第37話 亡霊婚約者
煌びやかな照明の下、色とりどりのドレスが咲き乱れた。
王宮のダンスホールでは大理石の床に高い天井、巨大なシャンデリアがゲストを出迎え、豪華絢爛な装飾にむせ返るような花の香り、贅を極めた王族の正式なパーティーは、それだけで全てを美しく照らし出す。
螺旋階段の上には真紅のカーテンがひかれ、中には王族の席が設けられていた。
カーテンが開かれると、そこには椅子が三つ用意されていた。
真ん中に座る国王ルイス、その隣に本日のパーティーの主役である王弟ソレス。逆隣には空白の席が一つ置かれていた。
三つ目の椅子には、国王の御座に使われ対となる宝飾が施されている。つまりこの椅子は本来王妃がかける椅子で、その事に気付いた階下の貴族はわずかにざわめいた。
未だ結婚をしておらず、婚約者も行方不明である国王の隣に用意された椅子に、一体誰が座るのか。ゲストは気が気ではなかった。
「まさか侯爵令嬢が静養から戻られたのか?」
「歳を重ね公式行事から遠ざかっていた太后に用意されたのでは?」
「亡霊に用意したのであればいよいよあれだぞ」
「にわかには信じがたいがこんな噂があるそうだ。なんと陛下は新たに――」
推察がそこかしこで始まる中、ファンファーレの合図と共にルイス国王が登場した。続いてソレス王弟殿下が入場する。
二人は階段を上り王族席に立った。
一同は階下から国王に平伏した。ゲストの代表として宰相であるバルサ=ランズベルト公が前に出て、ソレスへ祝いの言葉を述べた。
二人だけの登場に、三つ目の椅子は空席であったと特に意味はなかったと誰もが結論付けた。
「みな弟ソレスの誕生を祝いに来てくれて感謝する。今宵は存分に楽しんでいってくれ」
挨拶が終わるとダンスホールには人々が流れ込み、楽団の陽気な演奏に合わせて優雅に踊りだした。
ルイス達の元には貴族が順に並び、挨拶をしていく。
「ソレス。今日はお前の誕生日だ。せっかくだから下に降りて踊ったらどうだ? 皆も喜ぶだろう」
未婚のソレスに対しての計らいに、少女達から期待のこもった視線が向けられる。
「そうですね。今日は私の誕生日ですから、もしわがままを聞いていただけるのでしたら、陛下も今日はただの兄に戻り、共に楽しみませんか?」
ソレスの提案に、階下の少女だけでなくその親達からも歓声が上がった。
ルイスは弟の提案を快く受けると、腰をあげゆっくりと階段を降りて行った。
国王と近づける機会は滅多にない。すぐに自分の娘を売り込もうと人々が殺到した。
色目を使われてもルイスには興味がなかったし、自ら手を差し出してダンスを申し込む気も更々なかった。
「あの、陛下? ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」
会話の最中にルイスの裾を軽く引っ張り割り込む少女がいた。
「……ルディア嬢どうされた?」
その空気の読めなさと大胆さは父親似か。ルイスが振り返り名を呼んだだけで頬を赤らめた。
「本日はお招きいただきありがとうございます。私はいつも陰ながら陛下のお姿を拝見し、尊敬しておりました」
話が長いな。ちらりと視線を動かし周りを確認する。
視線の先に目的の人物を見つけ、顔が緩みそうになるのを引き締めた。
「それで、あの、わたくし、良からぬ噂を耳にしました。お訊ねしてもよろしいでしょうか。陛下が王城に、女性の方を、その……」
ルディアの発言に周りが静まり返り、固唾を呑んでルイスの様子を窺った。大胆なのか空気が読めないのか、ルディアの不躾な質問に皆が驚いていた。
会話に乗り気じゃなかったルイスも、是非聞いて欲しかったと思わず笑みが零れた。
ルディアは先を濁し、羞恥で真っ赤に染まった顔を扇子で隠した。生娘らしく装ってはいるが、言動は不躾で、確かめずにはいられなかったといったところか。
「もう噂になっているのか」
「! それではーー」
「ああ。彼女なら毎晩私の寝室で眠っている」
ルイスの発言に会場がどよめいた。
いつの間にかルイスを囲む者達以外も背中越しに会話を聞いていた。
ルディアの言う通り、王城ではある噂が広がっていた。
ルイスの私室に女性が寝泊まりしているとーー。
確かに毎晩私の私室で寝ている。……そこに私はいないがな。
「今更説明する必要もないだろう。誰にも文句を言われる筋合いはない。なぜなら彼女は――」
人気のない壁際にひっそりと佇む女性に視線を向けた。
ルイスは人垣を掻き分けて真っ直ぐ壁際の女性の元へ向かった。
群衆が左右に避けて道となる。もう彼女以外を映したくはないとばかりに視線は釘付けになっていた。
ゲストの面々も国王の視線の先を追った。国王が見つめ続けるベールを被った女性に興味が集まる。
彼女の纏うドレスは、ルイスの瞳と同じ紫紺色。
ルイスは女性の側に立つと、自らがベール優しく剝ぎ取った。
「私の婚約者リディアナ」
ざわりとひとつのうねりとなって会場がどよめいた。
信じられないものを見るかのように、人々は口を大きく空けて目を見開いた。
リディアナは差し出されたルイスの手をとると、寄り添うように共に歩き出した。
ルイスはリディアナを自分の色で包んだことに、優越感を抱きながらエスコートして螺旋階段を登った。
そして空席だった王妃の席を勧め、共に腰を下ろした。
***
「そ、そんな! 亡霊ではないのか!?」
「まさか生きていたとは……」
「ではやはりエルドラントの?」
「うそよ信じないわ!」
「罪人の娘が王妃の椅子に座るとは何事か!」
リディアナは、人々の動揺と非難の声を二階から眺めていた。
先程ルイスとソレスが階下に下りる混乱に乗じて、リディアナは騎士の誘導でこっそり会場入りした。
予想通り、行方不明だった婚約者の登場に一同騒然とし、動揺の声が鳴り止まない。
二年前の教会で起きた非難に似たものがあるのに、椅子に座りながら眺めるリディアナの心は不思議と落ち着いていた。
もう、ルイスしかみえなかった。
このドレスは私のために用意してくれたのだと今ならわかる。
サイズもぴったりでよく見ればルイスの衣装にも細部にリディアナの髪の色である白金がちりばめられていた。その胸ポケットにはリディアナの瞳の色と同じ、青い花が添えられている。
まるで二人が想い合う恋人同士のように、互いに自分の大切な人だと周囲に誇示しているようだ。
「リディアナ」
「はい」
「このパーティーが終わったら君に話したいことがある」
「はい。私も陛下にお話がございます」
「名前で呼んでくれ」
「はい。ルイス様」
もう逃げない。結果がどうであれ、自分の素直な気持ちを伝えたい。そう思った。
だからお願い! 無事に終わって!
二人の前にワインが運ばれてくる。
めでたき日の祝杯にと、ルイスが皆に用意させたものだ。
目を閉じて呼吸を整える。バルサと練った計画がここから始まる。全ては一発勝負の大芝居!
バルサはリディアナがパーティーに参加することを密かに犯人にほのめかしていた。
すぐにでも結婚してしまいそうな二人の、リディアナがルイスの私室から出ないので、後にも先にも邪魔な婚約者を亡き者にしたければ、このパーティーしか機会は無い。
視線を動かし、ゲストの中にアルバートを見つける。リディアナと目が合うと、彼はゆっくりと頷いた。
それはリディアナのワインに、犯人が毒が盛ったと知らせるサインだった。
リディアナは浅く呼吸を吐く。
次にバルサの方へ目を向けた。同じ様にこちらを見てゆっくりと頷く。
それは毒を盛った実行犯を捕らえ、父トマス=エルドラントもパーティーにうまく潜り込んだことを知らせる合図だった。
舞台は整った。
リディアナがゆっくり頷くと、計画を実行する最終の合図となる。
毒の入ったグラスを零さぬよう両手で持ち、ごくりと唾を飲み込んだ。
後はリディアナがこの毒入りワインを皆の前で飲み、倒れたところをアルバートによって解毒薬を飲まされて事なきを得る予定だ。
その後バルサが犯人を連れてきて、トマスが解毒薬を作るために逃亡した事を皆の前で説明する。
センセーショナルな出来事を目撃させた後に、解毒薬の効果を見せつけて、会場に集まった参加者全員を事件の証人とさせる。
今夜、ようやく真実を公にすることが出来る。
世論の誤解を一気に解き、トマスの名誉回復に一石を投じるのだ。これがバルサの計画だった。
リディアナは一発勝負の本番に集中して、任務の遂行に集中していた。
だから隣のルイスがこちらの様子を窺っていることに、気づかなかった。
ルイスが立ち上がり、グラスを掲げ声高に宣言した。
「我が婚約者リディアナが、再び元気な姿で私の元へ戻ってくれた。今日は二重の喜びに感慨もひとしおだ。今一度、今日はソレスとリディアナのために楽しんでいってくれ」
ルイスはグラスを高く上げ、祝杯を一気に飲み干した。それを待って階下の皆もグラスを掲げ、口に含んだ。
リディアナも皆が飲み干すのを待って、満を持してグラスに口をつけた。
そして腕を上げ、一気に流し込んだーー。
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