第一章9 『危険な賭け。 双剣のアジルスVS転生者の少年!』
ヤンキー映画のように冒険者ギルドの扉を蹴破り、ズカズカと大男の元へ近づいていく。
他の冒険者たちは唖然として見ていたが、従業員は彼を制止しようとする。だが、ヒロアキはその制止を振り切って進み続けた。
「頼もう!」
予期せぬ行動に一番驚いたのは利用客や他の冒険者たちだった。
突然の乱入者にギルド内の空気が一変する。野次馬たちが騒ぎ始める中……アジルスが口を開いた!
「誰かと思えば、オレ様の姿を見て震え上がっていた腰抜けじゃあねぇか。何の用だ?」
「その薄汚い口を閉じろよ。クズが」
それはまるで、新しい玩具を見つけた子供のようであり、同時に獲物を捉えた獣のようにも見えた。
彼はニヤリと笑みを浮かべると……舌舐めずりをして、
「いいぜ? かかってこい。よほど殺されたいバカらしいなァ」
「このセリフ。そのまま返してやるよ。お前の自己紹介かな?」
挑発に乗ったアジルスは勢いよく振り下ろした!しかし、それは空を切ってヒロアキは軽々と避けると、
「おいおい、暴力はいけないな。それじゃ動物と変わらないぜ。アタマを使えよ」
「テメェ、調子に乗ってるんじゃねえぞ。くそチビがァ……アイツは断頭台に吊るし上げて死刑だ!!」
再び大きく腕を振りかぶり、殴りかかってきた。その攻撃をヒロアキは紙一重で避ける。近くの卓上テーブルをつま先で浮かせて一回転させ、掌で机の上を強く叩いた。
「喚くな。ただ殴り合うだけじゃつまらないと思わないか? 少し賭けをしよう」
「ゲームか、おもしれえ……乗ってやろうじゃねぇか!?」
「……決まりだな」
自分の金貨と銀貨が大量に入った袋をヒロアキはテーブルに置いた。
袋を開けて中身を取り出すと、彼はそのコインを一枚だけ差し出して、
「で、テメェは何を賭ける? 勝負内容はなんだ。 決闘か?それとも殺し合いか」
「……まぁそう焦るなよ。ルールは簡単、手のひらでコインを弾いて表か裏かを当てるだけだ。シンプルだろ?」
提案したヒロアキの賭けの内容は、しごく単純なものだった。正直言って単純な力比べでは双剣のアジルスには勝てない。なにせ、ギルドの強さランキングで一位の冒険者らしいからね。
だからこそ、この賭け勝負を提案したのだ。
「はっ! バカでも出来るゲームじゃねぇか。笑わせんな」
「負けたら、大量の金貨が入った袋をお前にやろう。その代わりに俺が勝てば、お前が連れていた奴隷の子を頂く」
「あ゛ァ?オレ様の所有物をモノ扱いするとか……調子に乗るなよ」
「証人は、ここにいるギルドの客と冒険者全員だ!」
ヒロアキが啖呵を切ると、ギルド内の空気が変わった。
「おい、あのガキ……正気か?」
「あいつ死んだな」
「バカ野郎、イカれてやがる……」
他の冒険者たちは口々に呟く。しかし、その目はどこか楽しそうだ。
「待ちくたびれた。いい加減に始めろ、クソガキ」
「不正防止のために表裏を決定したら、もう変更できないぜ? 俺は表を選択するよ」
「――裏だ!」
イライラした様子のアジルスは、テーブルに置かれたコインを一枚掴み取るとヒロアキに手渡す。それを確認した後……彼は不敵な笑みを浮かべた。そして――
――パチン。
一枚の金貨を指で弾き飛ばしテーブルの上に落とした!
金属音と共に金貨が宙に舞う。コインはクルクルと回転しながら滑るように移動していく。
やがて、一枚のコインがヒロアキの目の前に来たところで動きを止めた。
結果は――。
「表」
「うぉぉぉぉおー!!!」
一部始終を見届けていた野次馬たちは大きな歓声を上げる。
しかし、双剣のアジルスだけは違っていた。彼は怒りに震え拳を握りしめて、
「イカサマだ。このクソガキ、大勢の人がいる前でイカサマをヤリやがったんだ!」
激昂したアジルスは、勢いよくヒロアキの襟首を掴み上げて怒鳴りつけた。が、彼は動じない。それどころか嘲笑うように笑みをこぼしている。
「いいのか、力任せに騒ぎを起こせば城を警備している騎士団が飛んでくるぞ。お前は御縄にかかるだろうな」
「くっ、テメェ……言わせておけば」
その様子を見たアジルスは再び拳を握りしめて殴りかかろうとするが、野次馬たちが制止に入った。
大男の腕を振り払ってヒロアキは距離を取ると今度はこちらの番だと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべ、
「さて、この賭けは俺の勝ちだな。約束通り奴隷の子は俺が貰うぜ」
「……あァ?何言ってやがるんだ、イカサマ野郎。オレ様は負けちゃいねぇぞ!」
激しい苛立ちを抑えきれずにテーブルを強く叩き、双剣のアジルスは怒りを露わにした。
「賭けの前に言ったろ? 二言は無い、イカサマかどうかギルドにいる者たちに聞いてみようか」
野次馬たちの視線が一人の少年と双剣のアジルスに注がれる。彼は両手を広げて周りの冒険者に意見を促した。
ギルド内の冒険者たちはお互いに顔を見合わせて「彼はイカサマなんてやってなかった」と頷き合う。
「っざけんな! おい、誰か今こいつが何をやったか見てたか。 イカサマが行われた証拠はあるか!?」
アジルスの我を忘れて冷静さを欠いていたところをヒロアキは見逃さなかった。
「ほら、お前の大好きな金貨だぜ。そんなに欲しいならタダでやるよ」
袋から金貨を二枚取り出すと、ヒロアキは指で強く弾いて飛ばす!
空中で回転する金貨を掴んでやろうと、アジルスが夢中になっている隙を突いて――
大男の顎へヒロアキは強烈なアッパーを叩き込んだ!
鈍い音と共に巨体が崩れ落ち、ギルドの床に倒れ込む。周囲の注目は一気にヒロアキへ集まっていく、そしてギルド内に大きな歓声が上がった。
「すっげぇー! なんだあの少年は……只者じゃない」
「めっちゃ不意打ちだったけどな」
「――だが、彼はギルド内……強さランキングで現在一位の「双剣のアジルス」を倒した!それは紛れも無い事実」
「わぁお!!」
口々に野次馬達はヒロアキの強さを褒め称える。しかし、彼はそれを気にする様子もなく、白目を剥いて倒れるアジルスの元へ向かうと金貨の詰まった袋を回収した。
「卑怯だと笑われるかもしれない。――けれど、これも格上相手に勝つ戦略だろ?悪く思わないでくれ」
彼は勝ち誇ったような表情で、奴隷のリーフィアが待っている方へと向かった。
少女の元へ近づくと彼女は怯えた目をして後ずさりする。そんな彼女の姿を見てヒロアキは笑みを浮かべると手を差し伸べた。
「もう、大丈夫だ。……さぁ行こう」
戸惑いながらも幼女は手を取り立ち上がった。その目には大粒の涙が浮かんでいる。
「あなたは恩人です。助けていただき……ありがとう……ございます」
震えていて少女の声は聞き取りづらい。それでもヒロアキへ精一杯の感謝の言葉を口にしている。
「わりぃ……名乗るのを忘れてた、俺はミアケ・ヒロアキ。遠い国から転生されて、やってきた「弱っちいクソガキ」だ」
リーフィアから流れる涙をハンカチで優しく拭いて、幼女の手を取りながら軽めの自己紹介をする。
「えへへ……変な人」
クスッと笑う、リーフィア。その笑顔は年相応のあどけないものだった。
彼女の笑顔は緊張と恐怖から解放された事による安堵感からか、とても可愛らしい。
その光景を見たヒロアキは愉快そうに笑う。彼にとって正義のためとか、賭けの内容など、どうでもよかったのだ。
ただ、奴隷の子を連れて行くために一芝居打ったに過ぎないのだから。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その後、奴隷の幼女を連れて冒険者ギルドを出たヒロアキは大通りを歩きながら今後のことを考える。
『とりあえずこの子の服を何とかしないとなぁ』
「あなた様は何者なのですか?」
「君を連れさらいにきた、わるーい人だよ」
冗談交じりにヒロアキは答えを返すと、リーフィアはクスクスと笑った。その笑顔はとても可愛らしく感じる。
「騙されませんよ。私のことを心配して、あなたは助けてくれたんですよね。そんな方が「悪い人だ」なんてありえません」
「――そっか。どこか休める場所を探しながら少し歩こう」
そのまま王都の通りを歩いていると、不意に服の裾が引っ張られるような感覚を覚えた。振り返るとリーフィアが俺の服を強く握っているではないか、その瞳には不安の色が浮かんでいるように見える。
「……おなか空いた」
お腹を押さえてリーフィアは小声で呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
そういえば、まだ何も食べてなかったな。どうしたものかと考えた結果――俺はある提案をすることにする。
「どこかレストランへ寄ろうか」
ヒロアキは、しゃがみ込み目線を合わせると安心させるように優しく微笑んだ。すると安心したのか彼女の表情が和らいだ気がした。その表情を見て胸の奥で何か熱いものが湧き上がるような感覚に捉われる……それは、庇護欲とでもいうのだろうか。
大通りからちょっと外れた小さな店へと進む。そこは路地裏にある小さな食堂だった。
店内に入ると、カウンター席が五つと四人用のテーブル席が二つあり、すでに何人かの客がいるようだった。
「いらっしゃいませ」
「半獣の子が一人、連れているんだが空いている席はあるか?」
店内は明るく清潔感があり好感が持てる。
俺がそう伝えると、店主らしき男性は快く受け入れてくれた。案内された店内を進み、隅にあるテーブル席に腰かける。
するとリーフィアは、ちょこんと座って俺をじっと見詰めてきた。どうやら俺に対する彼女の警戒心はだいぶ薄れたようだ。
「――今度は、あなた様が……新しいごしゅじん様でしょうか」
「うーん……そうかもしれないし、違うかもしれない。ややこしいから今は主人になった――ということに、しておいてくれ」
不安げに上目遣いで尋ねてくる彼女に俺は苦笑いで答えた。
椅子の上にちょこんとリーフィアは座っていて、時折尻尾が揺れるのが見える。その仕草はとても可愛らしく思えた。店内には香ばしい匂いが立ち込めていて食欲をそそられる。
「無礼をお許しください。ごしゅじんさまは、何処の国ご出身ですか?」
「俺は――異世界から転生してドラグニアへ来た」
その答えにリーフィアは目を見開く。俺は彼女の頭に手を置き優しく撫でると、話を続けた。
「初対面で信じてくれってのも無理な話だけど、こことは別の遠い場所から飛ばされて、迷い込んでしまってな。つまり俺は……この世界の人間じゃない」
「もしや……ヒロアキ様は異界の地より召喚され、魔王を封じ込めたという――伝説の大英雄であらせられますか!?」
おそらく、
落ち込んでいた時よりも、別人のように大きな声で目を輝かせながら身を乗り出すリーフィアに俺は少し驚きながらも、その問いに対して答えた。
「なんだそりゃ……まったく知らないんだけど。その人って、強くてすげぇのか?」
「すげぇ、なんてレベルではありえません。この世界に生まれた生物は、皆知っていますよ」
「そうなの」
「大昔、ドラグニアは『魔王』と呼ばれる邪悪な存在が暴れており、圧倒的な魔法の力で世界を恐怖と絶望に支配していました」
瞳を輝かせながら、幼女は俺の知らない英雄物語を語り始めた。有益な情報を得られるかもしれない、とりあえず聴いてみよう。
「ふーん」
「人々は、絶対な力の前に屈するしかないのかと思われた……その時、一人の勇敢な戦士が、使い魔の竜に乗って現れました。彼は別の世界より召喚された人間であり『竜族』と心を通わせることの出来る特殊な力を持っていたのです」
「……」
「魔王が潜伏している城を特定した彼は、竜の背から飛び降りると一直線に魔王の元へ駆け抜ける! そして……激しい戦いの末、遂に魔王を封印することに成功しました」
「で?」
「魔王の軍勢を瞬く間に打ち払い、世界を救ったと言われています。その功績を称えて人々は彼を、大英雄と呼びました。平和をもたらした後、彼は使い魔の竜と共に行方知れずとなってしまったそうです……。お母さんが話を教えてくれました」
「へぇー」
RPGに登場する伝説の勇者的な、物語を聴きながらメニュー表を手に取って内容を確認する。見た感じ、どれも美味しそうなものばかりで日本にある料理と変わらない。
目移りしてしまうほどだ……だが、まずは注文しなければ始まらないだろう。
そして、メニュー表を開くと彼女に見せるように広げる。そこには様々な料理の名前が書かれていたが、彼女はどれにするか悩んでいる様子だった。
「ちーずハンバーグがいい」
「じゃあそれにするか。俺も同じのを一つね」
「……お客様、ご注文でしょうか? かしこまりました」
数十分後……。
注文された料理が運ばれてくる。
テーブルの上には、熱々の湯気が立ち上るチーズハンバーグが置かれていた。
フォークで小さく切り分け、口に運ぶとリーフィアは幸せそうな表情を浮かべた。
「よほど、お腹が空いてたんだな。美味しいか?」
「うん!」
どうやらお気に召したようで何よりだ。
食事を終えると会計を済ませて店を出る。これだけの出来事が連続であったというのに、外はまだ明るい。現実と異世界とでは、時間の進む流れに時差があるのだろう。
王都の街並みを観て回る前に俺はある提案をする。それは、彼女の服を買うことだった。
「服屋にでも行くか、そのボロい格好じゃ目立つだろうからな。奴隷の鎖は長いから自分で束ねて持っておけよ」
「はい! 承知致しました。ごしゅじん様」
そういや、奴隷の主従契約書とかは必要ないのだろうか。ファンタジーではありがちなのだが、この異世界にあるかどうかは知らない。
まぁ、大丈夫だろう。今は楽観的に考えることにする。
大通りに戻ると早速、服屋を探すことにしたのだが――こういう時に限って見つからないものだ。
「ん、どうした?」
「見ず知らずの私を、ヒロアキ様はどうして助けてくれるのですか?」
「お前を扱き下ろして命令していた、クズ男がムカつくから。ぶん殴ってやった」
「優しいのですね。新しいごしゅじん様は――」
「まぁ、気にするなよ。俺が勝手にやったことだし」
歩いているとようやくそれらしき店を見つけたので入ってみることに。
店内には様々な種類の衣服が並べられているのが見えた。リーフィアは物珍しそうに辺りを見渡している。すると、店員の女性から声を掛けられた。
どうやら俺たちを客だと思って話しかけてきたらしい。俺は事情を説明して、彼女の服を一式揃えたい旨を伝えることにする。
「わぁあー!」
店内に陳列された商品棚は、色とりどりの衣服が所狭しと並んでいる。リーフィアは目を輝かせながら商品を見て回り始めた。
そして気に入った物が見つかったようで手に取る。それは白いワンピースだった。どうやらそれが気に入ったらしい。俺は店員を呼び止め試着をさせてもらうことにする。
「これと、これをお願い。あとこれも」
「――かしこまりました。お客様」
サイズがわからないので服を着てみるように、リーフィアへ指示して試着室に入っていく。もちろん俺は、彼女が着終わるまで外で待機しているつもりだ。
「服はちゃんと着れたかい?」
数回ドアをノックもリーフィアから返事がない。
何かあってからでは遅いので安全を確かめる為に扉を少し開けて中を確認してみる。すると、
「きゃ……っ」
まだ成熟しきっていない、その裸体をみてしまった。
雪のような美しい素肌に、薄いピンク色をした二つの突起がある。
彼女は恥ずかしげに胸元を隠し、俺の視線に気付くとさらに顔を赤らめた。
「――ごめん!嫌だったよな。ほんっと、ごめん」
何度も俺は謝罪の言葉を口にすると急いで試着室のカーテンを閉める。
――数分後、着替え終わったリーフィアが恥ずかしそうに、ゆっくりと姿を見せる。その姿はとても可愛らしかった。
彼女の姿を見て俺は思わず見惚れてしまった。それほどまでに美しかったからだ。その姿を見た周囲の客たちは口々に褒め称える。
「素晴らしい」
「お似合いですよ!お客様」
長い奴隷生活をしていたせいで、肌荒れしているようだったので保湿クリームやメイクなど、最後の仕上げを店員さんに手伝ってもらいながら服を着終えると試着室から出てきたリーフィアの姿を見て俺は息を呑んだ。
「可愛い……!」その一言に尽きるだろう。
幼いながらも整った顔立ちをしている美少女は、まるで天使のようだった。彼女の魅力を引き立てる。
その光景はとても微笑ましいものだった。
「……お会計は三万七千ロギーとなります」
「あいよ」
服代の支払いをした後。しばらくして服屋を出ると再び大通りに戻ることにしたのだが、ふと気になったことを彼女に尋ねることにした。それはこの世界における奴隷の扱いについてだ。
「あの、新しいご主人さま」
「ドラグニアの奴隷は正式な印とか契約書みたいなのは結ばなくていいのか?」
俺の質問にリーフィアは答えてくれた。
どうやら双剣の大男に無理やり王都へ連れて来られたようで、正式な主従契約は結んでいない。ということだった。
奴隷
人間としての名誉、自由を認められず、生物としての身分はドブ川の水にも等しい最下層の存在。 人々からは差別の対象とされ、それはドラグニアでも厳しく死ぬまで労働場で働かされて、使い捨ての駒のように扱われる。
『ファンタジー系RPGや漫画ではよくある設定だけれど――ひでぇ……これが人間のすることか』
幸い……正式な契約をしていなかったおかげで淫紋は付けられておらず、周囲の住民からは奴隷の格好をしたコスプレイヤーかSM的なアレで鎖に繋がれてると思われていたのだろう。
首輪をした不気味な少女を連れ歩いても、俺が罰せられてないことに納得がいった。
「やけに、店員達の愛想が良かったのはその為か。本来なら警察に通報、拘束されるハズだ」
「……やっぱり、奴隷に落ちた私に生きている価値などありませんよね?」
「どうしてそう思う」
「オマケに耳と尻尾だって生えてる。見た目も他の人たちとは違うから……」
頭に生えている猫耳をシュンとさせながら落ち込むリーフィアの声は震えていた。
足を止めて俺は振り返ると、その両肩を掴んで言った。
リーフィアの目をまっすぐ見詰めながら、
「――答えや価値なんて今からいくらでも探して見つければいいじゃねぇか」
「……はっ」
「君が探すのを手伝ってあげるからさ。正直、俺も自分の存在意味がわかってなくて……だから、見つけて行こうぜ一緒に!」
「……うぅ」
驚きの表情と共に見上げる彼女は、俺の言葉の意味を理解してくれたらしい。そして、その目からは溜まっていた涙がこぼれ出した。時間が経つにつれて、曇っていた表情は少しずつだが明るくなっていく。
「主人とかどうでもいいけど、他人に暴力で強制的に従わせるのは嫌いなんだ。過去にそういう扱いをされた事があって……」
「新しいごしゅじん様は、故郷でイジメられていたのですか?」
「ん、まぁ……そんなとこだ。気にしないでくれ」
大嫌いな学校での苦笑い思い出が脳裏にフラッシュバックしそうになった。少し遠くを見ながら、俺はリーフィアと会話を続ける。
「この首輪には何の意味があるんだ?」
「それは鎖と同様に、奴隷の証です。魔法の力でその人の行動を制限したり、居場所を特定したりすることが出来ます」
「ふーん、じゃあ外せないのか。魔法は使えないし、困ったなぁ」
前に飼っていた主人が解錠せずに追い出してしまったのだろう。もしかしたら、俺がこの子の正式な主人になれば所有権を上書きして――解放してあげることが可能かもしれない。
耳を垂れて悲しげな表情のリーフィア。そんな彼女の頭に手をヒロアキは置くと、優しく撫でてやる。彼女の髪は柔らかく触り心地が良いのでつい何度も撫でてしまう。リーフィアは気持ち良さそうに目を細めながら尻尾を振っていた。
「……あうぅ」
「それらの外す方法もついでに、探せばいいさ。そうだろ?」
「――はい!! ごしゅじん様」
「そのいきだぜ。リーフィア」
彼女はちょっとだけ表情が暗いままだが、少しは元気を取り戻してくれたようだ。
元気よく答えた彼女は俺の手を引いて歩き出す。その姿はまるで無邪気な子供のようだった。
「ふん、ふふん〜」
上機嫌なのか、猫人族のリーフィアは鼻歌を歌いながら歩いている。そんな様子を見ているとこちらまで楽しくなってきた。
大通りに出てすぐのところに小さな店があった。看板には雑貨屋と書かれている。店内へ入ると様々な商品が並べられていた。
棚の上に置いてある置時計を目を向ける。その隣に置いてあるのは武器の「魔道具」だろうか、どれも高級そうな雰囲気を漂わせているものばかりだ……値段を見ると目玉が飛び出るくらい高かったりする品が多い。
「五十万ロギー!? 金貨が五千枚も必要な数じゃないか」
「どうかされましたか、ごしゅじん様」
それを聞いた幼女は目を丸くすると、物珍しそうに彼の顔をのぞき込む。そして、更に質問を投げかけてきた。
「とても手が出せる金額じゃねぇな。流石、王都。あの闇商人のやろうは、こんな価値のする品をたくさん揃えてやがるって……」
「ごしゅじん様。次はどこへ歩きましょうか?」
「あ、ああ……何でもないよ。行こうか」
やはり、大通りは人が多くてかなり目立つな。これじゃあまるで、俺が一方的に連れ去って誘拐したみたいに見えないか。そんな事を考えていた矢先、背後から声をかけられた。
「見覚えがあると思ったら、あなた――ヒロアキじゃない?」
突然背後から声をかけられる。振り返るとそこには見覚えのある顔があった。
それは以前ギルドで見かけたことのある女性冒険者。確か名前は――、
「レイナ。この間はクエストへ誘ってもらえて助かった。感謝するよ」
「こちらこそ! おかげで助かったわ。報酬は全部あなたに譲っても良かったぐらい」
「俺は別に大したことは……」
苦笑いを浮かべながらヒロアキは否定して答えるが、そう言って彼女は俺に笑いかけてくる。
「ところで……その子はどうしたの?」
レイナが奴隷の少女に視線を向けると、ビクッと驚いてヒロアキの後ろに隠れてしまった。どうやら見知らぬ人間に対して警戒しているらしい。その様子を見たレイナは楽しそうに笑う。
「あははは、可愛いね。あの子は君の仲間かな?」
「――今は、そんなとこだな」
「私はレイナ・バスティアーユ。職業は魔法剣士をやってるんだぁ! あなたのお名前は?」
いきなり自己紹介を始めた彼女に驚いた様子のリーフィアだが恐る恐る声を出すと小さな声で答えてくれた。
「……リーフィアです」
「へぇ、とっても素敵な名前だね! 冒険者同士、仲良しになれそう。よろしく、リーフィアちゃん」
少女へ目線の高さを合わせながら屈んでみせると、レイナは明るく微笑み、お互いに握手を交わす。その笑顔を見たリーフィアも釣られるように満面の笑みを浮かべる。
この反応を見る限りでは嫌われていないようだ。
俺も一度、交流して彼女の性格は把握している。レイナは明るい元気でオープンな人柄なので、良かったと思う。……いきなり初対面の人に蹴りをかますような奴じゃなくて俺は、ほっと胸を撫で下ろす。
「気が合うみたいで良かったな。二人共」
「それで、ヒロアキはなにをしてたの?」
「……それは」
まずい、人混みの中じゃ誰が会話を聞いているかもわからない。なるべく奴隷を連れているのを大勢の人間に知られるのを避けなくては……。
答えにヒロアキは窮していると、リーフィアが口を挟んだ。どうやら彼女は俺の代わりに説明をしてくれるらしい。
「ごしゅじん様は、私を助けてくれた恩人なんです」
それを聞いたレイナは驚いた表情を浮かべると、すぐに笑顔になった。そしてヒロアキに向かって、
「また人助け? ヒロアキって、やっぱり優しい人なんだね。でも、世の中悪い人もいるんだから、気を付けて。あまり無理しちゃ駄目だよぉ」
「忠告、ありがとう」
「その少女を連れているのは、何かワケありって感じに見えるけど……ちょっと場所を移動しようか」
リーフィアに付けられた鎖をチラリと見ると、彼女が奴隷であることに気付いたようだ。彼女は気を遣ってくれたのか俺達を連れて路地へと移動する。
一旦、俺たち三人は通りから外れた薄暗い路地裏へ足を踏み入れると、人気のない場所に出る。ここなら人に見られる心配はない。
「すまない、レイナ。騙そうとしていたわけじゃないんだ。実は……」
「――奴隷の子でしょう?」
「知ってたのか」
「キミの性格上、犯罪の片棒を担がされてるってのじゃあ、なさそうだけどね」
困ったような笑顔を浮かべながらもレイナは、優しい声色で諭すように言葉を紡ぐ。その声色からは彼女が本気で心配してくれている事が伝わってきたので俺は素直に感謝のを述べた。
レイナが言葉を続けて、
「――法律で「奴隷」はいかなる理由があっても保有してはいけないの。もしバレたら禁固百年、死刑のどちらかの罪を科される。ドラグニア王国では、厳しく罰せられる犯罪なんだよ」
「でも、俺には奴隷を解放する方法がわからない。この子に自由をあげたいんだ」
壁に寄りかかりながらレイナは手を後ろに組むと、俺の話に耳をかたむけてくれる姿勢になった。俺はリーフィアが語った過去の話を彼女に聞かせることにする。この話は俺一人で抱え込むには重すぎたからだ。
「……そう、ギルドでそんな事があったのね。それでキミは、その子を助けたいと考えているわけか」
一連の出来事を聞き終えたレイナは考え込んでいるようだった。俺は彼女に向かって頭を下げると、 精一杯の誠意を込めて頼み込むことにした。
「難しいことなのは承知している。けれど俺一人では何もできない。力を貸してくれないか――お願いします!」
すると彼女は腕組みをしながら、少し考えて口を開いた。
「……仕方ないかぁ。そんなにされたら、断りづらいよ。わかった。助けてあげる。一定の時間だけ、物体を透明にする魔法をかけるけど、いいかな?」
「すまない」
それは実にありがたい話、レイナは協力してくれるのを快く引き受けてくれたようだ。
レイナが魔法を唱えると、彼女の掌から淡い光が放たれる。その光はリーフィアを縛っていた鉄の鎖と首輪だけを透明にしてみせた。
「す、すげぇ。ほんとうに物体の形だけ視えなくしたのか!?」
「どれくらいの間、効力があるかは、リーフィアちゃんの魔力量に左右されるけど……まぁ、しばらくは持つはずだよ」
「レイナさん、ありがとうございます!」
嬉しそうにレイナの手を握ってリーフィアは感謝の言葉を述べた。少女のその目にはうっすらと涙が滲んでいるように見える。
そんな俺達を見て、レイナは照れくさそうに頬を掻くと、
「どういたしまして。ヒロアキ、このことは「貸し」ってことにしておくねー」
「ああ、わかった。いつか必ず返すよ」
レイナには、本当に感謝してもしきれないな。
厚意を無碍にするのも悪いと思ったので借りておくことにした。まあ、彼女のおかげで助かったのだから問題はないだろう。
「大きな仕事を任されててさ。それじゃ、私は行くね。」
「ああ、魔法使いの……メリアにもよろしく伝えておいてくれ」
俺は去りゆくレイナにそう伝える。彼女は振り返り軽く手を振ってくれると、そのまま路地を抜けて大通りへと姿を消していった。
無言のまま歩き続ける俺達だったが、やがてリーフィアが口を開き話しかけてきた。
それは彼女にとっては重大な問題であったに違いない。
「ごしゅじん様。私も、強い冒険者に成れるでしょうか?」
「やればわかるよ。成れるさ……絶対」
心が迷いそうになりながら。それでもなお不安そうな表情を浮かべている少女は覚悟を決め、
「私も、立派で強い冒険者になりたいです!」
しかし同時に、彼女なりに考え抜いた末の結論だったのであろう。
その目には決意の光が宿っていた。
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