」


 メリアはそう告げると、杖を構えて魔力を溜め始めた。

少女の両眼の色が普段のブルーな瞳の色から、

黄金色に煌やいている。


 山賊に襲われた際にヒロアキも一度目にしていたそれは特に強力な力を秘めている事もあってか、そのパワーは絶大だ。彼女の奥義と呼んでもいいほど。


冥王眼めいおうがん。クエストで山賊どもを退治した時に、一度見たことがある。レイナは眼のこと知ってた?」


「ええ、メリアとは長い付き合いだからね。魔法学校時代彼女とは模擬戦をしたことがあって、勝てなかったっけ……」


 鉄扉をぶった斬り、デスナイトを細切れに出来るレイナと、荒野を更地に変えてしまうほどの大魔法を余裕で扱えるほどの魔法使いメリア。超人同士のバトルはどんなものだったのだろう。

 流した冷めた眼で敵を見る、魔法使いのメリアをザーガは睨みつけ、


「――下等な人間め。魔族を侮辱するとは、尚更生かしては帰さんぞ!」


 ザーガは怒りに任せて魔力を解放させると、全身から黒いオーラが立ち上り禍々しい闇の魔力が充満して周囲に拡散していく。

 そして巨大な魔法陣が展開されると、無数の暗黒の矢が出現して一斉に撃ち放たれたのである。その数は計り知れず……まさに無限と呼ぶに相応しい程の数であった。


「なんだ。異常なほどの矢の数は! あんなものをまともに受けたりでもしたら……!?」


 メリアとレイナの二人はそれぞれ防御魔法を展開し、迫る暗黒の矢を防いでいく。

 しかし、それでも全てを防ぐ事は出来ずに何本かの矢が直撃してしまうのだった。


「大丈夫か!?二人とも」


「……この程度の魔法なら問題ないわ」


「えへ。庇いながら戦うのはちょっとしんどいかもね」


 刺さった魔法の矢は効力を失ったのか、消滅してゆく。


 幸いにも致命傷には至らなかったものの、かなりの威力だったのか少し出血している箇所があり、痛そうだ。

 やはりヒロアキの存在が彼女たちにとって重荷になってしまっているらしい。


 これまでからの戦闘でもわかるように、二人の実力ならば簡単にとはいかないものの、敵を退けることに時間を掛けることはなかったはずだ。

 二人に届かないほど小声でヒロアキは呟き、


「やっぱり……俺が、お荷物だったから……」


 そうだ。自分が王の広間で余計な真似をしたせいで二人の足を引っ張ってしまったから、そうなったのだとヒロアキは悟ったのである。


そんなことを思っていた時、突然……ザーガが笑い始めたのである。

 その不気味な笑い声に思わずヒロアキは後ずさる。


「――ケケケ。そこの男。キサマは先程から安全圏から観ているだけで何もしていないではないか。キサマは、戦士の風上にも置けぬな。とんだ腰抜け野郎だ」


「お……俺は……」


 言い返してやろうとヒロアキは口を開くも、うまく言葉が出てこない。そんな彼に対してザーガは更に追い打ちをかけるように言葉を続けていく。

 その口調には嘲笑が込められていた。


「役立たずの無能はどこにでもいるものだなァ。命を賭けた戦いをしている最中だというのに――だが安心しろ。キサマのような無能でも役に立てる場を用意してやったぞ。魔王様ふっかつの養分となるがいい!」


 詠唱を終えたザーガは、次なる攻撃をヒロアキへ向けて繰り出す。その攻撃とは、先の尖った氷柱。

 先端の尖った氷の刃は、ザーガの腕の動きに合わせて連動するようにヒロアキの元へと襲いかかる。

 ヒロアキは慌てて逃げようとするも、ザシュッと音を立て、少年の左頬を掠めた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「――――っ」


「いまのは牽制。狙いを外してやったのだ。魔法の扱えないキサマにとっては、恐怖そのものだろう?」


 頬から流れる血が、首筋へと伝っていき、ヒロアキの恐怖心を煽るには十分だった。

 そして、レイナ達の防御による援護が飛んでくる前に、ザーガは続けざまに攻撃を仕掛けてくる。


 鋭い蹴りがヒロアキの腹部へと突き刺さり、そのまま後方へと吹き飛ばされ、


「う……ご」


 倒れ込みそうになったところをなんとか踏み止まり体勢を整える。……が、普通の人間とモンスター。あまりの大き過ぎる力の差という恐怖と現実にヒロアキは片膝を着いて地面に崩れてしまった。


「ケケケ。これで身に沁みてわかっただろう。お前が相手にしようとしている魔族とキサマら下等な人間との力の差が……」


 そう言うと、ザーガはヒロアキの元へと近づいて行き、目の前で立ち止まると。嘲笑うような眼差しで見下ろした。

 表情はまさに勝者の余裕そのものである。まるで虫けらを見るような目で見つめると悪魔は少年を嘲笑うように、


「少年。冥土の土産に、いいものを見せてやろう。これは何だと思う……?」


 少年に対してザーガが問うと片手から物体を取り出す。

 それは――ヒロアキの大切な仲間であるリーフィアに生えていた尻尾と思しき無惨にも残骸と成り果てた一部だった。


「―――――――」


 それを見た瞬間、ヒロアキの表情は真っ青になり絶望した表情を浮かべると――言葉を失った。

 つまり、リーフィアは逃げた先でやつに殺されたことを意味していたからだ。


「嘘だ。嘘だァ。……あぁ……がが……あぁああ……っ!」


 言葉にならない声が口から漏れ、思考が上手く纏まらず頭が混乱してしまい正常な判断が出来ずにいた。ヒロアキは、ただ涙を流す事しかできずにいる。


「――赤子の手をひねるように簡単だったよ。無抵抗なガキの命を奪うのはな」


 勝ち誇ったかのようにザーガは不敵な笑みを浮かべると、更に追い打ちをかけるように言葉を発する。

 まるで死刑宣告のようにヒロアキへ響き渡り重くのしかかる――少年の心をへし折るには十分すぎる程の言葉だった。


「大事な人をまた、失ったのか。俺の……せいで……」


 そのヒロアキの声は小さく震えていて、とても弱々しいものだった。

 脳内で回復術師の女の子を失った時の場面が蘇る。

 いくつもの要因と行動が重なって起こったこととはいえ、敵のトラップをヒロアキが踏んでしまったことで気が付かれて女の子はモンスターに食い殺されてしまった。「もう二度と、あの出来事は繰り返さない」そう心に決めていたはずだったのに――。


 リーフィアを失った喪失感。己の無力さと後悔が彼の心に渦巻き、心をまた蝕んでいく。

 ……だが、彼はそれを認めたくはなかった。いや、認めることが出来なかったのである。

 何故ならそれは彼にとって初めてできた腹を割って話せる友達で、大事な仲間だったからだ。


 大切な存在を失って平気でいられるはずがない。

 燃え上がったヒロアキの中のなにかが、フツフツと煮えたぎって引き伸ばされた糸のように、切れる音が――


「――――――あ……ッ!!」


 突如、大量の魔力の粒子が少年を包んで眩い閃光が走る。

 暗い地下牢の部屋全体が見えるほどの光を放った。ザーガはなにか攻撃を受けたと思い、反撃に出ようと試みたが――その動きを止めた。


 魔法による効果ではない。予期せぬ現象にレイナ、メリアすら表情が固まる。

 手で目を覆うほどの光がようやく収まった時、ザーガはヒロアキの姿を見て驚愕した。


「姿が……変わった……だと」


 そこには、弱々しかった先程までの少年とは風貌や雰囲気がまるで変わっているヒロアキと思しき人物が目の前に立っていた。

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