第一章7 『異世界の実力者たち』





 照り付ける日差しの中……ヒロアキ、レイナとメリアの三人は畑を荒らしているモンスターを退治する為に町外れの農場近くの草原へと歩いてやってきたのだった。


 俺たちは依頼主である村の村長宅へと向かう。すると、玄関の呼び鈴を鳴らすとすぐさま扉を開けて出てきたのは老人だ。おそらくこの人物が村長なのだろう。


「おぉ、冒険者さん達……お待ちしておりましたよ」


 一行の姿を確認するなり、彼はニコニコしながら迎えてくれるのだった。彼の見た目は60歳ぐらいだろうか。細身で小柄な体つきをした白髪の男性だ。


「依頼を受けて参りましたレイナと申します。さっそく詳しいお話を改めて、聞かせてもらえませんか?」


 玄関先で話し込んでいると目立つため、まずは村の中でも良い場所で討伐クエストの依頼内容を詳しく話したいということで、俺たちは村長宅を後にした。そして村の広場へ移動すると彼は口を開く……彼が冒険者に依頼する経緯について説明し始めた。


「実は、最近になって畑の農作物が荒らされる被害がでましてな……。村ではその犯人を突き止めようと調査をしたのですが、一向に犯人は見つからずじまいなんですよ」


「それで俺たち冒険者に声が掛かったというワケだ」


「えぇ……村の若い衆が調査しても手掛かりはつかめずじまい。困り果てていたところにレイナさんと、メリアさんの二人の噂を聞きつけて、 お呼びさせて頂いたのですじゃ」


 曇った表情で語る村長から、レイナは事件の詳細を聞き出していく。


 異変に気がついたのは十日ほど前のことだった。村長宅の庭に植えてあった農作物の中から野菜の芽や根などの一部が食い荒らされた痕跡があることを村人が発見したのだ。


 その翌朝に畑を見に行くと、さらに被害は拡大しており……それから毎日のように同じ場所から作物を盗まれるようになったらしい。会話のやり取りを聞いていたメリアは続けて、


「……なるほど。つまり、畑を荒らしている犯人を見つけて退治してほしいということね」

「ところでそちらの男性は?」


 依頼者の老人はヒロアキのことを不思議そうに見ている。


「俺の名前はミアケ・ヒロアキっす。冒険者に成り立ての初心者ルーキーです!」


「ほぅ。新人ですか……将来の夢などはあったりしますかな?」


「そうっスね。具体的なヴィジョンとかは浮かばないですが、ゆくゆくは最上級Lvのマスターランクを目指しています!」


「道のりは険しいですが……成れるといいですね」


 これが初対面なのにも関わらずに老人はニコリと俺に微笑みかけてくる。その優しい微笑みからは彼の優しさが伝わってくるのだった。


「と、いうことが……どうか頼まれては貰えないだろうか」


 村長は深く頭を下げて、俺たちに頼み込んだ。


 すると「任せてください!私たちで必ず解決してみせますから」とレイナが胸を叩いて自信満々な様子で答える。


「レイナ。とにかく依頼を引き受けてあげましょう。それで村長さん、畑の被害にあった場所はどちらにあるのかしら?」


「あ、ありがとうございます! 少し待ってくれ。被害があった場所について伝えよう」


 被害が出始めて以来、村の農作物の収穫量は激減してしまっている。このままでは村の生活に支障をきたしてしまうため、一刻も早く犯人を見つけ出して討伐してほしいとのことだった。


 村長から詳しい話を伺った俺たちは、さっそく二箇所ある畑へと向かった。すると、何かを発見したのか女剣士のレイナはある場所へ向かって指を指した。彼女は犯人が残した一部を見つけたという。


 確かに作物が食い荒らされた形跡があるではないか!しかも、


「こっちを見て。荒らされたと思しき右側の畑は比較的古めだけれど、左側の土に残された足跡が新しいものだよ」


「……本当ね。この足跡は人間の履いてる靴のよう、そもそも左右で形が違うわ」


 土に残った犯人の足跡を、魔法使いのメリアが冷静に分析する。確かに彼女のいう通りだ。左側の畑に残された足跡には、人間のような形をしたものが刻まれているのに対して……右側にある荒らされた畑の方は、まるで一直線に線を引かれたかののような跡だった。


 当然、無抵抗で村の住人たちも畑がやられるのを静観していたワケではない。防護対策で畑の周りを囲っていたであろう柵や、金網が薙ぎ倒されて無惨な状態になっている。


「足跡以外の情報や手掛かりになるものがあれば犯人を特定することが可能なんだけどなぁ」


「うーん。跡だけ見てもこれが、何のモンスターなのか見当がつかないよぅ。ドラグニア世界には、たくさんの種類の生物が生息しているから」


 そう言って、レイナは腕組みしながら考え込む。俺は召喚されてまだ日も浅く、異世界について何もわからないので、助言をしてあげることもできない。


「ヒロアキさんと……いいましたね。あなたは何か魔術は扱えるの?」


 魔法使いの女性、メリアはヒロアキにそう尋ねてきた。魔法のことか……確か俺を追放した冒険者チームの連中がモンスターを狩る時に、火の球を飛ばして攻撃に使っていたアレのことだ。


「すまない、冒険者になる申請をしたばかりで何も習得出来てないんだ」


「……そう」


「思い出した! 異世界転生で飛ばされてきた時に、一つだけデフォで覚えていたものがあったな。他の国の言語を一聴するだけで日本語に変換する翻訳スキル」


「いせかい、てんせい? ギルドで声を掛けた時もそう言っていたけど。一体……何の話をしているのかしら」


「あ、ああ。こっちの話だから気にしないで、どおりで俺と普通に会話が成立するワケだ」


 なぜ異世界に転生されてから、ドラグニア人と言葉が通じていたのか疑問に感じていたが……そういうことだったのかよ。


「魔法について知らないのも無理ないわ。あなたは確か、遠い国から来たのよね」


 ――ここでは、異世界の全体で広く使用される「魔術」についておさらいする。


 現実には存在しない物質『レノ』と呼ばれるものが世界樹から放出されている。それは空気のように目で見ることはできない。


 酸素を吸うことに効果があるのと同じで、空気中に含まれているレノを体内へ取り込んでエネルギーとすることにより、魔法を使用することが可能になる。


 無尽蔵に使える訳ではなく……現在の冒険者ランクや使用者のLvに応じて魔法を使える回数、レノの総量が異なるのだ。


 言い換えれば『レノ』は魔術を起動させる為の動力源で、ガソリンのような物。体内魔力と呼ばれることもある。



 メリアは念じて指先から火を灯すと魔法が実際にどんなものかを見せてくれた。


「……これが魔法です」


 指先から出した火をメリアは、そのまま空中に浮かせる。自身で展開されたそれを彼女は自在に操ることが出来るようだ。


「すごいな! 魔法ってこんなこともできるのか」


「……この程度の基礎的な魔法なら誰でも使えるわ。対象へ飛ばして攻撃することも可能よ。ただ、上級の魔法となると話は別だけど」


「それで初級レベルなのかよ」


「まずは魔術の学習と習練が先ね。たくさん努力が必要だし、魔法の属性や覚えることも多いわ」


「へぇー、そうなのか。俺もいつか使ってみたいよ!」


 間近で魔法に触れて、冒険に役立ちそうなのも習得していきたいという気持ちがより強くなる。もしかしたら日本のスクール的な似たものが異世界にもあって、魔法を学ぶ為の学校なんかも存在するのだろうか?


「魔法使いなんだろう。 標的を追跡したりする魔術は扱えないのか?」


「もちろん使えます。 ……ですが、犯人の情報が少な過ぎてなにもできないわ」


 確かにメリアの言う通りだ。現場の状況だけでは手掛かりが少なすぎる。


 村の周辺を捜索することになったのだが事件現場である畑の周辺には何も手掛かりになりそうなものはなく、村の住人に目撃者がいないか、と話をきいても「怪しい者は誰も見ていない」と皆、首を横に振る。ただ時間だけが過ぎていった。


 若い女の子二人に頼りきりではいけない。俺も犯人を特定できる決定的な手掛かりがないか探し回っていると、


「もっと奥まで引きずったようなのがあるぞ」


 すると……ヒロアキがあることに気付く。

 畑の周辺の地面に何かが這いずり回ったような跡が残っているのだ。そして、跡はまるで何かの形をなぞるかのように続いていた!それはまるで……うねった蛇のような形だった。レイナが俺の肩を軽く叩いて、


「ねぇ、ヒロアキ。どしたの?」


「不自然に地面に這いずったような跡がある。これを辿って行けば犯人の正体が解るかもしれない」


 俺達は地面に残された跡を辿り、畑の周辺を探索していく。そして……その痕跡が行きついた先は、村の外にある草原だった。


 村の外にある茂みに足を踏み入れたヒロアキは、犯人の痕跡を辿って行く。すると、そこには大きな大木があり、幹には何かで引っ掻いたような傷跡が残っていた。この木はおそらく、村から見える位置にあることから目印として利用されていたのだろうと予想できる。レイナが傷跡をみて、


「これを見て! 木に付けられた傷は比較的新しいね」


「……本当だ」


「――そこの君、敵が近くに身を潜めているかもしれないよ。気を付けて」



 ――ガサッ!

 草むらから物音がして、何かが飛び出してきたのだ。それは大きな蛇のモンスターだった! 鋭い牙を剥き出しにして、猛スピードでこちらへ向かってくるではないか。



「な、なんだよ。あのバカでけぇ蛇みたいのは!?」


「……爬虫類型のあれは、サラマンダー。なぜ精霊種がこんな場所に」


「嘘だろ、初期ステージでまさかのボスキャラが!? この異世界バグってんのか。何かの不具合だ! おれ殺されるぅ〜!!」


 膝ぐらいまである大きさのモンスターや四足歩行するのは、個人クエストで倒せたから襲われても怖くはなかった。だけど、正直言って逃げ出したい。サラマンダーといやぁ創作物やゲームで出現する『精霊』の名前で有名な定番の強敵じゃないか。


 低級のモンスターならば倒すこと自体容易だが、怖さの度合いが違い過ぎる、あんなバケモノ相手に戦えば命がいくつあっても足りやしないよ。


 涙目になっているヒロアキを余所に、冷静に状況を確認している魔法使いの少女メリアは、


「――っ!」


 魔法を唱えて杖の先端から火球を放ち、サラマンダーに直撃させた。


「やったか!? 魔法使い」


 が……ものすごく硬い鱗で覆われており、あまりダメージは与えられていないようだ。


「……やはり、威力の弱い魔術では傷一つ付かない。ここは最上級魔法を使うわ。――レイナ、大量の魔力を練るのに時間を稼いでちょうだい」


「よし頼まれた! 私の出番ってわけね。任せといてよ」



 腰に下げた鞘からレイナは騎士剣を抜いて、自身の何百倍も近い体格の相手へ牽制する。サラマンダーの尻尾や牙による攻撃を、少女が軽い身のこなしで難なく躱してゆく。


 まるで……ヒロアキには、RPGゲームに登場した戦場を駆ける女騎士の姿に重なって見える。


「――はぁぁッ!!」


 少女は、剣を振り回してサラマンダーに斬りかかると、魔力のオーラを纏った斬撃を放った!


 飛ぶ斬撃は極光が迸り、硬い鱗を粉砕しながら巨大な尻尾をたやすく切断してみせる。その一太刀による威力は一目瞭然だった。


 その間にメリアは魔力を練り上げて呪文を詠唱を始めている。肝心なヒロアキはというと、驚きのあまり突っ立って二人の戦闘を観戦している状態。


「じょ、冗談じゃねぇ。――なんだ、あの子達の力は……!?」


 異世界でのハイレベルな凄まじい戦闘をヒロアキは初めて見せられた。


 レベルの差こそあれど、レイナとメリアは魔法と剣で、ジリジリと少しずつ大型の敵にダメージを与えている。


「――――」


 ファンタジーやアニメの世界でしか感じることのできなかった、リアルな戦闘の衝撃をヒロアキは見せ付けられて、ただ呆然とするしかなかったのだ。


 一般人の自分とは違い過ぎる。彼女たちが自分よりも圧倒的に格上の存在であることをヒロアキは改めて思い知ったのだった。


「くるぞ!?どんな魔法なんだ」


 そして……ようやく準備が整ったのか、メリアは杖を高らかに掲げると魔法を行使する体勢に入る。



「――『バーストノヴァ』!!」



 最上位魔法の1つ。

 呪文を詠唱し終えたメリアは杖を前に突き出すと、上空にすべてを焼き尽くす巨大な光球を生成した。

 放つ熱量は凄まじく、空気が焼けてバチバチという破裂音が鳴っているのが聞こえるほど。


 危険を察知したのか剣士のレイナは、小脇にヒロアキを抱き抱えて攻撃の範囲外へ走り出した。


「うぅわあ!?」


「キミ、ぼーっとしてたら炎に巻き込まれるよ」


 魔法使いのメリアは、真下にいる敵へ光球を振り下ろした。そして……光球がサラマンダーに直撃すると大爆発を起こし、激しい閃光と爆炎で周囲一帯が包まれるのだった。その威力たるや凄まじいもので、爆風によって俺は吹き飛ばされそうになってしまう。


 あまりの衝撃にヒロアキは意識が飛びそうになる。一緒にいたレイナが盾を出して防いでくれていたおかげで、なんとか耐えて立ち上がることができた。


「ありがとう」


「どういたしまして。あなたは、ケガしてない?」


 まるでミサイルでも着弾したような爆発音を立てて地面ごと焼き尽くしている。半径十三メートルのわん状のくぼみが発生しており、そのせいで草原に生えていた草や木々も完全に消滅してしまっていた。


「結構遠い距離で戦っていて正解だったよ。村のある範囲に被害は出てなくて、無事みたいだ」


 襲ってきたサラマンダーはというと断末魔をあげる間もなく、一瞬で塵と化してしまった。……というより、文字どおり消し炭である。


 煙炎と衝撃に巻き込まれたはずの魔法使いは、強力な防御魔法を発動して身を守ってたらしく無傷で平然と立っていた。一応、無事であるかを確認するためにメリアの方へ駆け寄って、


「無事で良かったよ。いやぁー驚いた! あんな魔術を使えるなんてさぁ。歴戦の猛者みたいでカッコイイな」


「……褒められても別に、ちっとも嬉しくなんかないわ」


 顔を逸らして、ヒロアキの顔を見ようともしなくなった。だが、耳まで赤くなっていることから内心では少し嬉しいようだった。


 『ははぁん、メリアとかいう名の魔女っ子。さては、感情を表に出さない澄ましたクール系と見せかけての……中身は……ツンデレだな!?』


 確信した確固たる何かがあって、俺は心の中でつぶやく。いいや、いま確定した!


 ひとり会話からハブられていると感じたレイナが、俺らを呼び戻しにやって来て、


「早く村へ戻ろうよー、二人とも。村長さんが首をながーくして帰りを待ってるかも」


 それから、サラマンダーとの戦闘が終わった後、村へ帰還して村長に報告を済ませた俺達はクエストを達成したのだった。


「わりぃ、すぐに村長さんのところへ戻ろうか!」


 そういや、はじめに畑を調査した時に着いてた人間の足跡はなんだったのだろう?村長のくつのサイズとは合わないみたいだし……。




 『この一件で俺は、異世界で生き抜くのがどれほど厳しいことかを身を以て痛感させられたってワケだ……』




 ここに来てから俺だけの戦い、というものを全然経験していないな。ドラグニアでの異世界生活……これからどうなっちゃうのだろう。不安しかねぇ。


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