第一章12 『王様からの招待状』


 魔法使いの少女の圧倒的な実力差に山賊たちは抵抗もせず地面へひれ伏し、メリアの慈悲にすがるしか道は無かった。

 リーフィアは安堵のため息をつくとその場にへたり込む。戦いが終わった途端に全身の力が抜けていくのを感じたからだ。


 ……なんとか助かったみたいだが、これからどうなるんだろう? ヒロアキは不安で押し潰されそうになっている。そんな心配をよそにメリアは涼しげな顔で、


「ハッ、男の癖に情けないわね。……まだクエストは完了してないのよ?」


「わかってる。依頼人クライアントに頼まれた鉱石を取りに来たんだったな」


 近くの岩に転がっていた石ころを拾い上げる。その石には微かに魔力があった。この石そのものが特殊なパワーストーンであり、先ほどの戦闘でメリアの魔法が炸裂した衝撃で辺りへ飛び散った物だ。


「無闇矢鱈に力を振るって破壊していたワケじゃないわ。低レベルな賊と一緒にしないで。すべてに意味があってやっていたのよ」


「……の、割に上位魔法で大爆発させたりしてましたけれども!?」


「結果的に良い方向に進んだのだからいいじゃない。私が護衛してなければ辿り着くこともできなかったのに」


 ……もしかしてメリアって意外とドジっ子? そんな疑惑が頭に浮かんだが、今はケンカしてる場合ではないので口にしないでおこう。

 持ってきていた大袋に散乱した鉱石を詰め込んでいく。メリアは山賊どもを拘束する魔法で動けなくすると、帰りの支度を始める。


「お、おい! 手下の山賊とリカルダはどうすんだよ。置いていくのか」


「――たった今、王都にいる別の仲間に頼んで自警団を派遣させたわ。引き渡してヤツらをどうするかは国の判断に任せる。まぁ、よくて禁固刑ってところかしら」


「ああ、王都で出会った剣士のレイナさんのことですね。ごしゅじん様からお話は伺いました」


 予想は当たり。レイナという女性は王都にいる仲間の一人だ。また今度、会うことがあったら一緒に仕事がしたいとヒロアキは思った。

 情報の交換ややり取りを交え、急いでパワーストーンを袋に詰めてゆく。急がないと日が沈んでしまうからだ。

 ところが、思っていたよりも作業は一時間ほどで終わり、山賊共を置いて一行は帰路につくことにした。


 ……その道中、珍しくメリアからヒロアキに話しかけてきた。


「フッ、……以前までは貴方のこと、突っ立ってるだけの根性なしかと思ったけれど身を挺して仲間を守るなんて。ちょっと見直したわ」


「褒められているようで、貶されてもいるような何とも言い難い感じ。どう受け取っていいか分かんないんッスけど……」


 メリアは軽く微笑むと、ヒロアキの方へと歩み寄っていく。

 そして彼女は額にできた傷口に手をかざして魔術を唱えると、薄緑の光がヒロアキの体を優しく包み込んだ。どうやら回復魔術のようだ。

 全身の傷や打撲を癒すと、光の粒子となって消えていく。


「これで今日の貸し借りはチャラってことにしておいて。後々、難癖を言われても面倒だから」


「回復魔法か! ありがとう。メリア」


 予想外の奇襲もありながらも、こうして今回の騒動は無事解決したかに思えたのだが……ヒロアキには知っておかなくてはならないことがあった――、


「さっきから、ちょいちょい名前が出ていたア……なんとかってのはなんのことか教えてくれないか?」


 人間、誰にだって知られたくない秘密の一つや二つはあるもの。

 少し前まで無関係だった者に答えたくないのか、メリアは嫌な顔をする。それは少女の内面に深く関わる話で、誰にも触れさせたくないことなのかもしれない。ヒロアキのその反応を見て察したのかメリアが説明をする。


「――目的の為ならば罪のない人間の命すら手に掛ける犯罪者集団『武天魔アマネセル』ヤツらを倒す為、私は行方を追いながら冒険者をしている。その構成員の全員が国一つを滅ぼせる戦闘力を持っており、現れるたびに各地で甚大な被害を生み出す惨劇を引き起こしてきた。世界で非常に恐れられ、忌み嫌われている危険な存在よ」


「つまり……極端に言えばテロリスト集団」


「その一人が、私の同胞にある強力な呪いの魔術をかけた。私はヤツらに復讐して、呪われてしまった仲間を解放しなくてはならない――」


「なるほど、その呪いってのを解く為にレイナと二人で世界を旅し続けていたんだね」


 今までメリアが他人に強く当たっていたのはそういったのも含めてなのかもしれない。少女の内に秘めた部分を垣間見た気がした。メリアは静かに拳を握りしめ、怒りに震えている。その目は憎しみの炎を宿しているようにも見えた。

 少女の抱えているものを、ちょっとだけ理解したが、ヒロアキは胸中を察してこれ以上の追求は止めておこう。


 ……復讐か、俺には縁のない話だけど。でも、メリアがそんな辛い目にあっているなら力になりたいとヒロアキは思った。

 そして、一行は冒険者ギルドのある王都へ帰還する為、帰り道を歩いてゆくのだった――。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 採集クエストを終えた三人は無事に王都へと戻ってきた。日はもう沈みかけており、空が茜色に染まっている。

 採取した鉱石をメリアは依頼人まで届けると言って、一旦別れることに。

 ヒロアキとリーフィアの二人は冒険者ギルドに戻り、報告を済ませることにした。


今回のクエストの報告を聞いた受付嬢も驚いていたが――無事に達成できたことを喜んでいた。報酬の金貨を受け取った後、二人はギルドを後にするのだった。


「今日はいろいろあったな」


「はい、ごしゅじん様。……あのぅ〜、報酬の件ですが本当に良かったのでしょうか?」


「リーフィアにぜんぶあげるよ!君の好きに使ってくれて構わない、俺が持っていてもしようがないしさ」


不安げな顔でリーフィアは申し訳無さそうにヒロアキに問いかける。

 彼女の心配していることはわかっている。その訳は至極単純なことだ。クエストを終わらせたのはメリアであって自分たちは殆ど何もしていないからである。

 だが、彼女が受け取ってほしいと強く申し出た為、ありがたく受け取ることにしたのだ。


 首に掛けるタイプの小物入れからリーフィアはお金を取り出してヒロアキへ渡してこようとするも、逆にそれを止める。


「ごしゅじん様は奴隷である私にとても優しくしてくれます。お心遣いはとても嬉しいです。……でも、それでは私自身が納得できません」


「気持ちだけ受け取っておくよ。今はそれだけで十分だから。それでも今回の件で無力だったと自分を責めるなら、一緒に強くなっていこうぜ」


 そう言ってヒロアキはお金の入った袋をリーフィアに返した。それほどまでに彼女は優しすぎるし、相手の気持ちを汲んで思いやれる性格だ。……しかし、元々この幼い猫人族の子が奴隷の身だったと誰が信じるだろうか? もっと自由に生きてもいい、誰にでもその権利はあるはずだ。

 だからこそリーフィアを何者にも縛られない、自由にさせてあげたい。そう考えつつも、彼女の優しさを嬉しく思った。


「私は、ごしゅじん様に助けていただかなければ、どこか遠い場所へ売られて捨てられてしまう運命だったかもしれません。……救って下さったごしゅじん様の助けになれるような存在でありたいのです」


「――わかった。まだ時間もあるし、基礎能力を上げる簡単な討伐クエストでも受けてこようかな」


 真剣な眼差しでヒロアキを見つめてきた。その瞳には強い意志が込められているのがわかる。少しでも強く成りたいのだろう。幼い幼女の真っ直ぐで健気な気持ちを無碍にすることなど出来ない。


 異世界に来てから一ヶ月も経っていないのに随分と密度のある時間を過ごしているなと実感する。感傷に浸っていると、誰かに突然後ろから声をかけられた。


「……たいへんです! ミアケ・ヒロアキさん。大変ですぅー」


 声の主は受付嬢だった。

 なにやら慌てている様子で、こちらに駆け寄ってくる。いったい何事だろう? ヒロアキは首を傾げる。慌てようから緊急事態であることは容易に想像できた。今までこのような状況に出くわしたことはなかったが、緊急クエストという定番のヤツだろうか。

しかし……その予想は大きく外れることになる――、


「どうした? そんなに慌てて。緊急のクエストを持ってきてくれたのですか」


「――いいですか。落ち着いて聞いてください。貴方宛にご連絡したいことが……」


 丁寧に封筒へ入れられた手紙の封筒をヒロアキは手渡された。封を開け、中身を取り出すと一枚の紙切れが入っている。

 差出人はドラグニア王国の王様と書いてある。「……おいおい、こんな時間から呼び出しかよ。ってか、見ず知らずであるはずの俺の名前知ってるとか怖いんだけど!?」 恐る恐る目を通すヒロアキに受付嬢はこう語るのだった。


「くれぐれも、粗相や無礼のないようにお願いします。仮に何か問題が起きれば、大変なことになる恐れがありますので……」


「そういう言い方されるとすごく不安になるんだけど、俺なんかやっちゃたの?」


 念を押すように受付嬢は言った。手紙には王からヒロアキ宛に『話がある。急ぎ王城へ来られたし』といった内容の内容が書かれていたのだ。……要するに呼び出しをくらったのだが、呼び出した理由が書かれていないのが気にかかるところである。

 まぁ、行く以外の選択肢は無いのだが……、


「あのぅ~、ごしゅじん様?」


 リーフィアが不安そうな表情で見つめてくる。


「大丈夫。行って確かめてみるまではわからない。どうするか、話はそれから考える」


 ここから東の方角にある城。一際目立つ大きな建造物が目に入る。

 まるでヒロアキを見下ろしているかのように思える。その城こそ、この国の王が住まう場所。そして、これから向かうべき場所でもあるのだ。


「ごしゅじん様、私もついてるから。頑張ろう」


「そ、そうだね……ありがとうリーフィア。……行くしかなさそうだ」



 ――不安しかないが覚悟を決めてヒロアキ達は王城へと歩き出した。受付嬢にお礼を言って別れを告げると、そのまま城門前まで向かって歩いて行く。

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