第36話 再び婚約者に
三人で計画を立てた後、アルバートはリディアナを送るため城内を歩いていた。
「言っておくが、俺は反対だからな」
リディアナと並んで歩きながら、呆れと怒りを隠さず棘のある口調で突き放す。
「反対だけど協力はしてくれるのでしょう?」
悪びれもせず平気でこんな事を言い出す女は性質が悪い。
「私ね、ルイス様が好き」
「……」
言い訳のように告白するリディアナに、知ってるよと心の中で答え、やっと自覚したのかと呆れた。
ベールを被ったリディアナがどんな顔で言っているのかわからなかったが、それでもルイスを守りたいという意志は伝わっていた。
しかしそれが無茶を肯定する理由にはならない。
「お前は何もわかってない」
女に守られて喜ぶ男はいない。まして相手が好きな女なら尚更だ。
「また陛下に隠し事をして勝手に動くのか? 今回ばかりは俺は陛下に同情するし陛下の味方だね。今回の作戦、お前の言うとおり協力はする。だが絶対に納得はしない」
「それでいいわ。ごめんねアル」
ここまで言っても意志は曲げない頑固者に、腹を立てながらも見捨てられないアルバート。無茶をするならせめて近くで守ってやろうという気持ちになって折れてしまうのはいつものことだった。
「腐れ縁か……」
人気のない薄暗い廊下は少し怖くて、ゆっくりした歩調が悔恨に誘う。
「レイニーがね、アルと家同士が敵対しているのに何故友達でいるのか、無意味なことに何の価値があるのか不思議だったって言ってたの」
いつのまにそんな恥ずかしい話を人のいないところでしていたのだと抗議の目を向ける。
「続きはアルに聞けって言われたよ」
「知るか。そんなもん忘れたよ」
リディアナはくすくすと笑い出し、レイニーも同じ反応だったと教える。
「でも絶対レイニーは覚えていたと思う。懐かしそうに話していたから」
「……」
俺も覚えている。
だけどこれは他人に聞かせる話じゃない。俺達の、恥ずかしいけど大事な青春の一ページみたいな部分だ。
リディアナは益々聞きたそうにしていたが、教えてやるかと知らぬ振りをして歩いた。
国王の私室までは三重の重い扉にそれぞれ近衛騎士が立ち、厳重な警備が施されていた。
騎士にリディアナが戻ったと伝え、一番手前の扉の前で別れを告げた。
「大丈夫か?」
重々しい扉を前に、急にリディアナがいる場所が窮屈そうにみえて思わず口をついた。
「私ね、ルイス様とのこと、色々難しく考え過ぎて身動きが取れなくなっていたと思うの。だから一度リセットして、目の前のルイス様だけをみてみようって。彼が何を考え、誰を想っているのか。何が一番彼の幸せになるのか。怖いけど逃げずに真っ新な気持ちで向き合おうと思っているわ」
「そいいんじゃないか? まぁ俺はあまり心配していないけど」
「リディアナ!」
内側から扉が開かれ、ルイスが焦った様子で現れた。
奥の執務室にいるはずのルイスが、リディアナの到着を聞いて血相を変えて一番手前の扉まで迎えに来たのだ。
ほらな。何も心配いらないよ。お前はわかってないけど、陛下にあんな顔やこんな行動をさせるのはお前以外にはいないんだぞ。大丈夫。お前は愛されている。
「私はこれで失礼いたします」
礼をとって踵を返す。
颯爽と歩くと風が顔に当たり清清しい気持ちになっていた。
リディアナじゃないが、今の自分はきっと覚悟が決まった顔をしているだろう。
***
執務室に戻ると、リディアナはゆっくりと被っていたベールを脱いだ。立ったままでルイスの背を見つめる。
「もう戻ってこないかと……」
不安そうに吐露し弱みをみせるルイスに、胸がきゅっと締め付けられる。
さっきもリディアナのためにわざわざ手前の扉まで迎えに来てくれた。
しがらみを取っ払い、気持ちを自覚した途端、ルイスの行動全てを自分の都合のいいように捉えてしまいそうになる。期待してる自分がいた。
「陛下にお願いがございます」
「名で呼べ」
「……ルイス様に、お願いがございます」
何だと問う後ろ姿に物足りなさを感じる。どうしてこちらを見てくれないのだろう。
「ルイス様の婚約者として、今私がここにいる事を公表していただけませんか?」
ルイスがやっとこちらを向いてくれた。その表情は疑いと不審が入り混じっていた。
「また何を考えている?」
「貴方のことを」
正直に告げるといつもとは逆でうろたえているのはルイスの方だ。全ての計画が話せないのならば、嘘に真実を混ぜればいい。
「どういう心境の変化だ? 私との婚約は嫌なのだろう?」
いつもと違うリディアナに、ルイスが挑戦的な目で探ってくる。それも真っ直ぐに受け止めた。
「私は、私の目的のために貴方を求めます」
「ハ! あの時とは立場が逆になったな」
ルイスはゆっくりと椅子に座った。
リディアナは黙って返答を待っている。
「……元々それでも良いといったのは私か。しかしそうなればもう逃がす気も手放すつもりもない。君を私の生涯唯一の伴侶とする。君はそれでいいのか?」
「……はい」
望むところですとまでは言えないが、ルイスと結婚すると聞いて顔が赤くなってしまうのはどうしようもない。
リディアナの態度に意表を突かれたルイスが目を逸らしてしまった。
「その、ソレス様にパーティーの招待を受けたので、私も参加したいのですが……」
「わかった。元々君と出席するつもりだった」
「え?」
「明日からは政務を手伝わなくていい。今日はゆっくり休め」
ルイスは不自然に話を切り上げ、ナナリーを呼ぶとリディアナを私室に追い払ってしまった。
本人はペンを持って仕事を再開している。
やはりリディアナと結婚するのは本意ではないのだろうか。
気持ちが沈みそうになるが、先ずは目的を果たせたと気持ちを切り替え、眠る準備をした。
その夜、遅くまで執務室の灯りは消えることはなかった。
早く休めと言われたが、手伝った方がいいのではないか?
何度も隣の部屋へ行こうとしたが、逆に仕事の邪魔をしてはとベッドに戻り、まだ起きているのかと確認に立ち、時間だけが過ぎていき最後は自分が寝巻き姿であるのに気づいて、扉を開けるのを止まった。
のろのろとベッドから降りると、執務室に繋がる扉の前に立ち、手を添えて心の中でルイスに呼びかけた。
遅くまでお疲れ様です。おやすみなさい……。
「リディアナ」
心臓が飛び出るほど驚いた。
まさか扉一枚隔ててルイスがいるとは思わなかった。
「……もう寝たか?」
なぜか返事ができなかった。声と音を立てないよう口を押さえる。羞恥でどうにかなりそうだ。
「……おやすみ、リディ」
低く、擦れた声にその場にへたり込んでしまう。
まるで愛しい人を呼ぶような甘い声。勘違いしそうになる自分に、まさか、でも、もしかして、と何度も思考を巡らす。
その間も心臓はどくどくと脈打ち、喉の奥まで痛くなってきた。
「人を好きになるってこんなにも疲れるのね……」
心臓を押さえながらようやくたどり着いたベッドに倒れこむ。
恋の大変さを齢十九にして気づいたリディアナが、その後眠れる訳もなく、一人朝まで悶々と葛藤したのであった。
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