第一章8 『囚われた少女! 奴隷のリーフィア』





「金貨が八十枚に、銀貨四十枚。ぜんぶで8500ロギーになります」


 無事に討伐依頼を終えて、満面の笑みで出迎えてくれた受付嬢さんから報酬を受け取るヒロアキは違和感を覚えた。


「桁数をお間違えじゃぁ、ありませんかね?」


「申し訳ございません。今回の依頼報酬は、ほか二人の冒険者さんと配分するという約束になっておりまして……わたくし共が決定する事はできかねます」


「え、なにその新手のパワハラ――!?」


 申し訳なさそうに何回も頭を下げる受付嬢さんにヒロアキはそれ以上何も言うことはできず、仕方なくヒロアキは待合場のテーブルへ向かった。


「おっはよー! ヒロアキぃ、昨日はよく休めた?」


 笑顔で元気よく手を振ってくる人物は……きのう知り合った冒険者の内の一人、女剣士のレイナだ。

 依頼人のお礼として宿屋にタダで泊めてもらったヒロアキは、朝までぐっすりと休むことができ、体力を回復させることができた。


「おはようございます。えっと……レイナさん」


「気にしないで。私のことは呼び捨てでいいからね!」


「じゃあ……レイナ。改めてよろしく頼むよ」


「また会えて良かったぁ! こちらこそ、よろしく」


 ニコりと微笑んだ少女は、手を差し出して握手を求めてくる。ヒロアキはその手を握り返した。


「ん?」


 俺の腕を引き寄せて、強引に抱きしめられる体勢になった。レイナは身体の一部を俺の腕に押し付けてくる。


「普通に挨拶だよ! なにもおかしいことじゃないでしょう。冒険者同士、せっかく知り合えたんだからぁ」


「おぉ!?」


 突然されたことに戸惑う俺は、メリアの胸元に引き寄せられて抱きしめられる。大きくて柔らかな山脈の感触は………『ま、まさか胸?! 待て、待て待て待て、まだ会って日も浅い関係だ。こいつ無邪気で純粋すぎる、これが異国のスキンシップってやつなのか……ぁ!?』密着する少女は、こちらを見上げて、


「ヒロアキ、もしかして照れてるの〜?」


 女の子特有の甘くフローラルな香りが鼻腔をくすぐり、柔らかい胸の感触が伝わってくる。

 レイナの胸元ばかりに目がいって、そっちには意識が向いていなかったが……服の上からでも分かるほどにプロポーションや全体のスタイルが抜群で、それに加えて胸の形も綺麗な曲線を描いており……かなりの巨乳だった。



 頭が混乱しそうになったが、かろうじて正気を保っていたので彼女から離れることができ、


「ありがとう、あなたの気持ちは十分伝わってきたから。それよりも、もう一人の女性の方は」


「メリアは寄る所があるから、少しだけ遅れてくるって言ってたよー!」


「わかった。あの子にも御礼をしておきたいから、俺はここで待ってる」


 ちょっと遅れるというので俺は、魔法使いの合流を待つことに。その間、レイナから今回引き受けた討伐クエストのことについて質問してみる。


「事前に教えてあげられる時間がなくてごめんね。私達が昨日受けていた依頼は『SS級クエスト』といって上級職に就いている冒険者がやっている難しいものだったの」


「SS級……って、俺なんかじゃ釣り合わないくらいのレベルってことでは」


「どうしても、キミが孤立して困っていた様子だったから参加させてあげたくて――」


 なんて優しい冒険者なのだろう。ヒロアキの目には涙がうっすらと浮かんだ。初対面の俺なんかのためにそんなに……、


「まだ時間もあるし、この世界の魔法についてもう少し教えてくれないかな?」


「魔法を使用する際の力の源『レノ』は教わったよね。次は属性と相性に焦点を当てて話すよ」


「ぜひお願いします!」


「魔法には大きく分けて以下の種類に分類されているの。火・水・闇・光・風・雷の六種類。それぞれの属性に効果の相性があって、良し悪しでその威力も変わってくる。一部の例を挙げると……火は水に弱く、水は雷の魔法が弱点になる――といった具合だね」


「なるほど、属性相性があるんだな」


「――互いの相性を把握して立ち回れば戦闘を有利に進められることが可能になるよ」


「……それに」


 俺の背後から誰かの声が聞こえたので振り向くと……魔法使いの少女、メリアが立っていた。そのままに会話に割って入って、


「……戦士の各能力は、枝状につながれたツリーのようになっています。魔法を覚える方法は、スキルやLvをただ単に上げたのみでは習得できない。それは相当な修行が必要になってくるわ」


「なんだ魔法使い。居たならいるって最初から言ってくれよ」


「あら……呼んでも会話に夢中で、気が付かなかったのは貴方の方じゃない?」


 彼女の表情は、ほぼ無表情で……とても何を考えているのか読み取りにくい。正論を返されてヒロアキはぐうの音も出なかった。


「メリア。昨日は俺をクエストへ誘ってくれてどうもありがとうな」


 感謝の気持ちを俺は伝えると、メリアは無言無表情のまま視線を合わせる。ジト目のように目を細めてヒロアキを睨み、


「……勘違いしないでちょうだい。まだ貴方のことを仲間なんて温い呼び方するほど、認めてないから」


「前にも似たようなの言われたっけ。――じゃあ、認めていただけるにはどうしたらいい?」


「貴方が背を預けるに相応しい、信用に足る人物かどうか……見極めさせて貰うことにするわ」


 一言そう付け加えて言い放つと、プイっとそっぽを向いてメリアは離れていった。どうやら俺は彼女から嫌われてるらしい。メリアは同行者であり、今はまだ一時的に仲間として行動しているにすぎないのだ。

 状況を察したレイナは、すかさず俺にフォローをいれて、


「ごめんねー。表面上はあの態度だけど、悪い子じゃないのよ。だから、仲良くしてあげてね」


 両手の掌を合わせて俺へお願いするようなポーズをする。

 せめてクエストへ連れて行ってくれたお礼として、俺は今夜分の宿泊代だけでもと思い、代わりに支払おうとしたが……メリアとレイナは、頑なに受け取ろうとしなかった。


「色々してくれて本当にありがとうな」


「ううん、別に気にしないで! 困った時は何時でも声をかけてね。助けに行くよ」


 未達成のクエスト依頼が残っているらしく用事があるため一旦、彼女たちとはお別れすることになった。去り際にメリアから名刺のようなモノをうけとる。


「なんだこれ」


「……ギルドで造らなかった? 冒険者プレートよ」


「こんな小さかったっけ。俺が貰ったのは、もっと大きかったような気がするんだが」


「加工して、小さいサイズにしたのよ。表面には名前、裏側に職業が記されているわ」


 そして、彼女たちのギルドカードを見せてもらうと……なんとプラチナランク。 つまり、この異世界で上から数えて二番目に高いLvの冒険者ということだ。


「……じゃ、私達はこれで失礼するわね」


「二人が上級冒険者だったなんて、どおりで強かったワケだ。ぐぬぬ」


「楽しかったよ、またチーム組もうね!バイバイ〜」


 別れの言葉を告げてギルドから出て行く。

 二人の姿が見えなくなるまでヒロアキは見送った。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 一人だけでも異世界なら何とか出来る。そうおもってはいた、が実際はそう上手くはいかなかった。

 剣士と魔法使いの二人が手を差し伸べてくれていたことで、心のどこかで「誰かが助けてくれる」と甘えていたのかもしれない。


「……初期ステじゃ能力が無さ過ぎて、一人では高収入な依頼も受けられねぇ。計画的にお金をやり繰りしないと一ヶ月も持たないぞ」


 まだ低レベルな俺は、受注できるクエストは限られているため……まともな報酬は期待できず、かといって時間が過ぎるのを待ってるワケにもいかず八方塞がりな状況。


 テーブルで突っ伏していると、ギルドの中がざわついていることに気付いた。


「ぶぉおい! 舐めてんじゃねぇぞテメェ。いいから責任者を呼んで来いっつてんだよォ!?」


「困りますお客様。他の利用者さまの迷惑になりますので――」


 入口から、怒鳴り込む男の声が響く。その声に反応してか……他の冒険者たちも視線を向ける。

 そこへ、受付嬢のお姉さんが慌ててやって来て、対応を始めたようだ。


「やれやれ、人が大変な思いしてるって時に。ギルドの中が騒がしくなったな」


 騒動に興味が沸いて野次馬のように傍観しにいくことに、カウンターで揉めている男へヒロアキは注目する。


 男は、推定身長二メートルほどはあるであろう大男だ。

 筋骨隆々で上半身には何も身に着けておらず、下半身はズボンだけというワイルドな格好をしている。


 逆立った黒髪で、額と頬には切り傷がある。また頭頂部付近に大きな角が生えていた。獣人なのか……そう確信したヒロアキが眺めていると、彼と目が合ったのだ。その瞬間に……寒気のようなものを感じた俺は、思わず後ずさりをしてしまう。


「ちっ! 肝っ玉の小せえやつだ。王都のギルドにいる冒険者共のレベルの程度もたかが知れるなァ」


「だからよぉ、俺は王都のギルドマスターに用があるって言ってんだよ!」


 男はカウンターを拳で叩きつけて怒り出す。


「お、落ち着いて下さい。他の冒険者さまとトラブルを起こす前に、ご用件をお伺いします」


 受付嬢は必死に宥めようとするが、男は聞く耳を持たず、


「テメェ……誰に意見してるか脳みそで理解して喋ってんのか? 俺様の名は、双剣のアジルス! このギルドで一番強い冒険者だ」


「本日ギルドマスターは不在ですので、また日を改めて……」


「立場を理解出来てねぇな。テメェは俺様の便器代わりにでもしてやろうか!?」


 双剣のアジルスと名乗る男は怒り狂ってカウンターを蹴り上げた! その衝撃で受付嬢は尻餅をついてしまう。

 男の手には鎖が握られていた。ギルドの出口まで伸びた長い鎖を誰かに合図するかのように…二、三回引っ張ると――。


 ジャラジャっと金属の擦れ合う音が鳴り……鎖の先には 鉄の首輪が繋がれており、それを引きずっている小さな女の子が入口から入ってくる。

 幼女は四つん這いでアジルスの後をついていく。どうやら見た感じ、『奴隷』のようだ。


「ご、ごしゅじん様。お呼びでしょうか」


「いいから来い、このウスノロが!」


 奴隷の幼女は、鉄の首輪と鎖で繋がれて引きずられるような形でアジルスに付き添わされている。年齢は十歳前後か?

 姿を隠すようにフードを被っていてハッキリとは確認できないが風に吹かれて、ちらりと容姿がみえた。紅色の長い髪に、想像した見た目通りの可愛らしい容姿をしていた。服も薄汚れで……ボロ布一枚のみを着せられている。


ギルドの中に居た他の冒険者の何人かに視線を向けて品定めすると……ニタァと笑みを浮かべて幼女の鎖を引っ張り寄せる。そして、


「おっ、ぐぼ……ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ!!」


 その小さな口を手で強引に開かせて指を突っ込み、舌を指で掴み引っ張り出したのだ!

 舌の先から唾液が垂れ落ち、少女は苦しそうにもがく、その光景を見ていたヒロアキは思わず口を押さえてしまう。


「――お前らの好きなご褒美だぜぇ?飲ませてやるよ」


 だが、周りの野次馬たちは目の当たりにして一斉に目を背けた。しかし……従業員の一人が立ち上がり、カウンター越しに男へ注意を促す。


「お客様。当ギルドへ来られた目的は何でしょうか?  そのような蛮行、許される行為ではありません。即刻、お引き取り下さい!」


 強気でアジルスを注意している……が、彼はまったく動じないどころか、舌をつかんだ手を放そうとしない。

 一連の出来事を遠巻きに眺めているヒロアキは、野郎がどんななのかを知るためギルドを利用している客の一人に話を訊いてみることに、


「もしもし、あのうるさい人って誰なの?」


「この街でも指折りの実力者でな……自分よりも弱い奴には容赦がないらしい。あそこにの壁紙にギルド内での強さを数値化したランキング表が貼ってあるだろう? 現在、その一位が彼だ」


「ふーん」


 漫画のテンプレートな超展開なら、このままキレかかって感情的に成敗する場面なのだが、静観して成り行きを見ることにした。


「早く動けつってんだよ。テメェが依頼報酬を受け取りに行くんだ! この、ウスノロが」


 怒鳴りながら少女の髪の毛を引っ張ると、首輪が彼女の小さな首を締め付ける。

 彼女は苦しそうな表情を浮かべながらも……決して逆らう事はなく、


「うぅ! 痛いよ。言う事をききますから、やめて……ください」


 普通は異世界モノといったら人間が獣を扱き使ってペットのように扱うという流れがド定番なのだが「人権はない」とでも告げているような酷い場面。


「もういい、俺がやる。使えねぇなら……要らないからウチから出ていけよ!!」


 突然、双剣のアジルスは鎖を手放したかと思えば、そのまま少女を蹴り飛ばした!

 奴隷の少女は出口まで吹き飛び、地面に倒れ伏して動かない。


「痛い、痛いよぉ。 どうしてこんなことするの」


 彼女の表情は歪んでいて痛みに耐えているようだが、それでも立ち上がろうとする意思を見せる。そんな彼女の姿を見たヒロアキは疑問に思うことがあった。「なぜ抵抗しないのだろう?」と。


 命令に従うことが、まるでそれが当たり前かのように振舞う少女を見て俺は……イジメを受けていた過去の自分と少女を無意識に重ねていたことに気が付く。そして同時に、少女の元へ駆け寄っていた。


「大丈夫か」


「だ、だいじょうぶ……です」


 少女は弱々しくも返事をしてゆっくりと立ち上がった。頭に被っていたフードを取ると、隠れていた少女の顔が露わになる。


 身長は百五十センチ前後、赤色の長い髪を、顔は幼さが残るものの整っており美形だ。大きな紅い瞳を持ち、人形のように可愛らしい顔立ちをしている。歳は十歳くらいに見えるが実年齢はもっと下かもしれない。


 驚くべきことになんと、少女の頭部には獣の耳と尻尾が生えているではないか!


「お前……もしかして亜人――なのか」


「ひ、ひぃ!?ごめんなさい、ごめんなさい。打たないで、何でもいたしますから!」


服装は薄手のワンピース一枚だけを着ており素足で、靴も履かせてもらっていないようだ。

彼女は俺の顔を見るなり驚いた表情をしたかと思うと、怯えてしまった。


「まず名前を教えてくれないか?」


「――りりり、リーフィアです」


彼女は目に涙を溜めながら名乗る。



「なぁ、リーフィア。君はなんでこんなモノに縛られてる?あの男の人とはどういう関係だ」


「――数年前に「厄災」と呼ばれる人間狩りにあい、故郷を焼かれて彷徨っていたところ……奴隷として買われ……ました」


声は小さく聞き取りづらいが、それでもしっかりと意思疎通ができている。

リーフィアは俯いて震えだすと、ぽろぽろとまた涙を流し始めながらも事の経緯を語ってくれた。


「故郷を、住む場所を失ったのか」


「お兄ちゃんは、私を……助けてくれるの?」


「……残念ながら俺は他人を庇えるほど余裕もないし、お人好しでも、正義の味方じゃあない」


絶望と悲しみに満ちた表情になり、リーフィアのその瞳には大粒の涙が溜まっていた。


俺は優しく頭を撫でてやると――彼女は嗚咽混じりに言葉を紡ぎ始める。

その声を聞いていると、心が締め付けられるような錯覚に陥るが、それでも目を逸らさずに少女の言葉を聞いた。


「た、助けてください。お願いいたします」


「仕方ねぇ――なァ」


 重い腰をヒロアキは上げると、面倒臭そうに呟いた。


「お兄ちゃん、今なんてえぇェ……」



「――少し待ってろ。俺が代わりにぶっ飛ばしてきてやる!!」



 言葉を聞いたリーフィアは目を丸くして驚いている。

 そして……ヒロアキは、アジルスの元へ歩みを進め、再びギルドの扉を開けて中へ入った。

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