第26話 ルイスの寝室で


「何がどうしてこうなった」

「……面目ない」


 結局城へ着くまで夢中でルイスと仕事の話をしていたリディアナ。アルバートには事後報告となってしまった。

 正直アルバートの存在を忘れていた。だって楽しかったから。仕事の話が楽しかったから!

 ルイスの許可を得て、二人は王城のやたら天井の高い応接間で話し合っていた。


「ハァァァ」


 それはそれは長いため息をつかれる。


「父上には俺が報告しておく」

「お願いします」

「陛下はその後も何も聞いてこなかったんだよな?」

「うん。無理にこちらの事情を聞くつもりはないみたい」

「俺達に聞くより父上を問い質すつもりかもな。まぁリディアナを人質に差している間は自由にさせてくれるだろう」

「なにそれ」

「当初の計画とは変わったが、俺は共犯者の特定とトマス様の無実を証明する算段を考える。お前解毒薬持ってるよな? 陛下のお側にいるなら肌身離さず持ち歩いて警戒しろよ」

「わかってる。アルごめんね。バルサ様にもよろしく伝えて」


 ここで私達の旅は一端終了となり、リンディから令嬢リディアナに戻る。今までのことも含めて感謝の言葉を述べた。


「それでお前、実家には帰らないのか?」

「うん。エルドラント家に帰るのはお父様と一緒がいい。一年前にそう誓ったから……」


 本当は今すぐ母に会って謝りたい。心配かけてごめんねと、元気な姿を見せて安心させたい。

 だが同じ覚悟で旅立った父はまだ戻れない状況である。父を置いて一人戻るのは違うと思った。何のために皆を欺いて旅立ったのか。中途半端なことはしたくなかった。


「バルサ様には感謝しても足りないわ」


 主が脱獄して娘が失踪したにも関わらず、エルドラント家は未だ侯爵の地位を剥奪されていない。

 母ソフィアが代理当主となり、使用人の誰一人として辞める者はいなかった。

 それでも世間からの風当たりは強く、皆には肩身の狭い思いをさせただろう。


「それな、父の力だけでは限界があるぞ。夫人を代理当主にするなんて荒業、考えたのは父だとしてもおそらく可能にしたのは陛下だ。感謝するなら陛下にしておけ」

「ルイス様が……」


 まだエルドラント家を守ってくれているのか。

 熱いものが込み上げるリディアナの頭にぽんと手が乗せられた。


「お前、陛下の側にいて平気かよ?」


 アルバートはリディアナの気持ちを汲んで心配してくれた。


「……うん。元々陛下の力になるのが私の望みだもの。耐えてみせるわ」

「そうか。無理するなよ。嫌になったらいつでもランズベルト家に逃げて来ていいんだからな」


 もう一度頭をぽんと叩いてアルバートは颯爽と部屋を後にしていった。

 その背中に感謝をこめて礼をし、リディアナは用件が済んだと外で待つメイドに声をかけた。



   ***



  宣言通りルイスはリディアナにドレスを用意していた。メイドに手伝ってもらいながら着替えを済ませ、今日から世話になる部屋へと案内される。念のためストールを頭から被り、正体がばれないよう移動した。

 一年ぶりのドレスは違和感だらけでこの重みが懐かしい。日頃ブーツを履きなれた足は数歩でパンプスに悲鳴をあげてしまった。

 階段を登り、騎士に守られた重厚な扉を何度もくぐる。一際頑丈に守られた扉の前でネッドが出迎えてくれた。


「お久しぶりでございますリディアナ様。ここからは私が案内いたします」


 挨拶もそこそこに更に奥へと案内される。途中から違和感を覚えて何度も周囲を確認した。

 案内されたのは、絶対に客室ではありえない広く豪奢な部屋。


「あの、ここって……」

「陛下の私室でございます」

「いやいやいやいや!」


 何を言ってるのだこの人は!

 生娘を未婚男性の寝室に案内するとは何事か!

 赤面してしまった頬を両手で包みネッドに説明を求めた。


「リディアナ様は人目を避けねばならぬ身故、城内の移動を減らすためにこちらの私室を利用していただくことになりました。隣がリディアナ様がお仕事をされる陛下の執務室となっております。こちらの私室と扉一枚で繋がっており、人目を避けるには最適でなにかと便利な部屋、ということですね」

「ですね、て」

「もちろん本日から陛下は王子時代に過ごされた離宮へ移動されますのでご心配なく」


 あ、ルイス様はここで寝るわけではないのね。それなら……いいのか?


「あの、それでも陛下を追い出して私がここで寝るのはおかしくないですか?」

「いえ? ちっともおかしくありません」


 しれっと答えるネッドは、直ぐに仕事の話へと切り替えてそれ以上の質問を許してはくれなかった。



  翌日からリディアナは、ルイスの補佐として仕事に就いた。


「昨夜は眠れたか?」

「ええまあ」


 目の下に盛大な隈を作って答える。

 眠れるわけがなかった。

 始めこそふかふかの広いベッドに興奮したが、布団に入ると心臓が妙な音を立てて暴れだした。

 だって、昨日までここでルイス様が寝ていたのよ!?

 想像したら眠れなくなった。

 そんなリディアナをルイスはにやにやしながら観察していた。


「添い寝が必要だったか?」

「はぁあ!?」

「ハハハ!」


 思わず不敬な態度をとってしまったが、ルイスは上機嫌に声を立てて笑っていた。

 そういう彼は、昨夜は遅くまで執務室で仕事をしていた。

 リディアナが寝巻に着替えて髪を整えていると、隣の執務室に誰かが入ってきた。

 驚いて布団に逃げ込んだリディアナ。続き間の扉から明かりがこぼれ、それは深夜まで消えることはなかった。

 隣にルイスがいると思うと更に眠れなくなった。寝不足なのは目の前でご機嫌に笑っているルイスのせいでもある。

 呆れながら執務机の横に付けられたテーブルに腰かける。そこがリディアナの仕事机だ。


「今日はきちんとドレスを着てきたな」


 こちらを見ながら満足気なルイスに少々苛立ちを覚えた。


「ルイス様、やたらと私にドレスを着せたがりますね。隠れて仕事をさせるなら男装した方がいいと思いますけど?」


 ルイスはいやらしいと言われたと思ったのか、慌てて反論した。


「別にドレスがいいとか男装が悪いとかではない。ただーー」

「ただ?」

「男装に満足されては困る」


 困ると言われてもルイスが困る理由が全くもって見当たらない。


「……結婚」

「?」

「ーーっなんでもない! 仕事だ!」


 仕事は山積みだったので、リディアナも無駄話をやめて政務に取りかかった。


 午前中はマンディーゼル橋の件で大臣や関係者と有意義な話し合いをした。

 リディアナが考えたパズルのような設計を興味深々に食い入るように眺め、質問攻めにあった。専門家にも強度の確認をお願いした。


 昼食は大急ぎでかきこんで午後からはネッドに付いて仕事を教わった。


 翌日からはとにかくルイスの仕事内容を理解し、覚えるのに徹する。


 三日後にはもっぱら執務室で書類の整理をした。


「僅かだが麦の値が上がってきているな」

「昨年の寒波の影響のようです。今のうちに手を打っておきますか?」

「そうだな。農務大臣に価格変動に手をつけて市場に影響が出ない程度で備蓄を調整するよう伝えてくれ」

「わかりました。陛下、こちらの勅書は先に目を通していただいたほうがよさそうです」

「ん」


 書類を渡し、ノックがしてリディアナは立ち上がった。


「ネッドです」

「入れ」


 ネッドとわかると隠れなくてもいいので再び椅子に掛ける。


「陛下、リディアナ様のお客様がご到着です」


 浮いた腰のまま「え?」と間抜けな声を出す。リディアナは身を隠してここにいる。改まって訪ねて来る客とは一体誰だろうと首を傾げた。


「リディアナ様、応接室へどうぞ」

「は、はい」


 リディアナは反対隣の応接室に向かった。

 ルイスの執務室は近衛が警備する正面扉と、左にリディアナが利用している寝室、右に応接室へ続く扉があった。

 リディアナは応接室へ続く扉を開けて中へ入る。

 そこには大きな鞄を携えた女性が待ち構えていた。深く腰を折ってから顔を上げた女性は、リディアナの侍女ナナリーだった。


「お嬢様!」


 駆け寄ってきたナナリーを両腕で抱きとめる。


「お嬢様っご無事で何よりです!」

「ナナリー!? あなたどうしてここにーー」


 突然の侍女の登場に驚きを隠せないリディアナは、泣き続けるナナリーを慰めながら側にいるネッドに説明を求めた。


「陛下がエルドラント家に手紙を出し、気心の知れた侍女をリディアナ様のために派遣するよう手配しました」

 

 執務室へ続くドアを振り返る。


「皆再びリディアナ様にお仕えしたいと屋敷中の立候補の中から私が勝ち抜いて来ました!」


 涙を拭いながら笑顔で答えるナナリーに、リディアナは申し訳なさで顔を歪めた。


「……私は、あなた達に……」

「謝らないでください。お嬢様が元気でご無事ならそれで良いのです」

「ナナリー……」

「使用人一同、お嬢様のお帰りを喜んでおります。本当ですよ。ジャンなんか早くエルドラント家再建のためにお嬢様の知恵をお借りしたいと馬車にこっそり乗り込もうとしたんですから。皆で止めるのに苦労しました! ああ、それから奥様から手紙を預かっております」

「お母様から?」


 リディアナは震える手でソフィアからの手紙を受け取り、その場で読んだ。

 そこには一年前と変わらない、愛情溢れる言葉ばかりが綴られていた。

 やはり母は父と離婚はしなかった。私達を信じて待っていてくれた。


『愛する娘リディアナ。無事でいてくれてありがとう。

 あの人を支えてくれてありがとう』


 母と使用人達の変わらぬ愛に胸が打たれる。泣き顔を隠すために手紙を抱きしめた。

 今すぐにでも会いたい気持ちを抑えて、リディアナは必ず父と共にエルドラントの屋敷へ帰ると再び胸に誓った。


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