第一章6 『魔法使い』





「――さて行動開始だ」


 王都の外へ出るとすぐ草原で奥には高い高い山が見える。緑いっぱいに広がる美しい景色、そこには元居た世界の外と同じように動物たちがいた。


 しかし、元居た世界とは明らかに異径の姿をした生き物のモンスターたちが群れを成して何十と自然にいる。


 その中にが受付嬢が教えてくれたグリーンスライムとやらの姿を3匹見つけた。初心者でも倒せる低Lvのモンスターらしい。


「こいつ等をひたすら狩れば、多少は力も付くはずだ」


 冒険者ギルドの掲示板で発見したルーキーランク用のクエストを受付で発注して貰い、能力UPも兼ねて草原へやってきたというわけだ。


 まず初級者向けで倒せそうなグリーンスライムを相手にすることにした。軽く深呼吸すると、先陣を切るように群れに走り寄る。


 走ってくるのを感知したのか黄緑色の丸い塊が3つこちらに向かって来るのが見えた。その内の1つは、やや大きめだ。攻撃を加え易いと思い、狙いやすい標的と決め、ヒロアキは短剣を構えた。


 大きく振りかぶった斬撃はオレンジスライムに当たる。すると、魔物は細かい部分粒子状になって消滅する。そして、ヒロアキの全身に力がみなぎってくるのを感じた。


 テレビゲームのように、ステータスが表示されたりといったことはないようだ。しかし、倒した感覚はあったのでおそらく多少の経験値を得られたのだろう。


「おお!モンスターを倒したことで経験値が蓄積されてステータスがアップしたのか」


 狩りの仕方のコツを覚えたヒロアキは名案を思い付く。倒したモンスターは稀に薬草などの小さなアイテムを落としたりするということを冒険者達から教わっていたので、それらのドロップ品を街に持って売りに行けばお金になるかもしれないと考えたのだ。


「よし、やってみよう!」


 効率的にモンスターを倒す為に低Lvのオレンジスライムを重点的に狩ることにした。その後、一時間も経たないうちに70体近くものスライムを倒すことが出来たのだった。


「この調子でドロップアイテムを量産して街に持って行けば銅貨ぐらいには換金して貰えるはずだ」


 数時間と費やし、ひたすらに標的を倒しては魔物がドロップするアイテムを道具屋に持って行き、買い取ってもらって売るという作業を繰り返し続ける。


 日が暮れたら安価な宿屋に泊まって休憩。また魔物を小刀で斬っては倒す、この日程を2日間もやり続け――ついに、


「こんなモンでいいだろうか。質屋で換金して、銅貨や金貨なんかも貯まってきたぞ。それに腕力もそれなりに付いてきている、計画どおりだ」


銅貨 :300枚


銀貨 :700枚


金貨 :900枚


 ……を2日間で獲得することができた。


「えっと……異世界の通貨単位は1ロギー、=1円 だから合計残金5万9000か。けっこう儲けたな! 王都へひきかえそう」


 キリの良いあたりで王都へ戻ることにしたヒロアキは途中で冒険者ギルドへと立ち寄った。


 そこで立て掛けられていた掲示板に、チーム募集の張り紙を発見する。ヒロアキの条件に合った案件を探してみたところ、面白い情報を得ることが出来た。


「なになに? 共にクエストをこなして君もランクを上げよう! 冒険者パーティ募集、高収入。やる気ある者求む。だってさ」


 高収入?嘘つけ。日本でもたいてい、こういう謳い文句が書いてあるチラシは詐欺だって、ばあちゃんが言っていた。


 どうせ誰も来やしないさ…。


 それ以外にもパーティーを募集の張り紙を出していた冒険者はたちはいるが、その人たちはメンバーが揃ったのか外へクエストに出て行ってしまった後のようで、


「どうせ俺と組んでくれるヤツなんていないよ。ソロで攻略した方が気楽でいい」


 そう自分に言い聞かせ、今晩に宿泊する場所の予約をしようと宿に戻ろうと、動き出したその時……後ろから二人組の女性が声をかけてきた。


「ねぇねぇ、そこのキミ。一緒に冒険者パーティー組んでみない?」


 腰に二本のロングソードを下げた剣士風の出で立ちの、気さくで明るい感じのお姉さんがヒロアキに話しかける。


 ピンク色の長髪をポニーテールで結っており、柔らかく親しみやすそうな瞳が特徴的な女性だ。


 年齢は十代後半ぐらいで、身長は百六十センチ。美しさと幼さが同居した整った顔立ちはアイドル顔負けの愛らしく優しい印象を与えた。

 

「レイナ。早くクエストに行きましょう、日が暮れてしまうわ」


 その横にいるのは、魔法使いの少女だ。


 どこかミステリアスな雰囲気を漂わす大人びた美しい容姿。腰まで届く長い黒色の髪に冷たい目を宿している、理知的な瞳の少女だった。


 薄い紫色を基調とした服装をしているが、その服の上から羽織っているマントがどこか魔法使いのそれっぽい。落ち着いた雰囲気と外見も相まって大人びて見える少女。


 背の高さはヒロアキより一回り低いが、女性では高いほうだろう。そして……この二人は共に、美人であると断言出来るほど容姿端麗である。


「いいじゃん別に! 万が一、強敵と戦う時は人数が多いに越したことはないんだしさ」


「それは理にかなっています。ですが、この男性は信用に値する人なのかしら? なんだか初心者というか……頼りなさそうな見た目をしているわよ」


 突然話しかけられたことにヒロアキは驚いてしまう。しかし、このチャンスを逃せば次はないかもしれない……そう考えた彼は思い切って、


「あの、もし…お二人が嫌でなければ僕を仲間パーティーに入れてもらえませんか?」


 ヒロアキは勇気を振り絞って、二人に向かって言葉をかける。女性二人組は少し驚いたように顔を見合わせた数秒後……答えは返ってくる。


 ポニテールの女剣士は、瞳を宝石のように輝かせて身を乗り出しながら、


「え、一緒に冒険してくれるの……!? もちろん、大歓迎だよ!」


「ちょ……待ってください、レイナ。私の方はまだ同意していないよ。勝手に事を進めないでもらえるかしら」


 魔法使いの少女が、慌てて止めに入る。が、それを無視して話を進めてしまう。


「光栄です!俺はヒロアキと申します。ぜひ冒険者パーティーに入れてください、宜しくお願い申し上げます」


「自己紹介が遅れたね、わたしはレイナって言います。 レイナ・バスティアーユ。 職業は魔法剣士やってるんだぁ!」


 彼女は、その見た目通り明るくて人懐っこい性格をしているようで……初対面のヒロアキにも気兼ねなく接してくれる。


 そんな少女とは対照的に落ち着いた雰囲気を持つもう一人の子は、少し不満げな表情をしてヒロアキの方を見てくるのだった。


「――名前はメリア・リヴィエール。よろしく」


 肩にかかる程度のミディアムな黒髪は、毛先の方がウェーブがかかっており、その髪から覗く彼女の目は氷のように冷たく鋭い視線をしている。


 とりあえず一通り自己紹介が済んだところで、俺たちは外の噴水広場に移動して、詳しい話をしてみようということになった。


「緊張しなくていいからね! 私たちは味方だから。えっと、ヒロアキ……だっけ。 変わった格好をしているけれど、何処の王国から来たの? それとも観光かなにか?」


「ウッス。実は俺、正体不明の何者の策略で、異世界転生させられてドラグニアへやってきたんだ」


「いせかい……てんせい?」


 すると、女剣士レイナが驚いた様子で目を見開く。異世界に辿り着いて何回目だろう。またこの反応だ。


「……おそらく時空間を移動する魔術の類いだと思うわ」


 メリアが説明しようとしたその時。レイナは何か閃いたように手を叩いて、


「あ! わかった。 ヒロアキって、魔術師なんだよね! 王都へ魔術を習いに遠くの村からやってきた留学生でしょう?」


 どの角度から、この服装の俺を見たら魔術師にみえるのだろう。もしかして…このレイナという名の娘は天然っ子なのか?しかも初対面なのに呼び捨てとは、コミュ力が高いな。距離感の詰め方が陽キャのそれじゃねぇかよ。


「えぇ……」


 いきなりの飛躍した解釈に俺は呆気に取られてしまう。メリアも深いため息をついているし、これだからこの人は……といった様子だった。


「もう、レイナは手当たり次第に声をかけるんだから。困っている状況とはいえ、無警戒にもほどがあるわ」


「とーにーかーくぅう! 今はヒロアキのことを助けてあげよう。ほっとけないよ」


 俺は協力してクエストに参加してみたいだけで、大して困っているワケではないのだが……都合よく良い方向へ話が進んでいるので指摘しないでおこう。


「今度は俺が質問する番ね。見た感じ、お姉さん達は二人で各地を旅しているみたいだけど……この世界のことについて詳しく教えてくれないか?」


「……ちょっと話すだけなら時間も取られないし、構わないわ」


 なんだかそっけない態度で対応された気がしなくもないが、魔法使いメリアは人付き合いが苦手な性格タイプのようだ。


 しめた! 俺はまだ知らないことが多過ぎるので、ここは現地の人間から色々と聞くことが一番手っ取り早い。


 ――まず、この世界はドラグニアという。


 この異世界には魔王と呼ばれる大きな闇の力が存在しており、魔物やモンスターを操って人類に被害を与えている。


 そして遥か昔……征服を企て、魔界から降臨した魔王と世界を守る為に共に戦った人間と竜がいた。


 激しい死闘の末、世界を危機から救った竜の功績を称えて名付けたのがヒロアキが立っている地、ドラグニア王国。


 その王都を中心に冒険者をしているレイナとメリアの二人は、各地を旅して困っている人を助けながら旅をしているようだ。


「私たちはいま、討伐クエストを任されているのだけれど人手が足りなくてね! そんな時にキミを見かけて声を掛けたってわけなの」


「討伐クエストの内容って?」


「最近になって畑の農作物を荒らしているというモンスターが出没するようになって、村のお爺さんから退治してほしいって頼まれちゃったんだ。だから、お願い!」


 そう言いながら、レイナが上目遣いで訴えかけてくる。どうやら俺にモンスターを退治するのを協力してくれ、ということらしい。


 あの悲惨な出来事があって以来、俺はずっとソロで活動をしていたから、基本は自分でこなすようにしていた。なので、いきなり知らない人達とクエストに出かけるというのは、なんだか緊張してしまうのだが、


「……無理に強制したりはしません。レイナが選んだ方なので、様子を監視しながら貴方を信じてみることにします」


「おぉ、それは良かった。さっそく準び――」



 続けて「ただし……」とメリアがヒロアキを睨みながら言葉を付け加え、


「妙な動きや、怪しい言動をしたら攻撃魔術を行使して背中から撃ち抜きますから。そのつもりでお願いしますね」


 こっちは異世界のツンデレっ子か。物騒だな、おい! かなりヒロアキを警戒しているのか辛辣な言葉を浴びせてくる。


「パーティーを組んで大丈夫なのか?……この人たちと」




 こうして俺は、女剣士のレイナと魔法使いの少女メリアと共に、討伐クエストへ参加することになったのだった。ヒロアキ達は冒険者ギルドで受付を済ませた後、村の近くのまで足を運び、そこでモンスター退治を行う場所まで動き出した。

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